OCZ『残響、あるいは苗床』1
私の名前はリナ。17歳。
このプロキシマ・ケンタウリ系第4惑星「テラ・ノヴァ」の小さな開拓コロニーで、オルガマシンのパイロット訓練生をしている。
オルガマシンは、女性の性エネルギー(オルガエネルギー)を燃料とする巨大兵器。
私は、そのパイロット訓練生。…と言っても、このコロニーにあるのは、旧型のがらくたみたいな機体がたった一つだけ。
本当の脅威なんて、誰も想像していなかった。
あの日までは。
すべては、聖暦2055年、10月23日。
外がいつものように赤茶けた砂嵐に覆われていた午後に始まった。
「キィィィィ…!」
耳障りな警報が、コロニーの全区画に鳴り響いた。
スピーカーから流れる音声は、ノイズ混じりで、ひどく狼狽えていた。
『緊急警報! 居住区画、第3ゲートより…コード:キメラ、侵入! 繰り返す、コード:キメラ侵入!』
『住民は直ちに中央シェルターへ避難! 自衛隊は第2防衛ラインまで後退せよ!』
「リナ!」
ヘルメットも着けずに飛び込んできたのは、右腕と両脚を機械化した、サイボーグ兵である兄のタカシだった。
彼の顔は、生身の部分が青ざめている。
「先にシェルターへ行け! 俺たちはここで食い止める!」
「キメラって何!? 連合のリストにもなかったわ!」
「分からん! だが、ヤバい! 第3ゲートが…『こじ開けられた』!」
タカシの言葉に、全身の血が凍る。
あのゲートは、オルガマシンが通るための分厚い隔壁。
爆薬でもなければ開かないはずだった。
彼は私の背中を強く押し、仲間たちが待つ防衛ラインへと走っていく。
「タカシ!」
叫び声は、けたたましい銃声に掻き消された。
私は、他の非戦闘員たちと一緒に、シェルターへ続く通路を必死に走った。
壁に取り付けられた監視モニターが、一瞬だけ、兄たちがいる第2防衛ラインの様子を映し出す。
「な…に、あれ…」
モニターの向こう。暗い通路の天井や壁を、信じられない速さで這い回る「黒い影」がいた。
濡れたように艶めく、2メートルはあろうかという異形の生物。
『撃て、撃ち続けろ! 怯むな!』
タカシの仲間であるサイボーグ兵たちが、アサルトライフル(7.62mm)を連射する。
火花が「影」の外殻に弾かれるが、まるで意に介していない。
『機関砲、撃て! 20ミリで吹き飛ばせ!』
通路の奥に設置された機関砲座が火を噴き、轟音と共に曳光弾が「影」を追う。
けれど、「影」は人間では不可能な角度で跳躍し、弾丸を回避する。
そして、一瞬。
機関砲のリロードで射撃が止まった、ほんの0.5秒にも満たない隙。
「影」は壁を蹴り、砲座へと一直線に飛びかかった。
モニターに映ったのは、鋼鉄の砲身が、まるで紙細工のように引き裂かれる光景。
そして、サイボーグ兵の機械の腕が、宙を舞った。
『ぐ、ぁああああっ!』
『タカシ! 後ろだ!』
ノイズと共に、モニターが暗転する。
その直前、私が見た最後の映像は、兄のタカシが持っていた12.7mmの対物ライフルが、「影」の爪によって、中央からへし折られる瞬間だった。
「…あ…」
声にならない悲鳴を飲み込み、私はシェルターに転がり込んだ。
数人の女性と子供、そして老いた男性整備士が数人。生き残りは、それだけだった。
分厚いチタン合金の防爆扉が、重たい音を立てて閉鎖される。
このコロニーで、最も安全な場所。
私たちは、息を殺して、固まって震えていた。