※この作品はR-18です。

ある伯爵の懊悩   作:無能な葦

31 / 34
門は閉じよ

 バリッ――!

 

 迸る紫電が、屋敷を満たす障気とそれから生じる魔獣の群れを貫き駆け抜けていった。

 

 ズンッ! と屋敷全体が震え、バチバチと弾ける稲光が、ドームのように敷地を覆い包んでいく。

 

「あ、あれは……」

 

 その光景を庭で見ていた使用人たちは息を呑む。

 

「だ、旦那様……ご無事で……」

 

 その凄まじい紫電の迸りが、暗黒の渦を巻く空に向かってパリパリと螺旋を描きながらドッと伸びて行く様。

 

 さながらそれは、天を穿つ魔槍であった。

 

「おぉっとっと、どうなっている……!?」

 馬を駆り、グイードが使用人たちのそばまでやって来た。かなり急いだ様子で肩で息をしながら空を穿つ紫電を見上げている。

 

「グイード様……! 奥様が剣を携えお屋敷に……ご無事だと良いのですが!」

 

 その言葉にグイードは眉を曲げ、口をむずむずと動かして、なんとも形容し難い曖昧な笑みを浮かべながら今度は屋敷の方を見た。

 

「奥方なら……大丈夫だろう。この様子なら、ランドリューも」

 

 どうやら俺の出る幕は無さそうだな、とそう肩を竦めた。

 

――

 

 澱みに澱んでいた空気が、魔術の発動と共に一掃されていく。

 

 杖に纏わり付く紫電がパリパリと弾けている。

 

 その様子に、ランドリューの傍らで剣を構えたままのクローディアは、目を瞠り、冷厳な横顔を見上げてうっとりと息を吐いた。

 

「もう、門は……?」

「いや……まだだ……まだ閉じ切るには足りていない……確実に閉ざさねば、すぐに綻びが生じようからな」

 

 ランドリューの額には微かに汗が浮かんでいた。

 数日ろくに寝ても食べてもいないまま、大きな魔力を消費しているのだ、その疲労は大きなものであった。

 

「あの……悪魔……このまま引き下がりはすまい……」

 

 今もどこかで、虎視眈々と機を窺っているに違いなかった。

 どこから仕掛けて来るのか、いつ仕掛けて来るのか、ランドリューは魔力を編み、術の展開を維持しながら注意深く辺りを警戒していた。

 

「貴方……!」

 

 その様子に、クローディアがどこか怒ったような顔と声音で。

 

「どうぞ、術の維持に集中してくださいな。どこからどうアレが来ても、私が必ず……貴方をおまもり致しますから」

「あ、い、いや、しかし……」

「しかし!? なんです。私がアレを追い詰めたところ、見ていたでしょう? ここまで魔獣の群れを捌いて来たのも見たでしょう? それでまだ、信じられないと?」

 

 クローディアはさも心外そうに、憤慨して見せた。ランドリューはたじろぎ、困惑気味に眉を顰める。

 

「君は……どこでそのような剣技を……」

 

 学んだのか、と、その目は訝しむように眇められる。

 クローディアはそっと目を逸らして。

 

「貴方は……楚々として、淑やかで、よく弁えた物分かりの良い女がお好みだと……そう思っていたので……」

 

 クローディアの表情が鋭く、油断のないものに変わっていく。

 

「猫を被っていました。……貴方は、下士官などにいちいち興味もないでしょうから、覚えてもいらっしゃらなかったでしょうけれど」

 

 しなやかなバネのように伸び上がり、クローディアの剣閃は背の高いランドリューの更に頭上高くを切り裂いていく。

 

「ギャァ!」

 

 ドサッ……! 天井から、突如伸びてランドリューを襲おうとした触腕が切り捨てられ、床に落ちた。

 

「……っ」

 

 瞠目するランドリューに、クローディアが一瞥を投げる。

 

「王宮騎士団、銀竜隊副隊長……クロード・サイレス。……騎士団では男の名を使っておりました。今まで、黙っていて……ごめんなさい、貴方」

 

 ヒュッ! 鋭く突き出す切先が、落ちた触腕を串刺しにする。否、その影から出て来ようとした悪魔そのものを穿つ。

 

「ウギャア!?」

 

 悲痛の声。クローディアの剣は容赦なく、そして的確に悪魔の動きを先んじて読み、封じていく手並みだった。

 

「ぎ、銀竜隊……」

 

 王宮騎士団には幾つかの部隊があるが、いずれも精鋭であり、特に金竜銀竜隊は特選先鋭の誉れ高い部隊であった。その副隊長ともなれば、実力は相当なものである。

 

 当時全ての騎士団を束ねる団長はグイードであり、彼によって各部隊が組み直されてもいる。

 

「ぐ、ぐぎ、お、おのれぇ……」

 

 ズル、ル、と、悪魔が姿を現していく。影に潜み不意をつく戦法は分が悪いと悟ったらしかった。

 

 その姿は、すでに随分と弱々しく、形を保つのも難しそうですらある。

 

「もう引き際でしょう……おとなしく魔界に帰るなら、命までは取らないわ」

 

 剣を向け、述べるクローディアに、しかし悪魔はゲラゲラと笑った。

 

「バカめ! 忘れたのか……こっちには小僧が居るんだぞ。それともぉ……小僧ごと殺すかぁ? ……お、奥様っっ!」

 

 悪魔の顔が瞬時に、あどけないそばかす顔の少年へと変わる。その瞳は恐怖に歪み、泣き腫らしたように赤い目をしていた。

 

「……っ」

 

 クローディアの表情が歪む。

 

「奥様……僕、僕っ……僕が、悪いんです……僕が悪魔の口車なんかに乗ったから……こんなことに……」

 

 シオンが泣きながら、少年なりに罪を自覚し覚悟をすら決めようとしている。しゃくり上げながらも口を引き結び、恐怖に震えてカチカチと噛み合わない歯を鳴らしながら耐えようとしている。

 

「……そんな」

 

 クローディアは途方に暮れた。これが悪魔のやり口だ。よく心得ている。だが。

 

「クローディア……もう良い……」

 

 ずっと沈黙していたランドリューが、ふいに口を開いた。重々しく、冷徹で、情のかけらも感じさせない声音だった。

 クローディアはランドリューを振り返る。ランドリューは頷いた。

 

「ごめんなさい……シオン……ごめんね……」

 

 クローディアが剣を構え、そして躍り出る。

 

「お、おい!? 本気か、こんなガキごと……!?」

 

 クローディアの剣が、鋭く、容赦なく、悪魔とシオンに向けて突き出された。

 

「クソがぁ!」

 

 バチッと暗黒が弾け、クローディアの切先が届く寸前、形なき悪意のモヤがシオンから切り離れ、飛び出していく。

 

「道連れなんざゴメン――っギャァァア!!」 

 

 その瞬間、紫電が鋭く飛び、悪魔の体を貫いた。

 耳をつんざくおぞましい悲鳴が響き渡る。

 

「ぐ、ぎ、ぎぁ……」

「陳腐で、なんの捻りもなく……まさしく小物だが……そんなモノに、私がよもやおくれを取ることになろうとは、な」

 

 ランドリューの口からこぼれるのは、苦々しき悔恨と自己嫌悪の言葉であった。

 

 シュウシュウと力を失っていく悪魔を一瞥し、ランドリューは残る意識を門を閉じ切ることに割く。

 

 クローディアは、少年を貫くすんでで剣先を逸らし、悪魔から切り離された衝撃で意識を失ったシオンを抱きすくめていた。

 

「クソ……クソ……あと少し……あと少しだった、のに……」

 

 執念深い悪魔の、怨念篭るその声は。

 ゾワリ、最後の力の発露となってクローディアに襲い掛かる。

 

「クローディア……!」

「あっ……!」

 

 閉じようとする門に引き寄せられる悪魔が、そのままクローディアをも道連れにしようと掴んだ長い髪。

 

 ズ、ズズズ、ズォ――! 

 

 強力な引力に、悪魔とクローディアの体が引き摺り込まれようとして。

 

「クローディア……!」

 

 ランドリューは、しかし、門を閉じるための力をこれ以上割くことはできなかった。

 

(まさか、こんなことで……失ってしまうのか……!?)

 

 杖から手を離さないまま、せめてと片手を伸ばそうとして。

 

「閉じて……!」

 

 クローディアが強い声で言う。振り上げた剣が、ザクッ――と。長い髪を切り落とした。

 

「ぁがっぁ、ぁぉああああ――!!」

 

 クローディアの切り離された髪ごと、悪魔が魔界の閉じ行く門に吸い込まれ、消えていった。

 

――

 

 パリ、パリ、と燻る紫電が、微かに残る障気を掻き消していく。

 

 恐ろしい暗黒の空はすっかり晴れ渡り、既に夕暮れの色に染まっていた。

 

「クローディア……ぁ」

 

 ランドリューは、ようやく杖から手を離し、その途端によろけてふらりと崩れ落ちた。

 

「貴方……!」

 

 その様子にクローディアが駆け寄り、労るように支えて顔を覗き込む。

 長かった黒髪は、ザックリと切られ、まるで少年のように短い。ランドリューはそれを見て、痛ましげに顔を顰める。

 

「もう。そんなお顔なさらないで……髪の短い女は、やっぱりお嫌ですか……?」

 

 クローディアは眉を下げ、困ったように微笑む。

 

「そも、女だてらに剣を振り回すような私は……、やっぱり……お嫌ですか」

 

 クローディアの声音は、徐々に力なくか細くなっていった。さっきまでの勇ましく猛々しい様子が嘘のようになりを潜め、審判を待つ罪人のように縮こまってすら見える。

 

 ランドリューは。

 言葉を探した。何を言うべきか、何を言わざるべきか。長い沈黙と逡巡を経て。

 

「クローディア……私は……私こそ、君に……嫌われたのではないのか……」

 

 そもそも怒って出て行ったのは彼女のはず。ランドリューにはそれが疑問だった。

 クローディアは、黒い瞳をパチパチと瞬き。

 

「……嫌いになんて、なれなかったから。だから、いま、ここに居るんです。貴方……ランドリュー様……貴方は、どう?」

 

 クローディアの指先が、ランドリューの目元のほくろを撫でていく。

 ランドリューは、すっかり短くなったクローディアの黒髪を撫でた。

 

「愛して……いるんだ……クローディア。君を、失くしては、生きていられる気がしない。……レディのように振る舞わなくて良い、弁えなくても、反抗してくれても良い、ありのままの君として、もう一度……私と、一緒になってくれ……」

「……、は、はい。はい! 貴方……。貴方が、そう……望んでくださるのなら……あの……」

 クローディアはふいに頬を薔薇色に染めて、恥じらうように睫毛を伏せた。

 

「キス、してくださいますか……」

 

 ランドリューは。

 何かを言うより先に、その唇を重ねていた。

NTR本番なし妄想のみというスタイルは、NTR好きには刺さらないですか?

  • それはそれであり
  • これはNTRとは言えない
  • 妄想は単なる変態だろ
  • NTRは好きだが辛い妄想がちょうどいい
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。