初めに戦いがあった。
一つの帝国と王国が争っていた。
その戦乱に巻き込まれた一人の青年がいる。
名前を黒淵正隆という。
年齢27歳、出身地、地球。
身長173センチ、割と筋骨隆々の爽やかな青年だが血と埃が舞い散る戦争を駆け回っていた。
昨日はヴィンセントとウォルターとアレーニアが死んだ。
今日はラルネスとガイアスとニアが。
皆、黒淵正隆の友人だった。
彼にとっては初めての友人だった。
地球上に友達と呼べる人間がいなかったからだ。
初めてこちらに召喚されたとき、彼は困惑し、初めての人殺しの感覚に嘔吐し、そして、盗賊を殺して狂乱に耽った。
それから戦場で多くの知人と友人ができた。
だが単独行動好きの彼にとっては、一人で自分で考えて剣をふるうのが好きだった。
自軍の上官から何度も単独行動はやめろと注意をされるが、かれはついに言うことなど聞かなかった。
だから上官たちも心が折れて最後には彼にかける言葉はなくなっていた。
酒を飲み交わした知人が大勢死んでも彼は戦いをやめようとは思わなかった。
悲しいとは思うが、だからと言って、やめたところでどうとなるとも思わなかったからだ。
今日も握る剣の柄まで血が滴っていた。
戦場を駆け抜けて、殺して、仲間が死んでの繰り返し。
次第に、自己肯定感は底をつき、全てが終わった頃には、虚しい毎日を送っている。
最近は酒場で一人酒をやるだけだった。
「よお、マーサ、元気か」
と言って背中をバンバンと叩いてきたのはズヴェンだった。
ズヴェンは大柄で筋肉質で正隆にとってはそれなりに頼れる兄貴分だったが、最近は酒に誘われても何となく集団に入っていける気分にはなれなかった。
黒淵正隆(マーサ)は言った。
「正直に言おう、ズヴェン、あんまりいい気分じゃない」
「どうしてだマーサ?」
「毎日、毎日、同じことの繰り返しだ。誰かが召喚されて、毎日戦争をして、終わりのない戦場ばかりで、何もかわらない。正直、ウンザリしてりんだよ」
「その為に俺達は金を貰ってるんだろ。マーサはもっと遊ぶべきだ。娼館に行こうと誘ったときは絶対にお前は断る」
「よく勃つな」
「そりゃそうさ、いい女と酒とsex、最高の人生じゃないか」
「明日死ぬかもって思ったら、俺はとてもじゃないけどね」
「なんだ、機能不全か?」
「それでいい」
「は?」
ズヴェンはマーサのあまりにも短絡的な返答に面食らった。
「機能不全ってことにしといてくれ、毎回言ってるだろ、女に興味ないんだ」
「強がるなマーサ、女に興味がない男はいない」
「そうだな、実を言えば少し興味がある。いや、本心を言えばsexしたいのかもしれない」
「じゃあ素直になれよ」
「そうだな、できるならそうしたい、でもな、それをやったら今まで築き上げてきた何かが音を立てて崩れそうな気がするんだ」
「実に童貞的価値観で素晴らしいな」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「皮肉を言ったんだぞ」
「知ってる」
マーサはそう言ってビール樽を一気に煽った。
「俺は女よりこのクソマズイ酒のほうが良い」
「強がりはよせ」
「強がりも言いたくなるさ、クソみたいな人生だからな」
「仕事と飯が食えて金も手に入って、どこがクソなんだ?」
「そうだな、強いて言うなら、今生きていることだな」
マーサがそう言うと、ズヴェンは度肝を抜かれた。
「どういうことだ?」
「なぁ、ズヴェン、人をぶっ殺しておいて食う飯は、そんなにウマいのか?」
「あのなマーサ、俺達は軍人なんだぞ」
「そうだな、軍人だったら敵の町に入ったら女と子供はヤりたい放題だ、食料は奪って男は奴隷にして、実に生産的じゃないか」
そのマーサの愚痴を聞いたズヴェンの眉毛が苛立ちを込めてピクリと動いた。
「何が言いたい?」
「虚しいんだよ、毎日が人間未満だ。何人ぶっ殺しても満たされない。クソ上司に褒められたらイライラするんだ」
それを聞いたズヴェンは、何かを納得したようにゆっくりと頷いた。
「マーサ、お前が軍人向きではないってことは分かる。だが、そういう態度は皆の前では見せないでくれ」
「分かっている。だから一人で飲んでいるんだ」
そう言って一人で納得しているマーサに対して、ズヴェンはまったくわかっていないといった感じで首を横に振った。
「そうじゃなくてだな、たまには一緒に飯でも食おうと言っているんだ」
そのズヴェンの言葉に対して、マーサはゆっくりと首を縦に振った。
「なんで明日死ぬかもしれない連中に俺は挨拶しなきゃならないんだ?ダルいんだよ、そういうの」
そこまでマーサが言うとズヴェンは「はっはっは」と、笑った。
「子どもの論理だぞ、それは」
「非効率が大人の特権なら一生やっててくれ、少なくとも俺は何も納得できない」
「どうなったら納得するんだ?」
「味方の兵士が略奪と強姦を辞めたら考えてやるよ」
それを聞いたズヴェンは乾いた笑いを発しながら「それは、少し難しいな」と言った。
「何でだ?食事の最中か、ガキと女を犯している時に後ろから首を掻っ切ればいいだけだぞ?」
「あのな、味方を殺すなって再三注意されたばっかりだぞ」
「いいじゃないか、殺したのは後ろでガタガタしていたくせに、戦いが終わった後、略奪に走ったチキン野郎だし、そういう連中を殺すのが俺の楽しみなんだ。ほっといてくれ」
「そんな事だから「味方殺しのマーサ」だなんて言われるんだぞ」
「味方?オレとしては不要な人間を殺処分しているだけなんだが?」
「殺処分とか言うな、そんなんだから上官殿に言葉を気をつけろと言われるんだぞ」
「俺は上官殿が嫌いなんだよ。人の殺人にいちいちケチつけないでほしいね」
マーサがそう言うと、ズヴェンは深いため息をついた。
「キレすぎだ。この先持たんぞ」
「ズヴェンは変な奴だな、戦場に立つのに長生きすることばっかり考えている」
「誰だって死にたくないし、早死になんて御免だろう。なぁマーサ、所詮この世は地獄か?」
ズヴェンのこの質問に対して、肩で笑った。
「ずいぶんと哲学的なことを言うじゃないか。別にそういうの興味ないんだよ。もう少しでロボット、いや、お前に分かりやすく言うと、殺すだけの亡霊にでも成り切れれば多少は心が楽になるんじゃないか」
そのマーサの回答にズヴェンは力を込めて彼を睨見つけた。
「戦場で自分を呪って生きている奴はゴマンと見てきたが、その中でもお前は一等だ。人を殺す時のお前の顔がどんな顔をしているか教えてやろうか、ずっと笑ってるんだよ。とある日からずっとな」
「とある日?」
「初陣の時のことをもう忘れたのか?初めての人殺しでゲロを吐いて、その後、ルアーネ村で盗賊が略奪と強姦をしていた時、お前は一瞬にしてタガが外れたようになった。片っ端から盗賊を殺して死体の山を作ったんだぞ、あのヘルキャットがドン引くほどだ」
「良いじゃないか、人が強くなった事は心から褒めるべきだろ」
「あのな、盗賊がとった人質ごとぶっ殺したんだぞ、何か思うところはないのか?」
「俺は不器用で弱かったからな、ああいう手段でしか問題を解決できなかったんだ」
マーサがそういうとズヴェンの睨む力がより一層強くなった。
「言い訳も大概にしろ、強者が、私は弱い人間です。なんていうことは言ってはいけないんだ」
「御大層な決まり事があったもんだな」
「あぁ、あるんだ」
「そうか、そりゃ悪かったな」
と投げやりな返事をしてマーサは席を立った。
ズヴェンは「まだ話は終わってないぞ!」とマーサを怒鳴りつける。
「あのさ、ズヴェン、人生が終わっている人間にいちいち話しかけるのはやめてくれないか、一人で飲んでいた酒が余計にまずくなるんだ」
そういって彼は酒場を後にした。