※この作品はR-18です。

タバコ戦記   作:ボスティー224

1 / 1
タバコ最高!


第一章 全面喫煙国家

俺が最初に学んだ秩序は、法律でも倫理でもなかった。煙だった。

この世界では、吸うことが文明であり、吐くことが礼儀だった。

空気は共有物ではなく、思想の延長線にあった。

全面喫煙国家ニコチン共和国。 その名を、当時の人間は誇りとともに口にした。

肺を黒くすることは忠誠の証であり、咳は努力の結果だった。

吸わない者は裏切り者ではない。ただ「未完成」と見なされていた。

共和国の都市は、常に薄曇りだった。 それは気象現象ではない。

無数の意思が吐き出した煙が、空を占拠していた。

建築物は換気を前提に設計され、広場には灰皿が街路樹のように並んでいた。

子どもたちは煙の濃淡で風向きを読み、大人たちはその日の喫煙指数で景気を判断した。

俺はその国家の中枢にいた。 ニコチン共和国軍統合作戦本部長。

戦争を指揮し、外交を決め、そして空気の濃度を決定する立場だった。 机上に並ぶのは地図ではない。

地域別喫煙率、年齢層ごとのニコチン摂取量、士気と肺活量の相関表。

前線から届く報告書は、死傷者数よりも「吸わなかった兵士の数」で評価された。

誰も疑問を抱かなかった。 なぜなら、吸うことで世界は回っていたからだ。

産業は煙で動き、経済はタールで潤い、文化は灰の上に築かれていた。

劇場では開演前に一斉喫煙が行われ、国会では採決前に必ず休憩が入った。

正しさは、常に白い煙の向こう側にあった。

だが敵は存在した。 禁煙国家。 彼らは空気を「自然」と呼び、肺を「個人の所有物」だと主張した。

それは我々にとって、暴力的な思想だった。

選択を個人に委ねるという考え方そのものが、秩序を破壊すると本気で信じられていた。

彼らの都市は異様だった。 空が澄み、建物の輪郭がくっきりと見える。 咳をしない人間が普通に歩いている。

その光景は、我々にとって不気味ですらあった。

煙のない世界は、努力の痕跡を否定しているように見えたからだ。

戦争は避けられなかった。 いや、正確に言えば、避ける理由が存在しなかった。

吸う世界と吸わない世界は、同じ空の下で共存できないと、 誰もが前提として受け入れていた。

妥協は裏切りであり、共存は敗北だった。

俺は命じた。 兵器の開発を。 だがそれは憎しみからではない。 調和のためだった。

一つの正しさに統一すれば、争いは終わる。 そう信じることは、この国では美徳だった。

その夜、作戦室で一人になったとき、 俺は初めて自分の肺の音に耳を澄ませた。

呼吸は重く、確かで、世界と同期しているように思えた。

この秩序を守ることが、世界を守ることだと、疑いなく信じていた。

この時、俺はまだ知らなかった。 正しさが完成した瞬間から、世界は壊れ始めるということを。

そして、その最初の音は、 誰にも聞こえないほど静かな、 一服の終わりだったということを。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。