ポン、パン、ポンと青空に打ち上げられる花火が、祭りの始まりを告げる。
鮮やかな色の煙がふわふわと棚引いた。
ワァッと駆け出す子供たちと、それを慌てて引き留めたり追いかけたりする大人たち。
リィンリィンリィンと澄んだ鈴の音色が客を呼び寄せ、張りのある声が負けじと呼び込む。
「さぁさぁ今日という日は無礼講! 嫌なことはパァッと忘れて楽しもうじゃないか! サーカスは十時の鐘が鳴ったら一回目が始まるよ~良い席欲しけりゃ急いだ急いだ!」
大竹馬に乗って火のついたステッキをぶんぶん回す男の軽やかな声が響き渡る。人の流れが大きく潮流を作り、あちらもこちらも盛況だ。
ランドリューは質素なローブに身を包み、フードをすっぽりと被って、聖堂の鐘撞き堂の高みから街並みを見下ろしていた。
眼差しはどんな暗所も小路の影も見逃さないと思えるほどに鋭い。
「視線だけで人を殺せそうな顔だな、ランディ」
ランドリューと並び街を見下ろしていたグイードが、揶揄するように言う。
「であれば話は容易かったのだがな……」
ランドリューの返事には、あながち冗談でもなさそうな含みがあった。グイードは苦笑ぎみに表情を歪め、肩を竦める。
「それで……いかがわしいフィーリスの法師は、どのタイミングで叩くんだ?」
魔獣の群れの襲撃を受けた村の再建作業を見守っていたグイードが、ランドリューに呼び戻されここに着いたのはつい今朝方のことだった。慌ただしくて詳しい話はできていない。
ランドリューは軽く頷いた。
「そうだな。……彼奴の企みはこうだ」
フィーリス教の法師ローリスは、街の公民館の一室に簡易な祭壇を作り、有力者の妻らで構成された婦人会に取り入り街の皆からの信用を得ている。
彼はこの祭りに乗じ、街のあちこちに魔界と人界を繋げる穴を開くための仕掛けを施してきていた。
更にフィーリス教の名の下に出し物をするという。
これらはランドリューが送り込んだ密偵からの報告であり、大まかな仕掛けの位置も地図で記されてはあった。
「今日、おそらくその出し物とやらを儀式とし、魔界の門を開く算段であることは間違いない。街の各所に仕掛けられたものは、大きな魔法陣の要だ」
「……えぇと? そりゃつまり、どういうことだい。敵は法師であって、魔導師ではないはずだが」
魔導にも魔界のことにも明るくはないグイードは、当惑したように首を捻る。
「法師とは名ばかりの、はぐれ魔導師……と見るのが妥当だろう。大した才覚もなく、真っ当な修練もせず、我流で魔導に手を出し……そこで魔族に唆された、概ねこのようなところだろう」
ランドリューの言葉はただの推察であり、多分に悪意と偏見に満ちて辛辣であった。グイードはますます苦笑を深める。
「王家により敷かれた強力な封印は国土全体を覆っている。それを破って魔界と繋ごうと思えば、それなりの労力を要するのだ。グイード……彼奴の狙いは、祭りに訪れた民草の生命。それを贄として開門の儀式を行う気だ」
グイードの顔がシンプルな嫌悪に歪んだ。この男は生粋の剣士であり、生まれ育ちは庶民だ。魔導師特有の、人の生命を軽んじる倫理観の危うさを必ずしも快く思ってはいなかった。
「そこまでわかっていて、さっさと捕まえない理由は……?」
「ことを起こす前に拿捕するには、罪状がない。無辜の旅の巡礼者を理由なく捕らえたとなれば、民も納得せん。宗教の弾圧の誹りを受け、彼奴は悲劇の英雄と祭り上げられ、信徒が増えかねんからな」
「ランディ……。それだから、反吐の出るような企みとわかっていてみすみす……やらせてから叩こうと?」
ランドリューの思惑とはこういうことだ。
法師ローリスが儀式を始めるのを黙って見守り、決定的に言い逃れることのできない多数の民衆という目撃者の前で捕らえる。
その方法では、少なからぬ犠牲が出る可能性はあるのにも関わらず、だ。
「最も確実で、後顧の憂いを断てる最善手であろう。……グイード、おまえに頼みたいのは、法師の身柄の確保だ」
悪びれもせず言ってのけるランドリューの昔から変わることのない冷徹さは、グイードを辟易させるに十分であった。
しかし。
ランドリューの言葉は正しい。感情面ではともかく。
グイードは軽く嘆息すると、貴族的思考と魔導師的倫理観の体現者の如き友人に苦い笑みを向けた。
「わかったよ。せいぜい、被害を最小限に食い止めることだ……後で俺にぶん殴られたくなけりゃあね」
ガチャリと剣を鳴らして踵を返すグイードの背に、ランドリューもまた苦い顔をした。
――
正午を回り、祭りは一層賑わいを見せている。
サーカスの第一公演が終わったのだろう、広場の大きなテントから続々と出てくる人の波が、飲食を取り扱う屋台の並ぶ大通りに流れ込みまた新たな潮流を作り出していた。
メインストリートの真ん中に作られた特に大きな舞台では、歌自慢や踊り自慢、一芸披露したい芸人から農夫やパン屋まで次々と立っては拍手喝采や笑いを取っている。
「皆さま!」
その舞台に立った男が発する、一際良く通る声。
昼食にかぶりついていた者も、的当てゲームに躍起になっていた者も、次々と屋台を冷やかして走り回る子供ですら、一様に舞台に釘付けになった。
「今日の佳き日を祝して、まずは乾杯を!」
蜂蜜色の髪と目の美しい青年法師は、そういうと手を掲げた。その手にはグラスがある。
婦人会の者や、そうではない若い女たちが盆にボトルとグラスを抱えてにこやかに微笑んだ。
「さぁ、皆さん、麗しの女性たちの友愛の盃をお受け取りください! 小さなお子様にはジュースを」
今度はその女性たちに釘付けになる男たちの財布に手を出そうとしている少年に、パチリとウィンクをしながらローリスが言うと。
女たちが人の隙間を軽やかに縫いながら歩き回り「さぁどうぞ」「友愛の盃を」とそこに集まる老いも若きも男にも女にも配って回る。
「やぁどうも。素敵な教えだねぇ、友愛ってやつは。こんな風に酒まで振舞ってくれるとは」
人混みに紛れたグイードが、グラスを配る娘に片目を瞑ってみせながらそれを受け取った。
「えぇ、本当に! みんなが手を取り合って誰にも優しくなれれば、世の中は良くなるんですよ!」
そう語る娘の頬は仄かに色付き、瞳は恍惚として、単なる友愛以上の感情をローリスに向けているようにも見える。
「そうだな、そう思うよ。いい教えだ、友愛ってのは」
グイードが肯定したのに気をよくしたのか、一層鮮やかに微笑みながら娘は次のグラスを配りに人混みに消えていく。
グイードもまた、人混みに紛れて行く。
そうしてグラスも行き渡った頃合いを見計らい、ローリスは再び良く通る声を上げた。
「では皆さま。改めて。友愛に乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
ワッと歓声と共に唱和され、人々がグラスの中身を飲み干していく。
「フィーリス教からの皆さまへの贈り物は、もちろんこれだけではありません。さぁ、隣の人と手を繋いで、輪になって。誰もあぶれさせたりしないように周りをよく見て。美人だなんだと選り好みしないで」
ポンポンと手を叩きながら流れるように出される指示に、時に笑いを引き起こしながら人々は驚くほど素直に従っていく。
次々と、知った者同士も見知らぬ同士も、いがみ合っていた連中すらも手を取り合って大きな輪が出来上がっていく。
「これぞ友愛。いがみ合うのはつまらない! 友を、恋人を、家族を、そして敵すらも愛しましょう。さぁ手を取り合って輪になって」
ローリスの声はまるで歌のようだった。
誰も彼もが彼の声音に聞き惚れ、うっとりと見つめ、言葉に従った。
やがて人々の口から、友愛とフィーリスを讃える言葉が上り出す。
民衆は手を繋ぎ大きな輪になってフィーリスを讃えながら、楽団の演奏に乗っていつしか踊り出していた。
軽やかで楽しげな音楽と共に、人々の熱気も上がっていく。
グルグルと輪が回り、踊りは渦を作り出す。
それを、相変わらず鐘撞き堂の高みから見下ろしていたランドリューは。
「始まったか……」
苦々しくそう呟いた。
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