「えぇ!? もうお出掛けになったの?」
寝室に朝食を運んできた侍女に起こされ、クローディアは搾りたてのオレンジジュースで目を覚ます。
昨夜、熱を高められるだけ高められた挙句中途半端に放り出されたクローディアの若い体はなかなか火照りが止まず、寝付くのに随分と時間が掛かった。
起きたら改めて夫に真意をただそうと、そう思いながらどうにか眠りについたものの、侍女が言うには朝早くにランドリューは邸を出て行ったという。
「そう……お帰りはいつごろ、と?」
「それが……夕食もいらないと仰って……」
侍女はそれ以上のことはわからない、と眉を下げる。
「奥様、旦那様となにか……?」
更に侍女が心配そうな眼差しをクローディアに向けると、クローディアは慌てたように首を左右にふるふると振った。
「いいえ!? いいえ。まさか。とんでもない。ただ、その、昨夜は遅くまでお仕事をなさっていたそうだから……まだお忙しいみたいね……お身体に障らないといいわ」
クローディアは微笑んで侍女に言いながら、内心少しばかり複雑だった。
(どうしたのかしら、三週間ぶりのご帰宅でいらしたのに……)
帰宅直後の夫は、いつも通りクローディアに優しかった。冷厳そのものという顔を崩しこそしないものの、明るい鳶色の瞳がクローディアを見つめるその眼差しは確かに熱を帯びていたように思う。
夕食を終え、ゆったりとした食後の時間もどこかそわそわと落ち着かず、湯浴みに行くとクローディアが立てば、厳めしく思慮深そうなその顔が一瞬だが確かに期待の色を滲ませたのだ。
そうしていつも通り、夫はクローディアの寝室にやって来た。軽い寝酒を共に飲み、とりとめもない話をしながら、夫の長くしなやかな指がクローディアの長い髪を優しく梳り、黒曜と鳶色が交わると共にどちらからともなく口付けして寝台へと押し倒された。
夫の手がクローディアの体を這い回り、撫でて、柔らかな乳房の形を確かめるように揉み解しながら胸元に口付けする。
夫の手も指も口付けも、クローディアを官能へと導き高めていった。結婚したばかりの頃は、お互い不慣れで何もかもが手探りだったその行為も、半年も経てば少しは慣れて気持ち良さを感じるまでになっていた。
三週間も離れていれば、夫のみならずクローディアも情欲を持て余し肌の触れ合いを待ち望んだものである。
しかし。
昨夜、いざこれからというところでランドリューは突然声をあげ、そのまま急に仕事と言って出て行ってしまった。ひとり取り残されたクローディアは呆然とし、冷めやらぬ熱に浮かされながらざわつく心を鎮めなくてはならなかったのだ。
朝食を終え身支度を整えて、クローディアは庭の散策に出た。
そろそろ薔薇が満開になるので、是非とも奥様にご覧いただきたい、と庭師からの託けを執事から聞かされたのだ。
部屋にこもっていても昨夜のことが気に掛かりなにも手につきそうになく、クローディアにとっても有り難い招きだった。
レイズワード伯邸の庭は、全てを一日で回ろうと思うと小型の馬車くらいは仕立てたくなるほどに広大だった。腕の良い庭師が四季折々の花々や木々を整え、どの季節であっても楽しむことができるよう考えられていた。
クローディアはこの庭を散策するのがとても好きで、暇さえあれば気の向くままに歩き回ってみているが、それでもまだ全てを知れたとは思えないほど見るたびに表情が変わるのが面白い。
やがて見えて来た薔薇園は、遠目からでも見事に咲き誇っているのがよく分かった。
「わぁ……! 本当に満開! 素敵!」
クローディアは思わず歓声を上げ、走り出しそうになってはたと止まった。
「だめだめ。レイズワード伯爵の奥方ははしたなく走り回ったり甲高い声ではしゃいだりせず、慎み深くお淑やかでなくては、ね……」
侍女も伴わずひとり歩きとはいえ、どこで誰が見ているとも知れないのだ。クローディアはこほんと空咳をして、ことさら淑やかにしずしずと歩いて薔薇の園へと向かった。
「それにしても、本当に綺麗。旦那様もいらっしゃればよかったのに。夜更けも遅くまでお仕事して朝も早くからお仕事だなんて……」
はぁ、とクローディアは溜息をこぼした。
実のところ、クローディアは少しばかり疑念を抱いているのだ。
昨夜の夫の態度。あれは突然仕事を思い出したから、ではないのではないか? と。ずっとクローディアの心はモヤモヤしていた。
(なにか、ランドリュー様の気に食わぬことをしてしまったのではないかしら……お優しい方だから、本当のことを言わずに出て行かれたのでは……? でもそれなら……)
なにか至らないところがあったのならちゃんと言って欲しい、とクローディアは思う。
「っいた!?」
つい沈みがちに俯いて歩いていると、髪を引っ張られる感覚に声が漏れた。見れば纏めた髪の束に薔薇の棘が引っかかり絡まっていた。
「や、やだ、どうしよう!? いたっ、全然解けない」
絡んだ髪を解こうとしても、棘が指先を掠めて傷付け、力任せに引っ張っても薔薇の茎ごとせり出してくるばかり。オロオロと狼狽えて気ばかり焦っていると。
「お、奥様!? だ、大丈夫ですか、い、いまお助けいたします!」
庭師の見習いの青年が駆け寄ってきた。
「まぁ! 助かるわ。そのハサミで絡んだ髪をジャキンとやってちょうだい!」
「えぇっ!? い、いや、いけません。とんでもない! 薔薇を切りますので、動かれませんよう」
青年はそう言うとハサミで髪に絡む薔薇をパチンと切り落とし、絡んだ髪をするすると器用に解いていった。
ほぅ、と二人が同時に息を吐く。
「ありがとう。でも、私がぼんやり歩いていたせいで薔薇を切らせてしまったわね。大丈夫かしら?」
「お髪の方は大丈夫でしょうか、ほかにお怪我などは? 薔薇は、少し整え直せば良いだけですから。……あぁ! 奥様、指先に傷が」
「え、あ……本当に。仕方ないわね、綺麗な薔薇には棘があるものよ」
「い、いけません! すぐに消毒して治療を……」
庭師の青年がクローディアの傷だらけの手を取り、真剣に言った。
強い眼差しがクローディアを射抜く。
「あ、そ、そうね……それでは、お願いするわ」
ーーーーーー
薔薇の園の奥に立つ東屋で、男女が絡み合う。
明るい茶色の巻き毛と青い瞳が印象的な青年の、よく日に焼けた逞しい腕が、陶器のように白い肌を這い回る。
庭仕事に従事した傷だらけの太い指が、細く華奢な腰を掴んで引き寄せた。
「ぁ、だめよ……こんなこと……」
「でも、奥様……俺はもう、我慢できません! 奥様も、そうなのでしょう? ……だって、もう、ここはこんなに……」
「ぁっ……!」
青年の太くざらついた指が、たくし上げられたスカートの裾から太腿を這い、遠慮もせずに下着の中に入り込んだ。
ぬちゅ、り。と、湿り気のある音と共に、青年の指に蜜が絡み、花弁がひくついて指を咥え込もうと蠢く。
「んっ……は、ぁん……」
甘く艶めいた声を漏らしながら、女の……クローディアの腰から力が抜けて、青年の逞しい腕に体を委ねるように収まって。
「奥様……、奥様……、綺麗な奥様……旦那様の萎びた体じゃ、奥様のお若い体を満足なんてさせられるわけありません。だから、代わりに俺が……!」
青年のいきりたつ豪直がクローディアの濡れそぼつ股座に押し当てられ、メリメリと分け入りながら中へと入っていく。
「あっ、ぁあ!」
クローディアが細い首をのけぞらせ、身を割り侵入する熱い塊に堪らず声を漏らす。
「ぁっ、あぁ、奥様……! 奥様っ!」
青年がむしゃぶりつくようにクローディアのはだけられた胸元に顔を埋めながら、遮二無二腰を打ち付けた。パンパンと肌の打ち合わされる音と、グチュグチュと蜜壺を掻き回す音が、薔薇の園に飲み込まれて……
ーーーーーー
「って、聞いていらっしゃる? 貴方!」
夕飯も終わりの頃、何処からか帰宅したランドリューとクローディアは食後のお茶の時間を共に過ごしていた。
口数少なくむっつりと押し黙るランドリューに、クローディアは庭の薔薇の見事さを話して聞かせる。しかしどうにもランドリューは上の空という風情であった。
「!! あ、あぁ、クローディア、薔薇園で棘に刺されたのだったな。うむ、もちろん聞いているとも」
聞いてはいたのだ。しかしランドリューの脳裏には不意に不埒な妄想が沸き起こり、心ここに在らずという状態だった。
「……今夜はお疲れのご様子。ね、貴方。旦那様。視察やらご招待やらは休みにして、明日か明後日にでも是非、薔薇の庭にご一緒しましょうよ。ね?」
心配そうなクローディアの射干玉の瞳がランドリューをじっと見上げ、色好い返事を期待するように小首を傾げる。その仕草は幼い少女のようにも見えて、ランドリューの心をさわさわとざわめかせた。
昏い焔が、ヂリ、とその胸の内を灼いていく。
「そう、だな。時間ができたら、一緒に……。すまない、クローディア。やはり疲れているようだ、先に休ませてもらう」
ランドリューはクローディアから目を逸らし顔を背けて、そそくさと自室に向かう。
「あ、貴方……! そう、そうね。お疲れだもの、ね。おやすみなさい……」
その夫の背中を、クローディアは寂しそうに見送ることしかできなかった。
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