【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「俺の言葉に絶対服従しろ!キャスター!」
命令と共に令呪がその効果を発揮し、三画からなる文様のうちの一つが掠れるように消える。
これで……キャスターは俺の言葉に逆らえなくなったはずだ。
思えば……これまで俺はキャスターを信用しすぎていた。
魔力のやりくりや霊脈の管理などの全てをキャスターに任せていたが故にその裏で行われていた凶行に気づくことができなかった。
無理やり令呪で服従させることに抵抗がないわけでもないが、サーヴァントを従わせることもマスターの責務の一つだろう。
「…………」
自由を奪われ、言葉一つで操られる奴隷に堕ちたというのにキャスターは何も言ってこなかった。
……ホントに令呪は効いてるんだよな?
平然としたその様子に不安になって俺はキャスターに命令を出す。
「…………右手をあげてみろ」
俺の言葉にキャスターは真顔のままヒョイと右手を挙げてみせる。
ううん、こんな簡単な命令じゃほんとに令呪の効果が発揮されてるのか分からないな……
「そうだな……じゃあ服をめくって胸を見せてみろ」
屈辱的であろう命令を出す、これに逆らうかあるいは逆らってもなお令呪の効果には従わざるを得ないのか見極めようとしたのだが……
「…………」
ピラリと何の抵抗もなく、キャスターは白いドレスの胸元を広げて俺に胸を差し出してみせる。
小さいながらも確かにある膨らみと、きめ細やかな白い肌が指で触れた時の柔らかさを想起させる。
あぁ、いやいや、何くだらないことをしてるんだ俺は。
思えばキャスターは出会ったその日に俺に抱いてくれと頼んできたんだぞ?胸を見せることくらい抵抗があるわけがない。
こんなんじゃ、ダメだ。
もっと過激な命令で確かめなくては……
「キャスター、自らの首を……絞めろ」
俺の言葉にキャスターはその両の手を細い喉元に添えるとギリギリと首を絞める。
小さく嗚咽の声が漏れ、苦しげに視線が彷徨う。
その様子をつぶさに観察する。
「ッ…………」
そうしてキャスターの顔が真っ青になり、それでもなお手の力が緩まないことを確認したところでようやく口を開く。
「もういい、止めろキャスター」
俺の言葉にキャスターはだらりと手を離すとケホケホと小さく咳き込む。
どうやら令呪はしっかりと機能しているらしい。
これでもう……裏切られることもないだろう。
それでも念には念を押しておくか。
「キャスター、俺に対して危害を加えることを禁じる」
反逆されては俺ではキャスターの魔術を凌げない、事前にこれくらいの制限はかけておかなければならないだろう。あとはその都度、命令をして言うことを聞かせればいい。
「じゃあ、とりあえずキャスターが乗っ取ったっていう柳洞寺に向かうか……」
テストの結果に満足し、キャスターに背を向けて歩き出したその時だった。
ズキリとした鈍い痛みが俺の脇腹を走る。
「なっ…………」
流れ出た血の生ぬるさを感じながら振り向くと、そこには奇妙な形の短剣を持ったキャスターの姿があった。
あれで俺を刺したのか?
けど、俺に対して危害を加えることは禁止したはずなのに……
混乱する俺をよそにキャスターはクスリと笑う。
「令呪の使い方が下手ですね……絶対服従なんて大雑把な言い方ではいくらでも抜け道がありますよ。まぁどの道、わたしに令呪なんてものは無意味ですが……」
そう語りながらもキャスターは手に持った短剣をプラプラと揺らす。
くそっ……原理は分からないがあの短剣の力で令呪の効果を打ち消したのか?
心の中で悪態をつきながらも、キャスターに刺された傷痕がじくじくと痛み俺はその場に倒れ込む。
「哀れで愚かな人……えぇ、けれどそういうところも愛おしいと思いますよ」
そう言ってキャスターは俺の顔を優しく撫でて、その青い瞳が俺の瞳を覗き込む。
まずい……キャスターと目を合わせては洗脳の餌食になる。そう思っているのに何故だか目を逸らすことも閉じることもできない。
「……シロウ様のお気には召さなかったようですけど、わたしは本気だったんですよ?本気でシロウ様の夢を応援していたし、その理想を叶えて欲しかった」
悲しげなキャスターの声、その声音に嘘や偽りは感じられなかった。
「思えばわたしもやり方が手緩かったですね。極力、シロウ様の意思を尊重しようと思っていましたがそのせいで迂遠な方法を取ることになった。本気で夢を叶えたいのならばあらゆるものを捧げる覚悟を持たなくてはいけませんでした」
不穏なキャスターの言葉に必死に体を動かそうとするが、既に彼女の術中にハマっているのか指ひとつすら動かすことができない。
「それが例え自己の喪失という形であっても……理想のためならば耐えられますよね?」
言葉と同時にキャスターの真っ赤な唇が俺の唇に触れる。
唇を通して伝わるほのかな微熱
その熱に外界と自己の感覚はふやけ、思考しようとする脳はとろけ、肉体は揺らぐ。
全てがぐにゃぐにゃと曖昧になって……そうして、俺の意識は闇へと堕ちた。
◇
それからのことは……よく覚えていない。
まるで微睡みの中にいるような感覚の中で随分と時間が経った気がする。
何年か……あるいは何十年も経った気がするがそれを確認する術はない。
ただ、ふわふわとしたうたた寝の中で俺は過ごし続けた。
そんな夢うつつな意識の中でも時折、意識がわずかに浮上することがあった。
その中で見た光景ではセイバーや遠坂に対して随分と酷いことをしていた気がする。
だけど、俺はそれを止めることもできなくて、誰かが俺の体を操縦するようにしてその手を血で染めていく様をぼんやりと眺めていることしかできなかった。
それからもまるで操り人形のように戦って、戦って、戦って……
どうやら、俺は聖杯を手にしたらしかった。
これで正義の味方になれる力を手に入れましたね、なんて喜ぶような声を聞いた気がするがもう俺にとっては無関係な話だった。
そう……全てはもう無関係だった。
その力でキャスターが某国同士の紛争地帯で人間を皆殺しにし始めたことも。
何万人という死者が出て慌てて停戦協定が結ばれたことも。
キャスターの人形でしかない俺が、世間から正義の味方だなんて畏怖を込めて呼ばれていることも。
全てはもう無関係な話だった。
「ようやく停戦協定が締結されましたねぇ。いっぱい殺したりお偉いさんを洗脳したり大変でしたがやった甲斐がありました」
にこやかに笑うキャスター、その足元には夥しい量の死体が転がっている。
キャスターの卓越した魔術と聖杯の膨大な魔力を使えば、この程度の地獄を作ることは訳のない話だった。
「シロウ様の異能を聖杯の力でブーストすれば無双し放題でしたね!地道な鍛錬なんかよりこっちの方がやっぱりずっと早いです」
死体に突き刺さった剣を撫でながらニコニコとキャスターは語る。
俺の肉体を介して無理矢理に使用された投影魔術は全てを焼き払う兵器として十分な破壊力を持っていた。
「シロウ様の正義の味方になりたいって夢もついに叶いました!今のお気持ちはどうですか?」
問いかけと共にふわふわとしていた意識がクリアになっていく。
長い間、キャスターに操られて闇の奥に沈んでいた意識が再び浮上したのだ。
久方ぶりに感じる現実の圧迫感がズンッと体にのしかかる。
「っ…………」
もはや、体の動かし方も忘れて久しいがなんとか眼球を動かしてキャスターを睨む。
「裏切りの……魔女め……」
そうして久々にその機能を使用して衰えた喉で、吐き捨てるように怨嗟の言葉を口にした。
裏切りの魔女。
結局、キャスターのことは最期まで理解できなかったし、その生い立ちも本当の名前すら知る機会もなかった。
だが、俺にはキャスターが裏切りの魔女だとしか思えなかった。
俺はキャスターのことを助けてやったのに、彼女はその恩を仇で返したのだ。
「…………」
俺の言葉にキャスターは虚をつかれたように目を見開いた後、ゆっくりと微笑んで見せる。
その姿はまるで、泣くのを我慢している子供のようで……。
そんな顔にズキリと胸が痛んだ気がした。
キャスターは……裏切りの魔女のはずだ、なのに何で今更になってそんな表情をするんだ……。
「…………」
俺がマスターとしてもっとしっかりとキャスターと向き合っていれば、こんな結末も変えられたのだろうか。
そんな後悔が浮かんだが、それすらもゆっくりと消え去って俺の意識は再び闇へと消えていく。
そうして正義の味方として……これからも俺は魔女の傀儡であり続けるのだ。
BAD END