女の子の鼠径部フェチのレズ風俗嬢が理想のあそこを持つ恋人と出会うまで 作:喋家月餅太
家に着くとあたしは最近買った座椅子タイプのクッションに座って紅茶を飲んでいた
風俗の仕事を始めて二週間目になるが慣れるまでは完全にお酒を断つことにした。
だからノンカフェインの紅茶やコーヒーなどを買ってそれを飲みながら眠くなるのを待ったり配信で映画を見たりして過ごしている。
もう少ししたら副業の案件も探さないといけないが今は気持ちと身体の負担をこうしてやり過ごしてこん詰めすぎない生活を模索すべきだ。
システム開発も結構ストレスフルだったが、風俗で好きでもない相手とセックスする仕事はそれとは比べようがないほどストレスが大きい。
幸い、今日までの五人のお客さんはみんないい人ばかりだがそれでも何の情もなく身体の大切な部分を触られるのはキツイものがある。
今日は初めてタチの仕事をしたがセックスという面だけ見るとタチの方が楽に思える。
サービス業に元々あまり向いてない方というのもあるし、今日のお客さんのようにデリケートな事情を抱えてそうな人もいる。
それを踏まえて性による癒しを提供するのがこの仕事なのなら受け取ってしまったお客さんの辛さを自分の中から解放する時間が必要だと思った。
多分、マインドフルネスとかも試してみるべきだろう。
お店に戻ってからTさんに今日は気になることがありフィードバックを口頭でさせてもらったがデリヘルを利用するお客さんにはさまざまな事情でパートナーを得られなかったり、同性愛者の交友関係を得られない人がいてそういう人の性欲や悩みを吸収する緩衝材の役割を担っているという話を聞かされた。
今日のお客さんのように他の同性愛者との出会いに必要な情報を得られない人も多いんだそうだ。
地方、特に田舎から出てきた人ほどその状況は顕著だ。
小さくても数万人の地方都市なら同性愛者の出会いの場はあるが町村レベルだと難しい。さらにその中の中心街から離れた集落なら尚更だ。
そういう人の第一歩になる役割もあたしたちの仕事にはあるというのを今日初めて知った。
それだけじゃなく、家庭の事情で結婚せざるを得なかった人、住み込みなどで自由の聞かない仕事をしている人なども同性の恋人を作るのは難しい。
せめて刹那的な快楽、それもオナニーでは得られない他人の体温のある快楽を得たくて風俗を利用する人も多いんだそうだ。
そう考えると自分はとても恵まれていたんだなと思う。
それなりに大きい地方都市のサラリーマンの家で育って大学でより大きいこの街に出てからはアパートで一人暮らし。
自由の保証された都市生活者として小さい頃から過ごしてきた身からすると自分の本能から来る欲求を満たすことが出来る機会を得られない立場というのは相当辛いことだろうと思う。
女の子との出会いを求めるため、とても好きだった二人目の彼氏と別れた時に男性の身体に興奮できない自分を不幸に思ったがあの頃の自分がどれだけ傲慢な考え方をしていたかというのも痛感する。
そして、あたし達のようにお金を対価にセックスさせる人間をお店がセラピストと呼んでいる意味も分かった気がした。
人によっては二時間の快楽と興奮だけじゃない。
悩みやアイデンティティの向き合い方の手助けをする事もあるとTさんは言っていた。
今日のお客さんのように自分がそうでありながら「女を好きな女」がどんな存在かわからないまま迷走してしまう人もいる。
これは過去のあたしがそうだったけど男女の関係に違和感を持ちつつも自分のセクシャリティが分からない人もいる。
そう言う人が女を抱いたり女に抱かれたりして自分が何者なのか知る機会を提供するのもあたしたちの仕事なんだ。
風俗じゃないけどあたしも初めて行ったバーで女の子にナンパされてそのままラブホテルで抱かれて自分は女が好きなんだと実感した。
太く力強い彼氏のペニスよりもその時の女の子の細く繊細な指の方が気持ちが良かったし、筋肉質な彼氏の肌よりもモチモチした女の子の肌の方が興奮した。
その気付き、気付いた後、自分がタチなのかネコなのか、どんな風に女を愛したいと望んでいるのか。
気付きに背中を押せるのがこの仕事なのかもしれない。
簡単に考えてではないけど自分の視点しか考えずに飛び込んだこの仕事で人の人生とまでは行かないまでも心に影響を与えてしまう仕事でもある事に少しだけ怖くなった。
Tさんは「お客さんの悩みに飲まれないように気をつけて」と言ったし「仕事をしてない時を大事にして」と注意してくれた。
Sが他にも仕事を持てと言っていたのは金銭感覚や仕事感が狂うだけじゃない、欲や悩みを正気を保てない性感に支配された時間で真っ向から受け止めるからそれ以外の世界がないと危ないんだ。
まだタチは一回しかしてないけどネコは確実に感じさせられるから余計に正気でいるのが難しい。
正直言うと、二人目以降のお客さんから感じさせられる事に怖さを覚えている。
オナニーや多分、今は相手がいないけどプライベートでセックスする時には感じないだろう。
性感は体力を使うしお客さんに情を持ってしまわないように気をつけるのに疲れる。
慣れれば大丈夫なのかもしれないけどその慣れはこの仕事を辞めた時に普通の恋愛が出来なくなるんじゃないかというのも怖い。
ある程度、風俗で働くことをワンナイトラブと同じ様に考えていた事は否めない。でも、それと同じじゃいけないし危険だ。
頭を休めるためにこのクッションを買ったんだが放心しながら考え疲れしてしまった。
だけど、ある程度しっかりした考え方が出来ていないと大学院に行くにしてもIT業界に戻るにしても支障が大きすぎる。
オナニーでもしようか。
自分のための性感は癒やしになると言うのが最近の気づきだ。
ネコの仕事の時にイかされても帰ってからするオナニーはとても安心する。
それにネコをしてもイケるとは限らない。
お客さんが下手だったり単純に二時間じゃ足りなかったりするし、その範囲内でセラピストをオーガズムに到達さられるのは相当上手な人じゃないと難しいのだ。
それにタチのお客さんに必要なのは「感じさせる側としての快感」でありこちらがイク事ではない。
だから安心して自分のペースで気持ちよくなるオナニーはあたしに心理的安全をくれる。
そして、仕事はもう一つ、オナニーの動機をくれるのも大きい。
あたしは最初のお客さんのパイパンのあそこを見て女の割れ目の魅力に気がついた。
平らなようでなだらかに脂肪の盛り上がりのある股間に縦一直線にある細い溝。
女の股間のその形がとても美しく欲望を掻き立てるものだと気がついた。
そして、今日までの間に見た服を脱がなかった一人のお客さんを覗く全員のその場所を見て女の鼠径部は決して何も無いペッタンコな場所ではなく一人ひとり形が違う個性のある所だと学んだ。
パイパンのお客さん以外は毛をかき分けて触らせて貰わないとどんな股間をしているか分からない。
服を脱いでくれたお客さんはタチでも触らせてくれてどんなお股をしているのかを見ることができた。
今日のお客さんのように割れ目の所が盛り上がっている人もいれば、全体的に平坦で割れ目のあたりの角度が急な形の人もいる。
そこがそれぞれのお客さんの女である証拠であり気持ちよくなる場所だと思うと色々な妄想が溢れてくる。
そして仕事の後でその日見たあそこを思い出しながら自分の身体にある同じ物を触って自分のための快楽の時間を過ごす。
もっと沢山の女性の大事な所を見たり触ったりしたい。
気持ちが飲まれる心配もあるけど、あたしは女の股間を見る楽しみに目覚めた。
明日も仕事が入っているがどんな女の人で脱がすとどんな割れ目なのかが楽しみになる。
まず今日の所は毛の深いあのお客さんのむっちりした脂肪の密度の濃い股間の感触と盛り上がりのある割れ目の形を考えながら、その股間にいろんなエッチなことをしていくのを妄想しよう。
全体がふっくらして割れ目が太めで開きやすいあたしの股間とは違う今日のお客さんの股間。
自分と違ってとても興奮させられる。
こうしてお股を思い出してオナニーする時、今までよりクリトリスが硬くなっている気がしていた。