君が無能くん?魔剣士学園に入学したのに『スキル無し』?ねぇ今どんな気持ち?努力したって報われないのに希望とかあるの?普通の青春を送りたい?あはっ! 無能には無理に決まってるじゃん 作:鳥稲のね
聖花の日の翌日。
クラウディア魔剣士学園の朝は、昨日までの熱気が嘘のように静けさを取り戻していた。
とあるの教室で話をしていたのは、三年生の剣姫の二人。
癒しの巫女 トア・フェルディナントと、闇の竜姫 ロザリア・ドラグライオスだった。
トアはいつも通りのおっとりとした微笑みを浮かべている。
一方、ロザリアは漆黒の長い髪をなびかせ、無表情のまま窓際に座っている。
紅い瞳はどこか遠くを見つめ、話しかけるなと言わんばかりの冷たい空気を放っていた。
……だが、トアはそんなロザリアに怯むことなく、にこやかに近づいていった。
「おはようございます、ロザリアさん♪」
ロザリアはチラリと視線を向けたものの、言葉を返すことはしなかった。
沈黙。
しかし、そんなことは気にせず、トアはロザリアの隣に腰を下ろす。
「ふふっ、昨日の『聖花の日』は……やっぱり大変でしたね?」
ロザリアはほんの少しだけ瞬きをして、再びあさっての方向を見つめる。
「……」
「あらあら、相変わらず無口ですね♪」
トアは小さくクスクスと笑いながら、ロザリアに問いかける。
「ねえ、ロザリアさんは……昨日、気になる男性はいましたか?」
「……?」
首をわずかに傾げるだけで、答えは返ってこない。
「ああ、ごめんなさい。そうですよね……」
トアは苦笑いを浮かべた。
ロザリアにとって、気になる男性など存在するはずがない。
彼女にとって聖花の日は、周りの人間は自分に花を捧げてくれるの日なのだから。
そこに愛だの恋だのは存在しない。
あるのはただ、花とそれを食べる自分だけ。
ロザリアは決してなつかない野生の獣。
エサを持って近づく者に対してすら、何の興味も示さない。
彼女にとって、人間はエサを運ぶ存在でしかないのだ。
「……昨日は、お腹いっぱいになった」
ぽつりと呟くロザリア。
その言葉に、トアは目を丸くして、そしてすぐにクスクスと笑い出した。
「まあまあ、ロザリアさんったら……ふふっ。でも、なんだか満足そうなお顔ですわ?」
「……」
ロザリアは答えない。
ただ、昨日食べた甘い花々の味をひそかに思い返していた。
――甘く、ジューシーで……酸味とのバランスが絶妙な花。
――シャキシャキとした食感が心地よく、蜜の滴る花びら。
――苦みが少なく、爽やかな後味の一輪。
思い返せば、昨日は至福のひとときだった。
「私は……」
トアがふっと小さなため息をついた。
「気になる男性から、お花をもらえなかったの……」
「……」
その言葉に、ロザリアは一瞬だけトアを見た。
しかし、言葉はかけない。
「まあ、私が誰を気にしているかなんて……誰も知らないでしょうし、当然といえば当然なんですけれど♪ でも、ほんの少しだけ期待していたんですのよ?」
トアは微笑んでいるものの、その声はどこか寂しげだった。
ロザリアは興味がなさそうに窓の外を見続けている。
会話をしているようで、実際にはトアが一方的に話しているだけ。
ロザリアは相槌すら打たない。
しかし、トアはそれも承知の上で話し続ける。
「無能のアルト。……無能なら、私を敬い、尊敬するべきではなくって?」
トアの口元は笑っているのに、瞳はわずかに冷たい光を宿していた。
「それなのに……私に花を持ってきませんでしたのよ?」
ロザリアは依然として無言。
ただ、脳内では昨日食べた花の味を思い出し、グルメレポートを続けていた。
――あの花は少し苦かった。
――あの蜜は口の中に甘さが広がって……
――あれは渋かった……次はない。
そんなことを考えているロザリアを横目に、トアは続ける。
「無能でありながら、剣姫を三人も従わせている男……」
トアは口元に手を添え、クスクスと笑う。
「これは……いじめがいが……もとい、鍛えがいがありそうですわね?」
何がおかしいんだろうか。
興味を示しているわけでもないのだが、トアのことをを見て少し不思議に思う。
「ねえ、ロザリアさん」
彼女は紅い瞳に視線を送り、ふわりと笑う。
「もし、あなたよりも強い……かもしれない男がいたら、戦いたいですか?」
その瞬間……。
ロザリアの紅い瞳が、僅かに大きく見開かれた。
「……?」
無表情だった顔に、力が入る。
食べることと、戦うこと――。
それがロザリア・ドラグライオスの“生きる意味”だった。
血を燃やし、己の肉を裂き、骨が砕けるほどの戦いの果てにだけ、彼女は生の実感を得られる。
そして今、“自分より強いかもしれない男”という言葉が耳に届いたのだ。
トアはその反応を見て、さらに甘い声で続けた。
「ふふっ……それが一年生のアルトという男子生徒ですわ」
「……アルト?」
ロザリアの小さな唇が、その名を呟く。
「そう、一年生の剣姫三人にも勝ったらしいですよ?」
その言葉が落ちると同時に、ロザリアの中で何かが弾けた。
紅い瞳に鋭い光が宿り、長い黒髪がわずかに浮き上がる。
「……どこにいる?」
ロザリアの声は低く、冷たく、そして熱を帯びていた。
戦いの匂いを嗅ぎつけた獣の目。
それはまさに“狩り”を前にした捕食者の瞳だった。
「ふふっ……一年のAクラスですわ」
トアは口元に手を添え、楽しげに笑う。
「……行ってくる」
ロザリアはそれだけを告げると、すぐに廊下を歩き出す。
その小さな背中が遠ざかっていくのを見送りながら、トアはさらにクスクスと笑った。
「本当にロザリアさんは一直線ですわね」
その瞳の奥で、何か企むような光を輝かせながら。
―――さて。……まさかは思いますが、ロザリアさんまで従わせることができたなら
トアの心が小さく震える。
もし、あの“無能”アルトが、あのロザリア・ドラグライオスをも屈服させるような存在なら……。
「そんな男は……私でも少しばかり苦戦しそうですわね?」
トアは微笑みながら、窓の外を見下ろした。
風に揺れる花々。
昨日、彼女がもらえなかった花のことを、ふと頭の片隅で思い出す。
「でも……」
その微笑みは、少しずつ冷たい笑みに変わっていく。
「そんな男を私が打ちのめしたら……」
その瞬間、トアの心に広がるのは圧倒的な支配欲。
「……どれだけ愉しいでしょう?」
トアは一人、窓から空を見上げて静かに笑い続けていた……。