曇天の空。月明かりも星の瞬きも分厚い雲に隠され、暮なずむ夕刻は常よりも薄暗い。
ぬかるんだ道にハマった馬車は、車輪を取られてびくともしない。
夜が迫り冷気が忍び込むと、クローディアは自身の体を抱きしめて暖を取ろうとする。
「お寒いンですかぃ、奥方様」
三角帽子を被った赤茶毛の男が、馬を打つムチを下ろして尋ねた。
「えぇ、少しだけ……。でも、大丈夫よ……私のことはいいから、早く馬車を……」
寒さに色を失くした唇を微かに笑わせてクローディアは男に言った。
男は、御者コートを脱ぐとクローディアに近づいて、肩からそれを羽織らせる。
汗と干し草、雨に泥、そうした匂いが染み込んだ革のコートはズシリと重く、華奢なクローディアの体を包み込む。
「ありがとう……暖かい、わ」
ほぅ、と吐息をこぼして、羽織ったコートの襟を掴んで合わせながらクローディアは男を見上げた。
日に晒され濃く焼けた肌に逞しい胸板が、白いシャツの胸元から覗く。
クローディアの胸中に、ぞくりとしたものが駆け抜けた。
文官として宮仕えの長かった歳上の夫は、細身で筋肉とは無縁だ。夫の指とは違う、節くれだってマメだらけの硬い大きな手が、ふいにクローディアの細く華奢な手を掴む。
「きゃ……な、なにを……」
抵抗する間もなく、強い力に引き寄せられたクローディアの体は、逞しい男の腕の中に抱きすくめられて。
「奥方様……まだ、お寒いンでしょう。こうなったのも、オレの不如意です。……暖めて、差し上げますよ……」
分厚い雲の切れ間から差し込む細い月の光に、帽子の鍔の影で男の灰色の瞳が妖しく光った。
「ぁ……ダメよ、そんな……」
クローディアの弱々しい抵抗の声は、男の唇によって易々と塞がれた。
ーー
パタパタと軽やかな足音がして、夜着に着替えたクローディアが書斎机に向かうランドリューの元にやって来る。
温かい湯で火照った頬は薔薇色に染まり、しっとり濡れた髪は艶めく烏の濡れ羽色。髪と同じ色の瞳は、きらきらとランドリューに向けられていた。
「貴方……! よかった、まだ起きていらしたのね!」
風呂上がりの上気した顔で見つめられると、ランドリューの心はさわさわと落ち着かなく騒いだ。
「ま、まだ……せねばならないことが、あるのでな。君は……疲れたろう、今日はもう休みなさい」
「貴方! 私は子供じゃないんですよ。……ね、どんなお急ぎのご用事か知りませんけれど、貴方も少しお休みになって。本当に隈が酷いのだから。……それに」
クローディアの手がランドリューに伸び、ガウンを羽織った襟元に触れて肩をなぞっていく。途切れた言葉の先と、はにかむように伏せられた睫毛と、目元にほんのりと差す朱に、クローディアの求めることを察しはできた。
その仕草は、愛らしくも蠱惑的で、ランドリューの胸中を更に強くざわつかせる。
クローディアの細く白い指が、所在なげにランドリューの肩を撫でてはモジモジとその場で渦を描いた。
「ねぇ、貴方……?」
いつまでも何も言わないランドリューに痺れを切らしたか、或いは疑念か。伏せた睫毛を上げて薄い鳶色の瞳を黒い眼差しが覗き込む。
(嗚呼……今この場で、めちゃくちゃにしてしまいたい……!)
ランドリューの内なる心はそう叫び、今にも妻の細い腰を掴んで引き寄せ書斎机に押さえ付けてしまいそうですらあった。
(しかし……また、ダメだったら……?)
あの夜のように。
ランドリューにとって、それは恐ろしく耐え難いあり得る未来だ。
若い妻の求めに応じようにも、体がついていかない。それを知られたくはなかった。もし知られたら、なんと思われるか。
「……っ。……いや、私は。……まだ、今日中に片付けてしまいたい案件があるんだ。クローディア……賢い君のことだ、聞き分けてくれるね?」
ランドリューはどうにか結集させた理性で優しい声音を心掛け、クローディアのきめ細やかな頬に触れてそっと口付けをした。
クローディアの表情が曇るのを、見ないようにすぐに顔を背けて。
「待たずに寝なさい、私は遅いから」
ランドリューのその態度に、クローディアは諦めたように溜め息をこぼす気配がある。
「わかりました、おやすみなさい貴方」
沈んだ声と共に、クローディアの足音が遠ざかっていった。
ーー
「ぁっ、ンっ……は、ぁんっ……ぁあっ!」
たくし上げられたスカートの裾から、白く柔らかな双丘が覗き、節くれだった太い指がそのやわらに食い込む。
パンパンと素肌を打ち付ける音と抑えきれない官能に震える声。
ぬかるみにハマり込んだ馬車にもたれ、立ったまま後ろから貫かれてグチュグチュと蜜を溢れさせるクローディア。
御者の男の指が食い込んで、白かった肌に赤みが差す。
「うっ、くぅ、奥方様……! 奥方様、どう、ですかぃ。すっかり、寒さは吹っ飛んじまったでしょう。ホラ、どうです? ホラ」
荒く興奮した呼吸に混ざる男の声は挑発的で、打ち付けられる楔をもっと深くとねだるように揺れるクローディアの腰を掴むと、馬にそうしたように手をムチのようにしならせて白く柔らかな尻をパシンと打つ。
「ぁっ……!」
「くっ……いいですよ、よく締まる……奥方様っ、アンタみてぇなじゃじゃ馬ァ、オレぁ大変好きでねぇ」
「やっ、んんっ……そん、なっ……ぁあ、ダメ……ダメよ、私には、ランドリュー様が……!」
よがり泣きながらクローディアが頭を振る。パシンとまた御者の手がムチのようにしなる。
白い柔肌に紅葉の跡が赤々と浮かび、クローディアの体は打たれるたびに波打つように震え戦慄き、あぁとか細い声を出して昇り詰めていった……。
ーー
「っ……く、クローディア……っ」
書斎机に突っ伏して、ランドリューは苦しげに呻きながら荒い呼吸に肩を震わせた。
妄想の中で、若い妻は肉欲に抗えずに流されていく。
口では夫への貞操を示しながら、股は開かれしとどに溢れる蜜に濡れ、逞しい男たちの欲望を喜んで咥え込む。
(クローディアが、そんなこと、するはずない……!)
そんなことはわかっている。わかっていながら、クローディアに近づく若い男たちをランドリューは意識せずにいられなかった。
庭師の見習い、御者の男。どちらもランドリューには無い魅力を持ち、クローディアとの年頃も近い。
ランドリューにはそれが恐ろしかった。
(嗚呼……私は歳だ……やはり、これは、不相応な婚姻だった。あんなに若く美しい娘が、私などの元に……)
ぐるぐると渦巻く不安と疑念に、ランドリューは囚われていく。
(きっと、いつか……この白日夢と同じ未来が……)
それはまるで呪いのように昏く沁み込んで、ランドリューの心を蝕んでいくのだった。
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