入れ替わり保健の実技授業
「私は、可愛げのない女です」
その言葉は淡々としていて、あくまでも自己紹介の延長という感じだった。
火村茜は、日本人形のような美貌の持ち主だった。男子たちはいつも遠巻きに彼女に目をやって、どんな男が彼女を恋人にできるのだろうと噂しあったものだった。
彼女の、同い年の男子への拒絶や否定は人一倍激しく、とてもではないが「きれいなバラにはトゲがある」程度では言葉のほうが力不足だった。
そんな彼女が、日頃毛嫌いしている男子になり、その肉欲を男子としてぶつけないといけないのがこの授業である。
始まる前後、男子たちがざまあみろと言わんばかりに笑っていたのを思い出す。火村茜はぎゅっと拳を握って、耐えるように体を震わせていた。
そして今彼女は、こちらを指名して入れ替わった状態で、異性を知ろうとしている。
「日頃から毛嫌いしている通り、性欲にまみれた男子を軽蔑していますし、侮蔑しています。その愚かさが、私を苛立たせるから。当然私は処女ですし、正直、何とかこの授業を回避することも考えていました」
「……うん」
「でもそれだとなんだか……負けを認めるみたいで、嫌だったんです」
それに、と彼女が言葉を重ねる。
「私は知りたいとも思いました。果たして、私が抱く男子に対する偏見は、事実であるのか。それが分からない以上、偏見は偏見のまま終わってしまう。それは、フェアではないように思えたのです」
ベッドの上、彼女がこちらを真正面から見つめる。その視線から、逃げない。
「火村さんは、強い人だね」
「ただ、誠実でありたい、公平でいたいと、そう思っているだけです」
「なかなか、真似できないよ」
そうですか、と短い言葉が返されて、沈黙が満ちる。日村さんの意識が入った、本来の自分の身体が、こちらをのぞき込んでくる。
「なってみた、感想ですがーー」
「うん」
「ーーこれほどの、衝動を抱えているとは、思いませんでした」
懺悔するような口ぶり。そっと目を伏せる火村茜。
「女性の身体が触れるだけで、ドキドキして、すぐに下半身が反応します。快楽を求めて、自分の、股間の……ペニスに触れないのが不思議なくらいで」
「突然そうなったわけじゃないよ」
こちらも公平であろうとして、言う。
「体の成長とともに、ゆっくりと時間をかけて、変化していくんだ。だから、この衝動をいきなり叩きつけられるのは、言葉を借りるなら、アンフェアだと思う」
「だとしても、です」
また少しだけ、沈黙が下りる。
既に他のベッドの方から、悲鳴にも似た喘ぎ声が聞こえてきたところだった。クチュ、クチャッという、生々しい水音。授業の時間は限られているから、こうして、まだ体操服も脱いでない状態で向かい合っている自分たちは、異端もいいところだった。
それでも、納得しないと行動を起こせないという火村の気持ちはよくわかった。理解もできる。だから、彼女が落ち着くまで、待つつもりだった。
「男子も、いろいろだよ」
少しだけ勇気を出して言った。目の前の男子が、険しい目でこちらを見つめてくる。
「同じ男子でも、下ネタで大笑いする人もいれば、下品だって顔をしかめる人もいる。僕は、その『ジョーク』の中に、身近な人や、実在する人を使われるのは嫌なんだ。それは、冗談では済まされないから」
「私も同意見です」
少し安心しました、と火村茜は言う。じりじりとベッドの上を這って、こちらをゆっくりと抱きしめてくる。
「私の、男子を選ぶ目は、誤っていないと。今、確信しました」
抱きしめられたから、そっと、抱き返してみる。借り物の体の心臓が、ドクドクと跳ねている。でも、2人でしばらく相手の鼓動を聞いていると、だんだん、その音が寸分もずれることなくシンクロし始めたのがわかる。
肉と血潮の下にあるかもしれない魂を交換して為される入れ替わりの実技授業。その鼓動がシンクロした今、たった一つだった体がどこまでも伸びていって、二人で一人になれたような錯覚を覚える。
「……名残惜しいですけど、あまり時間がありませんね」
「う、ん」
「では」
口調の力強さとは裏腹に、彼女はこちらの額に、自分の額をコツン、とぶつけた。そして、引き剥がすようにして、いったん離れる。
どちらともなく体操服に手をかけた。シャツが、ブラジャーが、短パンが、トランクスが、ショーツが、靴下が。次々と脱ぎ捨てられる。
生まれたままの姿になって、2人で向き合う。
「これが、私の裸、なんですね」
「そう。火村さんが、ずっと大事にしてきた、唯一無二の体」
「その体を、私は無償で貸したわけですね」
くすっと、微笑みが落ちる。
「後で、利子付きで返してもらいます」
「えっと……払えるようなものだったらいいんだけど」
「冗談ですよ。処女の痛みの肩代わりをしてもらうのですから、それだけで、私は」
ぬるり、と、ローションのついたコンドームの先端が、秘所のスジをなぞった。びく、と体が揺れる。やがて、彼女はすうっと息を吸い込んで、一気に肉棒を押し込んできた。ぐっ、と喉がなった。
「ごめんなさい」
謝罪が、荒い息遣いの合間に絞り出された。さっきまでかろうじて、肌着や体操服が防いでくれていた、素肌と素肌の接触が、2人の興奮をかきたてる。こちらの体を押しつぶすようにのしかかってくる彼女を受け止めると、むぎゅっと彼女から預かった乳房が潰れる。
一瞬、彼女が息を呑んだのがわかった。無意識に腰を引いて、そのまま抜き取ろうとするような気配があった。
「だいじょうぶ、だから」
「っ」
「だから、来て」
腰に足を巻き付けた。伸ばした両手を彼女の方に差し出す。
「でも、私は……」
「いっしょに、いたいから」
問いかける。
「だめ、かな」
「っ、駄目なわけ、ないでしょう!」
腰をガッチリと掴まれる。なんで、なんで、と繰り返しながら、腰を叩きつけられる。肉と肉がぶつかり合ってはじける。
「私なんかより、理想の、女の子じゃないですかっ……!」
髪を撫でる。男の髪はゴワゴワしていて、手が痛くなる。それでも、撫で続ける。
勢いよく、唇を奪われる。ちゅぽん、と口づけが離れると、がっしりと乳房を掴まれている。ぐにぐにっ、と揉みしだかれて。
どれも荒々しくて、それでいて、求められていることがわかる。
だから、抱きしめる。髪を撫でる。自分が返せるのはそれくらいだから、そこに、すべてをかける。伝わればいいな、と思いながら、託す。
「そんな風に、受け入れられると、私、歯止めが利かなくなるじゃないですかっ」
「いいよ、歯止めなんか、なくしちゃって」
「いいですかっ、私っ、いつか、いつかあなたを孕ませちゃいますよっ」
現実的には、ありえない話だ。それが冗談だったのか、本気だったのかはわからない。ただ、
「だいじょうぶ」
といった瞬間に、火村は吠えて、おびただしいほどの精液を、コンドームの中にぶちまけていた。
「私、あなたとならやっていける気がします」
お互い抱き合ったままの状態で、彼女が囁いてくる。
「彼氏なんて、恋人なんて、って思ってましたけど、寂しさを、こんな風に埋められるのなら、悪くないかもしれません」
「うん……」
「元の体に戻っても、私と、付き合ってくれますか?」
返答は、口づけでした。目を少し大きく開いた彼女は、そっと目を閉じ、それから、激しく舌を絡めてきた。