2. 汚れた「撒き餌(ベイト)」
セレスティーナの宣言通り、一行はまずCEU(近接護衛部隊)兵舎へと向かった。
基地内部の空気は、赤錆色の砂嵐とはまた違う、淀んだ匂いがした。
循環フィルターが濾(こ)しきれない機械油と、消毒液、そして微かな排泄物の匂い。
エリア・ゼロに隣接するこの基地が、常に死と隣り合わせであることの証左だった。
「ご案内いたします、監査官閣下」
マイルズ司令官が先導し、護衛兵の伍長が二人の背後を固める。
カツ、カツ、と。
セレスティーナとレベッカのハイヒールが、薄汚れた金属の床をリズミカルに叩く音だけが、やけに明瞭に響く。
兵士たちの視線が、二人の「監査官用スーツ」に突き刺さる。
それは、連合の権威を象徴する黒銀の軍服でありながら、そのデザインは意図的に「人間」を歪めていた。
セレスティーナのスーツは、まるで液体金属をボディに流し込んだかのように、その完璧な曲線を冷たく誇示している。
胸元は、まるで外科手術のように正確なV字に切り開かれ、白磁のような乳房の豊かな膨らみが、重力を無視して半分以上も晒されている。
レベッカのスーツは、実戦的なマットブラックだ。
胸元は太いレースで編み上げられているが、その紐は彼女の豊満な胸の重みに耐えかねるように引き絞られ、谷間が強調されている。
砂嵐で湿ったシースルー素材が、彼女の引き締まった臀部とオマンコのラインに張り付いていた。
兵士たちは、その露出を直視することもできず、かといって視線を逸らすことも許されない。
彼女たちは「美」の象徴であり、同時に「AIの目」そのものだったからだ。
CEU兵舎のドアが開いた瞬間、先ほどの基地の匂いとは比較にならない、濃厚な「匂い」が監査官たちの鼻腔を突いた。
汗、恐怖、そして……男たちの精液が発酵したような、酸っぱい匂い。
そこは「兵舎」というより「家畜小屋」だった。
CEUの少女たちが、任務外のくたびれたインナー姿で壁際に並ばされている。
だが、それは整然とした整列ではなかった。
「――ッ!」
護衛兵の伍長が息を呑む。
部屋の奥、簡易ベッドの上で、当番外のはずの男性兵士が、CEUの少女の一人に馬乗りになっている。
少女は死んだ魚のような目で、なされるがままになっていた。
「……何をしている! 監査官閣下の御前であるぞ!」
伍長が反射的にライフルを構え、怒鳴る。
兵士は、監査官たちの姿を認めて顔面蒼白になり、慌てて少女の身体から離れ、制服のジッパーを引き上げた。
「……待ちなさい」
セレスティーナの、氷のように冷たい声が響く。
彼女は、その兵士を(そして司令官を)一瞥することもなく、ただ目の前の光景を「データ」として処理するように、データパッドをタップした。
「マイルズ司令官。これは?」
「……こ、これは……兵士の、規律違反であり……」
「非効率(インエフィシエント)ですわね」
セレスティーナの声には、怒りも嫌悪もなかった。
ただ、AIがエラーを報告するかのような無機質さだけがあった。
「AIへの報告によれば、当基地のCEUの“資源消耗率”が、規定値を3%超過している。……その原因が、これですか」
レベッカが、ベッドで蹲る少女の前に進み出る。
その子の太ももの内側には、生々しい鬱血(うっけつ)の痕跡があった。
「……酷いもんね」
レベッカは、少女の乱れた髪をそっと指で払い、その怯えきった瞳を覗き込んだ。
元エースである彼女にはわかる。
これから死地へ向かう兵士が、味方によって傷つけられることの絶望が。
「(……災難だったわね。痛む?)」
彼女が小声で囁くと、少女はビクリと震え、小さく頷いた。
レベッカの瞳に、静かな、しかし激しい怒りの色が宿る。
彼女はゆっくりと立ち上がり、凍りつくような視線をマイルズ司令官に向けた。
「司令官。……あんた、整備不良の機体で部下を出撃させる主義?」
「な、なんだと……?」
「この子は『次の作戦』の要でしょう。兵士の“ガス抜き”ごときで、高価な『戦術資源(CEU)』を摩耗させる……。これがアンタのやり方?」
レベッカは、腰に手を当て、低い声でドスを効かせた。
「これは単なる規律違反じゃないわ。AIに対する明確なサボタージュ(妨害行為)よ。……いい度胸ね」
「……!!」
マイルズ司令官の顔から血の気が引いた。
「この件は、内部監査局に報告します。この兵士の処分と、あなたの“管理責任”については、AIが判断するでしょう」
セレスティーナが冷たく言い放つ。
兵士たちは、ライダーの襲撃よりも恐ろしい「監査」の現実を目の当たりにし、ただ震えるしかなかった。
「……行きましょう、レベッカ。次は、ここのオルガコアのメンテナンス記録を監査しますわ」
「ええ。……しっかり手当てさせなさいよ、司令官」
レベッカは最後に一度だけ少女を振り返り、捨て台詞を残して兵舎を後にした。