「そう、旦那様はしばらくお戻りになれないのね……」
魔獣襲来の報せから数日。クローディアのもとに届けられたのは、ランドリューからの留守報告だった。
死者こそ出なかったものの、村は壊滅し怪我人なども少なくはないという状態では、これからきたる冬に向けても領民の生活の保障とそのための村の再建は急務であったろう。クローディアもそれは理解していた。
それでも。
(どうしてこのタイミングなのかしら……)
そう思わずにはいられないのも、また人情というものであった。
もうどれほどの日々を、広い寝台でひとり寝ているだろう。三週間ぶりに帰宅したその当日の夜までは、ランドリューはずっとクローディアに優しく、愛おしげに目元を和らげ、穏やかな声音で語りかけてくれていたはずだ。
それが突然、よそよそしくなり、ギクシャクとし始め、いつの間にかろくに会話すらできない状態にまでなった。
(でも、法師様に教えられた通りにしたら雰囲気は良かったのよね……)
クローディアの手よりずっと大きく、骨張ったランドリューの手を取り、指先からその間まで丹念に揉み解す間、互いの指先から情愛が溢れて伝わり合っていくような気がした。
きゅ、と手を握り込み。
(法師様なら、もっと良い方法もご存知かもしれないわね。なんせ友愛だもの)
クローディアはベッドに横になり、目を閉じた。明日は街へ出掛けてみよう、そう決めて。
――
襲撃を受けた村の場所から数キロの距離、簡易の掘立て小屋が幾つか並び、そこに村人たちが寝起きする。
朝早くに起きて木を切り倒し土を耕し開墾作業をする男たちと、男たちのために鍋釜に大量の食事を用意する女たち。小さな子供を年嵩の少年少女が面倒を見る。そうして急ピッチで村の再建作業が行われていた。
「あちこちに小さな綻びの始まりを見つけたが、あれだけいっぺんに魔獣どもが押し寄せる事態を招くほどの穴はまだ見つからんな。本当にあるのか、疑わしくなってきた」
グイードが山の中の探索を一時中断して戻ってきながらこぼす。
「巧妙に隠されている可能性も、あるかもしれんな……」
各地に出した斥候たちから届けられた報告書を見ながら、ランドリューは気難しげな表情を一層難しく険しくさせる。流れ落ちる汗を拭きながらグイードが報告書を覗き込んだ。
「……おいおい、ホントか?」
グイードの顔もまた同じように険しいものになる。
「これが真なら、意図的に綻びをこじ開けている何者かが居る、ということになるな。……ひとりふたりではなさそうだ」
各地に見つかった魔界と繋がる穴、多くはまだ小さな綻び程度であったが、そのどれもが自然偶発的に生じたものではない、という報告であった。
何者かが人為的に穴を開こうとしている。
それは恐るべき世界への叛逆をも意味している。
「しかし……なんの目的で?」
「よくあるのは……唆された、か。……魔界の者は狡猾だ。人の心にそっと寄り添い、擦り寄り、惑わせる。過去には一国の王が魔界の者に魅了され国を破滅させたという事例もある」
「……。なるほど。だが、魔界の穴は閉じているんだぞ、どうやって魔界の者が人間に関わる?」
ランドリューは目を伏せた。思考するかのようなその間。グイードはそれを邪魔することなく黙って待った。やがて。
「たとえば、声。あるいは、金品、宝石。魔界の本体が穴を通ることはできずとも、声だけなら届かせることもできる。狡猾なやつらは、常にどこかに自分たちと繋がりを人の世に残しているものだ。……」
ふいに。
ランドリューの脳裏に、真鍮のレリーフが浮かんだ。
怪しげな教義、感覚を惑わすような奇妙な香りの蝋燭の火。
(ひとを誘惑し、堕落させようとするなら……神の名を騙るのは確実な手ではないのか……?)
そうまで考えて、いや、と緩く首を振った。
(これは予断だ。あの宗教への偏見が、私の思考と判断を狂わせている可能性は否定できん)
ランドリューは冷静な男であった。
焦る気持ちが、手っ取り早くそれらしい犯人像をでっち上げその考えにとらわれる。そういう状況を宮仕えの際にはよく見たものだ。
冤罪を訴える罪人の中には、捜査する者の偏見により囚われた者も少なからず居た。
「人為的な工作によるものなら、巧妙に、私のような魔導師の目をすら欺こうと隠している可能性もある。……グイード、綻び探しは交代しよう。代わりに再建の監督と、近辺の綻び潰しを頼む」
「あぁ、わかった……。やれやれ、まだしばらく戻れそうにないな。……短くともいいから、手紙くらい出しとけよ」
奥方に。とグイードの助言とも忠告ともつかぬ言葉に、ランドリューはますます表情を険しくした。
――
昼なお暗い鬱蒼と茂る木々の中。
宝玉を嵌め込んだ杖を掲げ、目を閉じて、ランドリューは精神の糸を細く長く広げていく。
どこかにあるはずの、魔界と通じる魔獣湧き出る穴。
魔導師としての知識と本能は、常に魔界に共鳴し惹かれすらする。
魔界の者もまた同じだ。人の世にあって、魔力を潤沢に持つ者は彼らにとって最上の糧である。
魔界の者が最も誘惑し、取り込みたいのは、力ある魔導師そのもの。
ランドリューの祖父がそうであった。
彼は魔界に魅入られ、門をこじ開け、領地と民を恐るべき災禍に見舞わせ、いくつかの村はそれにより壊滅した。
本来なら爵位も領地も取り潰しとなるべきところを、祖父のそれまでの功績と代々の功績、そしてランドリューの父の尽力により許された。
以来、レイズワード伯ローデン家は宮廷から遠ざけられ、以降の栄誉も出世も見込めないと思われていたのだ。
(……誰であろうと、我が領地を良いようにはさせん)
ランドリューが魔導師になったのは、祖父譲りの才能もさることながら、魔界に対する誰より強い憎悪のためであった。
その目を見張るような才覚とストイックさが先王の目に止まり、ランドリューは没落の一途を辿るしかなかったレイズワード伯の名を再び栄光に導いた。
それですっかり報われたような気持ちになっていたのだ。
若い妻を娶り、平穏な隠居生活を送るのも悪くないと。
だというのに。
(嗚呼、クローディア……こうしている間にもあの法師が近付いているのでは? そうか、手紙……あの法師に近付くなと手紙に書いて……、ムッ!)
悶々と考えているうちに、ピリッと神経に障る気配を感知した。
「見つけたぞ……!」
ーー
「こ、これは……」
ランドリューが見つけ出した魔界の穴は、大きな木のうろの中、真っ暗な闇に隠れていた。
うろそのものが魔界の穴となっているが、それゆえにただのうろとして素通りしてしまう。実に巧妙だった。
そうして、その木の根元に彫られたしるし。
「フィーリス……」
ランドリューの予想は、本人も驚くことに、的中していた。
NTR本番なし妄想のみというスタイルは、NTR好きには刺さらないですか?
-
それはそれであり
-
これはNTRとは言えない
-
妄想は単なる変態だろ
-
NTRは好きだが辛い妄想がちょうどいい
-
その他