赤いライトの部屋で バイオハザード R-18です 作:masayumi
原作:バイオハザード
タグ:R-18 バイオハザード レオン・S・ケネディ レオクレ レオンケネディ クレア・レッドフィールド クレアレッドフィールド レオン クレア
戦友でありながら、任務上、夫婦として行動しないといけない2人。
今まで頼ってきた友人としての距離を壊すことにためらいを感じるレオン。
抵抗感を持ちながらも、友人のレオンの助けになりたいと奮起するクレア。
監視カメラと盗聴器が取り付けられた部屋で、愛し合う夫婦を装う 2人の関係はどう変化していくでしょうか?
常に公式リスペクトをしながら作品を作る私にとって、2人の関係の落としどころはここしかないと思っています。
フレアがdso の依頼を受けるというのは、明らかに公式を逸脱していますが、そこは大目に見てください。
山間の高級ロッジ「サンクチュアリ」の重厚な木製扉が閉まると、レオン・S・ケネディはため息をついた。
「おいおい、本当にやるのか、クレア」
「何を言ってるの、レオン。私たちは今から『ケネディ夫妻』。最高のバカンスに来た、熱々の新婚カップルよ」
クレア・レッドフィールドは、派手なブランドのバッグを持ち、レオンの腕に完璧な新妻の笑顔で絡みついた。
レオンの心は重かった。
ハニガンの情報では、このロッジの支配人は、メキシコの非合法組織と繋がっており、国際的な違法生物兵器取引の中継地としてここを利用している。
二人の任務は、夫婦を装って潜入し、ロッジ内の通信経路に盗聴器を仕掛け、ターゲットの特定情報を掴むこと。
「頼むから、俺の許可なしに変な真似はするなよ」
レオンは低い声で警告した。
「心配性ね、レオン。私たち、ラクーンシティの時からずっと一緒の相棒じゃない」
クレアは軽やかに言った。
しかし、ロッジの部屋に入ると、その軽やかさは一瞬で消え去った。
「見つけたわ」
クレアが天井に一瞬目をやり言う。
そこには、木製パネルの装飾に隠された、小さな赤いランプが点滅していた。監視カメラだ。
「さあ、始めましょうか。最高の演技をね」
……………
「ケネディご夫妻ですね? ようこそお越しくださいました」
ロッジの支配人は、にこやかな営業スマイルで2人を迎え入れた。
レオン・S・ケネディとクレア・レッドフィールドは、新婚旅行中の夫婦を装ってこのメキシコ国境の山奥のロッジにやってきた。
表向きは静かなリゾート施設だが、裏では敵バイオテロ組織のアジトとして機能している──それがDSOの情報だった。
潜入捜査はレオンに任されたが、一人で滞在するのは不自然すぎる。そこで妻役が必要になった。
しかしヘレナもハニガンもパートナーがいる。
他に適任がいなかった。
結局、依頼はクレアに回ってきた。
レオンとは16年来の戦友。
ラクーンシティの悪夢を一緒に生き抜いた、大切な存在。
レオンは断固反対した。
危険な任務に彼女を巻き込むなど論外だ。
それ以前に、夫婦を演じるということは──友人としての距離が、決定的に崩れてしまう。
それでもクレアは引き受けた。
「レオンが困ってるなら、力になりたい。それだけよ」
彼女はそう言って笑った。
いつもの、強い笑顔で。
部屋に通され荷物を置くが、全く息がつけない。
ほぼ確実に、この部屋は監視されている。
カメラとマイクが、冷たい視線を注いでいるはずだ。
レオンは静かに息を吐いた。
あった…
やはりある。天井に赤い、小さな穴のようなものが光を発している。
部屋の天井に埋め込まれた小さな黒点――
その向こうに、誰かの視線が確かにある。
それは任務上、当然の状況だ。
彼はこれまで何度も経験してきた。
けれど今日は違う。
クレアが一緒にいる。
彼女がバスルームに向かう足音を聞きながら、
レオンの胸は言いようのないざらつきに満たされていた。
(シャワーまで……見られるなんてな)
その事実を思った瞬間、
胸の奥でふっと熱が上がる。
罪悪感。
そして……怒り。
(なんで、彼女にこんなことをさせてるんだ俺は)
敵の監視網、その意図。
“夫婦の自然な生活を見せろ”という圧。
それを思えば思うほど、
レオンの奥底に沈んでいた黒い気持ちがゆっくり浮かび上がる。
クレアのせいじゃない。
彼女は自分の意志で協力してくれた。
なのに、どうしても許せない。
彼女の無防備な時間を、他人に晒すことが。
シャワーの水音が壁越しに微かに聞こえてきた。
そのたびに、レオンの拳は自然と固まった。
(彼女はこういうことに慣れてない。
それでも平然としてる……いや、平然としようとしてる)
彼女の強さは尊敬している。
だが、今日のそれは……痛々しいほどだ。
レオンはゆっくり息を吐く。
胸の奥の熱は、
罪悪感でも怒りでも説明しきれない別の形になり始めていた。
クレアを傷つけたくない。
汚したくない。
守りたい。
だけじゃない。
(見られたくない。)
彼自身がそう思ってしまっている。
クレアが無防備になるところを、赤の他人の目に触れさせたくない。
その感情が、自分でも驚くほど強くて鋭い。
嫉妬とも違う。
独占とも呼びたくない。
けれど確かに、胸の奥で形を持ち始めている。
(おかしい……なんでこんな気持ちになる)
自分でも説明がつかない。
ただ、クレアがバスルームの扉を開ける瞬間を想像するだけで、
レオンの心臓は少しだけ速くなる。
監視されている現実は、
彼の罪悪感を強めるだけでなく、
(クレアを他人に触れさせたくない)
そんな原始的な欲を
静かに、確実に目覚めさせつつあった。
部屋の照明は落ちて、暖炉の火だけが壁に揺れる影を落としていた。
クレアはシャワーを終え、バスルームのドアを静かに閉める。
湿った髪先から水滴が落ちるたび、レオンは視線をそらした。
理由は分かっていた。
『任務だ』と心が何度繰り返しても、相手がクレアだと、それだけでは抑えきれない動揺がある。
天井の壁の一点。
そこに監視カメラがある。
敵側は二人の「仲」を確かめようとしている。
このロッジに出入りする夫婦の中で、本物の夫婦だけを生かすため。
そして、初夜に距離のある夫婦など疑われても当然だ。
分かっている。
それでも、レオンは足が前に進まなかった。
クレアはベッドの端に腰掛け、タオル越しに軽く髪を押さえ、微笑む。
「……レオン」
その声は、任務前の緊張ではなく、もっと人間的な優しさを含んでいた。
レオンは唇を結び、目を逸らす。
そうしているうちに、ここに来るまでの本部での会話を思い出す。
……………
「本当は……ここまでやらせたくない。
俺だけならともかく、君まで、こんな……」
罪悪感とも怒りともつかない感情が喉につかえる。
監視されて、見られて……。
そんなところに クレアを。
クレアはゆっくり立ち上がり、レオンの前に歩み寄った。
「……レオン、分かってるよ。
私が行くのは、あなたを助けたいから。
任務の一部だって理解したうえよ」
その目は揺れていない。
それが余計に、胸に痛いほど突き刺さる。
「でも」
クレアは小さく息を吸った。
「あなたがそんなふうに私を気遣い続けたまま行ったら、逆に敵に怪しまれるよ。
幸せな夫婦のはじまりの場所、って設定なんでしょう?」
ぎくりと胸が跳ねた。
(それを……君が言うのか。)
レオンは呻くように言う。
「……分かってても、クレア。
でも、今回みたいに君に頼むことは、いつもの任務みたいに割り切れないんだ」
クレアはレオンの手首を、そっと両手で包んだ。
温かい。
それだけで、心の輪郭が崩れる。
「分かってるよ。
でも……レオンが思ってるより、私は強いよ?」
クレアが微笑む。
その柔らかさが、レオンには残酷なくらい優しい。
「それにね……あなたの罪悪感が強すぎると、逆に怪しまれるわよ?
本物の夫婦がそんなに遠慮してたら、誰だって変に思う」
淡々と、しかし覚悟を持った言い方だった。
レオンは言葉を失う。
(どうして……君はいつも、
俺が言えないことを先に分かるんだ。)
クレアは手を放さず、静かに続けた。
「大丈夫。
私が怖がってるように見えたら……そのときは、あなたが守って。それだけでいいから」
その信頼は、戦場においてのものだった。
レオンはゆっくり息を吐き、
クレアの手を握り返した。
「……分かった。
ロッジでのことは演技だ。
手を伸ばすのも、寄り添うのも……全部、任務のためだ」
そう言いながら、胸の奥が熱く疼いた。
任務のため……
なのに、クレアの指先の温度が思った以上に心を乱す。
クレアは小さく笑った。
「うん。
それでいいよ。
任務なら、ちゃんと演じ切ろうね、レオン」
その言葉に、レオンは完全に観念した。
…………
そして二人は、監視の光が静かに点滅する部屋で、夫婦の距離へと近づいていく。
静かにベッドに入ると、2人の間の空気が重く沈む。
触れようとするたび、レオンの手は一瞬ためらい、肩が小さく震えた。
彼の動きには迷いがあった。優しさとも違う、罪悪感によるぎこちなさ。
クレアは痛みや恥ずかしさを抱きしめながら、それでもレオンの背にそっと腕を回した。
「大丈夫。……怖がらないで。」
レオンはゆっくりとクレアの頬に手を添え、額を寄せた。
「……今日のドライブ、楽しかったね」
クレアが先に口を開く。
自然に、夫婦らしい会話を。
「明日は湖に行こうか、レオン?」
「ああ……君が喜ぶなら、どこへでも」
声は極めて穏やかに聞こえるよう努めた。
監視には、仲の良い夫婦、そう映るはずだ。
やがて、ベッドの端に腰を下ろす。
クレアが先にシーツに入る。ベッドサイドの灯油ランプの柔らかな光が、彼女の肩の線を照らす。
レオンは一度深く息を吸い、覚悟を決めて隣に滑り込んだ。
近い。
鼓動が伝わるほど。
「……レオン、いいよ」
クレアの声は小さく震えていた。
それでも、彼女は逃げなかった。
レオンはそっと彼女を抱き寄せ、優しく撫でた。
クレアの肩が、光に照らされて細く見えた。
普段はジャケットやベストで隠れているライン。
戦場では気にも留めなかったのに、今は妙に華奢に感じる。
……こんなに、細かったのか。
指先が触れる肌の柔らかさに、思わず息を詰めた。
戦友として抱きしめたことは何度もある。
銃弾を避けて守ったとき、傷を負ったときに支えたとき。
あのときは、ただの「仲間」の体温だった。
でも今、シーツの中で伝わる温もりは違う。
驚くほど柔らかく、温かく、緊張が直接伝わってくる。
クレアが小さく息を詰める。
精神的な負荷を耐え忍ぶ、か細い呼吸。
その瞬間、熱が下腹部に走った。
……っ、嘘だろ。
体が、勝手に反応していく。
レオンは慌てて動きを止め、目を逸らした。
こんなはずじゃなかった。
反応しないはずだった。
クレアの体を、こんな風に意識したことなど、一度もないのに。
彼女の首筋のライン、髪の匂い、震える睫毛。
すべてが、予想外に自分を乱す。
クレアが心配そうに顔を覗き込む。
「……レオン?」
その表情──決意を固めた強さと、わずかな不安が混じった瞳──を見た瞬間、さらに熱が強くなった。
レオンは必死で平静を装い、掠れた声で微笑んだ。
「……悪い、疲れが溜まってたみたいだ。恥ずかしいけど…反応しなくて、ごめん。今日は……このまま、寝ようか」
クレアは少し驚いたような顔をしたが、すぐに小さく頷いた。
「……ええ。いいわ、昼間のドライブで疲れたのよ」
彼女は密かに安心したように目を閉じ、わずかに身を寄せてきた。
レオンは彼女を抱き寄せ、背中を優しく撫で続けた。
監視には、愛情深い夫の仕草に見えるよう、慎重に。
だが、指先にはまだ彼女の肌の柔らかさが残っている。
あの驚きが、熱とともに胸に刻まれていた。
……知らなかった。クレアが、こんなにも──壊れそうなくらい、繊細だったなんて。
監視カメラの赤いライトが天井に、無情に点灯したままだった。
ここは戦場だ。
レオンはそっと彼女を抱き寄せた。
天井にあるカメラに向けた、自然な愛情表現として。
だが、指先はわずかに震えていた。
「……ごめん」
髪に唇を寄せ、盗聴マイクに拾われないほどの小さな声で。
クレアは答えなかった。
気づかないふりをしたのか、それとも本当に聞こえなかったのか。
レオンは彼女の背中をゆっくり撫で続け、眠りに落ちかけたクレアの髪に顔を埋めた。
「おやすみ」
穏やかな声で、監視を欺くために。赤いライトは消えない。レオンは目を閉じることすらできず、ただ彼女を守るためだけに、“夫”を演じ続けた。
(クレア視点)
長い夜が過ぎていった。
──彼の息遣いが、こんなに近いのは初めてだ。
16年。
戦場で肩を並べ、抱きしめて守ったこともある。
けれど、同じベッドで肌の温もりが直接伝わるほど近づいたことは、一度もない。
その事実に、胸の奥がざわついた。
恋でも欲望でもない。
わかっている。
もう、元の距離には戻れない。
……………レオンは必死で平静を装い、掠れた声で微笑んだ。
「……悪い、疲れが溜まってたみたいだ。反応しなくて、ごめん。今日は……このまま、寝ようか」
少し驚いたが、すぐに小さく頷いた。
「……ええ。いいわ、レオンが疲れてるなら」
彼の言葉を聞いて、クレアは一瞬で緊張が解けていくのを感じた。
心のどこかで、安堵していた。
任務のためだとわかっていても、レオンとの間に、戦友という境界線を越えることに、体が固くこわばっていたのだ。
しかし、レオンが体を離したとき、同時に胸の奥に小さな、説明のつかない波紋が広がった。
なぜ、反応しなかったんだろう?
彼は自分を「妻」として見ることはないのだろうか。
16年、共に戦ってきたただの仲間だ。
彼が自分を巻き込むことをあれほど嫌がったのだから、当然だ。
――レオンは、私を女として意識していない。
その事実は、なぜか少しだけ、寂しかった。
いや、違う。
任務が楽になったのだ。
そう自分に言い聞かせた。
レオンの腕が再び背中に回される。
今度は、昨夜までと同じ、戦場で負傷したときのように、ただ守るためだけの温もり。監視カメラに向けるための、完璧な演技。
その温かさに、クレアはそっと身を委ねた。
「おやすみ」
髪に触れるレオンの穏やかな声。
偽りの優しさだとわかっているのに、安心する。
いつだって彼は、戦場で誰よりも強く、そして誰よりも優しかった。
この過酷な任務を引き受けたのは、彼が困っているのを見たくなかったからだ。
それだけ。
クレアは目を閉じ、早く眠りに落ちるよう自分に言い聞かせた。
レオンが感じたという「疲れ」が、どうか本物でありますようにと。
……………
湖面に揺れる光を眺めながら、レオンの胸の奥に小さな波紋が広がる。
それはまだ、名前をつけられない感情だった。
クレアは、竿を握る手を少し緩めた。
隣に座るレオンを見つめる。
朝の会話で釣りに行きたい、という話をした時「悪くないな」と返したレオンに、クレアの胸は跳ねた。
昨夜のことが頭をよぎる。
あのとき、レオンは言い訳をした。「疲れが溜まっていた」と言っていた。
(彼は嘘が下手だ)
あの緊迫した状況で、彼の体が反応しなかったのは、疲れのせいではないはずだ。
(彼はただ、私を傷つけたくなかっただけ)
レオンは、クレアがこの任務を引き受けたこと、そして「夫婦」という虚構の役割を演じさせていることに、罪悪感を抱いている。
彼の優しさ、気遣い、そして距離を置こうとする無意識の行動すべてが、その罪悪感から来ているのだとクレアは知っていた。
「ねえ、レオン」
クレアは、意図的に明るい声を出した。
「もし本当にこの任務が終わって、休暇が取れたら、私、アラスカに行ってみたいんだ。犬ぞりに乗って、オーロラ見てみたい」
レオンは湖面から視線を移さず、静かに答えた。
「アラスカか。寒そうだ」
「レオンなら、寒くても大丈夫でしょ?」
「……どうだろうな。俺は君と違って、どこでも楽しめる性質じゃないからな」
その言葉に、クレアは顔を曇らせた。
レオンが常に抱えている自己評価の低さと、彼が守ろうとしている「境界線」が垣間見えた気がした。
「そんなことないよ」
クレアは、竿を置いてレオンの横顔を見上げた。
「あなたは最高の相棒だよ。戦う時も遊びに行く時もね。」
その言葉は、あえて「戦友(相棒)」という、元の関係性を再確認させるためのものだった。
(レオン視点)
クレアの瞳は、湖面と同じくらい静かで澄んでいた。
その中に、わずかな心配と、変わらない信頼が見えた。
その一言が、昨夜からレオンの心臓を締め付けていた熱を、少しだけ冷やした。
彼はふっと笑った。
「……そうだな。相棒。そうだった」
演技ではない、心からの笑みだった。
そして、レオンは知っていた。
この一時の安堵は、夜になればまた、崩壊するだろう。
湖の奥、静かに波を立てずに近づく敵のように、二人の関係は水面下で、確実に変化し続けている。
……………
ロッジのスパは、思ったより静かだった。
宿泊客はほとんどいない時間帯。
湯気の向こうに人影はない。
「……今ならいける」
レオンが小さく呟く。
クレアは頷き、自然な仕草で彼の腕に絡んだ。
「あなた、せっかくの新婚旅行なのに、仕事の電話ばっかりなんだから」
視線を集めるための、完璧な無駄話。
その間に、レオンの指が装飾の裏へ滑り込む。
小さな音。
金属が触れ合う、かすかな感触。
クレアは、監視を警戒してあえてレオンに体を寄せた。
埋めこまれた小さな装置が、
このロッジの本当の声を、これから拾い続ける。
……………
夜の部屋のランプは低く抑えられた光を放ち、壁に不気味な影を伸ばしていた。
天井の監視カメラの赤い点が、静かに、しかし確実に瞬き続けている。
レオンはベッドの端に座り、拳を握りしめたまま動けない。
昼間の湖畔で交わした言葉「相棒」が、頭の中で空しく反響する。
もう、あの言葉は使えなくなるかもしれない。
クレアが先にシーツをめくり、横たわる。
昨夜のような震えはない。
代わりに、諦めと覚悟が混じった静けさ。
「……今日は、ちゃんとやらなきゃ。監視が怪しむわ」
クレアの声は低く、感情を殺していた。
任務のための義務。
だが、その一言がレオンの胸を鈍く抉る。
レオンは無言で隣に身を寄せ、彼女の肩に手を置いた。肌の熱が、すぐに伝わってくる。
昨夜の未消化の緊張が、一気に蘇る。
(レオン視点)
顔を近づける。
監視に夫婦らしく見せるため、唇を寄せるつもりだった。
額や頬なら、昨夜もした。
唇だけは、避けられるはずだった。でも、息が触れ合う距離で、クレアの瞳が揺れた。
警戒と、わずかな怯えが混じる。
その瞬間、溜まった衝動が喉を焼いた。
唇が触れた。
……っ。
頭が、真っ白になった。
クレアの唇は、予想以上に柔らかく、熱を帯びていた。
16年、戦友として見てきた顔が、こんな距離で、こんな感触で……。
これは演技だ。
監視をごまかすためだ。
なのに体が震える。
極限のストレスが、唇を通じて爆発する。
自然とキスを深くしてしまう。
舌が絡んだ瞬間、電撃のような罪悪感が走った。
最低だ。
彼女のキスを、こんな場所で、こんな理由で奪うなんて。
(クレア視点)
レオンの唇が重なった瞬間、体が凍りついた。
……初めて。
ラクーンシティから一緒に戦ってきた相手と、唇を重ねるなんて、考えたこともなかった。
痛みと羞恥を覚悟していたのに、唇の感触が頭を掻き乱す。
熱く、震えていて……レオンも無理をしているのがわかる。
監視の視線、敵のアジトに閉じ込められた圧力、昨夜の未完の緊張。
すべてが混ざり、キスを深くさせてしまう。
これは錯覚だ。
ただの生理的反応。
極限状態が作り出した、偽りの熱。
それなのに、離れられない。
唇が離れた瞬間、胸に空虚な恐怖が広がった。
(レオン視点に戻る)
キスが切れた後、視線を合わせられなかった。
そのまま、理性が溶けるように体が重なる。
触れるだけで、体がざわつく。
監視のプレッシャー、敵の気配を常に感じる一日、すべてが神経を尖らせ……血が集中し、制御不能の鼓動を生む。
初めは クレアの痛みを抑え、一方で、監視に自然に見えるよう務めるつもりだった。
しかし、体は裏切った。
ストレスの蓄積が原始的な渇望に変わり、動きを加速させる。
クレアの吐息が鋭くなる。
堪えきれない細い音。
そのたびに、自己嫌悪が喉を締め上げる。
最低の行為だ。
彼女を傷つけて、自分だけこの衝動に飲み込まれるなんて。
(クレア視点)
体が熱い。
恥辱が全身を駆け巡る。
レオンにこんな姿を晒すなんて、耐え難い。
でも、彼の息遣いが荒い。
レオンも戦っている。
この閉塞した部屋で、互いが唯一の現実……それが、体をさらに敏感にさせる。
頭がぼやける。
これは本物じゃない。
ただの誤作動。
極限のストレスが、こんな渇望を偽造しているだけ。
それなのに、止まらない。
レオンの存在が、唯一の支柱のように感じる。
静かな呼吸だけが、薄暗い寝室に漂っていた。
レオンは額に滲んだ汗をゆっくり拭った。
胸の奥に残っているのは、達成感でも安堵でもない。
重く、鈍く沈む何かだった。
……終わった。
その事実が、体より先に心を固くした。
隣ではクレアが身じろぎし、かすかに息を吐く。
痛みに耐えた後の、疲れの混じる呼吸。
それがレオンの胸をさらに締めつけた。
「……クレア、大丈夫?」
声が少し掠れていた。
クレアは、無理に笑おうとするように小さく頷いた。
「……うん。大丈夫だよ。」
大丈夫なはずがない。
だが、彼女の言葉の奥にあるのは、あなたを責めないという優しさだった。
その優しさが、今は一番痛い。
レオンはそっと彼女の髪に触れた。
撫でるというより、触れざるを得ないとでもいうような、慎重な動きだった。
そして、クレアの表情を見ようと顔を上げた瞬間……
視界の端で、赤い点が光っているのが見えた。
カメラだ。
マイクのランプも、まだ点灯したまま。
「……っ」
レオンは小さく呼吸を詰まらせた。
忘れるはずがないのに、数分だけ忘れていた自分に気付いて、胸がざわついた。
(見られている。)
(全部、聞かれている。)
その現実が、静かな余韻の中に残酷に落ちてくる。
クレアも、レオンの視線の先を追ってカメラに気づいたらしい。
わずかに肩が揺れた。
羞恥でも恐怖でもない。
ただ、戻ってきた現実への緊張。
レオンはゆっくり息を吸う。
ここで沈んだ顔を見せるわけにはいかない。
苦悶や罪悪感や後悔なんて、ひとかけらも漏らしてはいけない。
夫婦だ。
幸せな、新婚の夫婦。
そう演じなければ。
だからレオンはクレアの頬に手を添え、優しく撫でた。
カメラから見れば自然な愛情表現だ。
だが、その指先にはわずかに震えが残っていた。
「……頑張ったなクレア。すごく良かったよ」
クレアは驚いたように瞬きをしたが、すぐに微笑みを作った。
演技ではある。
だが、その微笑みには確かに寄り添おうとする温度があった。
「レオンも……ありがとう。
……すごく、優しかったよ。」
その言葉に、胸がさらに苦しくなる。
優しさではない。
これは任務で、避けられなかっただけだ。
だが、夫婦らしく見えるために、レオンはクレアを抱き寄せた。
彼女の身体が少し強張る。
痛みがあるのだろう。
それを感じながら抱き寄せなければならない現実が、さらに容赦なくのしかかる。
彼女の頭の上で、小さく囁く。
「……ごめん。」
マイクに拾われないよう、唇を髪に触れるほど近づけて、声にならないほどの音で。
(レオン視点)
終わった後、俺は目を閉じたまま天井を睨み、息を整えた。
隣でクレアが体を縮め、静かに耐えている。
乱れた呼吸。
解放感などない。
ただ、どす黒い後悔と、自己憎悪だけ。
唇に残る感触が、頭から離れない。
あのキスが、一番の裏切りだった。
「……すまない」
唇を彼女の髪に近づけ、声にならないほど小さく謝罪した。
クレアは反応せず、ただ体を寄せてきた。
その接触が、胸をさらに苛む。
これは幻覚だ。
ストレスの副産物が作り出した、偽りの充足。
友情を踏みにじっただけだ。
それでも、体は離れなかった。
赤いライトの下で、2人は絡みあったまま、沈黙を共有した。
夜が、深く沈んでいった。
3日目の朝
ロッジの部屋は、山間の朝の薄い光に満たされ始めていた。
二日分の疲れと、昨夜の激しい抱擁の余韻が、レオンとクレアをシーツの中に留め置いている。
彼らは肌を密着させ、互いの体温だけがこの部屋の唯一の真実であるかのように感じていた。
レオンは、クレアの柔らかな髪に顔を埋め、深く静かな呼吸を繰り返していた。
彼の腕が、クレアの腰に強く回されている。
(レオン内証)
(昨夜のことは、任務の張り詰めた緊張が生んだ、一線を越えた事故だ。
だが、この体温の交換が、俺たちの偽りの関係を、最も危険なものへと変えてしまった。
彼女が何も言わないことに、俺は助けられている。
このまま、何も考えずに、この夜の出来事を閉じるしかない)
クレアは、彼の胸に耳を当てている。
彼の心臓の音は、昨夜の荒々しさを嘘のように鎮め、一定のリズムを刻んでいた。
(クレア内証)
(任務のため、私たちは完璧な『新婚夫婦』を演じた。
そして、その演技は、私自身のコントロールを失うほどに、本物に近づいた。
この肌の温もりは、任務の記憶として処理するには重すぎる。
レオンは、今、何を考えているのだろう?
彼もまた、この『共犯関係』に静かに耐えているように見える)
レオンは、監視カメラのマイクに絶対に拾われないよう、息を吐き出すような極小の声で、クレアの耳元に囁いた。
「成功しているようだ」
クレアの背中が、わずかに緊張したのが伝わる。
「電波が出てる。ロッジの内部通信だ。おそらく、ハニガンがもう分析を始めている」
クレアは、小さく頷いた。
彼女もまた、ほとんど吐息だけで答える。
「……決定的なものは?」
「まだだ。警備のルーティンや日常的なやり取りがほとんど。敵が動くのは、警戒が緩む今夜だろう」
レオンは、腕の力を少し緩め、さらに密着して続けた。その囁きは、秘密の重さを分かち合う行為だった。
「クレア、明日の朝には帰ろう、と言ったが……それはできない」
クレアは、レオンの胸に爪を立てるほどの、静かな圧力を返した。
任務の継続という判断を支持している。
「2泊で急いで引き払ったら、監視側は必ず部屋を調べる。『盗聴器を仕掛けた』と白状するようなものだ」レオンは理由を重ねる。「俺たちは、最後まで『退屈なバカンス客』でいる必要がある」
「……そうね。完璧な演技が必要よ」
クレアの口調は業務的だったが、彼女の唇はレオンの肌に触れていた。
「敵の動きを待つ今夜が、任務の本当のヤマだわ」
「ああ。だから、今日の昼間は『ロッジの施設を満喫する客』を演じ続ける」
レオンは、そっとクレアの頭を撫でた。
「そして、組織の動きを確認した明日の朝(4日目の朝)ハニガンのサインで引き払う」
「わかった」
クレアは、レオンの肩に顔を寄せた。
「明日の朝になったら帰ろう」
それは、彼らに与えられた最後の猶予を告げる、任務の言葉だった。
と同時に、彼らだけの秘密の夜が、もうすぐ終わりを迎えるという、個人的な別れの合図でもあった。
二人は、その静かな秘密を共有しながら、ゆっくりと、任務の3日目を始めるために身を離した。
……………
3日目の昼
朝食を済ませたレオンとクレアは、ロッジのロビーに戻った。
監視カメラと支配人の目線を意識しながら、二人は完璧な新婚夫婦の顔に戻る。
「ねえ、こんな高級なところにせっかく来たんだから、もっと楽しまなきゃ損じゃない?」
クレアは、レオンの腕にわざと甘えるように絡みついた。
「ああ、そうだな」
レオンは、クレアの耳元に囁くように応じた。
「昼飯食ったばかりだが、まずはこのロッジを隅々まで散策するか。最高の思い出を作るために」
その「最高の思い出」とは、ロッジの警備の全貌を把握することだった。
二人はロビーから、土産物店、バーカウンター、そしてロッジの外周に続く散歩道へと、ゆっくりと移動した。
クレアは、土産物店の窓際に飾られた、安っぽい動物の置物を指差した。
「見て、レオン。これ、ちょっとブサイクで可愛いわ。買ってよ」
「ああ、いいぞ」
レオンは、笑いながらクレジットカードを出すふりをした。
その間、レオンの視線は、天井の隅や壁の換気口など、監視カメラやセンサーが仕掛けられていそうな場所を、一瞬たりとも見逃さなかった。
クレアもまた、レオンに寄り添いながら、他の客や従業員の動き、そしてロビー奥にある配電盤のような目立たない扉の位置を脳裏に焼き付けていた。
(クレア内証)
(警備に動きはない。盗聴器の設置がバレた様子もないわ。昨夜の私たちの「パフォーマンス」は、今のところ完璧に機能している)
「ねえ、この後、スパに行こうよ」
クレアは、監視に聞かせるため、少し大げさに言った。
「せっかくオシャレな水着持ってきたんだし!」
「もちろん。行くか」
レオンは、クレアの髪を軽く撫でるという、非常に親密な動作を監視カメラに向けて披露した。
…………
スパの最終確認
午後。
ロッジの地下に位置するリゾートスパは、客が少なく、静寂に包まれていた。
クレアは、普段の活動的な姿とは一転して、セクシーなビキニで現れた。
その姿は、周囲の視線を一手に集める。
彼女は、監視カメラの視線誘導役を担っていた。
レオンは、水着姿のクレアに軽く目をやり、すぐにプールサイドの壁や天井へと視線を移した。
「すいててラッキーね!」
クレアは、レオンの腕を取り、露天風呂へと向かう。
サウナ室。レオンとクレアは、互いの肌が触れるほどの至近距離で座った。
レオンは、クレアの頬にくちづけるふりをして小さな声で囁いた。
(ロッジ全体はクリーンだが、水回り設備に異常な警備強化の痕跡がある)
クレアは、レオンの方に頭を乗せて こっそり 囁いた。
(ハニガンのシグナルは、水回り設備を装って来るはずよ)
お互いの結論は一致していた。ハニガンからの「脱出サイン」は、ロッジの「給水設備の故障」として来るはずだ。
「ここ、すごく熱いわね。長くはいられないわ」
クレアは、大げさに身を震わせた。
「そうだな。そろそろ戻るか」
レオンも、「妻に優しい夫」を演じながら、サウナ室を出た。
二人は、偽りの蜜月を楽しみながら、すべての情報を確認し終えた。
彼らが待つべきは、今夜の組織の動きと、明日(4日目)の朝のハニガンからのシグナルだけだった。
………
3日目の夜決着、名前のない絆
夜。
山間ロッジの部屋は、再びランプの光に照らされていた。レオンとクレアは、夕食を済ませ、部屋に戻ってきていた。
部屋の空気は、昼間の「新婚旅行の演技」の熱が冷めた分、重く静かに張り詰めている。
二人は、ベッドサイドの椅子に腰掛け、ワイングラスを傾けている。監視カメラに向けた、完璧に仲の良い夫婦の姿だった。
「ワインも堪能したわね。明日はどこに行こうかしら」
クレアは、グラスの底に残った最後の液体を見つめて言った。
「ああ。こんな山奥まで来たんだから、もっと自然を満喫しなきゃな」
レオンも、穏やかな笑みを浮かべた。
「そうね。今回の旅行はここを選んで正解だったわ」
クレアの言う「成功」が、任務の準備期間を指すのか、それとも昨夜からの二人の関係を指すのか、レオンはつい、余計なことを考えてしまった。
彼は、グラスをテーブルに置いた。そして、クレアの向かい側に座り直す。
(レオン内証)
(今夜が、最後の夜だ。このまま曖昧な空気に流されたまま帰ったら、俺は一生、彼女の信頼を傷つけたという負い目を背負うことになる)
レオンは、クレアの手を取り、静かに握った。
それは、監視カメラから見れば「夫婦の穏やかなスキンシップ」でしかない。
だが、二人の間では、これ以上ないほど真剣な合図だった。
レオンは、クレアの目を見つめ、監視カメラにひろわれていいよう、昔話をするような口調で、穏やかに囁いた。
「クレア……こんな時だから聞いてくれ。覚えてるだろ、前に、俺は君にひどいことをした。君の大切なものを、仕事という名目で、俺の都合で奪ったことがあった」
クレアは、レオンの手を握り返す。
その圧力は、彼の心臓に直接響くようだった。
(クレア内証)
(また、彼は謝る。彼は、私を心から尊重しているからこそ、自分の行動を裏切りだと感じている。
私がここで「クレア・レッドフィールド個人として受け入れた」とでも言ったら、彼は任務外の感情で自分を追い詰めるだろう。
そして、私たちはもう、戦友としては戦えなくなる)
クレアは、優しく微笑んだ。そして彼に、夫婦の他愛ない会話を装って言った。
「ねえ、レオン。私たちはこうなる前から、ずっといい仲間よ」
レオンの目が大きく開かれた。
(レオン内証)
(「仲間」。彼女は、「俺に奪われた」ことに対して「私たちは共犯だ」という答えを返してきたんだ。
あの夜の行為は、恋愛でも、一時的な欲望でもなく、俺たちの命を、お互いに守り合う仲間としての行為……)
クレアは、言葉を続けた。
「あの夜のことは、もう名前のないものにして。
私たちは、そんなもの必要ない。
今まで通りよ。
だって、そうしないと、今まで通り、助け合えないでしょ?」
その言葉は、レオンへの感謝であり「私たち二人の絆を、何にも定義させない」という、クレアの強い意志の表明だった。
レオンの心から、すべての重荷が取り除かれた。
彼は、クレアの優しさと強さに、ただ感謝した。
「……ああ、わかった。クレア」
レオンは、クレアの手を両手で包み込み、深く感謝と敬意を込めて、その甲に口づけた。
部屋のランプは消され、静寂が支配していた。
監視カメラの赤い光だけが、暗闇の中で瞬いている。
レオンとクレアは、シーツの中で衣服を取り払い、深く抱き合っていた。
昨夜の激しい情熱を思わせるほど、互いの身体を強く寄せ合っている。
これは、監視に向けての完璧な「夫婦の愛」を証明する演技だった。
クレアは、レオンの肩に顔を寄せ、愛の行為の直後のような甘い息遣いをしながら、彼の耳に舌を這わせに語りかける
「レオン……あなたを愛してるわ。
昨夜のあなたの熱さは、私のすべてを揺さぶった。
こんな風に、あなたの腕の中にいられるなら、永遠にここにいたい」
レオンは、クレアの背中を撫でる手に力を込めた。
彼自身の感情もまた、この熱い演技に引きずり込まれそうになりながら、プロの理性を保っていた。
同じように、 盗聴マイクが拾える大きさの声でクレアに語りかける。
「ああ、愛してる、クレア……。
君の優しさは、俺の心の一番弱い部分を知っている。
だが、俺たちは今日までだ。この旅は、もう終わる」
クレアは、甘えた抗議を装うように、レオンの胸に爪を立てる。
そして 盗聴マイクに拾われないように、囁くような小さな声で
「そうね。あなたの迷いは、私に伝わってきたわ。
でも、もういいの。
私はあなたの罪にはならない。
私たちの関係に名前なんて、いらない。
私たちは、ただのレオンとクレアとして 日常に戻る。
それが、私たちの道よ」
レオンの目には、クレアの強さと献身的な愛が映った。
彼は、彼女の決断に心から感謝した。
これで自分たちは、一度きりの熱狂と、永遠の戦友の絆を両立できる。
レオンは、クレアの唇に、監視を意識して長く情熱的なキスを落とす。
舌を絡めるような熱いそのキスを終えた後、彼は改めて、クレアの耳元に、マイクに拾われないような小さな声で囁いた。
「ああ、わかった。クレア。君の選択を尊重する。
そして感謝する。
そして……忘れない…。」
その直後、ロッジ全体に微かな振動が走った。
クレアは、幸福の余韻を装って、身じろぎした。
「ああ、愛してるわ、レオン……でも、そろそろ暖かいところに行きたいわね。」
「ああ。明日の朝ここを引き払おうか。いい旅だったな。君のビキニ姿も見られた。」
二人は、熱い愛の演技の中で、任務の完了と、二人の名前のない絆の継続を確認し合った。
……………
翌朝、夜明けと共に、ロッジの支配人が慌ただしく部屋の扉を叩いた。
「ケネディご夫妻!大変申し訳ありません!昨夜、ロッジの給水設備に重大な不具合が発生しまして、本日の営業を急遽停止いたします!すぐにご帰宅をお願いします!」
レオンとクレアは顔を見合わせ、心の中でハニガンに感謝した。
二人は、「ひどいバカンスだった」と不満を漏らす客を完璧に演じながら、ロッジの玄関を出た。
敷地の外れで、二人は用意された黒塗りの護衛車に乗り込む。
この護衛車は、外装こそただのSUVだが、防弾仕様で、エンジンにはV8ツインターボが搭載され、高速で離脱するためのカスタムが施されていた。
監視の視線が完全に途切れた車内で、二人は深く息を吐いた。
「これで、一件落着ね」
クレアが言った。
「ああ。ハニガンも処理が早かった」
レオンは、クレアの方を向き、まっすぐに彼女の目を見た。
「今回の任務、感謝するよ。君は最高の相棒だ」
クレアは、大声で笑い出した。
「ふふ、もう相棒なんて言わないかと思ってたわ!」
「冗談じゃない。君は最高の相棒だ」
レオンは笑いながら言った。
「さて、次のバカンスの計画ができたぞ」
クレアは目を輝かせた。
「どこへ行くの?アラスカ?」
レオンは微笑み、ジョークを交えて言った。
「寒いところはもういい、って言ったばかりだろ。そうだな。次のバカンスは、クリスやみんなを連れてでビーチに行こう。監視カメラの心配もないしな」
クレアはレオンの肩を叩いた。
「それ、最高ね!決まりよ、レオン!」
二人は笑い合い、車は光の当たる場所へと進んでいった。
彼らの関係は、名前を持たない。
だが、その名前のない絆、あらゆる試練を乗り越え、より強固なものとなっていた。
2人はあの夜を忘れないだろう。
そしてまた、共に戦う。