(オリジナル作品は)初投稿です。
敬語Dom先輩、お好きでしょうか。どこか口調は事務的ながら、揶揄い、嘲るようにこちらを振り回す。
一度従うと、クセになりますよ。

今回はそんな、一つ歳上の敬語な先輩に、やましい行為を咎められ、"躾"されちゃうお話。
29952文字の前作が長すぎたので、短く書くことを目標に頑張って書きました。導入は短くなり、計34147文字。約1割増。不思議ですね。

感想等、お待ちしております。
前作(ブルアカ二次創作)も是非。

【おしらせ】
Twitter(現X)、開設致しました。
あまり活動しませんが、たまーに欲望を吐きます。
@hachikou224

※pixivにも同様のものを投稿致しました。

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(オリジナル作品は)初投稿です。
敬語Dom先輩、お好きでしょうか。どこか口調は事務的ながら、揶揄い、嘲るようにこちらを振り回す。
一度従うと、クセになりますよ。

今回はそんな、一つ歳上の敬語な先輩に、やましい行為を咎められ、"躾"されちゃうお話。

とある高校の文芸部に所属する青年、拓真。夏も終わり文化祭も目前、自分の作品を急いで仕上げたい……のだが、そんな彼を小間使いとして気にいる先輩、橋本帆波に世話を要求され、思うように書けずにいた。
先に完成させた、という帆波は拓真の前で堂々と寝こけようとする。拓真が腹いせに吐いた「何されても知りませんよ」という言葉を特に咎めもせず……?


凪に揺られ、揺らがされ

 世の中には、どうにもならない力関係というものが存在している。

 鍛えた人間と何もしない人間。男と女。物理的な力関係は、容赦なく使われれば否応なくその立場を決めつけてしまう。

 しかし、それを塗り替える力関係もまた存在している。それこそが、

 

「続けてください。君がさっきまでしてたことを。私の前で。」

 

 精神的な力関係である。

 

ーーーーーーーーーー

 

「拓真くん、私のお茶おかわりお願いします」

「はぁい」

 

 土曜日。文芸部の一室。

 夏休みを終えたにも関わらず、冷房への依存止まらぬ9月頭の真昼間。文化祭を前に、休日返上で黙々と執筆作業をしに来ている。……はずなのだが。

 

「あのー、橋本先輩?」

「なんですか」

「……進まないんですけど。作業」

「はぁ」

 

 長机の向かいでシャーペンを走らせる橋本先輩の手伝いに追われ、僕自身の作品の進行度は微塵も変わってない。

 

「やればいいじゃないですか。……あ、ちょっと空調効きすぎですね」

「あ〜〜〜上げます上げます」

 

 橋本 帆波。このとんでもなく過疎な文芸部の部長。僕よりちょっと背が高く、ジト目に前髪重めのボブカットで、クール……というより他人に興味のなさそうな顔をしている。だが意外と悪戯好きで、ちょっぴり傲慢。妙に僕を小間使いのように扱っており、数少ない他の部員からも「橋本先輩のお気に入り」認定をされている。

 

「じゃなくて! 僕も書かないとマズいんですから! 次お願いされても動きませんからね!」

 

 いつまでもこの人に振り回されていては身が持たない。どうにか自分の作品に手をつけないと……

 

「……………………。」

 

 視線。無言でただじっと、こちらを見つめている。

 いつもの目だ。こういう時、いつものジト目で、真顔で、こちらを見つめてくる。

まるで、「逆らいませんよね」とでも言うかのような、従うのが当然だと思ってる目。

 ……気まずい。

 

「あーわかりましたわかりました……。でもせめて頻度なんとかしてください」

「……仕方ないですね」

 

 そして毎回負けてしまう。

 こんなやり取りはもはや日常茶飯事。毎回毎回こちらも従ってしまうものだから、部内でも「拓真はそういう扱い」というのが公認になるのも無理はなかった。

 現状からはきっと抜け出せないのだろうと辟易しつつ、改めて椅子に腰掛ける。

 

「というか先輩、なんで僕を呼び出したんですか?」

 

 本日は土曜日。オフである。文化祭が近いとはいえ、他の文化部のような厳しさはなく、なんなら作業を自宅で行ったっていい日。今は橋本先輩に声を掛けられ2人で部室にいるが、それがなければ自宅で作業するつもりだった。

 

「断らないですよね、君なら」

「そうですけど……。他にもっといるでしょ、仲のいい同期後輩の女子」

「でもこうして来てますよね」

 

 ぐうの音も出ない。実際先輩に呼ばれて断る気は起きず、わざわざ休日に部室を訪れている。

 

「……その言い草……、まるで最初に僕に声を掛けたっぽく聞こえますけど?」

「そうだったら嬉しいんですか?」

「な、なんでそうなるんですか!!」

 

 付け焼き刃の反撃も、受け流すどころか倍で返される。表情ひとつ変えずにそう発した先輩を前に、つい歯ぎしりしてしまう。

 諦めたような溜息を漏らしつつ、ノートへと目を向ける。

 主人の不当な扱いに限界を迎えた従者の復讐劇。大まかな設定と展開は既に決まっている。しかし、その進捗はせいぜい起承転結の承にようやく踏み込んだ程度。先輩1人にこんなにもペースを乱されていては、文化祭までに完成させるのは不可能だろう。

 

……さっきの返答、肯定はともかく否定もされなかったな……。

 

じゃなくて。

 

「…………よし!」

 

 両手で頬をぺちぺち叩き、ペンケースからシャーペンを勢いよく取り出す。一度ここまで書いた文章に軽く目を通して、

 

つん。

 

これから書こうとする文章に、つん、齟齬がないことを確認ぷにし、今後の展つく開へとつんながるようにぷに文章をつんつくつんつん。

 

「何してるんですか……!」

「つつかせて頂きました。ほっぺ」

「なんで!!!」

「柔らかそうだったので」

 

つむ。

 

「ひゆうになってないえふ!!!」

 

 別段痛いというわけでもないのだが、なんとも鬱陶しい。この人はちょっかいのかけ方を変えてまで僕の視界に入らなければ気が済まないのだろうか。

 

「柔らかいですね。ばっちり」

「それはよかったですね……」

 

 満足してくれたようだ。理解には苦しむが、やめてくれるならそれに越したことはない。

 

「……というか橋本先輩。僕に構ってる暇あるんですか?」

「ありますよ」

「へ」

 

 思わず素っ頓狂な声が出る。いつの間に仕上げたのだろうか。

 

「もう締めを2ページほど書いたら終わりですよ」

「知らないうちに随分進めてたんですね……?」

「そうでもないですよ。確かに毎日課題をさっさと終わらせて家で書いたりもしましたけど……、集中できましたから。君が私の言うことを聞いてくれたおかげで」

 

 「君のおかげ」。思わぬところで感謝され、妙なむず痒さを覚える。つい口をきゅっと噤んでしまう。いいように使われていただけのはずなのに。

 

「そういうわけなので。休憩がてら、私は少し寝ますね。」

「これから大変な僕を前に呑気ですね……」

「えぇ、ほぼ終わりですので」

「誰のせいですか……」

「口答えしない」

 

 どうやら、意地でも先輩の世話をこちらの責務にしたいらしい。

 

「大丈夫ですよ。こっちが完成したら、君のことも手伝ってあげますから。では、おやすみなさい」

「えっ……あちょっと!? ここで寝るんですか!?」

「ダメですか?」

 

 ノータイムで机に突っ伏したので流石に驚いた。……忙しい時に目の前でぐっすり寝られたら、申し訳ないがやはりいい気はしない。「いいように使われている感」を強く感じ、つい嘲るように、

 

「こんなとこで寝るなんて、何されても知りませんよ?」

 

若干気色悪い言葉を発してしまう。

 いや、そもそも悪いのは先輩だ。人を2人きりの空間に呼び出して、その場で無防備にも寝こけようというのだ。ましてや、人によっては怒って帰りそうなくらい僕をいいように使った上で。

 多少の気色悪さは仕方ない。この程度で牽制になるなら、大した傷じゃない。いい加減この人には、自分がいいように扱っている存在が1人の男であることを分かってもらわないと……

 

「はぁ……別に何してもいいですよ、できるなら」

 

 ……なんて?

 「何してもいい」?

 

「何ぽかーんとしてるんですか。自分で言ったんですよね?」

「あっ、いや…………えっ……?」

「……でもここ、学校ですからね。おやすみなさい」

 

 寝息が聞こえてくるまで、10秒と掛からなかった。

 

 「何してもいい」……?

 僕になら何されてもいい、ってこと……? いや、流石に飛躍しすぎ……。……だとしても、休日、人気のない学校の2人きりの空間に呼び出してそんな……。どう考えても、そう解釈されても仕方のないことなのでは……。

 

「あーーーーもう、んなこと考えてる場合かよ……」

 

 自力では答えの見つけられない問に時間を割いている場合ではない。煩悩は捨て去って、作品に真摯に向き合わなければ。

 

 ……ぶっちゃけよう。僕は橋本先輩のことが好きだ。もちろん、恋愛的な意味で。

 歪んでいると言われるかもしれない。でも、考えてみてほしい。確かに有無を言わさず人をこき使うような人だが、それでも先輩に「気に入られている」というのは感じてしまう。しかも、公認なのだ。ましてや休日呼び出され、2人きりの空間に一緒にいることを求められるのだ。意識、期待……。しても、しょうがないのではないだろうか。

 

 2人きりの静かな空間に、すーすーとか細い寝息だけが耳に届く。今この時間、寝息も、寝顔も、独り占めできている。その事実そのものが、片想いの1人の少年にはあまりにも大きい。

 

『はぁ……別に何してもいいですよ、できるなら』

 

 先程の言葉が、脳内で反芻される。

 あの溜息には、「できないくせに何変なこと言ってるんですか」という意味が込められていたように思う。実際、その通りであった。先輩に逆らうなんでできるはずもなければ、女性に気安く触れる訳にもいかない。ましてや、好きな人に。

 

 でも。……………………でも。

 

 人気のない休日の校舎。先輩と2人だけの部室。

 

 今なら、好きな人に触れてもバレない。

 

 そう思うと、集中なんてできるはずがなかった。

 

 

 

 座ったままそっと、寝ている先輩の頭に手を伸ばす。

 うつ伏せで顔を横に向けて寝る先輩の横髪。黒く艶やかで、短く切り揃えられた髪。軽く手が触れるだけでサラリと揺れ、少しドキッとしてしまう。

 

 ……流石に、この程度では起きない。

 

 細腕に乗っかった、柔らかそうな頬。さっきのお返しと言わんばかりに、指先で軽く押してみる。

 

「や、やわ…………」

 

ぷにぷに。すべすべ。

 

 とても人の事を言えない、初めて知る柔らかさ。雪のような白い肌。絹のようなきめ細やかな手触り。否応にも「女性の身体」を感じてしまう。

 

 胸の奥が、きゅっと疼く。

 

 好きな人の顔に触れている。その事実がどれほど自分の中で大きいものなのかは言うまでもない。しかし、その疼きは同時に、こんなことしてはいけないと理性に警告する。よくないことをしている。やっている場合ではない。

 

 深呼吸。

 うっすら、甘い匂い。

 

 理性が視覚と触覚を宥めている頃に、嗅覚が暴れ出した。

 自身と石鹸の匂いが混じった、女性特有の甘い匂い。

 先程髪を撫でた時に、わずかに宙に舞っていたのだろう。理性を溶かすその香りが、毒のように純粋なときめきを邪に染めていく。「もっと」「もっと」と、今手に届く届かなかったものを渇望する。

 

 緊張。興奮。混乱。

 様々な感情が混ざり合い、茹だって、制服のズボンを張り詰めさせる。

 その窮屈な感触が、理性はもはや溶けていることを理解させる。

 

 もちろん、部室で、片想いの先輩を相手に発情なんて、あってはならない。

 でも、バレなければいい。

 自分しか知らなければ、何も起こらない。

 

 それを「間違っている」と認識することなど、できるはずもなかった。

 

 右手を机の下に忍ばせ、人差し指の爪の先を屹立したソレに、ズボンの上から優しく滑らせる。

 

 極めて微弱な刺激。でも、それなら万が一何があっても戻れるかもしれない。動きも少なく、目が覚めても気づかれる可能性は低い。

 非論理的に、無意味に言い聞かせ、止めるべき興奮を加速させる。

 

 左手を、先輩の重い前髪へと伸ばす。

 指で暖簾のように掻き分けると、穏やかに眠る顔がそこにあった。

 

 綺麗な顔。

 僕に"お願い"するあのジト目は閉じられており、小さな鼻がすぴすぴと可愛らしい音を立てている。無意識にわずかに空いた口元。まじまじ見るとややぷっくりした唇がどうにもいじらしい。

 

 心臓の鼓動が早まる。浮かび上がるときめきが、すかさず劣情と同化させられる。それに呼応するように、刺激が次々に興奮へと昇華される。

 爪は、徐々に先端へ。

 戻れるかも、なんて言い訳も忘れて。

 

かり。かり。かり。すすーっ。

 

 息が荒くなる。

 押し殺すような吐息と、布地を優しく引っ掻く音が空間を支配する。

 

 それでも、僕の耳には先輩の寝息しか聞こえない。

 

 この人を、自分だけのものにしたい。

 この人に、自分だけを見てほしい。

 

 気持ちの昂りに合わせ、限界が徐々に近づくのを感じる。

 

ざりざり。ざりざりざり。

 

 身体が熱い。下腹部がキュッと閉まる感覚。

 絶頂が、近い。

 

 学校だろうと、服の中だろうと、お構い無しに。

 好きな人の寝顔。極上の餌を前に。

 秘めた気持ちを、欲を満たすために。

 

 びくん、と、身体が大きく跳ねる。

 

がたん。

 

 がたん、と…………。

 

 がたん……?

 

「…………たくま、くん……、なにを……してるんですか?」

 

 直前。

 にも関わらず、一瞬で理性が息を吹き返す。

 薄ら目を開けた橋本先輩。机の下とはいえもろに手を下半身に当てがっている、上気した頬の僕。

 吹き出た冷や汗で、全身が凍りつくような感覚を覚える。

 

 だがまだ間に合う。先輩は寝起き。即座に教室から逃げれば……あるいは、

 さっさとトイレにでも逃げ込んで、さっさと発散してしまえば……!

 

 そう一瞬で判断し、椅子をどかして立ち上がり、部室のドアへと歩みを進める。

 

「…………逃げない」

 

 覚めた一声。その一声で、本当に全身が凍りついた。

 足が、動かない。その言葉に、逆らえない。

 こんな状況でも、僕の歩みは一瞬で止められてしまう。

 関係性が、染み付いてしまっていた。

 

「お手洗いくらい、行かせてくださいよ」

「質問に答えてください」

「事は一刻を争うんですよ」

「答えてください」

「…………漏らしますよ?」

「いいから答えてください」

「別に、何も……してませんよ……」

「嘘」

 

 興奮かパニックか、頭が上手く回らない。こんなの、見放されてもしょうがないと言うのに、打開策が、思いつかない。

 

「足も震えて、息も荒い…………。……流石に無理がありますよ」

 

「それで? 何をしてたんですか?」

 

 逃げ場はない。だが、口を割れるはずもない。

 

「早く」

 

 身体が震える。

 一切の動きを見せないこちらに、ため息が一つ。

 

「座って」

 

 身体が、勝手に動く。

 恐る恐る向き直り、立っている先輩の前で膝を曲げ、正座する。

 未だ落ち着かない興奮の象徴が、不可抗力で強調されてしまう。

 

 その情けない姿が恐怖に恥辱を上乗せし、思わず顔を上げられなくなる。

 

「目を逸らさない」

 

 無論、それも許されるはずはない。

 

「こっち見て」

 

 泣きそうになりながら、ゆっくり顔を上げる。

 いつも通りの、傲慢で端正な、読めない顔。

 この人に本当のことを言わないといけない。

 そう思うと、あらゆる感情がぐちゃぐちゃに、いっぱいいっぱいになる。その奔流に耐えきれず、感情が涙となって目に浮かぶ。

 

「君が口を割らないなら……それでもいいです」

 

 

 

「続けてください。君がさっきまでしてたことを。私の前で。」

 

ーーーーーーーーーー

 

「…………えっ……?」

「二度言わないと分かりませんか?」

 

 それはつまり。

 本人をオカズにオナニーしろ。

 そう言われてることになる。

 

 いくら先輩のお願いでも、そればっかりは憚られる。

 

「だめ、ですよ……それは……」

「…………。だめなことを、してたんですか?」

「それは、えっと、その…………」

「だめなことでもなんでもいいです。早くしてください」

 

 御託も言い訳も、全て跳ね除けられる。抵抗の意味のなさを、嫌でも確信させられてしまう。

 

「うぅ……………………」

 

 恐怖に震える指をそっと、主張する膨らみに近づける。

 先端に近いくびれたところを、一掻き。

 

「…………っあ、……」

 

 強烈な痺れに、つい指を止めてしまう、

 実質的に寸止めを喰らった状態のソレ。

 敏感な状態で刺激を受け、キャパシティを超えた胸の中では抑え込めない声が情けなく零れる。

 

「続けて」

 

 見ている。自分で自分を慰めている所を。表情一つ変えずに。

 

ざりざり。ざりざり。ざり、ざりざりざり。

 

 今度は、荒い吐息と生地の擦れる音が耳にはっきりと届く。

 今、自慰行為を好きな人に見られ、聞かれている。

 その事実をありありと突きつけるものに他ならなかった。

 

「寝ている私を見ながら、そうしてたんですね?」

「は、はい…………っ…………ぁ、」

 

 また、一際身体が震えた。

 「はい」と一言。口から発するだけで、下腹部が切なくなる。

 恐怖がじわじわと、興奮に蝕まれていく。

 

「っあ、…………ぅ、っく、…………」

 

 既に昂りきっていた身体に、気持ちがついてくる。

 再び絶頂へと向かうのに、時間は要さなかった。

 

 爪の軽い刺激、その一つ一つが、下腹部に重く響く。

 じわじわと登ってきたモノが、今に飛び出さんと震えている。

 

「……っは、ぁ……あ、あっ…………い゙っ……」

 

 刹那。

 

 

「ストップ」

 

 迫っていた絶頂が、より強い力で堰き止められる。

 右手は金縛りにあったように動かなくなり、行き場を失った快楽が下腹部でのたうち回る。正座のまま堪えて情けなくビクつく姿を全部見られ、涙ながらに先輩を縋るような目で見ることしかできなかった。

 

「そんな悲しそうな目をしてもダメですよ」

「っ、……な、んで…………」

「自分でも分かってますよね?」

 

 か細く震えながら見上げるこちらに対し、しゃがんで目線の高さを合わせに来る。いつもと変わらない、読めないジト目で。

 

「"だめなこと"を、したんですよね。だったらこれは、そうですね……」

 

おでこにトン、と指を置かれ、いつもと変わらない、平坦なトーンで。

 

「君に対する……躾、のようなものですから」

 

 全身に、電流が走るようだった。

 

 先輩にいいように扱われているのが気に食わない。ただの先輩と後輩、こちらとて1人の人間であるというのに、まるで便利屋かのように。従者かのように。小間使いにされているのが納得いかない。

 そんな反骨心が、掃いて捨てられる。

 

 決して、消え去ったわけがない。

 しかし、この身体の痺れるような感覚と、この上なく紅潮する顔。そして、加速する心臓の拍動は。それが"無駄なもの"であると言い聞かせているようなものであった。

 

「じゃあそういうことですので。服、脱いでください」

 

 これまでの興奮に、叱られた後のようなちょっとした失意が混ざる。僅かに残りながらもしぶとい理性と反骨心が若干の抵抗を見せたが、今や"決して逆らえない"と理解してしまった以上、何の役に立たない。

 

 震える手で、胸元のボタンに手を掛ける。

 息が荒い。指先が、上手く動かせない。

 

「……………………」

 

 橋本先輩の表情は一切の変化を見せない。

 こちらの理性が少しずつ溶けていっても、眉一つ動かさない。

 

 その対比に、なぜか心臓が高鳴る。

 一瞬のうちに、焦燥感が全身を駆ける。

 その訳は分からない。

 

 "躾"なんて早く終わらせたいから?

 待たせてしまっていないか不安だから?

 早く済ませないと誰かに見つかってしまうから?

 早く脱がないと気を悪くしてしまうかもしれないから?

 

 染み付いた服従心か、なけなしの理性か。不可解な何かに急かされている。そうこうしている間に、冷や汗でひんやりするカッターシャツを脱ぎ終える。

 

 ……ちらりと、表情を伺う。

 変わらず、何も言わない。……顔を見るのも、恥ずかしい。

 先輩の目線が下がる。弱々しく震える下半身に目を向けられているのがよくわかった。そして、そのまま顎で突くように顔を動かす。

 言うまでもない。

 

─────下も脱いでください。

 

 いつもの冷ややかな目線をこちらに戻し、目でそう告げる。熱湯に顔を突っ込んだかのように顔を熱くしながら立ちあがり、冷房で冷えきったベルトの金具にそっと手を掛ける。

 部室に響く金属の音。そして、窮屈なスラックスから解放され、下着に構わずはっきりと主張するソレが彼女の目に晒される。空調の無機質な風が、冷や汗を纏った素足を撫でていた。

 

「…………いいですか、これで……」

 

 恥辱で胸がつかえるように苦しく、上手く声が出せない。

 学校で、あろうことか異性の前で、上下共に下着1枚。

 しかも、この状況で興奮していることがはっきりと分かる状態。

 不思議と下腹部がキュッと締め付けられる感覚があるが、もはや自分がどんな感情を抱いているのかも分からないまま、ただただ前屈みになって震えることしか出来なかった。

 

「服脱いでください、って……言ったと思うんですけど」

「…………ぇ……?」

「分かりませんか?」

 

 分からないわけがない。ただ、理解ができない。

 震える手で半ばヤケになりながらシャツを脱ぐも、パンツのゴムに手をかけたところで踏みとどまってしまう。

 

「……本当に、脱がなきゃダメ、ですか……?」

 

 越えてはいけない一線。好きな人から求められたとはいえ、それを越えるという恐怖。今にも消えてなくなりたいほどの恥辱に晒されながら、縋るような想いで情けを乞う。

 

「…………はぁ」

 

 心臓に冷や汗を掻くような感覚。絞り出した懇願を一蹴するには、自らを躾ける主人のため息は十分すぎるもの。諦めたように、目線を元に戻すしかできなかった。

 

「分かればいいんですよ。ほら、見ててあげますから」

「みっ…………!?」

「何度も言わせないでください」

 

ぞくっ。

 

 目線をこちらに向けたまま、背後の椅子に腰掛け、流れるように脚を組む。程よく健康的に肉付いた脚によるその妙に艶かしい仕草と、僅かに漏れた柔和な口調に、思わず身震いしてしまう。

 

 ────恥ずかしい、けど。

 そうしろって言ってるのは、あっちだし。

 さからっちゃ、いけないし。

 

 震える手が、ゆっくりと腿を伝う。布地が引っかかり、冷気が隠れていた部分を撫でる。まるで僅かな理性が最後の警告をしているかのようだった。しかし、操られるかのように動き出した手はもう止まらない。降りていく手に伴って、心臓の拍動が加速していく。

 

「んっ………………、」

 

 先端に布地が擦れ、声が漏れようと関係ない。身体の疼きと緊張で身体が動かしづらくとも気にしない。その様相全てを見られていても、恥ずかしくても止めはしない。

 

 だって、橋本先輩にそう言われたから。

 

ーーーーーーーーーー

 

「まったく、君らしくないですね。私のお願いを聞くのにこんなに時間を書けるなんて」

 

 肉棒が、見たことないほどに膨れ上がっている。窮屈な下着から解放されてもなお、身が詰まっているかのような感覚は変わらない。既に我慢し切ったソレからは、艶やかな液体がほんの少し分泌されている。

 よく知る、"勃起"の感覚。それがたった今、先輩の目に晒されていることをひしひしと感じ、またも身体がブルリと震えた。

 

「しかたない、でしょ……。こんな、はずかしいこと、させて……」

「そうですね。えらいですよ、私の言うこと聞けて」

 

 立ちあがりながらそう言って、ポンポンと頭を撫でる。その無遠慮に触れる行為すらも、今は恥辱を加速させてしまう。いくら溶け切ったの理性で先輩の言うことを聞いたのだとしても、今この状況が正常でないことは理解できる。恥辱に耐えるのだって限界がある。

 

「……もう! ……い、いいですよ……ね……? 服、脱ぎました、から……」

 

 さっさと終わりにしてしまいたい。この人の目から逃れ、さっさと発散してしまいたい。きっと1回じゃ足りなくなっているだろうけど、狂ったように発散してでも冷静になりたい。この人の前でこれ以上おかしくなるわけにはいかない。

 

「え、何言ってるんですか?」

 

 何食わぬ顔。

 そのままただでさえ近づいている距離を、ゆっくりと近づける。陰茎の先端が先輩の身体に触れそうになり、即座に後ずさる。その様子を見ても構うことなく、さらに距離を詰めてくる。こんな汚いモノを大事な人にあてる訳にはいかない。というか近い。急いで後ずさる。

 

「動かない」

 

 また、身体が強張って動かなくなった。身動きを取れなくなった僕に容赦なく近づき、正面からこちらの顔を見つめる。きめ細やかなスカートに無防備な陰茎が擦れ、声が漏れてしまいそうだった。

 

「君がしたのは服を脱いだ程度で許されることなんですか?」

「いっ……いえ…………違います……」

「よくわかってるじゃないですか」

 

 ……じゃあ、なんだというのだろう。

 このまま休日の校内を歩かされるだろうか。写真を撮られて交渉材料にでもされるのだろうか。

 

 …………あるいは。

 命令、お願いと称しつつ、想像を付かないようなことをされてしまうのだろうか。

 

 社会的な死の気配を身近に感じつつも、僅かながら妙な期待をせずにはいられなかった。

 仕方の無いことだ。いくら狡猾な先輩にこちらが悪いことをしたとしても、普通後輩を脱がせたりするだろうか。ありえないことだとしても冷静でない今、そんな邪推せずにはいられない。

 

 刹那、右耳がピリピリと震えた。

 

「すごいですね、君。あんなにも恥ずかしいって言ってたのに……」

 

「……こんなにも、大きく」

「あ゙っ、ぅ…………」

 

 予想だにしない刺激に、身体がビクつく。それに合わせて大きく動いた肉棒が先輩の衣服に擦れ、震える口から情けない声が零れる。

 耳元に、橋本先輩の顔。悶々としているうちに、こちらの耳元へと近づいて喋っていたのだ。肌と肌が触れ合う距離で、一番気持ちいいところが否応にもぐぐっと押さえつけられてしまう。

 

「なんでこんなに大きくしてるんですか?」

「いや、それは…………」

「さっきまで自分で触ってた……だけでは、説明がつきませんよ?」

 

「こんな公共の場で裸になろうとしたから? ……あるいは、社会的な死に生殖本能でも働いたか…………。……それとも、」

 

「私の前で……私に脱ぐよう命令されたから、ですか?」

 

 その声色から、確信を持って言っていることを理解するのは容易なことだった。心臓と下腹部が同時に強く締まるのを感じる。

 

「ほら、質問に答える」

「だ……だい、たい……合ってます…………」

「そうじゃないですよね」

「…………先輩に、命令された、から……」

「よろしい」

 

 身も心も、全て丸裸にされる。命令。圧力。許し。その全てが鼓膜を伝って脳に溶けていく。

 

「拓真くん……耳、弱いんですか?」

「……なんですか、急に…………」

「さっきから耳元で話す度に、身体ビクついてますよ?」

「……えっ、うそ……!?」

「ぽそぽそ話す度に歯を食いしばって……面白いですね」

 

 思わぬ所に反応が現れていたようで、自分の分かりやすさに辟易する。この興奮も、我慢も、全てバレている。その事実が言い表せないほど恥ずかしくて、

 

「一体、僕になにを……するつもり、なんですか……」

 

聞いてしまった。逆らえない状況でのこの発言は、一種の逃げ道を断つ行為に他ならない。期待感か焦燥感か恐怖心か、何が自分をこうさせたのかは分からないが……、間違いなく今の状況では相手からは「期待感」と受け取られてしまうものだろう。

 

「……なんだと思います?」

「分からないから聞いてるんです……」

「はぁ。そうですね……」

 

 溜息と共に耳元を離れ、再び目線がこちらへと向けられる。顎に手を添え考える仕草が、悔しいがどうも蠱惑的だった。

 答えが発されるまでの間。バームを塗っただけのナチュラルな唇に視線が吸い寄せられる。口を開けば命運が決まる。冷や汗が背を伝い、ぐっと息を呑む。

 そしてゆっくりと口が開き、

 

「何も、しません」

「……ええっ!?」

 

予想だにしない答え。

 不意を突かれて飛び出した感嘆。無自覚ながらも期待を裏切られたような声だった。

 

「……なんですかその声? 何かしてもらえると思ってました?」

「てっきり……、何かさせられる、かと……」

「拓真くん、人の事をなんだと思ってるんですか。こんなに私の言うことを素直に聞いてくれる後輩に、度を越した要求はしませんよ」

「じゃあこれはなんだって言うんですか……」

「だから、"躾"、ですよ」

 

 躾にも度を越す越さないはあると思うのだが。

 

「何もしないって、どういうことですか……」

「何もしないということです」

「じゃあ服を……」

 

 一瞥。

 

「着ちゃダメ、ですよね……」

「よろしい」

 

「そのまましばらく立っててください」

 

 再び、距離を詰められる。

 

「このまま"おはなし"、しましょうか」

 

 右耳に生温かい息が掛かる。

 

「お耳のよわい……拓真くん?」

 

 いつもと変わらないトーンだった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「改めて聞きますが……さっき、何をしてたんですか?」

「……言わなきゃダメ、ですか……?」

「散歩でもしてきますか?」

「…………先輩を、オカズ、に…………自慰行為を」

「なんでですか?」

 

 間違いなく、今の状況ではこちらに優位性なんてものは皆無である。黙秘は許されず、どんなことでも話さなければならないことだろう。

 …………ん?

 本当に優位性はないだろうか。そもそも……

 

「そ、そもそも! 何してもいいですよって言ったのは先輩じゃないですか!」

「何してもいいからって、"だめなこと"はしたらダメですよね?」

「う…………」

 

 ぐうの音も出ない。

 

「そうじゃなくて。君はなんで、私を前にそんなことをしたのか。理屈じゃなくて感情を聞かせてください」

「そ、れは…………」

 

 流石に、恥ずかしい。

 色々と理屈をこねようと、結局は"先輩にムラついたから"。欲のままに動いたことも、先輩が自分にとって欲を向ける存在であることも、とても自分の口からは発せられない。ましてや、それを聞いて動揺するような人でもない。

 でも、

 

「"さっきしてたことを私の前でする"。あれ、まだ終わってませんからね」

 

「あれが終わるまで今日は帰しませんし、言わないとさせません」

 

口を閉じる権利もない。

 

「最初は……腹いせでした」

 

「僕のことを好き勝手使い倒した挙句、目の前で呑気に寝るんですから……。ちょっといたずらしてやろう、って……」

「……寝てる間に?」

「起きてたら、そんなことできませんから……」

「そうですね」

「でもなんか……その、先輩の、いい、匂いが……」

「それで、変な気を起こした、と」

「……………………はい」

 

ぞくぞくっ。

 

 勘弁してほしい。

 「貴方を性的な対象として見ました」なんて、告白よりも色んな意味で恥ずかしい。見ないでほしい。震えながら、全身が萎縮して小さくなるような感覚を覚える。

 

「恥ずかしいですか?」

「は、ひぃ…………」

 

 耳元で聞かれ、上手く返答できない。

 

「そうですよね。見えないところでこっそりやるようなことを、当の本人に見られて、それも全部言わされて。ましてや、こんなところで」

「うぅ…………」

 

 頭の中を全部見透かすかのように、淡々と行動を振り返られる。「君は恥ずかしいことをしたんですよ」ということをありありと突きつけられ、さらに縮こまる。

 

「人がいないとはいえ、君が外でこんなことするような変態だとは……」

「い、言わないでください……!」

「恥ずかしいから?」

「……そう、です…………」

 

「その割には……さっきより大きくなってません?」

「…………っ!?」

 

 先輩に命令され、無防備にさらけ出された陰茎。恥ずかしい目に合わされて縮こまるどころか、一切萎えることなくそそり立っている。こんなにも恥ずかしがっているというのに、意にも介さず主張し続けていた。

 

「すごいですね」

 

 息遣いすらはっきり聞こえる距離で。

 

「私の目の前で自分から脱いで、大きくしてるとこ見られて」

「自分で触っているとこすら、見せるよう強要されて」

「それを寸前で止めて触ることもできず、弱い耳元でぽそぽそ話されて」

「恥ずかしくて言えないようなことを、全部言わされて」

「恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしいて、それでいっぱいなはずなのに」

 

 淡々と、かつゆっくり、染み込ませるように。

 

 

「恥ずかしくて、興奮しちゃったんですね」

 

 

 ぎゅっと、下腹部が締まる。

 今までに感じたことのないような、切ない感覚。未知の強い感覚に、腰が引け、足が震え、力が抜けそうになる。

 

「君、本当にわかりやすいですね。私のやることに一々みっともなくビクついて、発情してるのを隠そうともしない。」

「……こんな、の……、隠す方が……」

「難しい、ですか? 本当に?」

「そりゃ……そうです、よ…………」

 

 元から逆らえない存在に、抵抗の余地もなく好き放題されている。隠すことができないというより、隠すことを許されない。

 

「先輩相手とはいえ非力な女子に弱みを晒して、要求に全部大人しく従って、言葉だけで屈服させられて、発情が隠せない……」

「えっ、ぁ……ぅ……」

 

 丁寧に言語化され、自分の行いを振り替えさせられる。こう言われると、こう、恥ずかしい……というか、

 

「…………情けないですね」

 

ぞくぞくぞくっ。

 

 寒気のような震えが全身を駆け上がる。その実態は言うまでもない。

 

「膝が笑ってますよ。立ってられますか?」

「む、むり……むり、です…………」

「腰抜けちゃったんですか? この程度で」

「うぅぅぅ…………」

 

 絶対に口にはしないが、内心もう認めざるを得なかった。

 

「驚きましたよ」

 

「君がまさか、こんなにも辱められるのが大好きな変態だったなんて」

「〜〜〜〜〜っ……!」

 

きゅううううっ。

 

 自分は、逃れられない状況でされるがままに辱められて興奮する、どうしようもない変態。

 そんなどうしようもなく恥ずかしい事実が、全て分かられている。バレている。

 それが恥ずかしくて、興奮する。

 

 自分は、そういう人間らしい。

 

「……嬉しそうですね」

 

気のせいですよ。

 

 口には出せなかった。

 歯を食いしばり、心臓の拍動に耐え、荒立つ息を押し殺す。

 

 これ以上は。これ以上は。

 これで興奮してるなんて、思われちゃいけない。

 好きな人に、これ以上恥ずかしいところは見せられない。

 

「何我慢してるんですか」

 

ふーっ…………、ふーっ………………

 

 落ち着け。こんなことで興奮するはずがない。

 好きな人の声というだけならともかく、ましてやこんな恥ずかしいことで。

 

 我に返りかけている理性が、風前の灯火で抗おうとしている。

 

「我慢しなくていいですよ。というか……」

 

「我慢していい、なんて言いましたか?」

 

 意に反していたことを知覚し、肩がビクッと大きく震える。

 

「で、でも…………」

「あんなことしてたとはいえ何かと従順で真面目な君のことですから……大方、私の前でよくないところを見せるわけにはいかない、とか思ってたんじゃないですか?」

 

 既に手遅れとはいえ、弱いところを見せたくないという気持ちは変わらない。まったくの言う通りだった。

 

「確かに"躾"をするとは言いましたが、そういう情けないところを見せたらダメ、とは言ってませんよ」

「けど……先輩に、はずかしいとこ、みられるの……」

「好き、ですよね?」

「…………はい……」

 

 理性で形作られた建前は全て壊される。

 

「えらいですね、素直に答えられて。素直な後輩は嫌いじゃないです」

「…………は、い……」

 

 押し殺そうとした感情は全て見抜かれる。

 

「そろそろ、我慢するのにも疲れましたよね」

「………………は……い…………」

 

 その感情を認め、受け入れるほど、身体の疼きは歯止めが効かなくなる。

 

 

「じゃあ……」

 

「隠さない」

 

 

 かちりと、スイッチが入ったようだった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 脚の震えが大きくなり、息が苦しくなる。

 下腹部と心臓が強く締まり、切なさがじわじわと全身へと広がっていく。

 ここまでの我慢が一気に解かれて、目を逸らし続けていた"発情"が抑えられずに溢れかえる。

 

「それで? 改めて今、どんな気分です?」

「むずむず、して……せつなくって…………つらい、です……」

 

 ひとつひとつ、自身の"発情"を吐露する。締め付けられた胸から言葉を絞り出す度に、きゅんきゅんと下腹部が疼いた。

 

「じゃあ……君はどうしたいですか?」

 

 躊躇いを、欲求が押し潰す。

 

「イき、たい…………。射精、したい……、です…………」

「じゃあ、君がさっき私の前でしてたこと、できますね?」

「…………はい…………っ、」

 

 汗ばみ固まっていた手を動かし、はち切れんばかりの陰茎へと添える。併せて耳元に掛かっていた吐息が途切れ、橋本先輩が目の前の椅子へと再び腰掛ける。

 表情は今もいつもと何ら変わらない。感情の読めない、熱を感じない表情。その顔を前にこちらだけ大きく取り乱しているこの状況が、なんとも言えない興奮を産んでいる。

 

「ふぁ……………………っ!?」

 

 そっと握り込むと、一瞬のうちに全身を電流が駆け巡った。

 

「可愛い声、でちゃってますね」

 

 二度も寸前まで昂っていたとはいえ、普段の自慰よりも強い刺激。ただ優しく握るだけで、不意に声を発してしまう。

 

「気持ちいいんですか? そんなに」

「きも、ち…………わかんない、です……。でも、いつも、より…………」

「そうですか。続けてください? ちゃんと見ててあげますから」

 

しゅっ。しゅっ。しゅっ。しゅっ。

 

 先輩の命令で、見られながら自慰行為。

 興奮を隠すことを禁じられ、"よくないところ"を否定されなかった今、見放される恐怖はない。先程と違い、純粋な快楽が局部に襲いかかっている。

 

「どうですか? 見られながら"だめなこと"する気分は」

「う、…………ぅ……………………」

「質問には答えてください」

「は、はずかしい、です……、むずむず、して…………ぁ、」

「でも気持ちいいんですか」

「は、はい…………」

「ほんと、どうしようもないですね」

 

しゅこ、しゅこ。しゅこ、しゅこ。

 

 勝手に、少しずつ手の動きが早くなる。先輩の言葉一つ一つで身体のあちこちが痺れ、疼き、より強い快楽を求めているようだ。

 

「そういえば、ずっと私の目を見ていますね」

「……め、そらしたら……んっ、……だめ、かなって……」

「そうですね。でも意外です。このくらいの男の子って、胸とか脚とか見るものだと思ってましたが」

「それ、は…………」

 

 無論、興味がないわけではない。

 やや華奢な上半身に対し細すぎず太すぎない太ももに、年相応の程よい大きさの胸。いくらでも劣情を抱くことはできるだろう。しかし、半ば無意識的に顔を見たがっていた。見られていることを、知覚していたかったのだろう。

 

「……じゃあ、こうしたらどうですか?」

 

 そう言って、先輩は制服の胸元のボタンを一つ外す。

 白いシャツに包まれた、日に焼けていない白い素肌。鎖骨に身体の華奢さを知覚させる鎖骨が視野に入り、思わず生唾を飲んでしまう。

 さらに、もう一つ。

 カップ付きの白いキャミソールに覆われた、やや控えめに主張する膨らみの始まり。普段見えることのない部分が露わになり、つい「見てはいけないもの」と認識する。さっと顔を背け、視界から外す。

 

「…………成程」

 

 視界の外で椅子が軋み、空気が揺れた。気配がゆっくりと近づき、ひんやりとした空気が肌を撫でる。

 

しこ、しこ。しこ、しこ、しこ。

 

「見たくないんですか?」

「だめ、です…………そんな…………」

「目を逸らしつつも手を止めてないなんて……面白いですね。行動が一貫してませんよ?」

「……………………」

 

「こっち見る」

「…………っ!?」

 

 首が勝手に向きなおろうとする。

 理性が理解している。見てしまったらもう止まらない。もう既に止まれないが、ここで見てしまったら本当に止まれない、そんな気がする。

 しかし、そんな抵抗も一瞬で崩される。

 甘い香りが、鼻腔をくすぐった。

 

「…………ぁ……」

「……ほんと、素直じゃないようで素直ですね、君は」

 

しこ、ぬち、ちゅこ、ちゅこ。

 

 服を緩めたことで、理性を溶かしたあの甘い香りが、より強く空間を漂っていた。ミルクのように甘ったるく、果実のように爽やかな、あの香り。

 脳は蕩け、股間の奥がぐつぐつと熱くなる。今にも飛び出さんと震えだし、呼応して絞り出すかのように全身が疼く。下腹部、腰、背中、首。快楽に侵食され、背中が勝手に丸くなる。

 身体の昂りが、心に追いついてくる。

 

「っあ、は……っ、はぁ…………」

 

 胸元から、 目が離せない。

 

「手、早くなってますね。そろそろですか?」

「ぁ……っは、……もう、むり……、です…………っ!」

「……そのまま続けてください」

「え、ぁ、まって…………!」

 

 心も身体も我慢しきって、ここまで昂ってしまった以上、絶頂を迎えるほかない。続けろとも言われたが……このまま出しては思いっきり先輩にかかってしまう…………。

 

「せ……、んぱい…………っ……、せめて、ティッシュ、とか…………」

「いいから続けて」

「でも、せん、ぱ…………」

「続ける」

 

 このまま出せ、というのか。薄汚い精液で、その肢体を覆う衣服を穢せというのか。

 そう心は逡巡するが、身体はもう限界に近づいている。

 

ちこちこちこちこちこ。

 

「……ふふ。いやらしい音、聞こえてますよ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ……!!」

 

 静かな空間に、荒い息遣いと水音混じりの手淫の音が広がっている。自分の耳でもはっきりと聞こえるソレは、「先輩に聞かれている」という証明そのものだった。

 腰の奥が強く疼き、暴力的な快楽で全身が痙攣する。

 

「せん、ぱい……どいて……、くだ、さい…………」

「嫌です」

「よごれ……ちゃい、……んっ、ます…………」

「私を汚したくないんですか」

 

「じゃあ、私がどくまで拓真くんは出せないってことですね」

 

「…………っ!? むり、むりむりむりむり……ぃ……っ、」

 

 もう自力で射精を我慢できない。出さまい出さまいと下腹部に力を加えて堪えるほど、痒い身体を搔くかのように加速度的に快楽がのしかかる。

 

ちこちこちこちこちこちこっ。

がくっ、がくがくがく、びくっ。

 

「むり……っ、もう……む……、ぁ゙、い゙…………っ!」

 

「出すな」

 

びくびくびくびくっ。

 

 いつものトーンで発されたその言葉で下腹部に万力のような力が掛かり、絶頂が無理やり抑え込まれる。行き場を失った精液が一頻りのたうち回り、ゆっくりと降りていく。快楽だけがじんじんと残っていた。

 

「……あーあ。出せませんでしたね」

「ずる、い……です…………それは……ぁ…………」

「ちゃんと終わらないと今日は帰らせない……。忘れてませんよね」

「そ、んな…………」

 

 横暴だ。最初に悪かったのはこちらとは言え、いくらなんでも。

 その意見は、口に出る前に掻き消える。好きな人に快楽と恥辱を与えられつづけ、果ては絶頂を前に寸止めをくらい、思考回路は「きもちいいこと」に支配されている。

 

「……嬉しそうですね」

「ぇ…………?」

「まさか我慢し続ければずっと管理されちゃう、とか考えてませんよね」

 

 そんなこと考えるはずがない。

 どれだけ気持ちよくなっても、我慢させられ、快楽を管理され。それで喜ぶなんて。

 

 そう、思ったのに。思ってるはずなのに。

 どうしてこんなにも、甘美な響きに感じるのだろうか。

 

ぬちぬちちゅこちゅこちゅこっ。

 

「あ、ちょっと! 勝手に始めない!」

 

 手が勝手に動いていた。先輩が珍しく動揺する様子を見せていたが、それも意識の外の出来事にすぎない。

 

「こら、止まってください! 止まって! 止まる!!」

 

 頭の中で世界が完結する。

 片腕に密着され、柔らかい身体を押し付けられながら、浅い呼吸で自らの手淫に耐えているのを見られながら、耳元で少し意地悪な声色で話しかけられながら。

 

 

 

きもちいいですね。ちゃんとぜんぶみててあげますよ。じぶんできもちよくしてるのにひっしにたえようとしてるの、すっごくなさけないですね。

 

 じわじわと脳を蝕む声が、快楽を身体全体に塗り広げる。

 

……くちかずへってますよ? はずかしいんですか? よかったですね。すきですもんね、はずかしいの。

 

 分かったような口ぶりが、理性も、常識も、溶かしていく。

 

……ふふ。またでそうなんですか? がまんしてくださいね。はずかしくてなさけなくてきもちいいの、まだつづけたいですもんね? つづけたらかえれないのに……きもちよくなってるの、ずっとみられてたいですもんね。ぜんぶみててあげますから、かわいいとこもっとみせてください。

 さん。に。いち。

 

 

 

「ストップ!!」

 

 聞き慣れない感情での命令で、ふっと意識が戻る。

 刹那、耐え難い快感と、それを堰き止める力が同時に下腹部を襲う。その拮抗に身体が耐えられず、全身が跳ね、反射的に左手で口を覆った。

 

「…………っふー、ふー……………………」

 

 まずい。まずいまずいまずいまずい。

 分かる。クセになってしまいそうな感覚。絶頂したくてしたくて仕方ないのに、下腹部に残る感覚に、妙な恋しさを感じている。

 早く射精しないと。終わらせないと。このままではおかしくなる。

 そう確信し、再び右手を張り詰めた肉棒に添え、

 

「触らない」

 

そのまま静止。

 

「拓真くん。手を止めて、もう一度"おはなし"しましょうか」

 

 そう告げる橋本先輩の顔からは動揺は消え、いつものジトっとした読めない顔に戻っていた。

 

「なんで……なんでぇ…………」

 

 散々我慢させられて、早く脱しないといけないのに、手淫を禁じられた。もはや涙ながらに縋り付くことしかできず、先輩が若干語気に圧を加えていることに気づくこともない。

 

「拓真くん。いつ私が、勝手に気持ちよくなっていいなんて言いました?」

「いって、ない…………」

「分かってるならなんで勝手にそんなことしたんですか?」

 

たりない。あつい。さわりたい。イキたい。

 

 もう絶頂することしか考えられない。不安定な呼吸では言葉を絞り出すのも困難で、返答を考える余裕もない。詰まる息を肺から少しずつ減らすのがせいぜいだった。

 

「…………はぁ」

 

「想像、しちゃったんですよね。私に、管理されるの」

 

 全身が痙攣し、快楽が振動になって伝播する。

 身体の反応も、興奮している様子も、全て見られ。歯止めの効かない快感を我慢させられ続け、おかしくされる。そんな度を超えた変態的な妄想を、全て見透かされている。その事実が、どうしようもなく心地いい。

 

「……されたいんですか、管理? 私に。 ほんと、どうしようもないですね」

「ずーっと我慢させられるのがそんなにいいんですか?」

「気持ちよくなるのをずーっと我慢させられて、絶頂するのも私の気分次第」

「いつも口ではどうこう言ってますけど、結局は私に振り回されるのが好きなんですね、君は」

「……触っちゃダメですよ。そのまま情けなくビクついててください」

 

 言葉で辱められる度、丹田のあたりがときめいたように疼く。堪えるほどに疼きは強くなり、身体が刺激と錯覚する。直接の刺激を与えられていない今も、肉棒の先端からは透明な液体が滴っていた。

 

イキたい。がまん。きもちいい。さわりたい。

 

「君がもし本当に管理されたいと言うのなら、まあ考えてあげますよ」

「……冗談ですよ。そんな面倒くさいこと、私がすると思いますか?」

「するとしたら、私がしたくなった時だけですよ。」

「したくなるかどうかは君次第です。……今ですか? おもしろいなーって思ってます」

 

さわりたい。さわりたい。さわりたい。さわりたい。

 

「私が何かする度に……ましてや、何か言うだけで反応するんですから。叩けば鳴るおもちゃみたいですよ?」

「そういえばいつものことですね、それ。こうやって躾られるのも、ある意味君の才能なのかもしれません」

「結局それ、ずーっと大きいままですね。"おはなし"、気持ちいいですか? 変態」

「……そろそろ我慢の限界ですか? もちろん、まだダメですよ」

 

さわりたいさわりたいさわりたいさわりたい。

 

「"おはなし"するだけでもう限界なら……」

 

「他のことも、試してみましょうか」

 

 陰茎がぎゅうっと締め付けられるような感覚。

 まだ我慢させられるのか。

 この感情が絶望なのか期待なのか、自分の中で渦巻いているものの正体を理解することもできない。気持ちよくなることへの欲求に耐え、空っぽの頭で浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。

 しかし。

 

「えい」

 

 突如正面から後頭部を捕まれ、大きく開かれた胸元に押さえつけられる。突然の出来事に心も身体も追いつかず、そのまま胸元で浅い呼吸を繰り返してしまった。

 

「あーあ。胸元でそんな息荒くしてたら、まるで変態みたいですよ?」

 

 鼻腔を支配した甘い匂いが、麻薬のように脳へもその手を伸ばす。呼吸の目的はすり変わり、我慢を繰り返していた肉棒は余計に張り詰めていく。

 

「ほら、焦らなくても逃げたりしませんよ。ゆっくり、そのまま深呼吸してください」

 

 ぼやけた意識で言われるがまま、鼻孔から空気を取り込む。甘ったるい"女"の匂いは、思春期の男子には刺激が強すぎるようだ。腰がキャパシティを超える興奮に耐えきれず、へこへこと勝手に震え出す。

 

「別に今更君が何をしようと、軽蔑したりはしません。ただ、後から辛くなるのは君ですよ」

 

 素朴な布地の感触と、あたたかい柔肉の感触が、顔全体に広がっている。その感触が匂いと共に、溶け切った理性に今の状況をありありと示す。情けなくカクつき空を切る陰茎はより張り詰め、本能すらもゆるく蕩かしていく。

 

「吸ってー……吐いてー……。そうそう。いっぱい我慢してください。私の胸元で我慢せずに発情しながら、ソレを気持ちよくするのだけをひたすら我慢してください」

 

 心臓と陰茎の根元が一際強く疼き、我慢汁がとめどなく分泌される。深呼吸も難しく呼吸はまたすぐに浅くなり、膝が弛緩してしまう。強く抱き止められるが、身体が無意識に体重を掛けまいと踏ん張っていた。

 

「へ……、へんはい…………」

「…………ん? どうしました?」

 

 こちらの声に反応し顔の拘束は緩められるが、顔は胸元を離れない。

 立つのが困難なほど昂り、心臓は苦しいほどに拍動している。

 

「もう…………む、り……です…………」

 

 みっともなく動く腰に、脳が"行為"を錯覚する。今から、はずかしいことを言う。理性のストッパーは効かないものの、その事実に耐えられず勝手に涙が零れる。

 

「せつ、ない…………きもちい、の……ほしい、です……ぅ…………」

 

「おねがい、ですから…………さわらせて、ください…………っ……」

 

 懇願。しかも、許可。

 躾られてる相手に対し、静止ではなく、許可の要求。しかも、目の前での自慰行為を、自分から。

 

 先輩は沈黙している。許されないことへの若干の恐れと自らの行いへの恥ずかしさが、沈黙によって引き立てられる。

 

「……ちょっとだけ驚きました。君からお願いされるなんて」

 

「でもダメです」

 

 顔を両手で挟まれ、持ち上げられる。何が起こっているのか理解できないまま目と目が合い、見られる恥辱が再び全身を駆け巡った。

 

「ぇ、あ…………?」

「そんな悲しそうな目しない。私も鬼じゃないんですから、ちゃんとさせてあげますよ」

 

「私の目を見てもう1回」

 

「さわらせて、ください…………!」

 

 恥ずかしかろうが、先輩の目を前に、もはや隠せはしなかった。快楽への切望に満たされた目で、情けなく、かつ躊躇わず吐露する。

 先輩の若干驚いたかのような顔が見えたが、

 

「どうぞ。好きにしてください」

 

きゅっ。

 

「……っ!!」

 

その一言を発された頃には、既に右手は陰茎に添えられていた。

 そっと指で包み込むと、柔らかい毛皮で包んだかのような感触が襲いかかる。我慢に我慢を重ねたソレは常軌を逸するほど敏感になっており、触れるもの全てが熱された鉄のように感じられた。

 

「いっぱい我慢したから、ちょっとの刺激でもすごいんじゃないですか?」

 

 そのまま脳を介さずにゆっくりと手が動き出す。垂れてきていたぬるぬるした液体を潤滑油に、手が痛いほど屹立した肉棒を這う。

 

「まだ躾は終わってませんからね。私の言う通りに。まずはゆっくりしごいてください」

 

しーこ…………。しーこ…………。

 

 肌同士が擦れる度、ぱちぱちと目が眩むような快楽が襲った。軽く擦るだけで脳内麻薬が溢れ出し、その刺激の虜になっていく。

 

「ゆっくり。ゆっくりですよ。たくさん我慢した分、気持ちいいの味わい尽くしてください」

 

 既に高まっている射精欲が、穏やかな手淫によって限界まで引き上げられる。下腹部の奥底からソレが再び限界を迎えて飛び出すまで、時間は要さない。我慢を繰り返せば繰り返すほど、身体の昂りは治まりにくくなっていた。

 

「言うこと聞けてえらいですよ。そのまま続けて」

 

しーこ。しーこ。しーこ。しーこ。

 

「改めて聞きましょうか。今、どんな気持ちです?」

「は、ず…………っ、かしい、です…………」

「あーあ。君、それしか言えないんですか?」

「うぅ…………」

「……あぁ、でもそうですね」

 

「はずかしいのが一番嬉しい変態ですもんね、君」

「…………っあ゙……!」

 

 そんなどうしようもない事実を、他でもない橋本先輩から突きつけられる。受け止めきれないほどの恥辱に押し潰され、絞り出されるような快楽が下腹部を埋め尽くした。

 

「ダメですよー。勝手に手早くしないでください」

「でも…………も、むり…………」

「はぁ……仕方ないですね。1回すっきりしておきますか? 手はゆっくりのままで、ですが」

「はい…………っ」

 

 期待感。

 散々溜め込んだモノを吐き出すことを許され逸る気持ちを宥めるように、ゆっくり、ゆっくりと手を上下させる。

 

「ぁ……、は、あ…………っ」

 

しーこ……しーこ……しーーこ…………。

 

 溜め込んだ快感をまとめて吐き出さんと息巻くも、甘い刺激に快感は滞留する。絶頂のための重い刺激は訪れないが、代わりに快感が陰茎をじんわりと蝕んでいく。

 

「本当は思いっきりしごきたいのに、意に反してゆっくりゆっくり弱い刺激しか来ないの……どうですか? 確かにそうしろと言ったのは私ですけど……その言葉に従って、自分で自分をいじめてるのは君ですからね。今の君……すごく滑稽ですよ?」

 

 じわじわと脳を蝕む声が、快楽を身体全体に塗り広げる。

 

「そんな姿、私に見られて……気持ちいいですね? 情けなくて、恥ずかしくて、消えてしまいたくなりそうなのにどこにも逃げられないのが……おかしくなるほど心地いい……そうですよね」

 

 分かったような口ぶりが、理性も、常識も、溶かしていく。

 

「ほら、我慢。我慢してくださいね。気持ちよくっても耐えて耐えて……手は緩めずに……いじめぬいて……」

「むり! むりです……! もう…………っ!」

「……全く、堪え性のない。仕方ないですね。合図してあげますから、それまで頑張って耐えてください」

「は、ぃ…………っ!」

 

しこしこしこしこ。

 

 その言葉を皮切りに、手淫を加速させる。

 

「さん。……ほら、やっとですよ。ずっとこうしたかったんですよね」

 

しこしこ、ぬちっ、ぬちっ……。

 

 昂った気持ちの勢いのまま手淫を始めたせいで、射精寸前まで一瞬で到達してしまう。

 

「に。手、緩めていいなんて言いました? ちゃんとゼロで出せるように頑張ってくださいね」

 

ちこっちこっ、ちー……こっ、ちこっ。

 

 陰茎の根元で、暴力的な快楽とそれに耐える力が拮抗する。……いや、一方的だった。加速度的に膨張する快楽と、耐えに耐えてもう力の尽きた身体。腰の奥に快楽が鈍くのしかかる。膝が笑い、耐え難い感触に食いしばった口から唾液が盛れる。

 

「いち。もう少し。もう少しです。次、最後の数字ですよ……」

 

ちゅこちゅこちゅこっ。

 

 もうすぐ。もうすぐ。もうすぐ。

 逸る気持ちを抑えられず、この後発されるであろう数字に向け、できる限り手を早める。先輩の前で一番気持ちいい絶頂を向かえる為に、ただでさえ限界が近い身体に更に負荷を掛けていく。

 

「せん、ぱ…………ぁ、で、ます……っ!」

 

 ぐつぐつと沸き上がったモノが、今にも飛び出さんとしている。指の輪が呼応するように先端のくびれへと少しずつせり上り、許可を待つ。抑えきれない快楽が、先端から僅かに漏れた。

 息を吸う音に合わせ、身構える。

 

「はい。じゃあ…………」

 

「ストップ」

 

 手はまた止まった。欲に埋もれ制御の効かない下半身と、命令通りに勝手に動く上半身。射精欲と服従心がぐちゃぐちゃに入り交じり、頭が上手く回らない。しかし、吐精するために必要なものを奪われた性感帯は、制御しきれなかった分を僅かに垂らしつつも、無理矢理に精を中へと引き戻す。

 下腹部が熱い。直前の感触を残したまま、足りない、足りないと疼く。

 

「ぁ゙…………っ、はー………………」

「よく我慢できましたね。えらいですよ」

「もう…………むり、って…………」

「我慢できたじゃないですか。嘘つきならお互い様ですよ」

「ひどい、です…………」

「すみませんねー。もう少し味わいたくなってしまったので」

 

 涙目になりながらも思わずきょとんとしてしまう。理解できないことに、自然と期待感が湧き上がる。 

 

「当然ですけど、人の自慰行為を見るのは初めてなんですよね。これ、どういうことか分かりますか?」

「わからない、です……」

「もし私が今後、誰かの自慰行為……もしくは、性器を見た時。君のことを思い出してしまうかもしれません」

「…………っ!」

 

 嫌だ。

 疼くようなものとは違う、別の切なさ。重苦しく、息が詰まるような。

 

「……ふふ。本当に、分かりやすい」

「……え…………?」

「嫌なんですね。私が、別の誰かとそういった状況になることが」

「……ぁ……いや、それは…………」

 

 図星を突かれ、またも浮上する恥ずかしさ。複数の感情が綯い交ぜになって、肺がいっぱいいっぱいになる。

 

「大丈夫ですよ。君が私の前で必死に気持ちよくなろうとしているのは……中々に、面白かったです」

「だい、じょうぶ……?」

「君は生意気ながらも私に心の内を暴かれることを奥底で望み、そして、挙句に隠してることを素直に晒け出し、全て委ねました。本当に、面白くて……」

 

「可愛いですね」

 

 胸の奥が熱くなる。下腹部の疼きに呼応するように、心臓の拍動が早くなる。

 

「君はちゃんと、私に興味を持たれています」

 

「私を飽きさせなければ……捨ておいたり、しませんよ」

 

 身体が熱い。種類の違う羞恥が大量になだれ込み、いっそ消えてしまいたい程だった。

 

「さて……ちょっと悪戯が過ぎましたね。そろそろ続き、しましょうか」

「……………………はい…………」

 

 流石に、こうなってはとてもじゃないが先輩の顔を見ることはできない。今の感情は、服従とはまた別のところにある。

 

「あ、そうそう」

「……な、なんですか…………?」

「君、まだ隠してることがあるみたいですけど……。それこそ、ちゃんと自分で言ってくださいね」

「なっ…………!?」

 

 隠してること。

 その言葉に、思い当たる節しかない。ただ、先輩の言うそれが意味しているものと同じものなのかは、分からない。もし、この恋慕すらも見抜かれていると言うのなら……。次から、この人の前にどんな顔で立てばいいのだろう……。

 

「はい、続きしますよ」

「は、はい……」

 

 別の恥辱と困惑を抱え顔を逸らしつつ、紅潮した陰茎に再び手を添える。今まで自分を翻弄していた性的な恥辱が、今度は戸惑いを誤魔化す為の拠り所に感じた。

 

「もちろん、刺激するのはゆっくりですよ。敏感になってるんですから、優しく」

 

 5本の指の腹で優しく包み込み、ゆっくりと滑らせる。それだけでもびりびりとした感触が下腹部を駆けたが、胸に詰まっていた息を大きく吐き出し、快感を耐えることができていた。

 

「……先程に比べて、随分と落ち着いていますね」

「そう……、ですか……?」

「……………………。」

 

「ちゃんとこっち見る」

 

 顎に手を添えられ、無理矢理首の向きを変えられる。不可抗力的に目が合い、つい驚いた顔をしてしまったが……

 目に映る、いつも通りの顔。

 魅力的なその顔が、今はどうにも蠱惑的で。自分でもびっくりするほど、一瞬で顔が蕩けていくのを感じた。

 

「……ふふ。ちゃんと躾られた、可愛い仔犬の目ですね」

 

 その言葉に呼応するように、全身に電流が走ったかのように思えた。

 

「また呼吸が浅くなってる。君好きですね、見られるの」

 

 拠り所としていた興奮を、避けようとしていた恥辱に増幅させられる。

 

みられてる。みてる。せんぱいが。はずかしい。なんで? すきなひとが。ぜんぶ。いや。はずかしい。すき。もっと。みないで。あばいて。とかさないで。

 

 相反する感情に挟まれる。そんな状況を、今目の前の彼女によって作り出され、好きなように扱われている。困惑、緊張、興奮。全てが混ざり合い、また肺が空気に埋め尽くされていく。

 

「気持ちよさそうな顔。もう気持ちいいので頭いっぱいですか? いいですよ。今躾はもう十分みたいですから……、気持ちよくなることだけ考えてください」

 

ぬち、ぬち、ぬち、ぬち。

 

 2人だけの空間に、張り詰めた性器を濡らす液体の粘っこい音が広がる。

 

「私の前で必死に手を動かして気持ちよくなってる姿、本当に情けないですね。……いいんですよ。君の情けない所、しっかりと見せてください」

 

 情けなくて恥ずかしい姿を、まじまじと見られている。

 恥ずかしいことは恥ずかしいと認識しつつも、今の蕩けきった頭では、その上でそれが気持ちいいことであることを、抵抗なく受け入れられてしまう。

 

ぬちゅぬちゅぬちゅぬちゅっ。

 

「手、どんどん早くなっていきますね。まるでブレーキが壊れたみたいに……」

 

 強すぎる快楽に耐えようと、腹部に力を入れ、息を吐こうとする。だが昂った胸では上手く息を吐けず、肺が勝手に浅い呼吸を繰り返した。

 

「あーあ……今の拓真くん、まるで犬みたいですよ。私に躾られて素直に言うこと聞いて、そんなはぁはぁして。自覚あります?」

「……今一際ビクってしましたね。嬉しかったんですか? 犬扱い。まあ、そうですね。君普段から、私の忠犬みたいな扱いですし」

「そうですよ。君は忠犬。いつも私の言うことに素直に従ってくれる、生意気だけど可愛い犬、です」

 

 もはや、人ではない扱い。これすら、橋本先輩に認められることと、脳は勝手に解釈する。掛けられる言葉全てが恥ずかしく、悦ばしい。そんな先輩の一言一言が、少しずつ手の動きを加速させていく。

 

「また……腰がくがくしてきましたね。そろそろですか?」

「……はっ、ぁ゙……、はい…………もう…………っ」

「じゃあ、もう一度さっきみたいにしてみましょうか。合図、ちゃんと待てますよね?」

「はい……、まちます……! がまん、しま、す…………っ!」

 

ぬちゅぬちゅ、ぬち、ぬ……っちゅ……。

 

 歯を食いしばり、無理矢理手淫の速度を緩める。堪える分には焼け石に水でしかないが、この「我慢させられている」感が、また興奮を生み出してしまっていた。

 

「さーん。……必死に我慢してますね。もちろん、我慢出来ずに出しちゃったら許しませんからね」

 

 許されないとどうなるのか、一瞬だけ頭を過ぎった。腰の奥にぞわぞわと悪寒が走り、瞬間的に我慢が途切れる。

 

「あ゙…………っ!?」

 

 踏ん張っていた身体は弛緩し、抑えていたものがなだれ込んでくる。甘い香りがまたも鼻腔を擽り、腰に重くのしかかる快楽を増幅させる。

 

「……なんですか、その腑抜けた声。私にお仕置されるのを想像したー、とか言いませんよね。言っておきますけど、出しちゃったらもう君のことは知りません。我慢のできない後輩は嫌いです」

「…………ぁ、いや……っ、ゃ、だ…………」

 

 息が詰まる。幸いそちらの感覚がはっきりと感じられ、少し快感が鈍くなる。……ただ、別方面で苦しい。

 

「ほら、嫌なら頑張って我慢してください。耐えられますよね、君なら」

「…………!」

「必死に首振って……ほんと面白いですね、君は。はい、にー……」

 

 下腹部に意識を持っていくまいと、身体のあちこちに力を入れる。ただ、視覚と嗅覚、聴覚から取り込まれる興奮材料が、それを許さない。溜まりに溜まったモノが、鼠径部のあたりをきゅっと締め上げる。

 

「耐えてる耐えてる……いいですね、そのまま……いーち…………」

「……っあ、ぁ、……っあ、い゙…………っ、」

 

「止まる」

 

びくびくびくっ。

 

 出す為に加えていた力が、射精を無理矢理抑え込む。制御の効かない身体の制御を無理矢理奪われ意に反して動く体に、脳の理解が追いつかない。じんじんと熱く残る快楽は再び重なり、腰の震えをさらに強めた。

 

「もう……むり、ですってば……ぁ゙……、」

「すみませんね。君が必死に頑張ってるの見ていると、どうにも悪戯心が」

「も、かんべん……して、ください…………」

「ふふ……そうですね。ちょっと虐めすぎました。どうぞ」

 

ち……こ、ち……こ、ち…………こ……。

 

 再び、ゆっくりと手を動かす。寸止めさせられた直後で、僅かな刺激ですら耐え難いものとなってしまう。

 

「ぁ、これ……っ、や、ば…………っ」

「あれ、もうですか? 大丈夫です? もう1回最初からしますけど」

「ぇ、あ……むり、むりです…………っ!」

「はいダメですよ。さーん」

 

ちこ、ちこ、ちこ、ちこ。

 

 こちらの懇願には一切耳を貸さない。今身体を襲っている暴力的なほどの快楽に耐えねばならないと思うと、また身体の疼きは強くなっていった。

 

「にー……」

 

ちこ、ちこ、ちこちゅこちゅこ。

 

 数字が減っていくごとに、勝手に手は早くなってしまう。合図に合わせて気持ちよく絶頂できるように、もう限界を迎えているにも関わらず勝手に身体を昂らせようとする。

 

「いーち……。はい、もう最後ですよ。もう少し我慢してください」

 

ちゅこちゅこちゅこちゅこっ。

 

 陰茎に沿う手の動きは最大限早くなり、精液を今にも放出せんとしている。それを止めようと腰に掛かる力も強くなり、それに耐えられない身体ががくがくと震える。肺が小刻みに震え、浅い吐息が壊れたように口から漏れ出る。

 

「でる……、でる、でる……、むり、ぃ゙……ぐっ」

 

「……いーち」

 

「…………あ゙っ……!?」

 

 まだ、合図は来なかった。出す準備を仕切っていた身体は、もう快楽を抑え込むことはできない。

 

「いーーち……」

 

「あ゙っ、あ゙、あ゙ぁ……っ、」

 

 まだ。

 

「いーーーち…………」

 

「あ゙、あぅ……、っあ゙ぁ、」

 

 まだ。

 

「……で? どうしたいですか?」

「ぁ、……ぇ…………?」

「ほら君、まだ『きもちいのほしいですー』、としか、言ってないですよ」

「…………っ、!」

 

 言えば、気持ちよくなれる。言えば、出していい。言えば、それを許してくれる。

 もうこれ以上耐えられない。そう思うと、迷わず、縋るように、そして恥じることなく口が動いた。

 

「イキ、たい…………、イかせて、くだ、さい…………っ!」

「……よく言えました」

 

 それを皮切りに、精一杯手を動かす。我慢をやめ、大量の快楽を全身で受け止める。溜まっていた痺れるような快感も畳み掛けるように襲いかかり、耐えられない様が震えとなって表へと現れる。

 

「じゃあ最後の数字、言いますよ」

 

 やっとイける。やっと出せる。

 ここまでさせられて来た我慢が脳内を過ぎっていく。苦しいほどに我慢を繰り返された。これだけ我慢した後の絶頂は、想像を絶するものだろう。

 と、快感をシュミレートする。そう、このまま出したら……。

 目の前に…………

 

「ぁ、まって…………!」

 

 目の前。いつも通りの顔で僕の目を見て、淡々と命令する橋本先輩。今にも射精しようとしている陰茎の真ん前に立っている。

 このまま出したら、先輩の制服を思いっきり汚してしまう……。

 

 耐えろ。出すな。汚すな。我慢しろ。

 そう息を吹き返した理性が本能に呼び掛ける。しかし、もう極上の絶頂を前にした本能に歯止めは効かない。興奮と恥辱に埋め尽くされた脳に、焦りが介入する余地はない。

 

「まって、ぁ……、とめて、くだ、さ…………っ!」

 

 しかし、先輩は一切表情を変えず。

 

「いいから」

 

 そう言って、

 

「ぜろ」

 

 左手の指でカリ首を捕まえ、掌を包み込むように亀頭へと被せた。

 

 

 

「さっさとイけ、忠犬」

 

 

「ぃ゙っ……ぃ゙っ、ぃ゙…………ぐ…………ぁ゙!」

 

びゅっ。びゅるるるっ。ぴゅーっ。

ぴゅっぴゅっ。ぴゅっ。とぷぷぷぷ。

 

 下腹部をぐりぐりと押すような、重苦しい快楽。今まで感じたことのないほどの快感で、頭がぱちぱちと痺れる。壊れたおもちゃのように手は止まらず、奥の奥の精液まで、先輩の手の中へと絞り出される。

 

とぷとぷとぷ。とろとろ。とろーっ。

 

「…………熱い」

 

 限界まで溜め込んだ精液は先輩の小さな手に収まるはずもなく、指の先からぽたぽたと音を立てて滴る。

 

「あ、す、すみません……っ!!」

 

 慌てて左手で棚上のティッシュを掴み、先輩の手のひらに押し付ける。

 

「いいですよ、それくらい。躾には必要なことでしたし」

「あ…………うぅ……………………」

 

 「躾」。そして、すえた臭いの精液で汚れた先輩の左手。余韻の消えない絶頂の感覚も相まって、先輩の前でとんでもないことをしたことを再認識する。恥ずかしくてとてもじゃないが顔を上げられない。

 

「申し訳ないと思うならこれ、なんとかしてください」

「は、はい!」

 

 ティッシュで自分の右手をある程度拭き、跪いて先輩の左手を掃除しようとする。しかし、弛緩仕切った身体では脚も上手く動かせず、よろけながら腰を落とす形となってしまう。

 

「軽くでいいですよ。君の負担も少なくはないでしょうから」

「はい……」

 

 正直、少し意識は朦朧としている。絶頂後ののぼせたような頭では、下腹部に残る痺れるような快楽を感じるのでいっぱいいっぱいだった。

 

「とりあえず手を洗ってきます。服、着ておいてくださいね」

 

 水音と吐息に埋め尽くされていた空間に、ガラガラと扉を開く無機質な音が響く。そのままの流れで閉められる扉の音は、冷静になるには丁度良かった。

 

 

 

「臭い、結構残るんですね」

 

 服を着て、お互い後処理を済ませたその後。すんすんと掌を嗅ぐ先輩を前に、いたたまれない気持ちになってしまう。

 

「あの……すみません、ほんとに……」

「構いませんよ。確かに悪いのは君ですが、私も楽しんでいなかったかと言われれば嘘になりますので」

「なっ……!?」

 

 自分でも顔が熱くなるのがよく分かった。快楽に悶え、思うように転がされていた姿を楽しまれていた。先輩らしいと言えばらしいが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「ほんと、一々反応が大袈裟ですね。さっきあんなに言ったのに。君の情けない姿は面白いって」

「もういいです……蒸し返さないでください……」

 

 改めて突きつけられ、下腹部がまた疼くのを感じた。こんなことで疼き出す自分に呆れつつも、つい脳内であの絶頂を反芻してしまう。

 

「とにかく、いけませんからね。勝手に、しかもこんなところであんなことしたら」

「はい……すみません……」

「さて。君があんなことしたせいで、もう夕方ですよ」

 

 気まずい顔で目をやると、時計は5時半を指していた。まだまだ明るいが、日が傾くのがやや早くなったのをこの頃実感する。

 

「帰りますか、そろそろ。鍵閉めますから、早く」

「あ、はい。すぐに」

 

 出しっぱなしのノートとペンケースを鞄に放り込み、気を散らすように気持ち足早に部室を出た。校門前、先輩を待ちながら、今日の出来事が勝手に思い起こされる。

 

 ……全然告白以上に恥ずかしいことをしてしまった。というか何よりも、間違いなく誠実さに欠ける行動だった……。先輩は許してくれたとはいえ、とても許されることではない。先輩も先輩で簡単に許しすぎだ。

 …………それは、そうなのだが……。

 

『とにかく、いけませんからね。勝手に、しかもこんなところであんなことしたら』

 

 …………勝手にじゃなかったら、いいのか…………?

 

 分からない。先輩が何を考えているのか分からない。あの人が自分に何を思ったのか、何を思って私を傍に置くのか、何一つ理解できない。

 本当に、今後あの人の前でどんな顔をしていればいいのだろうか。

 

「お待たせしましたね」

「うわぁぁぁぁっ!?」

「……なんですかその素っ頓狂な声。ほら、帰りますよ」

「す、すみません……」

 

 その後、途中まで先輩と同じ帰り道。今日の帰路では、まともに先輩と話すことができなかった。

 

 

「……いっそこのまま君の家にお邪魔して、執筆のお手伝いでもしましょうか」

「もう……勘弁してください……」

 

 

 

 今夜一人布団の中でした自慰行為は、妙に物足りなかった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 あれから約1週間後、文化祭当日。

 幸い作品は完成し、無事部員達の作品は1冊の本として売られることとなった。

 

「あ、ここからかな? 帆波が書いたってやつ。すみません、これ一つ」

「はい。お釣りが……500円ですね。ありがとうございました」

 

 所詮は学生の創作物。一般の来客が買うことは稀で、大抵は部員の友人がノリで買っていく。

 

「先輩、部外に友人いたんですね」

「ん? ……あぁ、由梨。来てたなら呼んでくれればいいのに」

 

 その声を耳にし、振り返る由梨という女性。踵を返し足早にこちらへと戻ってくる。

 

「帆波〜! どこ行ってたの! 折角目の前で読んであげようと思ってたのに!」

「水分補給してただけですよ。それより、そんなことしてていいんですか。あちこち回る時間、無くなりますよ」

「うぅ、ぐうの音も出ない……。 あ、そうそう!」

 

「この子?『帆波のお気に入り』って!」

「……………………へ?」

 

 やり取りの邪魔にならないよう、人の流れを眺めながら空気になっていたはずなのだが……。話したことのない人からとんでもないことを言われ、素っ頓狂な疑問符が飛び出してしまった。

 

「あぁ、そうです。彼ですよ。92ページ目」

「へぇ、これ! …………へぇ〜、従者から主人への復讐劇……ふぅ〜ん……」

「面白いですよ」

「うん、すっごく面白そう! 帆波、読んだら感想書くからその『お気に入りくん』に回したげて!」

「分かりました。私も楽しみにしてますね」

「うん! それじゃ!」

 

 ……………………???

 

「……先輩」

「はい、なんでしょう?」

「僕が他の部員から先輩の『お気に入り』って扱いになってるのは知ってます。不本意ですけど。…………なんで、部外にもその認識が出回ってるんですか?」

 

 部内でそんな関係が公認されている時点で大分恥ずかしい事態だと言うのに、それが外に漏れているとなると、どこまで広がっているか分かったものではない。

 

「噂なんて、どこからでも湧いて出るものですよ」

「そう言われると、先輩が言いふらしたかのように聞こえますけど」

「知りませんよ、本当に。でも有り得る話ですよ。放課後はいつも途中まで一緒に帰ってますし」

「ゔ」

 

 それを言われるとぐうの音も出ない。

 実際、多くの生徒が下校する部活終わりの目につく時間に、2人で途中まで帰っている。先輩の命令で。

 目撃情報なんて、いくらでもあるだろう。

 

「あとは……」

 

「帆波ー! 拓真くーん! 2人でそろそろ休憩行ってきなー!?」

 

「おしゃべり副部長が噂を実話に変えたんでしょう」

「余計なことを……!」

 

 ちなみに、この文芸部ブースでのシフトを組んだのもその副部長である。

 

「はーい。じゃああと頼みまーす。……さて、行きますよ」

「……行きますよ?」

「休憩しないんですか、拓真くん?」

「いや、しますけど……」

「回りますよ、一緒に」

「なんでですか!!」

 

 文化祭なんて一大イベントで2人で回ろうものなら、もはや噂なんて話ではすまない。そりゃあ勿論その誘いには乗りたいが、それはあくまで断ったら後が面倒臭そうだからだ。いや乗ったら乗ったで間違いなく面倒なことなはなるがそういうことではなく、ただ緊張…………じゃなくて、2人だけで話すようなことも別にないし、

 

「口答えしない」

「……………………はい」

 

 まあ、結局のところ決定権は僕にないのだ。

 

 

 

 廊下は、普段の秩序ある空間から大きく姿を変えていた。勧誘。歓声。普段の堅苦しさから解放された空気を他所に、先輩の横に添って歩く。

 

「読みましたよ、君の作品。中々面白かったです」

「そう言われると複雑です。僕はアレ、納得いってませんから」

 

 実のところ、作品は完成したはしたのだが、展開はプロットから大きく変わってしまった。従者をいいように使い掌の上で転がす主人の裏を掻き、じわじわと追い詰め、屋敷から主人を追い出すことに成功。巨万の富を得るが、金持ちとしての生活には一瞬で飽きてしまい、ようやく主人の気持ちを理解する────というストーリーだったのだが。

 

「上手く裏を掻こうとする従者と、それすらも見通して三手先を打つ主人。一見一方的に見えて緻密な心理戦は、目を見張るものがありました」

 

 書いていると妙に頭が冴え渡り、復讐の手段に対する対処法が次々と浮かんでしまったのだ。結果的に復讐は失敗し、従者が悪態をつきながら次の手を考える所で終わる。気持ちコメディじみた終わり方になってしまったのだ。

 

「……結構しっかり読んだんですね?」

「もちろん。君の今までの作品で一番面白かったですし」

「そんなに、ですか?」

 

 そんな訳で褒められるととてもとても複雑な気持ちになる作品だったのだが、先輩にそこまで言われると、段々悪い気がしなくなってくる。

 

「はい。もし復讐が成功していたら、君を鼻で笑っていたかもしれません」

「…………はは」

 

 前言撤回。なんか他意を感じた。

 

「あ、そうだ」

「なんですか急に?」

 

 不意に立ち止まる。急な停止に対応できず、くるりと振り返って対面する。

 

「折角です」

 

「今日だけ、君の言うことを何でも一つだけ聞きましょう」

 

「…………へ!?」

 

 一瞬、一部の目線がこちらに向いたのを感じる。先輩の声は大きくはないが、それでも急にこんなとんでもない発言をすれば、聞き取った人間は驚いてまずそちらを見ることだろう。

 

「な、ななな何を言ってるんですかこんなところで!?」

「この前は私もやり過ぎたと思いますし、お詫びも兼ねて」

「いや、だからあれは! 悪いのは私ですから……!!」

「君の作品が面白かったので、君へのご褒美でもありますよ」

「分かりました! 分かりましたからもう黙ってください!」

「あ、黙ればいいですか?」

「違いますー! あいや、そうだけどそうじゃなくってぇ!!」

 

 次から次へと妙な勘違いをされそうな言葉が飛び出す。ぶっちゃけ勘違いではないが、このままでは先輩にどころか、どんな顔して明日教室に入ればいいかすらも分からなくなりそうだった。既に何かの気配を嗅ぎつけた野次馬がざわめいている。

 

「と、とりあえず場所を移しましょう!!」

「え、あちょっと」

 

 騒ぎ立てる野次馬を背に、逃げるように早歩きでその場を離れる。

 とりあえず変な誤解がこれ以上広まる前に、先輩を止めないと。空き教室はどうせ、カップルが人気のない場所を探して行き着いているはずだ。それなら……

 

 人が出払っている部室に入り、鍵を掛ける。橋本先輩も意外と素直に着いてきてくれた。

 

「……まったく、急になんてこと言うんですか! しかもあんな公衆の面前で!」

「だから言ってるじゃないですか。お詫びとご褒美を君に、と」

「言い方も色々気になりますけど……! なんですか、言うこと一つ何でも聞くって!」

「言葉通りの意味ですよ?」

「えぇ…………???」

 

 本当に何を言っているのだろう、この人は。自分の言っていることの意味が分かっているのだろうか。普通に考えて、そんなこと思春期真っ盛りの異性に言ったら

 

「で、どうなんですか? 今日中に言わないと、権利は剥奪ですよ」

「っ……………………」

 

 もちろん、したいことはある。

 手を繋ぎたい。抱きしめてほしい。それだけで、きっと満たされてしまうだろう。

 ……なんなら。

 「何でも言うことを聞く」なら、「僕と付き合ってください」と言ったって、いいのかもしれない。

 

 想像、してしまった。

 

「……顔、赤いですよ」

「え、あ、いや……これは、その…………」

 

 ゆっくりと、歩みを進めてくる。

 

「あ、あの……ちょっと、こころの、じゅんび、が…………」

 

 顔を、近づけてくる。

 

 耳元。

 

「もしかして、こんなところに連れ込んだのは……」

 

「私に、管理されるのが……お望みだからですか?」

 

「…………へぁ!?!!?」

 

 先輩の横に立つ、という妄想。そこに、性欲に塗れた妄想が割り込む。

 くんずほぐれつ。手を繋ぐ、抱き合う、唇を重ねる、そんなものを容易に飛び越すあれやこれや。既に言えないような恥ずかしいことを経験したとしても、免疫はそう簡単につくものではない。

 

 完全に素面の状態で、キャパシティを大きく超えた量の恥辱に埋め尽くされる。行動を制限され、管理され、ねっとりと愛玩される妄想が、浮かび、脳を塗りつぶし、消えていく。

 

「……もしもーし?」

 

 もし、今ここで管理を望んだら。何をされてしまうのだろうか。例えば、椅子。椅子にでも縛り付けられて、絶頂寸前で弄られ続けるのだろうか。あるいは前みたいに、触ることを禁じられた状態で、発情をひたすら耐えさせられるだろうか。

 

 一度してしまった経験が、次から次へと妄想を生み出していく。やましい妄想に脳内が支配され、まともなことを考えていられなくなる。

 

「…………拓真くーん?」

 

 それよりも今ならきっと、腕をつかまれるだけで頭はぱんくしてしまいそうだ。抱きしめられたら、からだに力がはいらなくなる。それいじょうのことをされようものなら、ぼくはきっと…………

 

「…………きゅう」

「あっ」

 

 

 

 目を覚ますまで、大して時間は要さなかった。

 しかし、一度変なことを考えてしまってからというもの。「手を繋ぎたい」という願望すらも、とんでもなく恥ずかしいことな気がしてきて。

 

 結局僕は、先輩に言うことを聞かせる権利を、ドブに捨ててしまうのだった。

 

 

 

「……ほんと、従順な割に変なところで強情なんですから」

 

 隠していることを打ち明けられる日は、まだ遠い。


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