諸々の後始末をようやく終えランドリューは疲労困憊の極みで、書斎のソファで一息ついた。それからふと気付いた時には、すっかり真夜中を過ぎていた。
「……ね、寝ていた、のか」
ハッとして立ち上がる。体が凝り固まってミシミシと軋むようだった。倦怠感に重い。
「嗚呼……今夜こそは、と……思った、のに」
さすがにもう寝ているだろう、と思うと、頭を抱える。
「ぐ……いや。ならばせめて……寝顔……だけでも……」
長く、長く、あまりにも長く夫婦としての生活がなかった。それはランドリュー自身の問題ゆえではあったが。
「行く……か」
いざとなると腰が重く、心は怯む。声に出して言うことで奮起して、書斎を出た。
ランドリューは寝室の前で煩悶し、逡巡し、ノックもできぬまままたいくらかの時を過ごしている。
もう寝ているかもしれない、ならばノックは良くないか? と思い至るまでにどれほどの時間を無駄にしたものだったか。
ぐ、と息を呑み、意気込み、扉を開けた。
「貴方……良かった、いらしてくださったのね!」
「……! お、起きて、いたのか……」
「えぇ、起きていました。……私が起きていたら、何か不都合でも?」
じとり、と睨むように見上げてくるクローディアの表情は、今まで見たことのないものだ。短くなった髪とあいまって、その拗ねたような顔はどことなく幼くも見える。
ランドリューはやや狼狽えながら、視線を泳がせた。
「いや……もう遅いから……君も、疲れているだろうし、寝たものかと。そう思っただけで……」
以前はどう言葉を交わしていただろうか、としどろもどろになりながらそんなことを思いもする。
「疲れてはいるけど、だからこそ貴方を待っていたかったの。……さ、いつまでもそんなところに居ないで入って!」
クローディアがランドリューの手を取る。そうしてぐいぐいと引っ張るように導いて、ベッドに座るよう促した。
ランドリューが座れば、クローディアとの視線の位置は逆転する。クローディアは女性にしては背が高い方だったが、ランドリューもまたかなりの長身の部類に入る男であった。背の高いランドリューを見下ろす態勢を、クローディアは楽しんでいる風情もある。
「クローディア……その」
随分と機嫌が良さそうに見えて、安堵の思いがするものの、ランドリューはどうにも落ち着かない気分だった。
「やっぱり、今までの私の方が良かった……ですか? 本当の私に、幻滅なさった?」
眉を下げて首を傾げ、不安そうに問いかけるクローディアに、ランドリューは思わず首を左右に振って応える。
「いや、違う……違うのだ、そうではなく……あぁ、……いや、だから」
言葉は喉で引っ掛かり、視線は右往左往と落ち着かない。ぎゅ、とクローディアの手を取り握って。
「まだ、謝っていなかった……その、すまない、君を……侮辱するつもりなど……」
ランドリューは、自分の手が微かに震えていることに気付いた。
蒸し返すことで、再びクローディアの怒りや、或いは嫌悪や軽蔑といったものを買うのが怖かった。
クローディアのもう片方の手が、そっと重ねられる。
「びっくりしたし、恥ずかしいし、貴方にそんな女だと思われているのなら哀しいと思ったわ。……でも」
クローディアも、少し言葉に迷っているようだった。短くも長い沈黙が落ちる。
「でも……少しだけ、貴方のことを近くに感じられるような気もしたわ。……ねぇ、貴方。ランドリュー様」
クローディアの手がするりと抜け出て、トン、とランドリューの肩を押す。
不意打ちにあっけなく、ランドリューはベッドに倒れ込んだ。
「……!? クローディア、なにを」
「ランドリュー様……はしたないクローディアでも、嫌いにならないでいてくださる?」
そう言うと、クローディアはガウンを脱ぎ去り、薄手のナイトドレス一枚を纏った姿で、ランドリューの上にのしかかるように跨った。
――
「クローディア……」
クローディアの指が、ランドリューの寝巻きの前を寛げ、開いていく。
ランドリューは、困惑していた。そうでありながらしかし、微かな期待も内心に育ちつつあった。
ドッドッと心臓がうるさく打ち付け痛いほど。
「貴方は……私の、淫らな姿を勝手に想像して、しかもよその男の人たちとのあんな……! あんな!! もうっ! それで、ずっと私のことはほったらかしで、ひどいってわかってる!?」
バフッと、クローディアの拳がランドリューの顔の横を通り過ぎてベッドに沈んだ。
黒い瞳が潤み、揺らめいて、キッとランドリューを見下ろしながら睨んでいる。その顔はいまや、耳まで赤い。
「……ぁ、や、その……す、すまない……」
「いいえ、私こそ。急に怒りが沸々と思い出されて……」
まだ怒っていたのか、とランドリューは神妙な顔をした。
「私が、求めているのは……貴方だけ。ほかの誰かなんかじゃないの。……なのに、貴方は……あんないやらしい妄想して、本当の私のことは見向きもせずに……その上、その上……私以外の女と……!」
「!? 待て、なんの話だ……! ほかの女など……」
「正確には悪魔だったわよ! でも、したんでしょう!?」
ランドリューは動揺した。
した、とは何をどこまでのことを言うのか。
もう既に遠い昔のようにすら思えるが、ほんのつい昨夜のことだ。
「あ、あれは……君だと……まやかしで……だが、キスしかしていない!」
手を取られて少しだけ触ったりはした気もするが、自分の意思ではない。カウントに入れるのも馬鹿馬鹿しいことだと思えた。
「キスだけでも許せないわよ……!」
クローディアはそう言うと、覆い被さり噛み付くような口付けをする。汚れたところを丹念に消毒しようとでも言うように、ガブリと歯を立て舌を捻じ込み、ランドリューの口腔奥深くまで貪った。
「んっ……んぅ……っ!」
呼吸ごと奪うような苛烈とも言える口付けは、ランドリューにとってもクローディアにとっても初めてだった。
「ぷはっ……!」
苦しくなって顔を上げ、クローディアはランドリューを見下ろす。
「……ぁ、う、な、なんという……ことを……君は……」
ランドリューの顔も、耳どころか首筋まで真っ赤に染まっていた。
「はしたないクローディアは、お嫌ですか?」
「……っ、い、嫌では、ない、が」
「……が?」
含みのある語尾に、クローディアはムッとしたように繰り返した。
「どう振る舞えば良い……私は。夫として、妻を……思い遣り、よくして……満たし、それが、男としてあるべき……むぐ」
クローディアの人差し指が、言葉の途中でランドリューの唇に添えられた。
「妻として、淑女として、殿方のリードに任せ楚々としてなされるままにせよ、と。良き妻としてはそうあるべしと教えられました。けれど……」
クローディアは困ったように眉を下げ、微笑んで。
「もうやめましょう。お互い、無理をするのは。私は猫をかぶるのをやめますから、貴方も……もっと、素直に。ねぇ、どうしたいか、どういう風になさりたいか、教えてください。ランドリュー様」
クローディアの指が、髭をすっかり剃ったランドリューの顎をスリスリと撫でて、そのまま顎下を擽る。まるで猫を可愛がるようなその手付きに、ランドリューはむず痒さと照れ臭さを覚えて身じろいだ。
「ランドリュー様……ね、おっしゃって」
クローディアの手が、鎖骨を撫でて胸板を辿る。手のひらで優しく撫でていきながら、ふいに、カリッと胸の先を引っ掻いた。
「ぅあっ……!?」
びくりと跳ねるランドリューの身体に、クローディアは相変わらず跨ったまま。
「……そういえば、ここも……あの悪魔に触らせていたわね」
「! 違うっ……さ、触られたのだ、触らせてはいないっ……!」
些細なことで意味合いが大きく変わる、ランドリューは強く反駁した。
「じゃあ、ここも……ちゃんと綺麗にしなくてはダメね」
ずり、とクローディアが位置を下方にずれて、ランドリューの胸の先の飾りをペロリと舐めた。
「ふ、ぁっ……!」
ランドリューの身体がまたもビクリと跳ねる。クローディアは構わず、チロチロと舌先で先端を舐めて転がし、ぢぅっと強く吸う。
「うっ……ぅう、ぐっ……!」
「あ、……、貴方……硬いの、当たってる……」
クローディアが半身をよじりながら手を回し、柔らかな尻に当たるモノをすりりと撫でた。
「……っ、く、クローディア、クローディア! はしたないことを、もう、いいかげんに……」
「貴方……ランドリュー様。やっぱり、こんな私では、幻滅なさる?」
しゅんと気落ちしたような顔をするクローディアに、ランドリューはぐっと呻いた。
身体はジクジクと熱を持ち、吸い付かれた胸の頂も、柔らかな尻の下で硬く勃ち上がる欲望も誤魔化せない。
抵抗はあった。しかしそれ以上に。
「く、クローディア……。……わ、私は、楚々とした弁えた淑女が好きなわけではない……私が、ただ唯一好きになったのは……クローディア、君というひとだけだ……確かに、私がこれまで見ていた君は、本当の君ではなかったのかもしれないが……」
は、と息を吐き、ランドリューはようやく微笑むことに成功した。
「勇ましく猛々しい君も、私のために一喜一憂する君も、はしたない君も、クローディア……それが君だというなら、全て、愛しい」
ほ、と安堵の息を吐いた。
ランドリューは思う。ずっと、これをこそ伝えるべきであったのだと。
面子に拘り、歳上として男として夫としての威厳に拘泥しすぎたから、無理が生じたのだ。
クローディアは、黒い瞳を潤ませ、はらはらと大粒の涙を流していた。
「貴方……ランドリュー様……ランドリュー! 好き、大好き、十年前からずっとお慕いしていました! 幸せすぎて夢みたい!」
ギュウと抱きついて擦り寄るクローディアの短い癖毛が、ぽわぽわとランドリューの頬を擽った。
「……まて、なんと言った? 十年前?」
ランドリューは訝しむように眉を寄せる。
クローディアは顔を上げ、その眉間の皺にすら愛おしげに口付けした。
「ふふ……その話は、また……今度……」
甘えるように擦り寄るクローディアの頭に、ランドリューは腑に落ちないながらも手を添え撫でて。それから。
「……クローディア」
ぐるん、と態勢を反転し、ランドリューがクローディアを見下ろす。ぱちり、と瞬く黒い瞳に、微笑みかけ。
「そうだな……聞きたいことも、話したいことも、思えばたくさんあるのだが……それ以上に、今は……君に、溺れてしまいたい」
「貴方……ランドリュー様……。ランドリュー……私、も」
その言葉を皮切りに、もう言葉はどこかに流れてしまった。
ーー
ランドリューの舌が、クローディアの胸を這い回り、大きな乳房の先の果実に吸い付く。
「ぁっ……んんっ!」
敏感な先端を舌でコロコロと転がされ、ちぅちぅと吸われてクローディアの声が切なげに漏れた。ランドリューの両手が乳房を揉みしだいていく。柔らかく形を変えて手のひらに添い、溢れる胸と、甘く掠れた声を漏らすクローディアに、ランドリューは欲情が高まり行くのを感じていた。
「はっ、……クローディア……クローディア……」
硬くそそり立つ欲望を、クローディアの股の間に擦り付ける。ジワリと溢れ出る蜜と絡まり、グチュグチュと淫靡な音が立った。
「ぅ、んぅ……っ……や、ぁ、ら、らんどりゆ……」
クローディアの黒い瞳が潤み、揺れて、官能に染まっていく。
朱の差す白い肌に、ランドリューはもう堪え切れぬとばかり、昂る欲望をクローディアの中に埋め込んだ。
「ひ、ゃ……ぁ! ひ、久しぶり、だから……っ、んぅっ!」
メリメリと割り入る怒張に、クローディアの声には焦りと苦痛の色も混ざる。ぎゅう、とシーツにきつく指を立てるその様に、ランドリューは宥めるように短くなった髪を撫でた。
「すまない……っ、クローディアっ……」
「んっ……、だ、抱きしめて、キスしてくださいな。そうしたら、もう、ぜんぶ、ゆるして、あげる」
少しずつ、馴染んできて余裕も出てきたのか、微かに眉を寄せながらも微笑むクローディアに。
ランドリューは万感の想いを込めて抱きしめながら、口付けをした。
――
クローディアはランドリューの腕に抱かれ、微睡みに身を任せていた。
じんわりと幸福感に包まれて、決して逞しいとは言えない夫の胸板に擦り寄る。
大きな手が、頭を撫でる感触がまた嬉しい。
このまま眠りについてしまおうか、と目を閉じかけた時だった。
「クローディア……。もし、君さえよかったら、街の祭りに、共に行かないか?」
思いもよらぬランドリューの言葉に、クローディアは微睡みもどこかへ吹き飛び思わずバッと顔を上げた。
「ぐわっ……!」
「いたっ」
勢いをつけすぎた頭がランドリューの顎とぶつかる。ふたりはしばし痛みに悶絶した。
「ご、ごめんなさい貴方……」
「うむ」
落ち着きのない小娘、と思われていないかクローディアはまた少し心配にはなったが。それよりも気になるのは先ほどのランドリューの言葉だった。
「お祭りって、でも街のお祭りは」
「あれは……あのようなことになって、台無しになってしまったろう。ゆえ、私の方から、祭りの運営委員と婦人会に申し入れたのだ。日を改めて再度行うよう、その際の費用は我が家から寄付する、と」
クローディアは目を見開き、ひどく不愉快そうに眉を顰めながら話す夫の顔を見つめた。
「貴方……それって。それって。なんて素敵なの! 嘘みたい! 本当に!? みんなにもお休みを?」
「う、む。屋敷の者たちにも、みな休みを……」
「シオンも? そもそもあの子を解雇したりなさらないわよね?」
ランドリューの顔はますます渋くなる。
「貴方……」
「……。わ、わかっている。本来なら、重罪だが、悪魔に乗っ取られていた年端も行かぬ子供のこと。我が家でしかと監督し、よく働いてもらうことが最もよい罪滅ぼしとなるだろう」
不承不承ながらも実に尤もらしく語る。誰あろう自分自身を納得させる為だろう言葉を並び立てるランドリューに。
クローディアは感謝と愛を込めて口付けをした。
「お祭り、楽しみね!」
完結です。
夫婦生活に特化した番外編がありますが、趣味とヘキに偏ったものなので投稿すべきか悩んでいます。
NTR本番なし妄想のみというスタイルは、NTR好きには刺さらないですか?
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それはそれであり
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これはNTRとは言えない
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妄想は単なる変態だろ
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NTRは好きだが辛い妄想がちょうどいい
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その他