明日は大規模作戦。生きて帰れる保証はない。
深夜の格納庫で整備を続ける俺の前に、エースパイロットのアグネスが現れた。
派手な髪色、豊満な身体、自信満々の態度——男を何人も食ってそうな女。
そう思っていた。

「……初めて、なの」

震える声で告げられた真実。
強気な仮面の下に隠されていたのは、誰にも触れさせたことのない身体と、臆病な心だった。
「怖い。でも、アンタがいい。アンタじゃなきゃ、嫌」
決戦前夜。
俺は彼女の「初めて」を、全て奪う。

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 格納庫に、俺──レックスの足音だけが響いていた。

 

 深夜二時。

 他の整備士はとベッドの中だ。明日は大規模作戦の当日だ。普通なら、少しでも身体を休めるべきなんだろう。

 

 でも、俺はここにいる。

 

 MS——モビルスーツ「ギャン」の前に立ち、工具を手に取った。

 昨日の戦闘でついた小さな傷。

 装甲の継ぎ目に走る、微かな歪み。

 パイロットでさえ気づかないような、些細な損傷。

 

 俺の指が、その傷を撫でた。

 

 彼女は気づいていないだろう。俺がこの傷を見るたびに、胸が締め付けられることを。

 

 ギャンの装甲は、彼女を守る最後の壁だ。この金属板一枚が、宇宙の真空と、敵のビームライフルと、彼女の命を隔てている。

 

 だから俺は、ここにいる。

 

 一年間、ずっとそうしてきた。誰よりも早く格納庫に来て、誰よりも遅くまで残る。彼女の——アグネス・ギーベンラート少尉の専属整備士として。

 

「帰ってこい」

 

 声に出したのは、初めてだった。

 

 格納庫の静寂に、俺の声が吸い込まれていく。返事はない。当たり前だ。こんな時間に、誰がいるというのか。

 

 俺は溜息を吐いて、作業に戻った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 足音が聞こえたのは、それから三十分ほど経った頃だった。

 

 軽い足音。でも、迷いがない。

 

「あら、レックスじゃない」

 

 振り向くと、彼女がいた。

 

 アグネス・ギーベンラート。

 サーモンピンクの髪を高い位置でツインテールに結び、バイオレットの瞳を持つ、コンパスのエースパイロット。今夜はパイロットスーツではなく、マルーンのジャケットにミニスカートという私服姿だった。

 

 いつもの強気な歩き方。腰を揺らして、堂々と。まるで格納庫が自分のものであるかのように。

 

 でも、どこか違う。

 

「アンタ、まだいたの」

 

 断定的な声。挑発するような口調。

 いつもの、アグネスだ。

 

 俺は彼女を観察していた。無意識に。整備士の癖だ。機体の異常を見つけるように、人間の異常も見つけてしまう。

 

 彼女の指先が、ジャケットの裾を摘んでいる。

 

 たぶん本人は気づいていない。無意識の仕草。布地を指で弄ぶ、小さな動き。

 

 彼女は緊張している。

 

「整備だ」

 

 俺は短く答えて、視線を工具に戻した。

 

「こんな時間に?」

 

「明日、お前が死なないためだ」

 

 言ってから、しまったと思った。

 普段の俺なら、こんな言い方はしない。もっと事務的に、「作戦前の最終確認だ」とでも言うはずだった。

 

 深夜のせいだ。気が緩んでいる。

 

「ふぅん」

 

 アグネスが、俺の隣に来た。

 ギャンを見上げる横顔。長い睫毛。白い首筋。機械油の匂いしかしないはずの格納庫に、甘い香りが混じった。シャンプーか、香水か。

 

 見るな、と自分に言い聞かせた。

 

「眠れなくて」

 

 彼女がそう言った。

 でも、俺から視線を逸らしている。

 

 眠れないなら、自分の部屋にいればいい。なぜ、わざわざ格納庫に来る。しかも、こんな深夜に。俺がいることを、まるで知っていたかのように。

 

「明日の作戦、緊張してるのか」

 

「してない」

 

 即答。でも、声が少しだけ上擦っていた。

 

「アタシはエースよ。緊張なんてするわけないでしょ」

 

 胸を張って言う。その姿勢のせいで、ジャケットの下の膨らみが強調された。Fカップはあるだろう。いや、もっとかもしれない。

 

 俺はすぐに視線を逸らした。

 

「そうか」

 

「何よ、その反応」

 

「別に」

 

 沈黙が落ちた。

 

 格納庫の空気が、妙に重い。俺は整備の手を動かし続けた。でも、意識は彼女に向いている。視界の端で、アグネスがこちらを見ているのが分かった。

 

 何か言いたいことがあるのか。

 それとも、ただ傍にいたいだけなのか。

 

「ねえ」

 

 アグネスの声が、少しだけ柔らかくなっていた。

 

「アンタ、なんで毎日こんなに遅くまでいるの」

 

 俺の手が、一瞬止まった。

 

「仕事だからだ」

 

「嘘」

 

 彼女の声には、確信があった。

 

「他の整備士は、こんな時間までいない。アンタだけよ」

 

 俺は答えなかった。手を動かし続ける。ボルトを締める。ナットを確認する。

 

「ずっと気になってたの。誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで残って」

 

 彼女の視線が、俺を射抜いていた。バイオレットの瞳。強気な光。でも、その奥に何か違うものが見える。不安か。期待か。

 

「アタシのギャンだけ、特別扱いしてるでしょ」

 

「気のせいだ」

 

「嘘つき」

 

 アグネスが、一歩近づいた。

 甘い香りが濃くなる。普段は機械油の匂いしかしない格納庫に、場違いな香り。彼女がここに来るために、香水をつけてきたのかもしれない。

 

 いや、考えすぎだ。

 

「ねえ、レックス」

 

 俺の名前を呼ぶ声が、いつもより低かった。

 

「なんでアタシのこと、見てんの」

 

 心臓が跳ねた。

 

「見てない」

 

「嘘。さっきからずっと」

 

 バレていた。

 

 俺は工具を置いて、彼女と向き合った。

 四秒。俺は彼女の目を見つめた。逸らさなかった。

 

 アグネスが先に視線を落とした。

 頬が、僅かに赤い。

 

 脈は、ある。

 俺は心の中で、そう判断した。整備士としての観察眼が、そう告げている。

 

 でも、だからどうした。

 整備士とパイロットは、住む世界が違う。俺は地上で待つだけの人間で、彼女は宇宙を駆ける人間だ。交わることはない。

 

 そう思っていたのに、俺の口は勝手に動いていた。

 

「手、怪我してる」

 

 アグネスの右手。指先に、小さな切り傷。コックピットのどこかで切ったのだろう。彼女自身も気づいていないくらい、些細な傷。

 

「大したことない」

 

「消毒する」

 

「いいって——」

 

 俺は彼女の手を取った。

 

 小さな手だった。

 エースパイロットとは思えないほど、華奢で、柔らかい。この手で操縦桿を握り、何十人もの敵を撃墜してきたとは思えない。

 

 俺の親指が、彼女の手のひらを撫でた。傷の周囲を、確認するように。

 

 アグネスの肩が、びくりと震えた。

 

 声にならない吐息が、彼女の唇から漏れた。

 指が、微かに開いた。

 緊張なのか、受け入れなのか。

 

 彼女は反応している。俺の触れ方に、反応している。

 

 俺は手を離さなかった。

 

「明日、絶対に帰ってこい」

 

 俺の声が、自分でも驚くほど低かった。

 

「なんで」

 

「ギャンが傷ついたら、俺が困る」

 

 嘘だった。

 分かっている。彼女も、俺も。

 

 アグネスの空いている方の手が、俺の胸を押した。

 でも、力が入っていない。押し返すためではなく、触れるための手だった。

 

「嘘つき」

 

 震える声。

 

「本当の理由、言ってよ」

 

 俺は黙っていた。言葉を探していた。一年間、胸の奥に押し込めてきた言葉を。

 

「一年も、毎日。誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで残って」

 

 彼女の目が、潤んでいた。

 強気なエースパイロットが、今にも泣きそうな顔をしている。

 

「アタシのこと、見てたんでしょ」

 

「ああ」

 

 認めた。もう、隠す意味がない。

 

「なんで。整備士なのに」

 

「お前が傷つくのが、嫌だから」

 

 言ってしまった。

 

 一年間、胸の奥に押し込めてきた言葉。整備士とパイロットの壁。立場の違い。そんなものを全部無視して、俺は本音を口にした。

 

 アグネスの身体が、俺に向かって倒れ込んできた。

 

 抱擁。

 彼女からの、不器用な抱擁。

 

「バカ」

 

 俺の胸に顔を埋めたまま、彼女が言った。

 声が震えている。

 

「なんで今まで言わなかったのよ」

 

 答えられなかった。

 答える代わりに、俺は彼女の背中に手を回した。

 

「アタシ、ずっと待ってたのに」

 

 待っていた。

 その言葉が、俺の中で反響した。

 

 俺は彼女を見下ろした。サーモンピンクのツインテールが、俺の腕に触れている。甘い香りが、もっと近くなった。

 

 抱きしめたい。

 

 その衝動が、腹の底から湧き上がってきた。彼女の細い身体を、両腕で包み込んで、二度と離さないと——

 

 まだだ。

 

 俺は衝動を押し殺した。

 

 彼女は今、感情が高ぶっている。明日の作戦への不安。深夜のテンション。そんなものが混ざり合って、普段は言わないことを言っている。

 

 ここで抱きしめたら、後悔させるかもしれない。

 

「アグネス」

 

「何」

 

「顔を見せろ」

 

 彼女が顔を上げた。

 涙の跡。でも、強い目。バイオレットの瞳が、真っ直ぐに俺を見ている。

 

「抱きしめて、いいか」

 

 許可を求めた。

 彼女の意思を、確認するために。

 

 アグネスの頬が、さらに赤くなった。

 唇を噛んで、視線を逸らして——それでも、小さく頷いた。

 

「バカ。聞くとか、ダサい」

 

「そうか」

 

「そうよ。普通は聞かないで——」

 

 俺は彼女を抱きしめた。

 

 細い身体だった。

 俺の腕で、簡単に一周できてしまいそうなほど。

 

 でも、温かかった。

 機械油と金属の匂いしかしない格納庫で、彼女の身体だけが生きている熱を持っていた。

 

 ジャケット越しに、柔らかいものが胸板に押し当たる。形が分かる。弾力が分かる。彼女の心臓の鼓動まで、伝わってくる。

 

 抱きしめるだけで、こんなに情報が入ってくるのか。

 整備士の観察眼が、彼女の身体を無意識に分析していた。

 

 抱きしめて、いいか、なんて聞いておいて。

 俺の手は、既に彼女の背中に回っている。引き寄せる。もっと近くに。

 

 アグネスの身体が、僅かに硬直した。

 

「力、抜け」

 

「抜いてる」

 

「嘘だ。肩が上がってる」

 

 俺の手が、彼女の背中をゆっくりと撫でた。

 上から下へ。肩甲骨の間を。背骨に沿って。何度も。何度も。

 

 やがて、彼女の身体から力が抜けていった。呼吸が、穏やかになる。俺の胸に、全体重を預けてくる。

 

 これでいい。急ぐな。

 

「ねえ」

 

 アグネスの声が、小さくなっていた。

 

「キス、していい?」

 

「いいのか」

 

「アタシが聞いてんの」

 

 強がり。でも、声は震えている。

 顔は俺の胸に埋めたまま、見せようとしない。

 

 俺は答えなかった。

 代わりに、彼女の顎に手を添えて、顔を上げさせた。

 

 潤んだ目。赤い頬。少しだけ開いた唇。

 待っている。俺を、待っている。

 

 唇が、軽く触れた。

 

 まだ舌は入れない。

 唇と唇で、互いの熱を確かめ合う。

 

 柔らかい。

 彼女の唇は、想像以上に柔らかかった。薄い桜色。少しだけ、リップクリームの味がする。

 

「んっ」

 

 アグネスの指が、俺のつなぎ服を掴んだ。

 離さない、とでも言うように。布地に皺が寄るほど、強く。

 

 もう一度。今度は、少しだけ深く。

 彼女の唇を、吸うように。下唇を軽く噛んで、舌先で舐める。

 

「っ」

 

 彼女の身体が、びくりと跳ねた。

 

 離れない。

 また唇を重ねる。角度を変えて。今度は彼女の上唇を。

 

 三度目。四度目。五度目——。

 

 やがて、彼女の方から、舌先が伸びてきた。

 

 待っていた。

 

 俺はその舌を受け止めて、ゆっくりと絡めた。

 

 ◆◆◆

 

 キスが深くなるにつれて、彼女の身体が変わっていく。

 

 最初は固かった肩から、力が抜けていく。俺の胸に預ける体重が、少しずつ増えていく。呼吸が浅くなる。頬が紅潮していく。

 

 俺の胸に押し付けられた彼女の心臓が、早鐘を打っているのが分かる。

 

 でも、何かが違った。

 

 舌の動きが、ぎこちない。

 俺が絡めようとすると、逃げる。追いかけると、また逃げる。でも離れようとはしない。どうしていいか分からない、という動き。

 

 経験のある女の舌じゃない。

 

 俺は唇を離した。

 銀色の糸が、俺たちの唇の間で光って、切れた。

 

「アグネス」

 

「何」

 

 荒い息。潤んだ目。頬は真っ赤だ。

 強気なエースパイロットの面影は、どこにもなかった。

 

 俺は彼女の目を見つめた。三秒。四秒。観察するように。

 

「慣れてないだろ」

 

 彼女の目が、大きく見開かれた。

 図星だ。

 

「うるさい」

 

 顔を背ける。でも、俺のつなぎ服を掴んだ指は離さない。

 耳まで真っ赤だ。首筋まで、赤みが広がっている。

 

「笑うなよ」

 

「笑ってない」

 

「絶対笑うなよ」

 

 彼女の声が、震えていた。

 強気な声ではなく、消え入りそうな声。何かを告白しようとしている声。

 

 俺は待った。

 急かさない。彼女が言葉を見つけるまで、待つ。

 

 アグネスの指が、俺のつなぎ服を握りしめた。布地に皺が寄る。

 

「アタシ、こういうの」

 

 言葉が途切れた。

 唇を噛んでいる。恥ずかしいのか、怖いのか。

 

 俺は彼女の髪を撫でた。サーモンピンクの柔らかい髪。

 

「言えるまで待つ」

 

「急かせよ、バカ」

 

「急かさない」

 

 沈黙。

 彼女の呼吸だけが聞こえる。浅く、速い呼吸。

 

 やがて、彼女が口を開いた。

 

「初めて、なの」

 

 その言葉が、俺の脳を直撃した。

 

 初めて。

 

 アグネス・ギーベンラート。

 派手な髪色。豊満な身体。自信満々の態度。男を何人も手玉に取っていそうな雰囲気。

 

 全部、虚勢だったのか。

 

「嘘だろ」

 

「嘘じゃない」

 

 彼女が俯いた。肩が小さく震えている。

 ツインテールが揺れて、うなじが見えた。白い肌に、汗が滲んでいる。

 

「みんな、アタシのこと誤解してる。派手だから、遊んでるって」

 

 声が小さくなっていく。

 

「でも、違うの。アタシ、キスしたことすら、なかった」

 

 俺は黙って聞いていた。彼女の言葉を、一つも逃さないように。

 

「怖かった、の。誰かに触られるのが」

 

 彼女の手が、自分の腕を掴んでいた。守るように。隠すように。

 

「だから、強がって、近づかせないようにして。派手にして、軽い女だって思わせて。そうすれば、本気で近づいてくる男はいないから」

 

 アグネスが顔を上げた。

 涙を堪えた目で、俺を真っ直ぐに見る。

 

「でも、アンタは違った」

 

 俺は何も言えなかった。

 

「毎日、アタシのギャンを整備してくれて。何も言わないで。何も求めないで」

 

 彼女の声が、震えていた。

 

「近づいてこなかった。でも、離れなかった。ずっと、そこにいてくれた」

 

 彼女の手が、俺の頬に触れた。

 冷たい指先。でも、震えている。

 

「一年間、ずっと見てた。アンタのこと」

 

 俺も見ていた。

 言葉にはしなかったが、ずっと見ていた。

 

「怖い、けど」

 

 アグネスが、唇を噛んだ。覚悟を決めるように。

 

「アンタがいい。アンタじゃなきゃ、嫌」

 

 その言葉が、俺の胸を貫いた。

 

 俺の中で、何かが決まった。

 

 彼女の頬に手を当てる。涙の跡を、親指で拭う。

 

「痛かったら言え。止まる」

 

 アグネスの目が、見開かれた。

 

「急がない。お前のペースでいい」

 

 彼女の目が、また潤んだ。

 でも今度は、違う涙だ。安堵の涙。信頼の涙。

 

「バカ」

 

「よく言われる」

 

「優しすぎ」

 

 彼女が、俺の胸に顔を埋めた。

 

「お願い」

 

 消え入りそうな声。

 

「壊さないで。でも、壊して」

 

 その言葉の意味を、俺は理解した。

 

 彼女は怖いのだ。初めてのことが。誰かに身体を委ねることが。傷つくかもしれないことが。

 

 でも同時に、俺に壊してほしいと思っている。強がりで固めた自分の殻を。誰も近づけなかった自分の心を。

 

 この女を、幸せにする。

 

 俺は彼女を抱き上げた。

 

「きゃっ」

 

 短い悲鳴。でも、嫌がってはいない。

 

「格納庫の隅に、毛布がある」

 

「ここで、するの?」

 

「嫌か」

 

 彼女は答えなかった。

 代わりに、俺の首に腕を回した。しがみつくように。でも、信頼を込めて。

 

「レックスと一緒なら、どこでもいい」

 

 その言葉を聞いて、俺は歩き出した。

 

 格納庫の隅へ。

 彼女を腕に抱いたまま。

 ギャンの影が、俺たちを見守っていた。

 

 ◆◆◆

 

 格納庫の隅に、整備用の毛布を敷いた。

 

 硬い床だが、今はこれしかない。本当なら、もっとちゃんとした場所で抱きたかった。ベッドの上で、シーツの匂いに包まれながら。

 

 でも、待てなかった。彼女も、俺も。

 

「ここで?」

 

 アグネスが、毛布の上に座った。

 膝を揃えて、腕で身体を抱きしめている。

 

 さっきまでの強気な姿は、どこにもなかった。

 ジャケットの下で、彼女の身体が小さく震えている。

 

 怖がっている。

 でも、逃げようとはしていない。

 

 俺は彼女の隣に座った。

 まだ触らない。

 

「手、出して」

 

「え?」

 

「いいから」

 

 彼女が、おずおずと手を差し出した。

 さっき傷を見た、右手。細い指。白い肌。爪は短く切り揃えられている。コックピットで操縦桿を握るために。

 

 俺はその手を取って、掌を上に向けさせた。

 

「何、するの」

 

「黙ってろ」

 

 指先から、ゆっくりと撫でていく。

 

 小指から。爪の先に、そっと触れる。それから、指の腹を親指でなぞる。第一関節。第二関節。指の付け根。

 

「っ」

 

 アグネスの呼吸が、僅かに乱れた。

 

 薬指。同じように。爪の先から、ゆっくりと。

 中指。人差し指。親指。

 

 一本ずつ。丁寧に。急がない。

 

「感じるか?」

 

「わかんない」

 

 嘘だ。

 彼女の呼吸が変わっている。浅く、速くなっている。

 

 手首へ。

 内側の、薄い皮膚を親指で撫でる。血管が透けて見える場所。脈が触れる場所。

 

「やっ」

 

 ビクッと震えた。

 彼女の膝が、反射的に閉じる。

 

「ここ、敏感だな」

 

「知らなかった」

 

「俺は今、知った」

 

 彼女の身体を、覚えていく。どこが敏感か。どこに触れると震えるか。

 

 腕へ。肘の内側へ。

 ゆっくりと、遠くから中心へ。

 

「横になれ」

 

「うん」

 

 アグネスが毛布の上に横たわった。

 まだ膝を閉じて、腕で胸を隠している。

 

 閉じた身体。これが、彼女の防御だ。

 一年間、誰も近づけなかった身体。俺が、最初に開く。

 

 俺は彼女の横に寝そべった。

 まだ服は脱がせない。

 

 肩に、唇を落とした。ジャケット越しに。

 

「ひっ」

 

「痛いか?」

 

「痛くない」

 

 首筋へ。

 鎖骨の上を、唇でなぞる。ジャケットの襟から覗く、白い肌。

 

「あっ」

 

 彼女の背中が、僅かに反った。

 

 耳元に唇を寄せる。

 耳たぶを、軽く噛んだ。歯を立てずに、唇で挟むように。

 

「んっ、やっ」

 

 声が漏れ始めている。

 まだ、どこも直接は触っていない。服の上から、首から上だけ。それだけで、彼女は反応している。

 

 俺の手が、彼女のジャケットのボタンに触れた。

 

「脱がせるぞ」

 

 アグネスが、小さく頷いた。

 でも、目を閉じている。恥ずかしいのだろう。

 

 ボタンを一つ外す。

 ゆっくりと。焦らすように。

 

 白いシャツが見えた。その下に、レースのブラジャーの輪郭。

 

 もう一つ。

 鎖骨が露わになる。華奢な骨格。鎖骨の窪みに、汗が溜まっている。

 

 最後のボタンを外した。

 

「見ないで」

 

「無理だ」

 

 ジャケットを脱がせる。

 シャツ一枚になった彼女の身体。

 

 大きい。

 

 分かってはいた。パイロットスーツの上からでも、彼女の胸が大きいことは。

 でも、こうして近くで見ると、シャツの布地が張り詰めているのが分かる。ボタンとボタンの間が、僅かに開いている。中の白いレースが、覗いている。

 

 シャツの上から、胸の膨らみを撫でた。

 

 まだ直接は触らない。布越しに、輪郭をなぞるだけ。

 

「ひゃっ」

 

 アグネスの身体が跳ねた。

 腕で胸を隠そうとするが、俺の手がそれを阻む。

 

「恥ずかしい」

 

「恥ずかしがるな」

 

「無理」

 

 彼女の顔が、耳まで赤く染まっていた。

 

 シャツのボタンに手をかける。

 一つ。また一つ。ゆっくりと。

 

 白い肌が、徐々に露わになっていく。

 鎖骨の下。胸の膨らみの始まり。谷間。

 

 レースのブラジャーが見えた。

 白い生地に、薄いピンクのリボン。意外と可愛らしいデザインだ。派手な外見とは、正反対の。

 

「そんなに見られたら、恥ずかしい」

 

「見る。全部見る」

 

 シャツを脱がせた。

 アグネスの上半身が、ブラジャー一枚になる。

 

 細いウエスト。俺の両手で掴めそうなほど。

 それなのに、胸は溢れそうに膨らんでいる。ブラジャーの縁から、柔らかそうな肉がはみ出している。

 

 俺の指が、ブラジャーの縁をなぞった。

 レースの感触。その下に、柔らかい肉の弾力。

 

 まだ触らない。

 

 胸の輪郭を、外側から内側へ。円を描くように。少しずつ、中心に近づけていく。

 

「っ」

 

 アグネスの呼吸が変わった。

 浅く、速くなっている。胸が上下するたびに、ブラジャーの中で揺れる。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「真ん中」

 

 焦れたような声だった。

 でも、俺は従わない。

 

「真ん中って?」

 

「っ」

 

 彼女の顔が、さらに赤くなった。

 言わせる。彼女の口から、言わせる。

 

「乳首っ、触って」

 

 待っていた。

 

 俺の指が、ブラジャーの上から乳首に触れた。

 軽く。触れるか触れないかの力で。

 

「あっ」

 

 彼女の背中が、大きく反った。

 腕が、俺の首にしがみつく。

 

 閉じていた身体が、開き始めている。

 

「硬くなってる」

 

「言わないでっ」

 

 ブラジャー越しでも分かる。小さな突起が、布地を押し上げている。

 

 俺の指が、その突起を軽く転がした。

 円を描くように。押さえつけずに、撫でるように。

 

「あっ、あっ、んっ」

 

 彼女の声が、甘く変わり始めていた。

 腰が、無意識に浮いている。

 

「可愛い」

 

「っ」

 

 ブラジャーのホックに手をかけた。

 

「外すぞ」

 

「うん」

 

 カチリ、と音がした。

 白い布が外れて、彼女の胸が露わになった。

 

 支えを失って、自然な形に戻る。

 重力に逆らうような張り。でも、先端は僅かに外を向いている。

 

 乳輪は小さく、色は薄い桜色。

 その中央で、乳首が硬く尖っている。俺に触れられるのを、待っていたかのように。

 

 彼女が両手で顔を覆った。

 指の隙間から、俺を窺っている。見ないでと言いながら、こっちを見ている。

 

「綺麗だ」

 

「嘘」

 

「嘘じゃない」

 

 俺の唇が、彼女の乳首に触れた。

 

「ひゃあっ」

 

 舌先で転がす。硬い突起を、舌の腹で押さえて、円を描くように。

 

「あっ、あっ」

 

 吸う。軽く。唇で挟んで、引っ張るように。

 

「んっ、やっ、やあっ」

 

 軽く噛む。歯を立てずに、唇で挟んだまま、圧をかける。

 

「あっ、あっ、んっ」

 

 アグネスの声が、甘く変わっていた。

 指が俺の髪を掴む。押し付けるように。もっと、と言うように。

 

 片方の乳首を口で愛撫しながら、もう片方を指で転がす。

 

「レックス」

 

「ん」

 

「下も、触って」

 

 俺の手が、彼女の腹部を滑り降りていく。

 スカートのウエストに指をかけた。

 

「脱がせるぞ」

 

「っ、うん」

 

 スカートを下ろした。

 白いショーツが見えた。レースの縁取り。ブラジャーとお揃いだ。

 

 そのショーツの中央が、濡れて透けている。

 

「もう、恥ずかしいってば」

 

「四回目だぞ、その台詞」

 

「数えないでよ」

 

 でも、彼女は脚を閉じなかった。

 さっきまでは、膝を閉じて身体を守っていたのに。今は、俺の視線を受け入れている。

 

 俺の指が、ショーツの上から彼女の秘所を撫でた。

 

「ひっ、あっ」

 

 熱い。そして、濡れている。

 布越しでも分かるほどに。指が触れただけで、じわりと湿り気が広がる。

 

「すごい濡れてる」

 

「言わないで」

 

 でも、その声には力がなかった。

 彼女の腰が、俺の指を追いかけるように動いている。

 

 ショーツの上から、秘所の輪郭をなぞる。

 外側から、内側へ。ゆっくりと。焦らすように。

 

「んっ、あっ」

 

 割れ目に沿って、指を滑らせる。

 まだ布越し。でも、熱が伝わってくる。彼女の身体の、一番熱い場所。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「直接、触って」

 

 俺はショーツに指をかけた。

 

「脱がせるぞ」

 

 彼女が頷いた。

 でも、目を固く閉じている。

 

 ゆっくりと、ショーツを下ろした。

 

 彼女の秘所が、露わになった。

 

 薄いピンク色の、花びらのような襞。

 産毛が僅かに生えているが、ほとんど無毛に近い。

 蜜が溢れて、太ももを濡らしている。内腿に、光る筋が伝っている。

 

「恥ずかしい、って言うなよ」

 

「バカ」

 

 彼女が、腕で顔を覆った。

 でも、脚は閉じない。俺に見せている。俺だけに。

 

 俺の指が、彼女の秘所に触れた。

 直接。初めて。

 

「んっ」

 

 熱い。

 濡れている。

 指を少し動かすだけで、ぬるりと滑る。

 

「アグネス」

 

「何」

 

「お前、すごく感じてる」

 

「うるさい」

 

 でも、その声は震えていた。

 彼女の腰が、俺の指を追いかけるように動いている。もっと触れてほしいと、身体が訴えている。

 

 俺の指が、彼女の襞をなぞった。

 外側から、内側へ。ゆっくりと。

 

「あっ、んっ」

 

 クリトリスを探す。

 小さな突起。襞の上部に隠れている。

 

 見つけた。

 

 指先で、軽く触れた。

 

「ひゃあっ」

 

 彼女の身体が、大きく跳ねた。

 

「ここか」

 

「やっ、そこ、だめっ」

 

 だめ、と言いながら、腰が逃げない。

 むしろ、押し付けるように動いている。

 

 俺の指が、その突起を撫でた。

 円を描くように。軽く。焦らすように。

 

「あっ、あっ、あっ」

 

 彼女の声が、途切れ途切れになっていく。

 目が潤んで、焦点が合わなくなっている。

 

「レックス」

 

「ん」

 

「入れて」

 

「いいのか」

 

「お願い」

 

 俺の指が、彼女の入り口を探った。

 蜜でぬるぬるになっている。十分に濡れている。

 

 指を一本、ゆっくりと沈めた。

 

「んんっ」

 

 熱い。きつい。

 彼女の中が、俺の指を締め付けてくる。

 

「狭い」

 

「っ、処女、だもん」

 

 その言葉が、俺の理性を揺さぶった。

 

 処女。

 

 この女が、俺のものになる。

 誰にも触れさせなかった身体を、俺だけに許している。

 

「痛いか」

 

「ちょっと」

 

「止めるか」

 

「やめないで」

 

 アグネスの目が、俺を見上げていた。

 涙が滲んでいる。でも、強い目。

 

「続けて。お願い」

 

 俺は指を動かしながら、彼女の身体を慣らしていった。

 

 ゆっくりと。出し入れするたびに、彼女の中が濡れていく。

 

 最初はきつかった締め付けが、少しずつ緩んでいく。

 拒絶から、受け入れへ。彼女の身体が、変わっていく。

 

 二本目の指を入れた。

 

「あっ」

 

「痛いか」

 

「大丈夫。続けて」

 

 二本の指で、彼女の中を広げていく。

 奥の方を探る。敏感な場所を探す。

 

「あっ、そこっ」

 

 見つけた。

 指を曲げて、その場所を擦る。

 

「やっ、やっ、そこ、だめっ」

 

 だめ、と言いながら、彼女の腰が浮いている。

 もっとそこを触れと、身体が訴えている。

 

「いける」

 

「本当にいいか」

 

「しつこい」

 

「大事なことだから聞いてる」

 

 アグネスが、俺の頬に手を当てた。

 

「大丈夫。アンタとなら」

 

 ◆◆◆

 

 俺は自分の服を脱いだ。

 

 整備士のつなぎ服のジッパーを下ろす。肩から腕を抜いて、腰まで落とす。下に着ていたシャツも脱いだ。

 

 アグネスの視線が、俺の身体を這う。

 胸板。腹筋。整備士の仕事で鍛えられた、無駄のない筋肉。

 

「思ったより、筋肉ある」

 

「重いもの持つからな」

 

 つなぎ服を完全に脱いだ。

 下着だけになる。

 

 彼女の視線が、俺の下半身に釘付けになった。

 下着越しでも分かるほど、硬く張り詰めている。布地が持ち上がって、形が浮き出ている。

 

「おっきい」

 

 その言葉に、彼女自身が驚いたようだった。

 顔が真っ赤になる。

 

「怖いか」

 

「ちょっと」

 

 正直な答えだった。

 彼女の目には、期待と不安が入り混じっている。

 

 俺は下着を脱いだ。

 彼女の前で、完全に裸になる。

 

 アグネスが息を呑んだ。

 視線が、俺のものに固定されている。逸らせないでいる。

 

「入る、の? それ」

 

「入る。ゆっくりやれば」

 

「本当に?」

 

 彼女の声が、僅かに震えていた。

 無理もない。処女の彼女には、大きく見えるだろう。

 

 俺は彼女の上に覆いかぶさった。

 膝で彼女の脚を割り開く。抵抗はなかった。彼女自身が、脚を開いてくれた。

 

「アグネス」

 

「何」

 

「目、開けろ」

 

 彼女がゆっくりと目を開けた。

 バイオレットの瞳。涙で潤んでいる。でも、逃げていない。俺を真っ直ぐに見ている。

 

「怖かったら言え。止まる」

 

「止まらないで」

 

 彼女の手が、俺の背中に回った。

 引き寄せるように。

 

「お願い。全部、入れて」

 

 俺は先端を、彼女の入り口に宛がった。

 

 熱い。

 さっき指で確かめた時よりも、もっと熱い。彼女の蜜が、俺の先端を濡らしていく。たっぷりと溢れた蜜が、入り口を滑らかにしている。

 

 ゆっくりと、押し込んでいく。

 

 最初の抵抗。

 彼女の中が、俺を拒むように締め付けてくる。狭い。きつい。でも、濡れているから、少しずつ沈んでいく。

 

「っ」

 

 アグネスの眉が寄った。

 唇を噛んでいる。痛いのだろう。

 

 俺は動きを止めた。

 

「大丈夫か」

 

「続けて」

 

「でも」

 

「止まらないで」

 

 彼女の脚が、俺の腰に絡みついた。

 引き込むように。逃がさないように。

 

 もう少し、押し込む。

 

 抵抗があった。薄い膜の感触。

 ここだ。

 

「アグネス」

 

「分かってる。いいから」

 

 彼女の目が、俺を見ていた。

 涙が滲んでいる。でも、頷いている。

 

 俺は息を吐いて、一気に押し込んだ。

 

「っ——ッ!」

 

 彼女の身体が、大きく震えた。

 爪が、俺の背中に食い込む。声にならない悲鳴が、彼女の喉から漏れた。

 

「入った」

 

「うん」

 

 涙が、彼女の目尻から流れていた。

 痛みの涙。でも、後悔の色はない。

 

 俺は動かずに、彼女を抱きしめた。

 汗ばんだ身体が密着する。心臓の音が聞こえる。彼女のも、俺のも。早鐘を打っている。

 

「痛いか」

 

「痛い。でも」

 

 アグネスが、俺の顔を見上げた。

 涙で濡れた顔。でも、笑っている。

 

「嬉しい」

 

 その言葉が、俺の胸を締め付けた。

 

「レックス」

 

「ん」

 

「動いていいよ」

 

「まだ早い」

 

「大丈夫」

 

「俺が決める」

 

 アグネスが、小さく笑った。

 涙を流しながら、笑っている。

 

「やっぱり、優しすぎ」

 

 俺は動かなかった。

 彼女の身体が、俺を受け入れるまで。

 

 彼女の中に埋まったまま、待つ。

 熱い。きつい。締め付けが強くて、動かなくても気持ちいい。でも、まだ動かない。

 

 彼女の呼吸が、少しずつ落ち着いてきた。

 最初は浅く速かった呼吸が、深くゆっくりになっていく。

 

 締め付けが、少しずつ緩んでいく。

 拒絶から、受け入れへ。彼女の身体が、俺の形を覚えようとしている。

 

「今から動く」

 

「うん」

 

 ゆっくりと、腰を引いた。

 

 彼女の中が、俺を離したくないと言うように締め付けてくる。

 引き抜くたびに、吸い付いてくる。

 

 そして、押し込む。

 同じ深さ。同じ速度。焦らずに。

 

「あっ」

 

 アグネスの声が、変わり始めた。

 痛みから、別の何かへ。

 

 もう一度、引いて、押し込む。

 同じリズム。同じ角度。彼女の反応を見ながら。

 

「んっ」

 

 三度目。四度目。五度目。

 

 彼女の声が、少しずつ甘くなっていく。

 眉間の皺が消えていく。代わりに、唇が開いていく。

 

「レックス」

 

「ん」

 

「気持ち、いい」

 

 その言葉を聞いて、俺は少しだけ速度を上げた。

 

「あっ、あっ」

 

 彼女の脚が、俺の腰をきつく挟んだ。

 腕が、首にしがみつく。離さないように。もっと近くに来てほしいと言うように。

 

 角度を変えた。

 少しだけ上向きに。彼女の中の、敏感な場所を探しながら。

 

「あっ、そこっ」

 

 見つけた。

 彼女の中の、一番敏感な場所。さっき指で見つけた場所。

 

 同じ場所を、同じ角度で突く。

 

「やっ、そこ、だめっ」

 

 だめ、と言いながら、彼女の腰が浮いている。

 もっとそこを突いてほしいと、身体が訴えている。

 

 俺は速度を上げた。

 同じ場所を。同じ角度で。何度も。何度も。

 

「あっ、あっ、あっ」

 

 アグネスの声が、途切れ途切れになっていく。

 目が潤んで、焦点が合わなくなっている。

 

 強気なエースパイロットの面影は、もうどこにもなかった。

 俺の下で、俺の名前を呼びながら、快楽に溺れている。

 

「レックス、レックス」

 

 俺の名前を呼び続ける。

 他の誰でもない、俺の名前だけを。

 

「好き」

 

 言葉が、快楽と一緒に漏れた。

 

「好き、レックス、好きっ」

 

 俺も限界が近かった。

 彼女の中が熱くて、締め付けが強くて。

 

 奥まで突くたびに、彼女の中が痙攣する。

 搾り取るように締め付けてくる。

 

「アグネス」

 

「んっ、何っ」

 

「中に出す」

 

「っ、うん」

 

 彼女の脚が、俺の腰をさらにきつく挟んだ。

 逃がさないように。全部受け止めると言うように。

 

「出して、中にっ」

 

 その言葉が、俺の最後の理性を吹き飛ばした。

 

 深く突き入れる。一番奥まで。

 彼女の最も深い場所に、先端を押し付ける。

 

 そして──。

 

 熱いものが、彼女の中に放たれた。

 

「あっ──!」

 

 アグネスの身体が、弓なりに反った。

 つま先がピンと伸びる。指が俺の背中に食い込む。

 

 彼女の中が、痙攣するように締め付けてきた。

 搾り取るように。一滴残らず、と言うように。俺が出すたびに、彼女の中が収縮する。

 

「イっ、イくっ」

 

 彼女の全身が震えた。

 俺と一緒に。俺の名前を呼びながら。

 

「レックスっ、レックスぅっ」

 

 何度も。何度も。

 俺が出し終わるまで、彼女は震え続けた。

 

 やがて、震えが収まっていく。

 彼女の身体から、力が抜けていった。

 

「レックス」

 

 とろんとした目が、俺を見上げていた。

 焦点の合わない、蕩けた目。満足しきった目。

 

「出てる、中に」

 

「ああ」

 

「あったかい」

 

 彼女が、幸せそうに笑った。

 

 俺は彼女の額に、唇を落とした。

 汗ばんだ額。熱い肌。

 

「痛くなかったか」

 

「最初だけ。あとは、気持ちよかった」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 彼女の手が、俺の頬に触れた。

 

「ありがとう」

 

「礼を言うな」

 

「言う。だって」

 

 アグネスの目が、また潤んだ。

 

「アンタが、初めてで、よかった」

 

 ◆◆◆

 

 俺は彼女から離れなかった。

 繋がったまま、横に転がる。

 

「抜かないで」

 

 アグネスが、俺にしがみついてきた。

 全身で。腕で。脚で。まるで離れたくないと、身体全部で訴えるように。

 

「もうちょっと、このまま」

 

「ああ」

 

 俺は彼女の髪を撫でた。

 汗で額に張り付いたサーモンピンクの髪を、そっとかき上げる。

 

 格納庫の冷たい空気が、汗ばんだ肌に触れる。

 でも、彼女の身体は温かかった。俺の腕の中で、小さく震えている。余韻の震え。満足の震え。

 

「レックス」

 

「ん」

 

「好き」

 

 小さな声だった。

 行為中の、快楽に押し流された告白とは違う。静かな、でも確かな告白。

 

「俺もだ」

 

「本当?」

 

「嘘ついてどうする」

 

 アグネスが、俺の胸に顔を埋めた。

 すりすりと、頬を擦りつけてくる。猫みたいに。甘えるように。

 

 強気なエースパイロットが、こんな顔をするとは。

 俺だけが知っている顔。俺だけに見せる顔。

 

「アグネス」

 

「ん」

 

「顔を上げろ」

 

 彼女が顔を上げた。

 とろんとした目。赤い頬。少しだけ腫れた唇。

 

 俺は、その額に唇を落とした。

 

「ん」

 

 次に、瞼。

 閉じた目の上に、そっと。

 

「っ」

 

 頬。

 涙の跡が残る、白い肌に。

 

「もう」

 

 鼻の先。

 軽く触れるだけ。

 

「焦らさないで」

 

 最後に、唇。

 軽く。優しく。さっきまでの激しさとは違う、穏やかなキス。

 

「んっ」

 

 彼女の舌が、ねだるように伸びてきた。

 でも、俺は深くしなかった。

 

「もっと」

 

「後でな」

 

「けち」

 

「眠いだろ」

 

「うん」

 

 彼女の目が、とろんと蕩けていた。

 満足したような、幸せそうな顔。眠気と余韻が混ざった、無防備な顔。

 

「ねえ」

 

「ん」

 

「痛かった?」

 

 俺は彼女を見た。

 

「何が」

 

「アタシの爪。背中に、跡ついてない?」

 

「たぶんついてる」

 

「ごめん」

 

「謝るな。勲章だ」

 

 アグネスの顔が、また赤くなった。

 

「変態」

 

「お前もだろ」

 

「うるさい」

 

 でも、彼女は離れなかった。

 俺の腕の中で、小さく身じろぎするだけ。居心地のいい場所を探すように。

 

 やがて、彼女の呼吸が穏やかになっていった。

 目が、とろんと閉じかけている。

 

「ねえ、レックス」

 

「ん」

 

「また、してくれる?」

 

 消え入りそうな声。

 強気なアグネスからは、想像もできない声。

 

「明日の夜も、その」

 

「帰ってきたらな」

 

「帰ってくる」

 

「ああ。帰ってこい」

 

 俺は彼女を強く抱きしめた。

 繋がったまま。離れないまま。

 

「俺の整備したギャンで、帰ってこい」

 

「うん」

 

 アグネスの目が、また潤んでいた。

 でも今度は、幸せそうな涙だった。

 

「ねえ」

 

「まだ寝ないのか」

 

「最後に一個だけ」

 

「なんだ」

 

 アグネスが、俺の耳元に唇を寄せた。

 吐息が、耳をくすぐる。温かい息。甘い匂い。

 

「明日の夜、もっといっぱいして」

 

 囁いて、彼女は俺の胸に顔を埋めた。

 

「おやすみ」

 

 数分後、彼女の寝息が聞こえてきた。

 穏やかな、安心しきった寝息。俺の腕の中で、全身の力を抜いて眠っている。

 

 俺は彼女の髪を撫でながら、呟いた。

 

「ああ。おやすみ」

 

 そして、絶対に帰ってこい。

 

 格納庫の照明が、静かに俺たちを照らしていた。

 ギャンの影が、眠る彼女を守るように伸びている。

 

 明日、彼女はあの機体に乗って、宇宙に出る。

 俺が整備した機体に。俺が守ると誓った機体に。

 

 必ず帰ってこい。

 

 俺は目を閉じた。

 彼女の温もりを感じながら、束の間の眠りに落ちていく。

 

 ◆◆◆

 

 格納庫に、朝日が差し込んでいた。

 

 俺は先に目を覚ましていた。

 彼女より早く起きて、身支度を整えて。そして今、ギャンの最終点検をしている。

 

 いつもと同じ作業。いつもと同じ手順。

 でも、今日は違う。

 

 昨夜のことが、まだ身体に残っている。

 彼女の温もり。彼女の声。彼女の中の、熱さ。

 

 背中が、少しだけ痛んだ。

 彼女の爪の跡。勲章だと言った。本当にそう思っている。

 

 足音が聞こえた。

 軽い足音。でも、迷いがない。

 

「整備、完璧だろうな?」

 

 振り向くと、アグネスがいた。

 パイロットスーツに身を包んで、いつもの強気な顔。腰に手を当てて、胸を張って。

 

 昨夜の、甘えた表情はどこにもない。

 俺の腕の中で震えていた女は、もうそこにいない。

 

 代わりに、エースパイロットがいる。

 コンパスの撃墜王。敵に恐れられる、サーモンピンクの死神。

 

 でも、俺には分かる。

 彼女の頬が、僅かに赤いことを。目が、少しだけ潤んでいることを。パイロットスーツの下に、昨夜俺がつけた痕が残っていることを。

 

「当たり前だ」

 

「ふん」

 

 彼女がコックピットに向かって歩き出す。

 腰を揺らして、堂々と。いつもの強気な歩き方。

 

 でも俺は知っている。

 

 あの強気の下に隠された、本当の彼女を。

 怖がりで、甘えたがりで、俺の名前を呼んでいた彼女を。

 

「アグネス」

 

「何」

 

 彼女が振り返った。

 強気な目。でも、その奥に柔らかいものが見える。昨夜、俺だけに見せたもの。

 

「俺の整備したギャンで」

 

「分かってる」

 

 彼女が笑った。

 昨夜、俺だけに見せた、あの笑顔とは違う。エースパイロットの、自信に満ちた笑顔。

 

 でも、その奥には同じ温かさがあった。

 

「待ってて」

 

 それだけ言って、ラダーを登っていく。

 パイロットスーツに包まれた身体。昨夜、俺が触れた身体。俺だけが知っている身体。

 

 コックピットが閉じる直前、彼女が俺を見た。

 唇が動いた。

 

 声は聞こえない。でも、読めた。

 

 好き。

 

 俺は頷いた。

 声には出さない。でも、伝わったはずだ。

 

 コックピットが閉じる。

 ギャンが起動する。

 カタパルトに向かって、歩き出していく。

 

 俺は、その背中を見送りながら呟いた。

 

「ああ。待ってる」

 

 だから、絶対に帰ってこい。

 

 ギャンが、カタパルトにセットされた。

 射出体勢。エンジンの唸りが、格納庫に響く。

 

「アグネス・ギーベンラート、ギャン。出るわよ!」

 

 彼女の声が、通信機から聞こえた。

 強気な、いつもの声。エースパイロットの声。

 

 でも俺には聞こえる。

 その声の奥に、昨夜の甘い声が重なっている。

 

 行ってこい。

 

 ギャンが射出された。

 宇宙の闇に向かって、飛び出していく。

 

 俺は、その光跡を見送った。

 消えるまで。見えなくなるまで。

 

 そして、俺は整備道具を手に取った。

 

 次の出撃に備えて。

 彼女が帰ってくる機体を、整備するために。

 

 待ってる。

 

 何度でも、整備してやる。

 何度でも、送り出してやる。

 そして何度でも、迎えてやる。

 

 それが、俺の仕事だ。

 整備士として。

 そして、彼女の男として。

 

「帰ってこい、アグネス」

 

 格納庫に、俺の声だけが響いた。

 

 必ず帰ってこい。

 そして、また俺の腕の中で眠れ。

 

 俺は工具を握りしめて、次の機体に向かった。

 

 

 

 **【完】**

 


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