2章:血路と絶望
《第17分隊、ゲート開閉シークエンス開始。汚染区画「エリア-ゼロ」へ突入せよ》
司令部からの無機質な合成音声と共に、基地と地獄を隔てる巨大な防爆ゲートが、重い地響きを立てて開いていく。
その向こう側は、かつて居住セクター3と呼ばれた区画だった。
5年前、この惑星テラ・ノヴァへの入植開始と同時に建設された、連合の合理的な管理都市。
プレハブ式の高層集合住宅が、整然と、しかし墓標のように立ち並び、碁盤目状の合理的な道路は、今や瓦礫と砂塵に埋めれていた。
そして、その合理的な町並み半分は、ライダーの巣窟と思われる、異様な肉塊に侵食され、脈動していた。
ジャガーノートの中央オルガ・リアクターが唸りを上げ、CEU12名分のパルスを集束させて駆動を開始した。
単一のオルガエンジンしか搭載できず、エネルギー干渉に悩まされる旧来のオルガマシンとは訳が違う。
この巨獣は、12名ものオルガエネルギーを同期・並列接続させる連合の最新技術、「マルチオルガ・システム」を搭載した、走る要塞だ。
全長18メートルの巨獣が、ゆっくりと暗闇へと踏み出し、ゲートの内側で停止する。
「全クルー、第0フェーズ開始。衝撃に備えよ」
ブリッジで、隊長のミリアが冷静に指示を飛ばす。
「これより、先行するデッド-ラッシャーズが、ゲート前面の敵集団を排除する。彼らが道を拓くまで、我々はここで待機する」
メインモニターに、先行する露払い部隊、デッド-ラッシャーズの戦闘データが、司令部から一方的に送り付けられてくる。
それは、映像ではなかった。
ただ、無数の赤いアイコン、サイボーグ兵たちの機影が、それを遥かに上回る青い光点、ライダーたちの津波に飲み込まれ、瞬く間にロスト、消失していく、冷徹な戦術マップ。
「あ……、あ……」
リナは、そのあまりにも一方的な蹂虙のデータに、息を呑み、青ざめた顔でモニターから目をそむけた。
……チッ。
ガン-ポッドの暗闇の中、クロエは自身のサブモニターに表示された消失データを、瞬きもせずに睨みつけていた。
(…どこだ…あの男の機体番号、IDは…)
昨夜、自分の肌をなぞった、あの無骨なサイボーグの腕。
彼女は、赤い光点が一つ、また一つと消えていく中で、あの男のIDがロストの表示に変わるのを、ただ、無言で見届けた。
やがて、最後の赤い光点が消滅した。
ゲート周辺を埋め尽くしていた青い光点、ライダーたちも、その大半がデッド-ラッシャーズの自爆的な攻撃によって掃討されていた。
《第0フェーズ完了。露払イ部隊、目標通リ全滅。脅威レベル、一時低下》
《第17分隊、第1フェーズへ移行。ジャガーノートハ、直チニ「Xポイント」ヘ強行突入セヨ》
「……彼らの犠牲は、無駄にしない」
ミリアが、自分に言い聞かせるように呟く。
(彼らサイボーグのコストに見合うだけの戦果を、私たちCEUは上げなければならない。それが合理的な判断だ)
彼女は、この時点ではまだ、自分たちがコストを支払わせる側、高価値なアセットだと信じていた。
「ジャガーノート、発進!」
ミリアの号令で、巨獣が、切り拓かれた死体の道へと、本格的に侵入を開始した。
その直後、凄まじい衝撃が車体を襲った。
ゴオンッ!ゴオンッ!ドガアアアァン!!
重い金属音と共に、ジャガーノートが激しく揺れる。
周囲の合理的な集合住宅ビル、その廃墟の窓々から、残党のライダーが雨のように降り注ぎ、分厚い積層複合装甲に体当たりを繰り返していた。
「右舷前方に、大型個体! 接触!」
ブリッジで、リナが悲鳴に近い声を上げた。
「慌てるな! 装甲、問題なし!」
ミリアの叱責が飛ぶ。
リナは、恐る恐るモニターの数値を確認し、歓声を上げた。
「……すごい……! 装甲圧、100%維持! ……本当に、弾いてる……!」
「見えた! 私の獲物だ!」
車体左前方、Aポッドの照準モニターに、クロエがそのライダーの姿を捉えた。
それは、地球の原始的な節足動物を彷彿とさせ、見る者に本能的な嫌悪感を抱かせる生体機械の悪夢だった。
濡れたように艶めかしい黒色のキチン質の装甲が、廃墟のコンクリートに張り付いている。
その硬質な外骨格の隙間からは、青白く脈動する生体組織が、淡い光を放っていた。
クロエは、その醜悪な姿に、躊躇なくトリガーを引き絞った。
ギュルルルルルッ!
ヴィブラ-リッパーが咆哮を上げる。
トリガーと神経系が直結し、クロエの攻撃性、そのオルガエネルギーが、そのまま報酬として彼女の脳幹にフィードバックされる。
……んぅッ!
クロエの身体が、ビクンと痙攣した。
(…なんだ、これ…ッ)
オマンコの奥を直接刺激される、強烈な報酬。
その快感を求めて、彼女は無意識にトリガーをさらに深く握り込む。
ギュルルルララララッ!!
彼女が注ぎ込むオルガエネルギーに比例して、発射レートが瞬時に加速し、最大で毎分5000発に到達。
薬莢の心配がないケースレス弾だ。
この作戦行動中、弾丸が尽きる心配は、ほぼ無い!
電磁加速された弾頭が、火薬式の火器ではありえない物量でライダーを蜂の巣にする。
「……ハッ! …ぁ…ッ! 昨夜の男より、……マシかもな……ッ!」
戦闘の昂揚感と、システムから与えられる絶頂の報酬が、彼女の脳髄で混じり合う。
その、最高効率の撒き餌パルスが、ジャガーノートから放射されていく。
「クロエばかりにイいカッコさせるか!」
車体左後方のCポッドから、もう一人の砲手、アヤの声が響いた。
彼女の照準モニターにも、別のライダーが映し出される。
アヤは、その扇情的なスーツに包まれた、豊満な乳房を、ハーネスにきつく圧迫されながら、震える指でトリガーを引いた。
……ッ、ひぃッ!
クロエが快感を値踏みしたのと対照的に、アヤは、システムから与えられる強烈な報酬に、純粋に怯え、腰を浮かせた。
「ぁ、あぁんッ! まって、こんな、……イっちゃう……っ!」
彼女の怯えと絶頂が混じり合ったパルスが、クロエのものとはまた違う、甘い匂いとなって放射された。
「すごい……すごい! これなら……私たち、本当に生き残れる……!」
ブリッジで、リナは何も知らず、涙声で歓喜した。
だが、ミリアは、そのリナの歓声を聞きながら、冷徹に戦況を分析していた。
(違う…。生き残れる、のではない。あのデッド-ラッシャーズたちが死んだから、私たちは今生きているだけだ。この装甲は、希望などではない。彼らの死と引き換えた、盾だ)
彼女たちの希望と絶望の認識が、ジャガーノートという一つの密室の中で、致命的にすれ違ったまま、巨獣は撒き餌としての本領を発揮し始めた。
4人の砲手たちが快感、ヴィブラ-リッパーが撒き散らすパルスと、強制冷却・排気システムが12名分のオルガ-パルス、その匂いを熱風と共に外部へ放射するたびに、リナの索敵予測を遥かに超える速度で、レーダー上の敵影(ライダー)が増大していく。
「……隊長!」
ブリッジで、歓喜の声を上げていたリナが、今度は金切り声を上げた。
「敵影、増加率……異常です! シミュレーションの、あの『甘い』予測値50%に対し、現数値……500%を超えました! これは……!」
「リナ、落ち着きなさい」
ミリアの声は、平時と変わらない、冷徹な隊長のそれだった。
「センサー系の不具合でしょう。すぐに再確認を」
「……確認しました!」
リナは、絶望的な声で、ミリアの合理的な推論を否定した。
「センサーは……正常です! この数値は、……『現実』です!」
ミリアが、息を呑んだ。
リナは、信じられない、という表情で、ミリアを振り返った。
「……あいつら……私たちが『撃つ』たびに……増えてる……!?」
その、あり得ない真実が、ブリッジの空気を凍りつかせた、まさにその瞬間。
ガギィィィンッ!
それまでとは比較にならない、金属が引き裂かれるような、甲高い断末魔が車内に響き渡った。
「後方! ガン-ポッドC! ……アヤのポッドが! ……装甲が、こじ開けられて……!」
ブリッジのモニターに、阿鼻叫喚の映像が一瞬映る。
Cポッドから、さきほどまで怯えて喘いでいたアヤが、引きずり出され、ライダーに組み伏せられる。
「……や……! いやぁぁッ!」
ライダーの腹部がグロテスクに裂け、そこから、粘液に濡れた、太く硬い何かが伸びた。
それは、兵士たちの間では常識として恐れられている産卵管とは、明らかに形状が異なっていた。
男性器のようでありながら、先端には無数の微細な棘が逆立つ、おぞましい生体プラグとでも呼ぶべきものだった。
それが、抵抗する彼女のインナースーツを突き破り、オマンコに、容赦なく深々と突き立てられた。
「……あ……が……ッ」
白い麻酔液を注入され、彼女の身体から急激に力が抜け、ぐったりと弛緩する。
ライダーは、その獲物を、自らの胸部にある受容機構へと、無慈悲に引き寄せた。
まだ痙攣の余韻が残るアヤの身体が、硬い装甲に押し付けられる。彼女の豊満な乳房が、キチン質の胸板に圧迫され、無様に潰れるのも構わず、ライダーは外骨格の一部(アーム)を変形させ、彼女の身体を自らの体の一部として固定した。
そして、まるで巣に持ち帰る蟻のように、暗闇の奥へと運んでいった。
ブリッジが凍りついた、その瞬間。
何かの手違いか、あるいは聞かれることなど想定していないであろう司令部からの内部通信が、冷徹な響きでミリアの耳朶を打った。
《…こちら司令部。ジャガーノート、その真の名である「ユダス-ゴート」は順調にライダーを誘引中。パルス飽和レベルも想定通りだ。この『12名のコスト』で、汚染区画の『浄化』、メルトダウンが達成できるのなら、これ以上『合理的』な作戦はない》
コスト…
ミリアは、その言葉に戦慄した。
(……『12名のコスト』……? …違う、デッド-ラッシャーズのコストではなく……? ……まさか、私たち『が』……?)
彼女の脳裏で、最悪の推論が組み上がっていく。
兵士たちの間で恐れられている苗床化…子宮に卵を植え付けられる、あの恐怖。
だが、さきほどの生体ドッキングという効率的な運搬と、このコストという非情な単語は、ミリアにそれよりも遥かに合理的で、冷徹な解答を突きつけていた。
あれは繁殖ではない。
資源の運搬だ。
リナが、か細い声で呟いた。
「……殺すんじゃ、ない……? ……あいつら、私たちを……」
クロエが、ガン-ポッドから、震える声でその言葉を引き継いだ。
「……『持って』いくつもりだ……」
この瞬間、リナが願った生還というささやかな希望は、音もなく消し飛んだ。
ミリアの最悪の推論と、今まさに運ばれていったアヤの無残な姿。
彼女たちの脳裏に、生還よりも遥かに優先すべき、最悪の事態が焼き付いた。
――死よりも恐ろしい、資源として処理されるという地獄が、自分たちを待っているかもしれない、と。