【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「はっ……はっ……」
走る、走る、セイバー達から逃げたした俺はキャスターの手を掴んでひたすらに走り続ける。
どこか目的地があるわけでもなく、どれほど時間が経ったのかも分からない。
ただ後ろを見ると誰かが追いかけてきてるんじゃないかと恐怖に駆られて、前へ、前へと無心で足を動かす。
そうして両足が悲鳴をあげて、胃が掻き回されて気持ち悪くなるぐらいに走り続けて、もう追手は来ていないようですよと言うキャスターの小さな声を聞いてようやく立ち止まった。
「はぁはぁ……」
握っていた手を離して、荒れた息を整えながらあたりを見回す。
出鱈目に走っていたがいつのまにか人のいない路地裏へと迷い込んでいたようだ。
セイバー達はもちろん、通行人の姿も辺りには見えない。
「…………」
日の光もほとんど届かぬ薄暗い路地裏でキャスターと向き合う。
だがキャスターと目を合わせるなという遠坂の言葉が頭をよぎって、そっと視線を地面に落とした。
「シロウ様……」
そんな俺の手をキャスターがその両の手でゆっくりと握る。
「ありがとうございます。あの時わたしの手を掴んでくれて、わたしと共に逃げ出してくれて、セイバーさんよりもわたしを選んでくれて……わたし、とっても嬉しかったです」
「あ、あぁ……」
キャスターは嬉しそうに笑顔を浮かべて俺に感謝の言葉を口にしたが、それに対して生返事を返すことしかできない。
衝動に任せてキャスターの手を取ったが、俺はまだ彼女のことを信じきれていないのだ……。
こうして話している間にも俺は選択を誤ったのではないか、あそこは逃げるべきではなかったのではないか、そんな迷いや後悔がふつふつと湧き出てくる。
「な、なぁ……キャスター、遠坂達が言ってたことは嘘だよな?魂喰いをしてるとか、洗脳してるだとか、そんなことあるわけないよな?」
そんな迷いを押し殺すようにキャスターに問いを投げかける、その声は少し震えてしまっていた。
「…………」
だが、キャスターは何も答えない。
そんなキャスターの態度に不安を覚えて縋り付くように言葉を続ける。
「キャスターは何も……悪いことなんてしてないよな?」
質問というよりもほとんど祈るような言葉だった。
キャスターがそんなことをしているとは思いたくなかった。
だが、俺の言葉にキャスターはコテンと首を傾げる。
「悪いことって……なんですか?」
心底、不思議そうな顔を浮かべるキャスター。
それからキャスターはスッと息を吸うと矢継ぎ早に言葉を吐き捨てる。
「シロウ様に何度か暗示をかけていたことですか?街中から魂喰いをしたことですか?前のマスターを殺したことですか?藤村さんを外国に飛ばしたことですか?桜さんを軟禁していることですか?呪われた聖杯の力を使ったことですか?柳洞寺を無断で占拠したことですか?黙ってアサシンを召喚したことですか?ライダーを脅してやられ役をさせたことですか?それって……悪いことなんですか?」
は?なっ……え?
なんだ?キャスターは今なんの話をしているんだ?
前のマスターを殺した?桜を軟禁している?アサシンを召喚した?
それから……なんと言った?
一気に情報を浴びせかけられて俺の脳では全てを理解しきれなかった。
魂喰いや洗脳をキャスターがしていないと信じたかったのに、その真実はさらに深い闇が潜んでいるらしい。
「なっ……何を言ってるんだ、キャスターは……」
詳しく聞き出そうとするがパニックになった頭では上手く言葉が回らない。
ただ漠然とした問いをキャスターに投げかけるので精一杯だった。
分からない……分からない……キャスターが何を言っているのか、キャスターという少女がなんなのかが分からない。
そんな俺を見てキャスターはクスリと笑う。
「そうですね、良い機会ですしそろそろ話しておきましょうか」
キャスターはまるで悪びれる様子もなく自らの行いについて解説を始める。その様子はむしろ褒めてもらえるんじゃないかと自慢げですらあった。
「魂喰いと洗脳でしたっけ?えぇ……両方やってましたよ。だって仕方なくないですか?霊脈の魔力だけでは聖杯戦争を勝ち抜くには到底足りないんですから」
俺を騙していたことを馬鹿にしているわけでもない、ただ本当に仕方なかったんですとでも言うような困った声でキャスターが話を続ける。
「なのにシロウ様はそんなのは嫌だとおっしゃるし……なら、バレないようにこっそりと吸い取るか暗示でもかけて誤魔化すしかないじゃないですか」
キャスターとは話し合って……分かり合えたと思っていた。
街の人々を守るという俺の考えに賛同して、たとえ険しくとも平和的な道を選んでくれたのだと思っていた。
だが……どうやら、それは、俺の勘違いだったらしい。
「一応、バーサーカーとの戦いの時も配慮はしたんですよ?生気の吸いすぎで死人が出ないように……まぁ、体力のない赤子や老人はどうなったか分かりませんしひょっとしたら二次被害による事故はあったかもしれませんが……それくらいは仕方ないですよね?」
言峰の話によると、幸いにも現状で死者の報告は上がっていないらしい。それでも昨夜の事件がキャスターのせいだったと言う事実が心に重くのしかかる。
「それと、わたしの前のマスター……えっと、名前はもうよく覚えてないですけど。あの人はわたしが殺したんですよ。非効率な魔術の使い方をしていましたし、あちらもわたしを切り捨てようとしていたようなので先にやっちゃえ〜って思って。あの人、最後までわたしのことを裏切りの魔女だなんて呼んでたんですよ、酷いと思いませんか?」
前のマスターを殺したなんて話をキャスターは軽い口調で言ってのける。
そんな馬鹿な……言峰がアトラムを殺したのはランサーだと言っていたのに……。
そう考えたところで気づく。
アイツはアトラムが死んだ時にランサーがあの場にいたとしか言わなかった。ランサーが殺したとは一言も言っていないのだ。
「殺したのとほぼ同時にランサーが来てわたしもやられかけたのは誤算でしたが……おかげでシロウ様と出会えましたし、きっとこれも運命ですね」
運命という言葉を少し照れたようにはにかみながらキャスターは口にする。
あの雨の日の出会いは確かに運命的だと俺も思っていた。
だが……その運命とやらの果てが、現状のこの有様だ。
「それから……サクラさんとフジムラさんはわたしが追い出したんですよ。あの人達がいなければわたしはシロウ様と2人きりで過ごせますからね!」
桜と藤ねえの名前に思わずキャスターを睨む。
まさか、あの2人に手を出したのか!?
「そう怖い顔をしないでくださいよ。フジムラさんの方は穏便に外国に行ってもらっただけです。ガッコウの偉い人に暗示をかけたり、書類を偽造したり結構大変だったんですよ?」
えっへんと威張るようにキャスターがその小さな胸を張る。
藤ねえから急に外国に研修に行くだなんて話を聞いた時は不自然に思ったが、キャスターが裏で手を回していたのか……
「サクラさんの方はシロウ様に色目を使っていたのでどうしようかと思いましたが……調べてみたら彼女には有用な使い道がありそうなので、今はシンジさんと共に洗脳してわたしのお人形になってもらっています」
人形という不穏な言葉に眉をピクリと跳ね上げる。
しかも、桜だけでなく慎二まで……思えば慎二はライダーを連れて現れた時もどこか様子がおかしかった。
あの時にはすでにキャスターに操られていたのかもしれない。
「そうそう、実は柳洞寺もすでに占拠済みなんですよ。 あそこは特上の魔力溜まりがありますからね。そこにサクラさんとシンジさんも置いてます。あっ!この後はそこに逃げましょうか、どのみちいずれ拠点は移すつもりでしたし」
柳洞寺……俺とキャスターが出会った場所のすぐ近く、クラスメイトの一成が住む寺をキャスターは占拠したのだと言う。
いつの間にそんなところにまで手を回していたんだ……。
「それとこれは言うのは恥ずかしいんですが……実はこっそりサーヴァントを召喚してみたりもしたんですよね。やっぱりサーヴァントがサーヴァントを召喚するというのは難しかったみたいで、変な亡霊崩れの存在しか呼べなかったんですけど。一応クラスはアサシンなんですがあの土地に縛られているせいで動けないみたいだし……少し失敗しましたね」
最後のサーヴァントであるアサシン……姿が見えないと思っていたがキャスターがすでに召喚し自らの手駒としていたのか……。
「え〜と、あとは……」
「…………なんで?」
キャスターはさらに言葉を続けようとしていたが、我慢の限界が来た俺は口を挟むように声を出す。
「なんで……こんなことしたんだ?」
聞かなければならないキャスターの犯行はまだまだあるが、1番の疑問はそこだった。
そうまでして……こんな人道にもルールにも反するような真似をいくつも犯してまで聖杯が欲しかったのか?
故郷に帰るという願いを諦めたというのは嘘だったのか?
なら、それならそうと初めから言ってくれれば俺だって協力を……
「だって……言ったじゃないですか」
だが、キャスターの答えは俺の予想とは全く違っていた。
「わたしがシロウさまを正義の味方にしてみせるって」
…………俺のため?
確かにキャスターは俺の理想を応援してくれると言っていた。
そのために……俺の正義の味方になるって夢を応援するために、いくつもの罪を犯したというのか?
「そんな、だからってこんなことをしてくれだなんて俺は一言も……」
「はい、言ってはいませんね。けれど、聖杯の力を使って正義の味方となる力を得る……これが1番確実かつ効率的にシロウ様の理想を叶える方法だと判断しました」
真面目な顔でキャスターは俺の理想をそう語る。
違う……違うんだ、キャスター……
俺が目指したのは、俺が憧れた理想はそんなんじゃない……
「とは言っても、いくつか不手際があったのはわたしの失態です。特にバーサーカーとあのタイミングで交戦することになったのは予想外でした。大規模な魂喰いやあの泥の力は切り札として最後まで隠しておきたかったのですが……おかげで討伐令なんてモノを出されて計画も大きく狂ってしまいました」
なかなか上手くはいかないものですね、なんて言いながらキャスターは困ったように笑う。
「セイバーさんを失うことになったのも痛手ですね。見たところ中々強力な英霊のようですし、令呪の力を使っても味方につけることは容易ではないでしょうし」
令呪、サーヴァントへの絶対的な命令権。
一画では及ばずともその力全てを使えば、マスターの名の下にサーヴァントを縛り付けて本人の意思に反した行為も取れるだろう。
「…………他には、他には何も悪いことをしてないだろうな?」
「さぁ?色々と策は取りましたが、シロウ様の言う悪いことがわたしにはよく分からないので」
とぼけたようなキャスターの答えに思わず怒りが込み上げて、なんで俺はこんな女を信じていたんだと、自分自身をぶん殴りたくなる。
だが、俺はもうキャスターの手を取って逃げ出してしまった。
今更、おめおめとセイバー達のところに戻ることもできない。
「シロウ様……セイバーさん達がいつ私たちを倒しにくるかも分かりません。今のうちに正式な契約を結び直しておきましょうか」
項垂れる俺に対して、キャスターがそう手を差し伸べてきた。
現状、キャスターとは正式なパスが通っておらず俺から魔力は供給されていない。キャスターとしても少しでも戦力アップを図っておきたくてそんなことを言い出したのだろう。
こんな状況で今更そんなことができるか!と怒鳴りそうになったところでふと自らの左手……そこに描かれた赤い刻印が視界に入る。
「分かった、いいよ……やろう」
「ホントですか?やった!これで正式な主従関係になれますね」
ニコニコと笑いながらキャスターがするりと俺の左手に指を絡める。
その温かな感触に、最初の夜にキャスターと魔力供給だと言って重ねた肌の温度を思い出したが、現在置かれた状況を思い出してすぐに冷や水を浴びせられたような気持ちになる。
「…………っと、はい、これでシロウ様は名実共にわたしのマスターとなりましたよ」
数秒ほどでパッとキャスターが手を離した。
あまりに簡単な儀式だったので実感はないが、目を瞑ると確かにキャスターとの繋がりのようなものを感じる。
これで……俺はキャスターのマスターになれたわけだ。
それはつまり、令呪で命令を聞かせられるようになったわけだ。
「…………」
スッと手の甲を見せつけるようにかざす。
キャスターは慌てて止めにくるかとも思ったが、俺の言葉を待つようにただ静かにこちらを見つめていた。
「令呪をもって命ずるーー」
キンッと音がして、令呪が赤い光を発する。
そうして俺はキャスターに命令の言葉を口にする。