君が無能くん?魔剣士学園に入学したのに『スキル無し』?ねぇ今どんな気持ち?努力したって報われないのに希望とかあるの?普通の青春を送りたい?あはっ! 無能には無理に決まってるじゃん 作:鳥稲のね
学園の廊下をゆったりとした足取りで歩く少女がいた。
―――癒しの巫女 トア・フェルディナント
豊満な胸は彼女の一歩ごとにまるでボールのように軽やかに揺れる。
薄く微笑んだ表情は、まるで全てを見通しているかのような落ち着きと優雅さを湛えていた。
「ロザリアさんがわざわざ一年生の教室にまで出向く……。情熱的ですわね♪」
ゆったりとした口調で、誰にともなく呟く。
―――闇の竜姫 ロザリア・ドラグライオス
七剣姫最強のパワーを誇る魔剣士。
戦いにおいて彼女が負けるなど考えられなかった。
「でも、ロザリアさんは力加減がとても苦手ですから……。もし、あの一年生のアルトとかいう男の子だけでなく、周りの生徒まで壊してしまったら……さすがに学園側も放ってはおけませんものね」
小さく溜息をつく。
―――ああ、なんて面倒なのかしら。
トアはロザリアを止めるために急いで向かう……わけではなかった。
むしろ、その歩みはどこか気だるげですらあった。
急ぐ必要はない。
ロザリアが負けるはずなどないのだから。
もしロザリアが勢い余って周囲に負傷者が出ても問題はない。
即死でさえなければ自分の回復魔法で直すことが出来る。
―――問題は『アルト』という男。
一年生でありながら、すでに七剣姫の三人を従えている少年。
それの噂はトアの耳にも当然届いていた。
「モモアちゃん、リアちゃん、それにユノアちゃんまで……なんて」
小さな笑みを浮かべる。
「一年生剣姫を従わせる……純粋な彼女たち相手なら、無理な話ではないのかもしれませんけど?」
ロザリアは誰よりも苛烈で、誰よりも冷酷で、誰よりも強い。
あの無愛想で無口な少女が剣を振るえば、どんな相手でも一太刀で沈むはず。
トアの頭の中では、ロザリアが敗北する未来は微塵も存在していなかった。
仮にアルトがいかに奇妙な力を持っていようと、ロザリアは『竜の力』を有する最強の剣姫なのだから。
……しかし
その確信は、わずか数分後に音を立てて崩れ去ることになる。
一年生の教室。
トアがドアを開けると同時に、目に飛び込んできた光景は――。
「……え?」
彼女の整った顔が、一瞬にして凍りついた。
―――ロザリアさんが……泣いている?
それだけではない。
ロザリアは、あのアルトという男の胸に抱き着き、子どものように顔を埋めていたのだ。
本当に子どものようなことを言いながら……。
「い……痛い……痛いよ……ひぐっ……」
「だ、大丈夫だよ……すぐに痛くなくなるから……」
「もう……私の負けでいい。だから、これ以上……もう痛いことしないで……」
「そんなことしないって」
「……じゃあ、このままずっと撫でてて……お願い……」
教室内に響く、かすれたロザリアの嗚咽。
そして、その頭を優しく撫でるアルトの姿。
――これは……何?
トアの脳内が、一瞬で混乱に陥った。
あの冷酷無比なロザリアが、こんなふうに涙を見せるなどあり得ない。
ましてや無能な一年生の男に抱き着いて、慰めを求めるなど……。
「……なぜ? なぜ? なぜ?」
思わず声が漏れる。
信じられない光景が、眼前に広がっていた。
「よしよし……」
「すごい……アルトって強いだけじゃなくて、回復魔法も使えるの?」
「強くもないし、回復魔法も使えないよ……」
「嘘。私を倒したし、頭が痛いのも治ってきた……」
「ははは……不思議だね」
……失態。
その言葉が、トアの頭をよぎる。
戦いは、力だけで決まるものではない。
剣の技量、魔力、そして何より……情報が全てを左右する。
―――ロザリアさんは、どうやってアルトに負けたの?
例え勝てなかったとしても、相手の戦い方を分析し、情報を持ち帰るべきだった。
この教室にいる七剣姫の三人、モモア、リア、ユノアはすでにアルトの手に落ちている。
彼女たちから、ロザリアがどうしてあんな風になったのか、聞いても答えてくれないだろう。
「……あらあら。面白くなってきましたわね。」
トアは微笑んでいた。
しかし、その微笑みには、どこか底知れぬ焦燥が隠れていた。
『アルト』という存在は、思っていた以上に脅威。
「私が、あなたを打ちのめした時……どれだけ快感か、考えるだけでゾクゾクしますわ……?」
彼女の瞳が、薄紅色の光を帯びる。
それは、『癒し』を与える光と同時に、相手の心を蝕む『毒』の光でもあった。
「楽しみですわ……アルト……。あなたをどんな風にどう壊して差し上げましょうか……?」