女の体の反応というのを男は、都合よく解釈する。
「なんだっ、もうこんなに濡れてるのか。滑りが良くて助かるぜっ」
「あぁっ……そんな、一息に、なんてぇ……っ」
男のいちもつを押し込まれた瞬間、ジャンヌは高く声を上げる。
もちろん本気ではない。男を喜ばせるための素振りにすぎない。
けれど、衝撃に合わせて漏れる音だけは、もう自分で制御できるものではなかった。
自分が知らない誰かの声のように、勝手に喉からこぼれ落ちる。
自分を資源にし始めたころは、ただ痛くて苦しいだけの行為だった。
だがそれもいつしか体には遠い記憶となり、今では勝手に体が衝撃に備える準備をしてくれるようになった。
それを男たちは、自分のした行為で感じたのだと解釈する。
ジャンヌは、それに合わせて小鳥の囀りのような声を上擦らせる。
声を出すことを禁じてくる男もいるが、声を出す女を好む男の方が圧倒的に多い。
そして、男が自分に何を望んでいるのかもジャンヌは段々とわかるようになっていった。
「だめ……だめ、です……そこ、はぁ……」
「だめって言うわりには締め付けてくるけど、なっ!」
「ひゃんっ」
上品に喋る女が欲に溺れていく姿。顔が情欲と羞恥に歪む瞬間。
それはまるで聖域を罪で穢すような行為。
男がジャンヌに求めてるのは、いつだって崩れていくさまだ。
綺麗なものほど汚したい。白いものほど黒く染めたい。
そんな歪んだ欲望を叩きつけてくる。
恥が体温を混じらせてぬるく出ていく時ですら、価値が付くほどに男たちは堕ちていく姿を好んでいた。
だからジャンヌは、嫌だとは言わない代わりにだめと言う。
だめは良いの裏返しに出てくる言葉だと男たちは信じて疑わない。
体の防御反応も、拒否の言葉も、全て男たちにとっては“良い”なのだ。
一つの交渉が終われば次の交渉まで間が空くときもあれば立て続くことある。
白い肌が別の白で汚れた姿でも男は寄ってくる。
ジャンヌは、顔なじみになった同業から聞いた話を思い出す。
男という生き物は、白を黒にするのも好きだが、黒の上に自分色を付けるのも好むのだと。
それは多分、同じことをされているようで微妙に違うということたのだろうとジャンヌは思った。
結果は同じでもその過程が違えばまた別の行為になる。
それを色だと言うなら確かに自分は、毎日さまざまな色を塗られているのだろう。
今日はいったい何色に塗られるのか。
そう考えながら雑踏を眺めた。
「バートン男爵のところに行ったときのお金で石鹸を買ってきていただけませんか?」
初めてジャンヌからお願いをされた。
それも何かとの交換ではなく自分が預けた金で買ってきて欲しいと言った。
「石鹸?」
そのことに驚きつつ、棗は聞き返した。
「はい。石鹸です。髪や体を洗うにも洗濯や食器洗いにも使うので。今のはもう小さくなってしまって……」
ジャンヌは、困ったような表情を浮かべた。
洗濯は週に一回、食器洗いと川で髪や体を洗うのは、毎日だ。そうなると一個の石鹸は二、三ヶ月もてばいい方になってしまう。
「買ってくるのはいいが、前はどうしよったと?」
棗は、尋ねた。
日常的に使っていたものならこれまではどこかで買っていたはずだ。
でも、それを頼んできたということは頼まなければいけない事情ができたということなのだろうと思った。
「以前は、露店で取り扱ってくれていたんです。でもあまり売れなかったのか取り扱うのをやめてしまって……私は、こんなものしか着るものを持っていないので昼間にここから出るのは難しくて……」
ジャンヌの着るものと言えば、穴とほつれの目立つチュニュックとなにかだったと思われる膝が見えるほど破けた紫色の腰布か、布切れをツギハギして縫い合わせた体勢によって胸も尻も丸見えになるほど着崩れする心もとない着衣らしきもの。靴も持っておらず、いつも裸足だ。
確かにそんな格好では、金を持っていても相手にすらされないだろう。
だから代わりを頼んできたのだとわかった。
「分かった。どんな石鹸がいいとかあるか?」
棗は頷き、石鹸は石鹸でもどんなものかと尋ねた。
「どんなものでも構いません。汚れが落ちればそれで十分です」
ジャンヌらしく欲のない答えだった。
「三日後でも間に合うか?」
「はい、大丈夫です」
「ん、わかった。三日後に持ってくる」
短いやり取りの後には棗は、布包みを持ってまた三日後にと言っ帰って行った。
北風が強くなってきた。
風は体の表面の温度を奪っていくが、内側までは奪っていかない。
「はぁー……あったけぇ。ずっと続けててぇわ、これ」
「ん……それは、ありがとうございます」
湿った音とともに交渉は、いつだって始まる。
湿っていないと裂けるのではないかと思うほど痛いのでそういう意味では助かる。
男が動く度にぬめりのある水を弾くような音がする。
ジャンヌは、それに合わせて吐息と喃語を混ぜて口から音を出す。
寒くなってくると温もりを求めて男たちがやってくる。
今日も色が塗られた。
ジャンヌは、胸の内で零した。
夜だけで既に四回。色が混ざりあっている。
まだ夜更けまで時間がある。
冬の夜は寒く長い。
三ペンスの音が増えれば増えるだけ色は重なりジャンヌは、熱くなっては冷えてを繰り返し少しずつ体が重なる色によって重くなっていった。
「これ、言っとった石鹸ばい」
少し冷たくなったそれでも夜の通りに立つジャンヌには確かに体温を取り戻すだけの温かさを持った食事を食べ終えた頃、棗は紙袋をジャンヌに差し出した。
「ありがとうございます」
ジャンヌはそれを受け取ると中身を確認した。
乳白色の石鹸がひとつ。
香りは清潔な匂いがするだけ。
「これ、いいものですよね」
ジャンヌがいつも使っていた石鹸は、粗末なものだった。
灰汁と動物性脂を固めただけのもの。匂いはなく汚れを落とす程度のものが今のジャンヌにとっての石鹸だった。
「いいものかどうかは知らんが普通の石鹸たい。四ペンスもあれば薬局で普通に買えるやつ」
「四ペンス……」
それでもジャンヌには贅沢のように思えた。
いつものは、二ペンスで買えていた。
ジャンヌは、自分の値段を少しずつ変えていた。交渉とジャンヌ自ら痴態を見せるなら三ペンス、交渉後の名残りや胸を見せるだけなら二ペンス、ただまじまじと数分、体全体見せたり交渉の見学だけなら一ペニーという具合にだ。
四ペンスは、交渉一回とただ見せるだけを合わせた値段。
棗にとっては、たった四ペンスかもしれない。けれどもジャンヌには重かった。
「大切に使いますね」
「大切に使わんでよか。ちゃんと使って清潔でいる。それも生きるには必要なことたい」
棗は、いつだってジャンヌに生きることを望んだ。
三日に一度の食べ物も毎日の食事に困らないだけの銀貨も、外に作った浄水樽もジャンヌが生きるに困らないようにするために用意するもの。
トーライトの長屋では、生きることそれすらも難しいときがある。
けれども、棗がいるからそれがほんの少し簡単なものになる。
それがどんなに自分の日々を救っているのか。
ジャンヌは、石鹸を胸に抱いてそっと目を閉じた。
日が登った。
ジャンヌは川に降りる。
「つめたっ」
川の水の温度は、日に日に冷たさを増していく。足のつま先が触れただけで全身が粟立つ。
それでもジャンヌは堪えて川の水に潜り込んだ。
まずは、髪も含めて全体を濡らす。
十分に濡れたら膝下まで水に使って石鹸を手のひらで擦り泡立てる。
棗が買ってきてくれた石鹸は、少し擦っただけで泡立ってくれた。
それで髪も体も洗う。
男に塗られた色を丁寧に洗い落としてまた塗られる準備をする。
儀式のようなものだった。
そして、昼はトーライトで露店の近くに夜はダークグレイッシュで色が塗られるのを待つ。
色を塗られれば少しずつ自分の色が薄れていく感じがした。
でももうそれを酷く気にしなくても棗の買ってきてくれた石鹸がある。
それだけでただのジャンヌと資源のジャンヌがほの少しだけ距離が取れる。
そんな気がしながら今日もジャンヌは、色が塗られるのを待った。