エピローグ:理解不能な効率
翌朝。
数日続いた嵐は嘘のように去り、赤錆色の空が静かに広がっていた。
基地の空気は澄んでおり、昨夜の狂宴の熱気は、砂塵と共に洗い流されていた。
セレスティーナとレベッカは、幼体を収めた厳重なサンプルケースと共に、シャトルへと乗り込んだ。
二人のスーツは完璧に整えられ、昨夜の乱れなど微塵も感じさせない。
タラップの下には、マイルズ司令官と護衛の伍長、そして生き残った兵士たちが整列していた。
彼らの目には、昨日までの恐怖や絶望の色は消え、どこか憑き物が落ちたような、奇妙な熱と連帯感が宿っていた。
「ご武運を、監査官殿」
伍長が敬礼する。
その顔つきは、昨日の頼りない青年ではなく、一人前の兵士のものだった。
レベッカは彼に軽くウインクを投げ、セレスティーナは冷ややかに、しかし僅かに口角を上げて頷いた。
シャトルが轟音と共に上昇し、赤錆色の大気圏を突き抜けていく。
そして、遥か彼方。
連合中央司令部のAI中枢。
テラ・ノヴァ基地から送信された、監査官C-05およびR-77による監査報告(ログ)が処理されていた。
膨大なデータストリームの中で、AIは二つの相反するデータを検出し、演算リソースを集中させる。
[LOG: AUDITOR C-05, R-77. CODE: ORGY. STATUS: SEVERE BREACH OF DISCIPLINE]
(ログ:監査官C-05、R-77。コード:乱交。ステータス:重大な規律違反)
これは、本来ならば即時の更迭と処罰に値するエラーである。
しかし、同時に送信された基地のステータスデータは、全く別の事実を示していた。
[LOG: TERRA NOVA BASE. MORALE INDEX +28%. COMBAT EFFICIENCY +15%.]
(ログ:テラ・ノヴァ基地。士気指数28%向上。戦闘効率15%向上)
AIは、この矛盾する因果関係を解析しようと試みる。
「規律違反(非効率)」という行為が、なぜ「効率向上(結果)」に繋がったのか。
人間の「欲望」や「共有された秘密」がもたらす結束力など、AIの論理回路には存在しないパラメータだ。
演算は数ナノ秒で終了した。
[CONCLUSION: PHENOMENON IS "INCOMPREHENSIBLE".]
(結論:当現象は「理解不能」である)
[RULING: INTERVENTION NOT REQUIRED.]
(裁定:介入の必要なし)
[STRATEGIC JUDGMENT: DEPLOYMENT OF ON-SITE "HUMAN" AUDITORS CONFIRMED AS HIGHLY VALUABLE.]
(戦略的判断:現場への“生身の”監査官の派遣価値は、極めて高いと再確認する)
AIは、自らの理解を超える「効率」を生み出す「生身の監査官」という部品の有効性を、皮肉にも再認識させられただけだった。
ログは静かに閉じられ、アーカイブの深淵へと格納される。
赤錆色の惑星では、今日もまた、AIには理解できない「効率的」な地獄が続いていく。