【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「ーーキャスターの真名を教えろ!」
命令と共に令呪がその効果を発揮し、三画からなる文様のうちの一つが掠れるように消える。
思えば……これまで俺はキャスターのことを知らなさすぎた。
セイバーにも言われたがキャスターの本当の名前すら教えてもらっていないのだ。
キャスターの犯した数々の凶行は止めて償わせなければならないが、その前にまずはキャスターのことを知る……それもマスターの責務の一つだろう。
先ほどまでのキャスターの様子からは聞けば素直に真名を教えてくれた気もするが、嘘の名前を言われたりはぐらかされたりしては困るので令呪を使用した。
「っ…………」
俺が令呪を使ってまでこんな命令をするのは予想外だったのだろうか、キャスターは動揺したように体を強張らせるとぐっと口を一文字に閉じて抵抗を示す。
まるで俺に自分の真名を知られることを恐れているようだった。
名前ぐらいあっさりと話すかと思っていたので少し意外だったが……その抵抗も令呪の強制力の前には続かず、キャスターがゆっくりと口を開いた。
「……メディア……それが私の、真名です……」
「…………メディア」
告げられた名前を口の中で転がす。
メディア……それがキャスターの本当の名前……
その名前には心当たりがあった。
それはギリシャ神話の英雄イアソンの物語に登場する名前だ。
確か、その物語のあらすじはこんなものだ。
英雄イアソンは王位を得るための試練として、遥か遠き異国のコルキスにあるという金羊の皮を手に入れることを命じられる。
そこでイアソンはアルゴー船という船に乗り込み、ギリシャの名だたる英雄達を集めたアルゴノーツというチームを結成した。
数多の困難を乗り越えて、海を越えコルキスへと到達した一行……しかしコルキスの王が自国の宝である金羊の皮をこころよく手放すわけもない。
手詰まりとなった一行の前に現れたのがコルキス王の娘……王女メディアであった。メディアはなんとイアソンに一目惚れをして、父を裏切って彼を助けようというのだ。
メディアの卓越した魔術の力を借りて、金羊の皮を手に入れたイアソン……しかし帰国しようと船を出した彼らをコルキス王は追いかける。
イアソンと共に船に乗るメディアは、自らの弟を八つ裂きにして海にばら撒くという残忍な方法でその足止めに成功する。
そうしてメディアと共に金羊の皮を携えて自国の大地を再び踏むことになったイアソンだがハッピーエンドでは終わらなかった。
結局、王位を得ることはできず怒りに身を任せてメディアに前王の殺害を命じた彼の運命は加速度的に破滅へと向かっていく。
国を追われ、他国へと逃げることになったイアソン……魔女と呼ばれるようになったメディアを疎み、彼はその国の王女と再婚することを決意する。
だが恋に狂い、祖国を裏切って、弟までもその手にかけたメディアがそんなことを許すわけがない。
憎悪に燃える彼女はその感情のままに、城を燃やし恋敵を燃やし、ついには自らとイアソンとの間にできた子供までもその業火にくべるとイアソンの元から去ってしまう。
そうして全てを失ったイアソンは過去の栄光も未来への希望も全てを失い、破滅の末路を辿る……そんな話だったはずだ。
…………待てよ。
そんな物語を思い出してると、ふと引っかかるものがあった。
メディアは恋に狂い、嫉妬に狂い、数々の凶行を行った。
それは魔女として恐れられて然るべき行いだろう。
だが、それにも理由があったのだ。
『エロースの矢』
現代ではキューピットの矢などと呼ばれるイメージが強いそれは、ギリシャ神話に伝わる矢の名前だ。
射られた者は最初に目にした者に恋をする、そんな呪いのような道具…… ギリシャの神々は英雄イアソンの冒険を助けるためにメディアにその矢を放ち、恋心を植え付けたのだ。
その恋心が暴走してメディアはその手を血で染めることとなったが、それが無ければ彼女は国と家族を想ううら若き王女だったはず。
彼女の犯した罪は彼女の本意ではなかったのだ。
ふと目の前の少女を見る。
小柄な少女の体……きっとイアソンと出会ったのもこのくらいの年齢だったのだろう。
ならば、もしや……
「なぁ、もしかしてキャスターは……エロースの矢の効果で俺を好きになったんじゃないのか?」
サーヴァントは生前の肉体の姿を再現されて、この現世に召喚される。
キャスターは何故か幼い少女の姿になるというイレギュラーがあったが……もしかして、『エロースの矢を射られたその瞬間』の肉体がキャスターの今の姿なのではないだろうか。
「キャスターは俺のことを好きだと言ってくれた……けど、それは歪められて、植え付けられた感情なんじゃないのか」
考えると最初に目覚めた時からキャスターは俺に対して異様なほどに好意的だった。
それは倒れていた彼女を助けたが故だと思っていたが……そうではなくて、幼い姿になってから最初に見たのが俺だったから……エロースの矢の効果で俺を好きになったのではないか?
キャスターの俺への好意が植え付けられた偽りのものなのだとしたら悲しくはあるが、魂喰いや洗脳など数々の罪を重ねたことにも説明がつく。
白百合のように微笑む可愛らしい少女と犠牲も厭わない恐ろしい魔女。
ずっと感じていた違和感、その二面性もエロースの矢の効果なのだとしたら……犯した罪は彼女の本意ではないのだとしたら、キャスターもまた被害者ということになる。
神話の中で描かれるエロースの矢は永続的な効果を持ったものではない。いずれ俺への恋心が消えれば本来の心優しい少女に戻るはず……そうすれば討伐令だって解除してもらえるかもしれない。
もし、キャスターがエロースの矢の力で俺を好きになったんだとしたら……
「…………それって、そんなに重要なことですか?」
だが、キャスターはそんな俺の質問をまるで意味が分からないというように首を傾げて見せる。
「は?重要かって……そもそもキャスターだって嫌だろ。無理やり俺に対して好意を植え付けられてるかもしれないんだぞ」
俺が意図的に仕組んだことではないとはいえ、キャスターの意思とは無関係に俺に対する恋心を持たせられているのだ。
そんなものは洗脳と変わりない……キャスターだって気持ち悪いと思うはずだ。
にもかかわらず、何がおかしいのかキャスターはくすくすと笑う。
「確かに、もしかしたらわたしのこの感情はエロースの矢の効果なのかもしれませんね。とは言っても調べようがないんですよ……体の魔力の乱れなんかを調べれば分かるはずですが、その調べた結果を自分で都合よく改竄してしまうでしょうから」
恋に狂った激情は自己の認識すら歪めるのか……エロースの矢、恐ろしくおぞましい道具だ。人の意思をそうも簡単に操るだなんて……
だというのに、自らの意思が偽りであるかもしれないというのにキャスターは楽しげに笑う。
「けど、そんなものはどっちだっていいんです。この感情がわたしの本心なのか植え付けられた偽りか……どちらでも」
そう語るとキャスターはぶるりと体を震わせて、自らの体をその両腕で抱く。
「わたしは……シロウ様を愛しています」
告げられた愛の言葉、上気した頬に荒くなった呼吸がその熱量を表している。
「シロウ様のことを考えるだけで胸が高鳴ります。シロウ様の顔を見ているだけで体が疼きます。シロウ様の声を聞くだけで血が沸き立ちます。シロウ様が理想に手を伸ばすその姿を見ているだけで……あぁ、濡れてしまいます」
キャスターはまるで熱にうなされるかのように、その熱に恍惚を感じるかのように……うっとりとした表情でその身をくねらせる。
「例えこの恋が過去に植え付けられた歪んだ感情だとしても、いずれ未来で儚く割れるうたかたのような恋だとしても……今この瞬間、このわたしの気持ちは本当です。他の誰のものでもない……わたしだけの恋」
それは刹那的で、破滅的なセリフだった。
キャスターは過去も未来も見ていない。
彼女にとっては現在の感情、それだけが確かな真実なのだろう。
「それは……そんなのは、おかしい。狂ってるよ。自分の意思を蔑ろにしすぎている」
「あら?シロウ様なら分かってくれると思ったんですが……」
思わずキャスターの言葉を否定したが、そんな俺にキャスターは不思議そうな顔を浮かべる。
「だって……シロウ様の理想もわたしの恋と同じでしょう?」
俺の理想が……同じ?
「えぇ、そうでしょう?シロウ様は10年前この街を飲み込んだ火災で全てを失った。そうして空虚になった心に正義の味方だなんて歪んだ理想を植え付けられた……」
かつて炎に呑まれた時、確かに俺は全てを失った。
お気に入りだったおもちゃも、それまで暮らした家も、共に暮らしていた家族も……あるいは、自分自身の存在すらも。
そうして空っぽになった俺に正義の味方と言う理想を与えて『衛宮士郎』にしてくれたのが切嗣だった。
「それに、シロウ様だってほんとは分かってるんでしょう?正義の味方になるだなんて、そんな子供みたいな夢……叶うわけないって」
その言葉にギリッと奥歯を噛む。
「この世界に、全てを救う正義の味方だなんて……いるわけないじゃないですか」
分かっていた、そんなことは言われるまでもなく分かっていた。
けど……キャスターにだけは俺の夢を否定してほしくはなかったのに……。
「あぁ……勘違いしないでくださいね。わたしがシロウ様の理想を応援したいと言った気持ちは本当ですよ。過去に植え付けられた歪な理想……叶うはずもない未来……それを知ってなお手を伸ばすシロウ様のお姿にわたしは恋をしたのですから」
過去に植え付けられた恋と理想。
未来に破綻しか見えない恋と理想。
それでもなお、今この瞬間に想いに掛ける姿は2つとも同じなのだとキャスターは語る。
「ちがっ……違う!俺の夢は、理想は……」
「違いませんよ。別にそれでいいじゃないですか、過去も未来もそんなものはどうでも……」
俺の言葉を切り捨てるとキャスターはフッと自嘲するような笑みを浮かべる、その笑みはどこか荒んだ投げやりなものだった。
「だいたい……人間の心なんて簡単に揺れ動くものです。燃えるような恋も気高い理想も……何の意味もないんです、だったら今この瞬間を幸福と感じるなら、それで幸せじゃないですか」
その言葉で理解する。
キャスターは意思や感情というものを信用していない。
それは自分自身のモノですらだ。
思えば、それも当然なのかもしれない。
サーヴァントであるキャスターの心は、その体と同じく幼い少女の頃のままだ。
なのに生前に神々によって自らの意思を歪められたという経験や自分とイアソンがどんな『終わり』を迎えたかという知識だけは持っているのだ。
その結果がキャスターの歪んだ刹那的な思想を作り出したのかもしれない。
「違うよ、キャスター……少なくとも俺は俺の夢を本気で叶えようと思ってる。それに正義の味方という理想も切嗣に植え付けられたモノだなんて思ってはいない」
そうではないのだと、この世界には揺るがない確かなモノもあるのだと、示すように言葉を口にする。
「…………」
だが、キャスターはそんな俺をつまらなそうに見つめ……そしてニヤリと唇を吊り上げる。
「っ…………!」
グイッとキャスターが顔を近づけて、青い瞳が俺の顔を覗き込んだ。
思わず目を合わせて、暗示を掛けられた……と気づいた時にはすでに遅かった。
「これはっ……!」
カッと体が沸き立つように熱くなる。
キャスターに何をされたのか、そう冷静に考える思考は一瞬で熱に呑まれた。
思考が白く染まり、血は沸き立つように熱い
人としての理性が溶けて獣じみた本能が体中を支配する。
「ハァ……ハァ……」
舌をダラリと垂らし、血走った瞳でキャスターの肢体を睨め付ける。
小さな手足に白い肌、細い腰つきに赤い唇
気がつけば俺はキャスターのことを押し倒していた。
「キャスター……!」
夢中にキャスターの名を叫びながら、固い地面に横たわった少女の上に馬乗りになる。
躰が熱い……
目の前の極上の雌を襲えと、体中の細胞が色めき立っている。
そうして邪魔な白いドレスを剥いで、その幼い体を征服するように手を伸ばす。
小さくも柔らかな胸を揉みしだき、ほっそりとした太ももを指でなぞる。
もっと、もっと、この快楽を味わいたい。
「んぐっ……」
顎を掴み、キャスターの唇に俺の唇を押し当てる。
舌を口の中に入れると、キャスターは抵抗することもなくそれを受け入れた。
「んちゅ……んんっ……」
僅かに漏れる喘ぎ声
キャスターの口内を舐め回すように舌を動かす、グチュグチュと水音が響き、互いの唾液が混ざり合う。
「んっ…………」
そうして永遠とも思えるほどに長い時間、キャスターと唇を重ね合わせ……ようやく顔を離したところでキャスターの青い瞳と目が合った。
「あはっ…………♡」
濡れた瞳に勝ち誇ったような笑み。
その顔を見た瞬間に先ほどまで体全体を支配していた熱がスッと冷めていく。
「気持ちよかったですか、わたしの体……♡」
その質問の答えなら先ほどの様子でもう分かりきっているはずだ。
蕩けるような酩酊感、体を駆け巡る快感。
どれほど極上の麻薬を使ったってあんな体験はできないだろう。
全てを忘れてしまうような、至高の瞬間だった。
「…………」
自分自身が情けない。
俺は欲望に負けて、キャスターのことを乱暴に押し倒しその口づけに夢中になった。
理想がどうのとほざいた、その口でだ。
「分かりましたか?人の心なんてとてもとても脆いものなんですよ。その心が偽物か本物か……そのことに意味なんてないんですよ」
嘲笑うようなキャスターの言葉に、俺は……何も言い返すことができない。
「……わたしはシロウ様のことが好きで、その理想を応援しています。それで、いいじゃないですか」
呆然とする俺に優しく語りかけるようなキャスターの言葉が響く。
けれどもそれは、俺にとっては空虚な声にしか聞こえなかった。