ある冬のさなか、狼獣人の女性ナズナは発情期にさしかかり群れを離れていた。一人きりでさまよううちに彼女は人間の集落で飼われる犬の獣人、コハクに出会う。
外の世界を知らないコハクがなついたのをきっかけに、二人は人間たちに秘密でたびたび会うようになった。

が、ある日様子のおかしくなったコハクが「交尾」についてナズナへたずねてきて……!?


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犬と狼、獣人の二人は愛に墜ちる

「はぁー、はぁーっ……あ、ああぅ、くっ!️」

 

 人里はなれた、木々に囲まれた山中。連日降りしきる雪で山肌は白く染まり、冷たくきらめく景色がどこまでも広がっている。

 そんな山の中にあって、何者かが声をひそめて喘いでいた。長身の体を木にあずけて座り込み、左右の脚を大きく開いている。上半身に毛皮の服をまとい、下半身には何も身につけておらず、その股ぐらへ右手をのばして盛んに動かしている。

 

「ふーっ、️ ふーっ。️ん、んっ……ひは、あぁ、おっ、ォッ」

 

 細かく淫らな声をあげるその者の股間には、女性特有の生々しい割れ目があった。その女性は割れ目の上端からツンと勃起した小豆ほどの突起に指を滑らせ、その度に体をビクビクと震わせている。

 顔を赤らめてよがるその女性は、顔立ちは整っていたが妙な特徴があった。ショートヘアにした白髪の頭のてっぺんから狼のような三角形の耳が生え、歯がみしている口からは尖った牙がのぞき、そして地に着けている腰を見ると、背中側の下半身から白くふさふさした尻尾がのびている。

 女性は人に似た見た目でありながら、まるで狼のような特徴を持っていた。そんな彼女はだんだんと手の動きを早めていく。

 

「……あ、あっ。クる。クるクるクる。️あぁ、はっやっ、ひぁ、ふぐ、うっうっぅぅぅ……!」

 

 しだいにうめくような声をあげはじめる女性。背を丸め、両足の指をぎゅうっと縮める。やがて尻尾の毛をにわかに逆立てたかと思うと、くっとアゴを跳ねあげて腰を浮かせた。

 

「はぁっ……ん、んんッ!!」

 

 毛皮に包まれた上半身の豊かな二つの房がぶるりと震え、すらりとした脚と広い腰回りが一瞬硬直し、間をおいてだらしなく弛緩していく。

 そして全身を震わせ天をあおいでから、深く息をつく。

 

「……ったく、獣(・)人(・)ってのはなんでこう大変かな」

 

 そんな風にごち、彼女は傍らに落ちた毛皮の腰巻きを着ける。そして一息つくと、雪道をのそのそ歩きだした。

 

 彼女は、名をナズナという。人間のような見た目をしてはいるが、狼の特徴を生まれながらに持つ獣人の一種である。

 獣人というのは普段、人里はなれた場所で暮らしている獣と人間のあいの子のような生き物だ。人間からは恐れられ、関わらないようにされている存在ではあるが、獣人たちもたいてい干渉しないので互いに違う生態どうし上手くやってきた。

 

 ただ、このナズナ個人で言えばその生態のおかげでやや困っているところだった。彼女は足元の雪に目を落とし、途方に暮れた表情でつぶやく。

 

「こちとら群れを離れて長いのに、一人で発情してばっかだよ……」

 

 そう言って、ナズナはいら立ちが抑えられないといった様子で頭をかき、勢いよく駆け出した。

 狼は性的に成熟すると、パートナーを見つけるために群れを離れる事がある。同時にパートナーと本懐をとげるために体も準備を始める。その準備は特にメスのものに対してのみ、"発情期"と呼ばれていた。

 

「あーもう! しょっちゅうイライラしてムラムラして! たまんねーよこんなん!」

 

 そして、狼の獣人であるナズナにも同じ事が起きていた。要するに彼女は今、異性を欲しがる我が身に一人で振り回されているわけである。

 彼女は走った。イライラをごまかすために息を切らして走った。先ほどまで弄っていた股から透明なしずくが太ももを伝っても、知らぬ振りをして走った。

 

「はっ、はっ……」

 

 そうして宛もなく山を駆け抜け、とうとう体力を使い果たしたナズナがようやく立ち止まる。そして前を改めて見ると、その視界にあるものが映った。

 

「……あれ。村?」

 

 木々が開け、ナズナの足元が下り坂になったその先に、小さな建物が密集していた。木造の壁と茅ぶき屋根でできた小ぢんまりとした家々がより集まり、火を焚いた煙があちこちから立ち上っている。

 ナズナは目を見張った。それは彼女が今まで近寄らないようにと教えられていた、人間の集落だった。

 

「いつの間にかこんな場所まで来ちまったか」

 

 ため息をつくナズナ。今まで立ち入った事のない異生物の住み処。彼女には用も興味もなく、ただ嗅ぎなれない火と煙の臭いが鬱陶しいだけだった。

 ナズナは踵を返してそうそうに立ち去ろうとする。しかしその時、彼女の鼻にかすかに何かの匂いが届いた。

 

(ん……これ、仲間の……?)

 

 ほんのりした獣臭さに汗のまじった匂い。それはナズナの同族である狼獣人のそれに似ていた。彼女の知る限り人間のテリトリーに仲間が踏みいるなど聞いた事がなかったが、村のはずれの方角から確かに匂いが漂ってくる。

 

「まさか捕まってるとか……? まずい!」

 

 ただならぬ考えが浮かび、ナズナは大急ぎで斜面を駆け降りる。そして村人に見つからないようにしながら、慎重に匂いを辿っていった。

 家々のすき間をぬい、だんだん物置小屋や老朽化した廃屋が目につくようになってきた頃、彼女はようやく匂いの元を突き止めた。

 

「ここは……」

 

 ナズナの眉間にシワが寄る。目の前には、見た目広さ六畳程度の小さな小屋がポツンとあった。屋根の低い平屋で戸口には扉の代わりにムシロが掛けられ、壁のところどころにひび割れや腐食が見てとれる。周辺はろくに雪かきしていないとかこんもりと白い固まりに埋もれ、入り口付近がかろうじて通れる程度にかき分けられていた。

 

 ナズナは最初、匂いのする場所を勘違いしたのかと思った。どう見ても住むにはみずぼらし過ぎる。しかし小屋の中からは確かに例の匂いがより濃く漂ってくる。

 いぶかしみながらナズナは目の前のムシロをそっとよけ、こっそりのぞき見した。すると薄暗い中から見つめる二つの目と視線がぶつかった。

 

「うおっ」

 

 小さな悲鳴をあげ飛びのくナズナ。予想に反して潜んでいた何者かが近寄ってくるのではないかと、彼女はムシロをへだてて身構えた。

 ……しかし、待っていてもその何者かが出てくる気配がない。耳をすましても物音すらせず、だんだん焦れてきたナズナはおそるおそるムシロをめくった。

 

「あ……」

 

 中から子供の高い声が響く。よく見ると、その声の主は小柄な少年のものだと分かった。小屋の奥には畳がしかれ、ナズナの胸元くらいしか身長のない男の子が白い襦袢に身を包み、膝を抱えて座っている。

 しかも、その少年の頭には白い三角形の耳があり、腰の後ろからは白い毛の生えた尻尾がのびている。その特徴は狼獣人およびナズナとそっくりだった。

 やはり同族がいたのか、とナズナがのぞいたまま驚いていると、少年は戸惑いつつ口を開いた。

 

「あの……どちら様ですか?」

 

「は? あ。えーと……」

 

 そのかすかに怯えた声でナズナは我にかえると、気を取り直して名乗る。

 

「私はナズナっていうんだ。お前は?」

 

「あ……コハク、です。」

 

 ナズナが土間に踏み込むと、少年ことコハクは後ずさりながら答えた。その様子を見てナズナはやりにくそうに言う。

 

「そう怖がるなよ……仲間どうしじゃんか」

 

「えっ?」

 

 親近感を出そうとしたナズナだったが、コハクはかえって目を丸くしだす。そして遠慮がちにこう返した。

 

「僕は犬の獣人なんです。狼のあなたとは違います……」

 

「犬? ……ああそっか」

 

 ナズナははたと気づいてうなずく。犬の獣人というのは、ナズナのような狼獣人を何代か前から人間が飼い慣らし、家畜化したものの総称だった。集落につき数人の労働力として飼われ、さまざまな雑用を押しつけられる。要は奴隷のようなものである。

 それを象徴するかのように、コハクは片足の足首を太い縄で柱に結びつけられていた。縄の長さはせいぜい彼の周囲の半径二メートルほどしか動き回れない。

 

「聞いた事はあったが、こりゃひでぇな」

 

「ひどい、とは?」

 

「だってそうだろ。こんな風に縄につながれて、食い物だってろくに無いんじゃないか? チビでやせっぽちで、女のガキみたいだ」

 

 首をかしげるコハクへナズナはぶっきらぼうに言った。彼女なりに心配しての言葉だったが、コハクはムッとした様子で口を開く。

 

「僕は男ですよ……失礼な」

 

「けど病気とかしてないのか? 私より小さいし」

 

「よしてください。こう見えてももう15です!」

 

 コハクはぷんすこと怒り声を張り上げた。ナズナが見るとその顔は女性のように整った美形であるものの、確かに男性らしいアゴの張りや目鼻の彫りが見てとれた。茶色く大きな瞳には狼と変わらない凛とした光が見える。

 くわえて、コハクの体からはほのかにナズナとは違う匂いがした。成熟した男性の獣人特有の、雄の匂い。

 

「…………」

 

 それを嗅いだ瞬間、ナズナの体内にゾクリとした感覚がはしる。発情期のせいか、下腹部が少し熱くなるのが分かった。

 彼女はそれを悟られないよう、すました顔で言う。

 

「そうか。悪かったなコハク」

 

 そう言ってコハクの前まで来て、あぐらをかいて座る。コハクはまだ緊張した様子で相手を見つめていたが、ナズナは笑顔をつくってこう切り出した。

 

「よかったらちょっと話をしないか? 私も今一人ぼっちでな」

 

「? 何かあったんですか?」

 

「その……まあ色々な。気にするような事じゃない」

 

 パートナーの男を探す時期で群れを離れたというのは秘密にした。それを話せばゆくゆくは発情期である事までバレかねない。初対面で打ち明ける事ではなかった。今はただ、近い種族の少年に興味がわいたのだ。

 そんなナズナの思考を知ってか知らずか、コハクは表情を和らげて一つたずねる。

 

「じゃあ、山の中の話とか聞かせてくれませんか? 僕、あまり奥まで行った事なくて」

 

「お、まあいいけど」

 

 そんなの聞きたいのかという顔で見返すナズナだったが、コハクは身を乗り出して尻尾まで振っている。人間に飼われている身では自然の話は新鮮なのだろう。

 境遇を察したナズナはうなずき、笑顔で言った。

 

「そんなら、つい最近の話からでもいいかな――」

 

 ナズナはそれから、自分が見てきたあらゆる物事を語って聞かせた。今外に広がる一面の銀世界に始まり、春の色とりどりの花や夏の暑さや虫の賑やかさ、秋の侘しさと紅葉の鮮やかさ……そして人の踏み込まない場所を流れる大きな滝や底の見えない深い谷など。恐らく集落の周りしか知らなかったコハクは、その話に次第に夢中になっていった。

 

 コハクがすっかり目を輝かせ、ナズナも興が乗って久しい頃。気づけば外はすっかり暗くなっていた。

 

「あ、いけない。そろそろ人が来ちゃいます」

 

 ふと気づいたコハクがあわてて言った。ナズナが見ると、彼は焦った表情で言う。

 

「決まった時間に食事係の人が来るんです。もしナズナさんが見つかったら……」

 

「ああ、悪い悪い。すぐ出るから」

 

 ナズナも察した様子で立ち上がる。食事まで管理されているぐらいなら、部外者といるのが見つかるのもまずいのだろう。ナズナは音を立てないようそそくさと出口に向かう。

 すると、その背中に一声。

 

「あ、あの!」

 

 急にどこか切羽詰まった声で呼び止めるコハク。ナズナが振り返ると、コハクは頬をうっすら赤らめて言った。

 

「よかったら……また来てくれませんか? 僕、獣人の友達がいなくて」

 

 恥ずかしそうに縮こまりながら尋ねるコハク。その初々しい姿にナズナはつい笑いそうになり、それをこらえて言った。

 

「ああ、いいぜ」

 

「本当に!?」

 

「おう。また外の話を聞かせてやるさ」

 

 ナズナの返事にコハクは心底うれしそうに微笑んだ。それに手を振ると、ナズナはこっそりと小屋を後にした。

 

 ……それから、ナズナは何度もコハクの小屋をたずねた。小屋から彼の匂いがすると、村人の目をかいくぐり雪に残る足跡も消しながら欠かさず顔を見せる。すると決まって喜ぶコハクへ、ナズナはまた色々な話を聞かせるのだった。

 

 初めて動物を狩った話、猛獣に襲われかけた話、地震や山崩れに悩まされた話、キツネとナワバリ争いを繰り広げた話。

 繰り返し会うにつれ、コハクも自分の話をするようになった。両親が生きていた頃の思い出に、初めて狩りを成功させた日の事、まれに優しい人間に出会えた日の事。

 

 互いの事を話すうちに、二人の仲も打ち解けていった。話す時の距離も縮まり、たまに冗談めかして叩いたりするのも平気になっていった。

 そうこうするうちに一週間、二週間と経ち、ナズナは最初の頃と比べてコハクと会うのがずいぶん楽しみになった。

 

(なんだろ……以前はイライラするだけだったのに)

 

 ある日の事。ナズナがいつものようにコハクのところへ向かう道中、彼女は物思いにふけっていた。ナズナをずっと悩ませていた発情が、あまり苦ではなくなってきたのだ。

 というのも、これまではただ体内でうごめく衝動を解消するのが面倒だったのが、最近では頭の中にコハクの姿が浮かぶようになったのだ。

 誰の事も考えずに体を慰めるのではなく、自分に温かみをくれる人を思い浮かべて欲求を昇華させる。それだけでナズナの自慰は浮き立つような気持ちいいものになっていった。

 

(冬が明けたら……アイツを外に連れ出してやろう。縄なんか咬みちぎって、コハクの行きたい場所へ連れてってやるんだ。綺麗な滝壺でも花園でも、なんなら私も知らない海ってところでも……どこへでも行こう)

 

 夢のような事を考えながら、ナズナは軽い足取りで道を急ぐ。いつの間にか満面の笑みになりながら、ついに彼女はいつもの小屋にたどり着いた。

 

「よっす、元気か!?」

 

 勢いよくムシロを開けて挨拶するナズナ。その先には、畳にかしこまって正座しているコハクがいた。

 

「……はーっ……はーっ……」

 

「……?」

 

 コハクはナズナを見もしなかった。何やらうつむき荒い呼吸を繰り返している。ナズナは眉をひそめ、あわてて駆け寄った

 

「おいコハク!? 大丈夫か?」

 

「あ……ナズナさん」

 

 顔を上げて頬笑むコハク。しかしその顔は上気し、のぼせたかのように赤くなっていた。

 目の焦点もボンヤリとし、上の空で自分からは喋ろうとしない。ナズナは肩を乱暴にゆさぶり、コハクに詰め寄った。

 

「おいどうした風邪か!? 顔赤いぞ!」

 

「あ。だ、大丈夫です。ご心配なく」

 

 コハクは力なく首を横に振り、ナズナの手をそっとどける。そしてしんどそうな顔でまた笑みをつくり、か細い声で話す。

 

「その……人間の方々が今日は特別な日だとか言って……お酒みたいなのを振る舞ってくれたんです」

 

「酒? 飲み過ぎたか?」

 

「いえ、一杯きりです……。なんでも、大人になったお祝いとか言って……変わった味でしたけど……」

 

 コハクの話し声がだんだん小さくなってくる。それにつれて体が少しずつ斜めに倒れはじめ、座ったまま床に突っ伏しそうになる。その寸前、ナズナはあわててコハクを抱き止めた。

 

「っと……なあオイ、平気じゃないだろコレ。人間に知らせた方が」

 

「だ、大丈夫……大丈夫です」

 

 ナズナの胸に倒れこんだまま、コハクはうわごとのように大丈夫と繰り返した。無理すんな、とナズナは言いたくなったが、それより先にコハクが口を開いた。

 

「あの……ナズナさん」

 

「ん?」

 

「"交尾"って、ご存じですか?」

 

 一瞬、小屋の中の時間が止まった。ナズナがハッとしてコハクの顔を見るが、コハクはいつの間にか目をギラつかせ上目遣いにナズナを見つめてくる。酒のせいだと言っていた顔の火照りが、にわかに違った意味に見えはじめる。

 それにしても、ナズナはコハクから視線を外せなかった。彼女が自らを慰める際にその言葉を思い浮かべた事はあったとはいえ、目の前の少年が"交尾"と口にするところなど、今の今まで考えた事がなかったのだ。

 

 聞き間違いだろうか。真っ白になった頭でそう疑うナズナだったが、コハクは話し続けた。

 

「人間の皆さんに……聞かされたんです。僕くらいの年齢になると……大人だけの行為をしたくなるって」

 

「コハク、それは……」

 

「男と女で裸になるって……おちんちんを女の人の大事な場所に入れるって……本当なんですか?」

 

 そう尋ねるコハクの吐息は、いつしか荒くなっていた。その様子は決して純粋な興味だけでの質問ではない。ナズナは答えに窮していた。

 すると、答えを待ちきれなくなったのかコハクががばりと身を起こす。そしてナズナの肩をつかむと、一気に顔を寄せた。

 

「――んんッ!?」

 

 ナズナの口元で息が詰まる感覚がする。驚いて瞬きした目をこらすと、視界いっぱいに紅潮したコハクの顔があった。

 キスされている。ナズナは最初こそ驚いたものの、コハクから肩を抱き寄せられると胸中が熱くなるのを感じた。少なからず好いてきた男の情熱を受け、体の奥がふっと疼きだす。

 

(っ……まずい)

 

 ナズナはその時、自分が発情期のさなかだというのをまざまざと意識した。今までは一人で処理したおかげでコハクの前ではなりを潜めていたのだが、キスの刺激で思わず動物的な欲望が顔を出してしまう。

 

「――ぷはっ、はぁっ」

 

 急いで口を離し、コハクをにらむナズナ。その瞳には抗議の意志が宿っていたが、彼女はすぐに息をのむ。

 

「……!?」

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 コハクの目が、興奮しきった様子でらんらんと光っている。頬はすっかり上気し、口からかすかに牙をのぞかせフゥフゥと浅い呼吸を繰り返す。動転して視線をめぐらせると、彼を柱に結びつけていた縄まで今日に限って無いではないか。

 人間たちも手を加えたであろうただならぬ状況に、ナズナの脳裏にある疑念がうかんだ。

 

(まさか……人間どもに何か盛られて……!?)

 

 ……そう、コハクを飼う人間たちがナズナを無理やり結ばせようとしている可能性があるのだ。

 というのも、コハクをはじめとした犬獣人は家畜化したぶん従順な反面、狼獣人に比べてひ弱な傾向がある。そのため、飼い主が強靭な狼獣人を身内に引き入れたいと考えても不思議ではなかった。

 二人が交尾を果たせば、狼獣人のナズナが妻となり母となり、強靭な狼の血を引く子供を産む。そうすれば有望な奴隷が一挙に二人手に入るとでも思ったのだろう。

 冗談じゃない。反射的にそう思ったが、前を見るとコハクの顔がある。今まで親しくしてきて、密かに思い浮かべては体を火照らせた。そんな少年。

 

「ナズナさんっ。ナズナさん……ごめんなさい!」

 

 コハクは謝りながらナズナに抱きついた。そしてそのまま床に押し倒し、ナズナの顔を鼻がぶつかりそうなほど間近に見つめながら、真剣な声で言う。

 

「お願いです……僕と、僕と交尾してください。僕のつがいになってください……!」

 

「そんな……でも」

 

 ナズナはうろたえ、ためらうだけだった。その気になれば小柄な犬獣人など払いのけられるはずだったが、ナズナは動けず視線だけが目の前に釘付けになっていた。

 同じように釘付けの視線をぶつけるコハク。その目は緊張で見開かれ、願望や慕情の入り交じった切ない光を帯びている。人間たちの企みでこうなったなど知りもしない、純粋に欲望に焦がれた目つき。

 

(……ああ)

 

 ナズナの胸の奥が、ズクン……と疼く。頭でダメだと分かっていても、目の前の少年を拒絶できない。

 自分を慕い、形はどうあれ親密になりたいという思い。それを相手の全身からひしひしと感じ、胸中にときめきを呼び起こしてくる。

 

 コイツとなら。理屈を抜きにそう考えてしまう。理性が止めようとしても、今度は発情した体が言う事を聞いてくれない。

 

「あ、あぁっ」

 

 動けずにいたナズナの首筋に、コハクが口づけを落とす。それだけでナズナの体はビクリと震えた。覆い被さり体を密着させ、コハクはちゅ、ちゅっと何度も首にキスをした。ナズナがくすぐったそうに悶えると、コハクの顔が少しずつ胸元の方へ向かっていく。

 

「は、あっ、こらっ」

 

 鎖骨や肩にもキスをして、コハクの顔が胸の膨らみに行き着く。するとコハクは毛皮の胸覆いの上から、その膨らみに顔を埋めた。

 

「んっ……」

 

「……はあっ、ふっ……」

 

 コハクはむずがる子供のように鼻先を押しつける。その甘えるような仕草にナズナの表情が和らぎかけるが、その顔はすぐに急変する。

 

「んあっ、あっ!」

 

 ナズナの胸覆いの中に、コハクはためらいなく両手を突っ込んだ。女の扱いを知らない彼は前戯の緩急など意識できないのだ。両の手のひらに柔らかな膨らみが触れると、すぐ興味のままにもにゅもにゅと揉みしだきはじめる。

 

「コハク……いい加減に……っ」

 

「あ……柔らかくて、あったかい」

 

「……くっ」

 

 初めての感触に子供のような声を漏らすコハク。反面、その下でナズナは顔を赤くして悶えていた。抵抗しなければこのまま……胸中の予想が焦りと期待を同時に呼び起こし、せめぎ合う。

 やがてコハクは胸覆いを掴みそのまま引き剥がした。手のひらから溢れるほどの大きな二つの膨らみがあらわになり、コハクは目を輝かせてその谷間に顔から飛び込んだ。

 

「ナズナさん……っ。はふ、ふーっ」

 

「…………」

 

 コハクが顔をうずめる様を、ナズナはとうとう黙って見つめていた。頭ではまだ観念していないが、このまま自由にさせてもいいかと思考がますます傾いていく。強引にはね除けるのが正しいのかも知れないが、そうなればコハクとは二度と会えないかもしれない。いや、おそらくコハクが会いたがらないだろう。たとえ人間が薬で焚きつけたとしても、彼は罪悪感にさいなまれるに決まっている。

 ならば一度だけ受け入れてみようかとナズナは思った。彼女も発情の熱に浮かされつつあった。

 

 ところが、彼女がボーッとしている間にもコハクは衝動のままに動く。胸から腹へかけて何度もキスを落としながら、少しずつある場所を目指した。

 そう、ナズナの密かに疼いている場所……女しか持たない秘裂に向かって。

 コハクはとうとうナズナの股に顔を持っていき、腰巻きの中を覗きこむ。そしてナズナの太ももを両手でがっしとつかむ。

 

「……コハク……」

 

 ナズナはつぶやき、それでも動かなかった。頭の隅でこうなる事まで予測していたのだ。だが、次の瞬間に表情が急変する。

 

「……あ、はっ、あぁっ!?」

 

 ナズナが不意に高い声をあげる。コハクが股ぐらに顔を突っ込み、下履きの上からナズナの秘裂を舐めたのだ。初めての感覚にナズナの両足がぶるんと震える。

 それを押さえつけ、コハクはさらに舌を這わせる。脚の間の、今まで見た事のなかった女の園を布越しにペロペロと舐め、にじんでくる蜜を夢中にしゃぶった。コハクが息を荒らげるうち、ナズナの秘裂がみるみる湿り熱を帯びていく。

 

「はあっ……ちょっと、待てって……」

 

「……んんっ、じゅるるっ……ふぅっ、んむっ」

 

「ふあぁっ、あっ……くぅっ……」

 

 コハクが一心不乱に舐めるのを、ナズナは口で制止しつつも腰を浮かせて脱力していた。悩ましげな顔で目を閉じ、快感に浸ろうとする。

 それもそのはずだ。例えば狼のオスがメスの股の匂いで発情期を確かめるように、コハクがしているのは狼獣人たちの本能に準ずるアプローチなのだった。発情期のため元から流されそうだったところでそうされれば、ナズナはますます抗う力を無くしていく。

 

 しかし、ナズナはまだ頭の隅で理性を保っていた。

 

(だ、駄目だ……やっぱりこんな感覚のアソコ、これ以上弄られたら……!)

 

 ナズナは初めての感覚を恐れていた。予想以上に快感がきて、この上コハクに何かされては元に戻れない。そう直感したのだ。

 

「ふんっ……!」

 

 ナズナは力を振り絞って身を起こそうとする。しかし足で踏ん張ろうとした際、何故か急にもつれて倒れてしまう。

 

「あ、あれっ?」

 

「……ナズナさん?」

 

 ナズナはあわてて自身の足元を見る。するといつの間にか下履きを脱がされ、それが足に引っかかっているのに気づいた。

 そばでコハクが物欲しげな顔で見ていたが、構っている余裕はない。ナズナは大急ぎでそのままうつぶせに転がると、立つのももどかしく四つん這いで逃げ出した。

 彼女の視界の先に小屋の出口が映る。そう広くない屋内、すぐ逃げられる。動転しながらナズナがそう考えた時だった。

 

 がっし、と背後から腰をつかまれる。

 

「……へ?」

 

「ナズナ、さん……もうっ」

 

 苦しげなコハクの声。固まるナズナの体。恐る恐る彼女が後ろを振り向くと、そこではコハクが服を脱ぎ捨てた姿で立っていた。

 はぁはぁと忙しく呼吸するコハクの体は、やはりほっそりとしていた。背も低く筋肉も少ない少年さながらの姿で、ナズナが内心で想い描いていた通りの裸体だった。

 ただ、一つだけ違う部分がある。コハクの下半身にある、ナズナが人生の中でほとんど目にして来なかった男のそれ。

 

 小振りながらも細長く高々と勃起したそれはすでにしっかりと包皮が剥けており、赤黒い先端をあらわにしていた。鋭くエラを張ったカリと膨らんだ亀頭をたどって鈴口を見るとすでに先走りをタラリと漏らしており、竿が興奮でビクンビクンと震える度に根本の玉袋までつられて振動する。

 

「……っ……あ」

 

 ナズナの口から吐息のような声が出る。彼女の脳内は今、恐怖、驚き、期待、興味……さまざまな感情が一斉に吹き荒れ思考がかえって消えていた。何度も想像してはずっとあやふやだった部分。それをいざ目の前にし、彼女はどうしていいか分からなくなっていた。

 

(逃げなきゃ、でも。コイツは本心から望んでいて。クスリか何かでおかしくなって。あ――)

 

 うわべだけの思考を巡らせている間に、コハクは猛るぺニスをとうとう想い人の秘所に押し当てる。そして貞操を失うその直前、コハクは懺悔でもするかのようにつぶやいた。

 

「ナズナさん……ごめんっ!」

 

「あっ……あぁっ!」

 

 ナズナが前のめりになって短く叫ぶ。コハクのぺニスは、ついに想い人の中へ侵入した。結合部に一瞬はげしい痛みを感じ、ナズナはきつく目をつぶる。ずきんと痺れに似た感覚とともに異物が体内へ徐々に侵入していく。

 

「……っ、ぐぅ……うッ」

 

「はぁ……あぁ」

 

 ナズナがうなだれながら呻き、コハクが感動したような吐息を漏らす。初めての経験に彼は目を光らせ、少しずつ腰を前に押し出す。

 そして、ついに自身の男性器を全て潜り込ませた。

 

「あ……あったかい……」

 

 コハクは歓喜の声をあげる。それとは裏腹に腰はブルブルと震わせ、おっかなびっくりに前後させる。

 

「…………」

 

 ぺち、ぺち、と情けないほどに小さな動き。しかしそれがかえってナズナの体内を刺激した。とっくに反応していた膣内を弱々しく擦られ、ナズナはくすぐったいような感覚にさいなまれる。

 

「ふっ……ん……っ」

 

 ナズナは気づけば微かに喘いでいた。下腹部の感覚に集中すると次第に痛みは引き、代わりに濡れた粘膜がコハクのぺニスにひとりでに吸い付き、悦ばせようとする。

 コイツと一緒になりたかったんだろう? と体が問いかける。ナズナは口でも内心でも沈黙したまま、コハクの攻めを受けた。肌のぶつかる音に愛液の水音が混じりだし、接合部から透明な液体がポタポタと垂れて畳に落ちる。

 

(こんな状況なのに、私っ……)

 

 普通なら遭遇したくもない状況。しかしナズナはそんな中でも、欲しいものを受け取ってはいるのだ。今コハクが必死になって交わろうとする、その原動力。

 ナズナの頬が赤らみ体が熱くなる。ナズナは不本意な点をいくつも感じながら、肉体の変化を自覚せざるを得なくなってきていた。そしてしばらくして……。

 

「……はっ、はっ……ふぅっ……!」

 

 より大きな刺激を求め、彼女は自分から腰を動かしていた。

 

「うっ……あぁっ!?」

 

 コハクが驚きの声をあげた。相手が自ら動き出した事に戸惑う彼だったが、ナズナは構わず動き続ける。

 

「あ、ナズナさっ……ま、まってっ」

 

 自分で押し倒しておきながら、コハクは喘いでされるがままになる。その間ナズナは下を向いたまま控えめな動きを続けた。

 腰を振りながら、ナズナはずっと諦めたような表情だった。顔を相手に見せず、かといって嫌悪しているワケではない。

 ただ、内心でくすぶるコハクへの好意をどうにかしたかった。相手は薬で一時的におかしくなり、逃げる事もかなわない状況。ならいっそ思いっきり情欲をぶつけてほしかった。自分が好きなら、せめて今はそこだけでも素直になってくれ。そんな感情が切なく胸を刺す。

 

 ……そして、ナズナの願いはすぐに現実になった。

 

「……っナズナさん! ナズナさん!」

 

「……っふっ、くっ……!」

 

 コハクの動きがやにわに激しくなる。腰蓑を乱暴にはぎ取り、ばちゅんっ! と肌をぶつける音を皮切りにコハクはぺニスを何度も何度もナズナの奥に叩きつけた。たんっ、たんっ、と小気味よい音を響かせて前後の大きなストロークを繰り返すうち、ナズナの息遣いにも変化があらわれる。

 

「……はっ、あっ、んんっ! やあっ!」

 

 ナズナの口から漏れる艶がかった声。彼女はあわてて口を押さえたが、その仕草がかえってコハクを焚き付けた。

 コハクはさらに力強く腰を押し出した。精いっぱい奥までぺニスを突き入れたかと思うと、前のめりになって何度も腰を繰り出す。

 

「くは、はぁっ。好き、好きですナズナさん。大好きっ」

 

「……っ……」

 

「僕の、僕ので、感じてください。頑張りますからっ」

 

 不慣れで乱暴な動きをしながらも、コハクは健気な言葉を吐いた。自分のしているのがどれだけの事か分からず、舞い上がっている。その独りよがりな言動でも、ナズナはどこか嬉しくなった。

 

「はーっ……はーっ……」

 

 相変わらずピストンを続けながら、コハクは上体を倒して両手を前にのばす。その先には顔を伏せるナズナの乳房があった。

 つい、とコハクの手が膨らみに触れる。その手つきはおぼつかなく、ピストンしながら何か出来るようには思えなかった。

 

 それを察したナズナは、沈んだ視線をちらと後ろへ向ける。そしてにこりともせずゆっくりと背中を浮かせ、コハクの手元に乳房が来るようにしてやる。

 

「あ……おっぱい……」

 

 子供のようにつぶやきながら、コハクはやわやわと手元の丸みを揉む。すでに一度触れており、それどころか襲っている最中にありながら、彼の情緒はまだ性に疎い少年であった。

 

「…………」

 

 その少年をリードしてやりたいという思いが、ナズナの中でちらと燃える。コハクは悪意から襲ってはいない。人間たちの企みに疑問を持たないのは生まれつきの環境ゆえ。唐突に襲ったのは知らずに薬を盛られたがゆえ。

 たまたま悪条件が重なっただけで、好意だけは本物だ。なら今だけはそれに浸っていたい。

 

 彼女の無意識の思考を言語化するならそんなところだっただろう。しかしナズナは言葉で考えるより先に体が反応した。

 挿入されている肉穴が潤み、きゅうぅとすぼまる。雄の精を求めていた体が、とうとう交尾の本懐へと向かって進みだす。敏感になったぺニスを膣内で愛撫され、コハクはハッと息を呑むや体を震わせ、いっそう強く腰を押し出した。

 

「あ……ぁっ!」

 

 ナズナの嬌声を皮切りに、ばちゅっ、ばちゅんっ! とコハクが何度も腰を打ち付け、荒い息を吐く。歯がみして顔を伏せるナズナへ、興奮したコハクの声が降ってくる。

 

「ナズナさん! ナズナさんっ! 何か、何か来ますっ。気持ちいいの、あっ……!」

 

「……ああ……」

 

「あ、子供……こども、欲しいです。ナズナさん。僕と、僕との子供産んでっ……! くっ……!」

 

 コハクはうわ言のように懇願した。自身の快感からその懇願の成就まで、どんな過程があるのか彼は知らないだろう。ただ人間たちからこうすればナズナを妊娠させられるとでも吹き込まれたのだ。だからこそコハクは終着までにどんな感覚があるか分からずひたすら快楽と願望に向けて突き進んでいく。

 

「はっ、はっ、あっ はあっ! これ、すごっ……くうぅ……!」

 

「ん……んんっ……」

 

「ナズナさんも……気持ちいいですか……?」

 

「……くっ、~~っ……!」

 

 ピストンのテンポを速めながらのコハクの問いかけに、ナズナは答えられなかった。口元を押さえ、嬌声が出そうになるのを必死に堪える。

 気持ちいい、そんな言葉はもっと違う場所で言いたかった。恥ずかしくて、でも率直な言葉。

 

 しかしコハクの体は待ってくれなかった。ペニスがぶっくりと膨らみ、何かが込み上げたかのように脈動し熱くなる。同時にナズナの膣口のあたりでコハクの竿の根本が急に膨れたかと思うと、丸く固いしこりのようなものに変わり、ナズナの秘所をまるで栓のように塞いだ。

 

「うくっ……!?」

 

 下腹部が急に窮屈になり、ナズナは思わずうめく。彼女は知らなかったが、それはコハクの"亀頭球"が膨張したせいだった。犬や狼などがペニスの根本に持つ器官で、交尾の際にメスの膣口を塞いで精液が漏れないようにする役割を持つ。

 無論、コハクも知らなかった。しかし二人とも、すでに交尾の最高潮が近いのは本能で察していた。コハクはナズナを後ろからがばりと抱きしめ、腰をめいっぱい密着させて叫ぶ。

 

「ナズナさん、もう……っ! 出る、出ます。すごいの来る……! あ、あぁ。ううぅっ……!」

 

「……ん……あは」

 

「ナズナさん、好き。すきっ。あいしてます。ずっと……あっ、あぁっ……!!」

 

 コハクは堪えきれない様子で声をあげ続ける。抱きしめる彼の腕は力強く、無意識にメスを孕ませようとするオスの姿になっていた。

 それを身体で感じながら、ナズナはボンヤリと思った。

 

(ああ……"女"にされちまうんだな。コイツに今)

 

 刹那、ナズナの膣が射精を促すかのように締まる。直後、コハクのペニスは限界を迎えた。

 

「なずな、さ……うっ、あ、あっうううううぅっ! うッ!」

 

 背を丸めて長々とうめくコハク。同時に彼のペニスがナズナの膣内でドクンと脈動し、先端からついに白濁した精を放つ。

 

「あっ、んん……!」

 

 体内で弾ける熱い感触に、ナズナの下半身が打ち震える。結合部を亀頭球でがっちり固定されたまま、彼女は大切な部分を汚される初めての感覚を受けた。

 びゅるっ、びゅーっ、と精液が注がれる音が聞こえてくるかのような、濃い粘液の感触。それがナズナの粘膜に何度も何度も撒き散らされ、それでも射精はいつまでも終わる気配がなかった。

 

「あぁ、ナズナさん……。気持ちいいよぉ、ナズナさん……っ!」

 

「はぁ、あぅ……うぅん」

 

 衝動のままに射精するコハクの下で、ナズナは顔を伏せたまま悩ましげにうなっていた。離れる事は元から叶わず、勢いよく吐き出される子種をただ受け入れていた。

 犬科の射精というのはおおむね長い。短くても30分、場合によっては一時間も繋がったまま相手の体に遺伝子を送り込み続けるのだ。

 

「あ……まだ出る。きもちぃ……すき。すきぃ」

 

 その長い射精をする間、コハクは目をつぶったまま感動をひたすらつぶやいていた。密着させた腰をグイグイとよじり押し付けると、ナズナは気づかれないように歯がみした。

 二人きりで膣内射精の感覚に浸る、その時間にナズナはほんの少し酔いしれた。自分のいる場所が人間のナワバリで、人間の企みにはまったという事実を忘れさえすれば、今ほど幸せな時間はなかった。コハクと共に幸せになれているのだから。

 

 しかし、彼女はすぐ現実に引き戻される。小屋の外から数人の足音がザクザクと雪をかき分け近づいてきた。そして入り口の前まで来て、ムシロをばさりとめくるや何人かの顔がヌッとナズナたちを見る。

 それは人間の成人男性たちだった。ナズナはコハクと一緒に全裸で繋がっている姿を見られ顔を赤くしたが、人間たちはまるで意に介さず二人を蔑むような目つきで見下ろす。

 直後、そろってニヤリと顔を歪め、ゲラゲラ笑いながら言った。

 

「はは、見ろよ! やっぱり二人でサカッてやがるぜ!」

 

「思った通りだ。変なよそ者といつも会ってたもんなぁ」

 

「バレてないとでも思ったのかね。しゅっちゅう浮かれていてよ」

 

 男たちは顔を見合わせしめしめと笑い合った。コハクは射精の感覚に夢中でまるで気づいていない。ナズナは悔しげに男たちをにらむが、相手は気にしていないようだった。

 そしてアッサリ背を向けると、まるで金目のモノを拾ったかのようにはしゃいで相談をはじめる。

 

「さぁて、奴らから目を離さないようにしないと」

 

「大丈夫じゃないっすか? ああいうガキは一度メスを気にいったらずっと離れませんよ」

 

「何にせよ、これからも何回か励んでもらわにゃぁ」

 

 もくろみを隠しもしない声がだんだん離れていく。ナズナは思わず吠えそうになったが、コハクが抱きついているのに気づいてグッと堪えた。

 コイツを、好いてきた男を怖がらせちゃいけない。どんなに怒りがわいても、自分の胎が温かい種を受け入れるその感触が悪感情を溶かしてしまう。

 

 ぐずぐず、ぐずぐず。脳と子宮に愛情めいた熱が広がるのを感じながら、ナズナは鈍る思考の中でふと思い出す。

 

(ああ、コハクの知らない場所に連れ出すって、結局言えずじまいだったな……)

 

 彼女はそのまま、服も着ずに投げやりに目を閉じ、静かに眠りに落ちた。

 

 

――

 

 

 ……それから、一年以上経った頃。

 

「オギャア、オギャア……」

 

「よ、よーしよし。大丈夫、大丈夫……」

 

 例の住まいの中に、赤子の泣く声が響いていた。コハクは腕の中に生後間もない大きさの乳児を抱き、必死にあやしている。

 

「まいったな、オシメはさっき換えたのに……」

 

 困り顔でコハクは手の中の赤子を見つめる。白い髪を薄く生やした赤子の頭には、コハクそっくりの犬耳がちょっと丸くなった形で生えていた。よく見るとおくるみの中からは小さな白い尻尾がちょこんとのぞいている。

 まるでコハクの子供かのような見た目の赤子。コハクがその子に頑張ってベロベロバーなどしていると、誰かが彼の背後から手をのばして代わりに抱き寄せた。

 

「ほら貸せよ、しょーがないな」

 

「あ、ナズナさん……」

 

 コハクが振り向きホッとした笑みを浮かべる。そこにいたのは、やや大人しめな雰囲気になったナズナだった。髪は腰あたりまで伸びたのを一本締めにし、服は毛皮ではなくコハクと同じ着物を着ていた。

 そのナズナと目が合い、子供の目がふと穏やかになる。それを見て微笑み、ナズナは着物の胸の合わせをそっとずらす。

 

「こればっかりは母親しか出来ないからな……」

 

 そう言いながらナズナは片方の乳房を外に出す。出産経験をうかがわせる黒い乳首を見ると、子供は喜んでそこに吸い付いた。

 ちゅう、と穏やかな表情で乳をのむ子供。それを見てコハクは感心した風に言う。

 

「さすがですね、ナズナさん」

 

「自分で産んだ子なんだ。そりゃ嫌でも慣れるさ」

 

 照れ笑いするナズナ。そして我が子を見つめたまま、ふとこれまでの事を思い返す。

 

 ……コハクと初めて交尾したあの日から、二人は人間たちに監視される日々が続いた。昼も夜も見張りが小屋の周りを巡回し、一歩も外に出られない。ナズナは力ずくで突破しようとも考えたが、万が一しくじれば彼女は元よりコハクもどうなるか分からない。そう考えるとナズナは行動を起こせなかった。

 逃げられないとなれば、コハクと暮らすしかなくなる。しかし意思に反して囚われている事実がコハクに伝われば、彼を傷つけてしまう。

 

「…………」

 

 ゆえに、ナズナは諦めてあたかもコハクと暮らしたいかのような振りをした。努めて笑顔をつくり、空元気を絞り出す。そんな彼女を支えたのは無邪気に喜ぶコハクと共にいられる事、そして彼と二人きりになれる時間の存在だった。

 ……もっとも、そのお陰で二人の間に子供ができたのだから人間たちの思うツボだったのだが。

 

「ん……あれ、おいコハク?」

 

 物思いにふけっていたナズナが我にかえると、腕の中の赤子は眠っており、コハクは戸口の外にいた。

 ナズナが服を直して戸口を見つめると、ほどなくしてムシロをくぐってコハクが顔を出す。その手には土のついた花が数本にぎられていた。

 

「何だそれ?」

 

「軒先にあったお花ですよ。春だし飾っておこうと思って」

 

 コハクは嬉しそうに言って部屋の奥へ歩いていく。そこには子供用の布団やテーブルが用意されており、そこに備えられた花瓶にコハクが花を挿す。

 それを見て満足げに笑い、コハクは振り向いた。

 

「この子が大きくなったら、あのナズナさんの話も聞かせてあげてくださいよ。その子には、色んなものを見たり聞いたりして欲しいんです」

 

「色んなもの……か」

 

 何の他意もない顔で言うコハクに、ナズナは作り笑いしながらうなずいた。それから彼女はゆっくりと天井をあおぎ……。

 

 それからコハクに気づかれないように、少しだけ泣いた。

 


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