ヒロシはこの時すでに、限界まで達していた。
人など遥かに超えたような、側面を這う舌の動き──。
その繊細で滑らかな動きは、50年を優に超える人生を過ごしていながら、今までに味わったことすらない。
強弱を付けながらも、決して逸る様子もなく、一定のリズムで淡々と繰り返されている。
”そこに行って欲しい”と焦れても、敢えてそこはさけ、別のところを穏やかに這いずり回る。
しかも、それは絶妙で気分が削がれるわけではない。微妙な心地好さが全身を駆け巡り、切ない思いが急速に湧き上がる。
会社に行けば部長として、常に部下たちに偉そうにしてるヒロシ。
これが……異世界か──
彼はそう思いながら、泣き出しそうな顔をして、膝元にしゃがむ少女の顔を股間に押し付けていった。
「うぅ────ーっ!」
なぜ、こんなことになったのだろう──
ヒロシの脳裏に、今朝の出来事が蘇る。
通勤の途中、いつもと違う光景が目に入った。
そこに立っていたのは、奇妙な格好の少女だった。
年齢は十代後半だろうか。まるで冒険ゲームに出てくる神官のような衣服を身にまとっている。
だが、コスプレにしては浮いている。衣装はやけに本格的で、その場の空気だけは本当の異世界のようだ。
そして何より、少女は驚くほど美しい。
神官帽から覗くブロンドの髪は絹糸のように細く、雪のように白い肌には傷一つない。切れ長の二重の目には瑠璃色の光が宿り、見下ろすわけでもないのに、人を寄せ付けない威圧感がある。
通りを行き交う人々は皆、彼女を振り返った。
しかし、誰一人として声を掛けようとしない。
あまりにも現実離れした美貌ゆえ、人々は一歩踏み出す勇気を奪われているのだ。
「ここはどこ〜? わたしはだぁ〜れ?」
突然、少女は子どもみたいな調子で声を上げた。
その口調だけが、見た目の神聖さから完全に浮いている。
そのとたん、ただの美しい異国の少女から、異常な存在へと変わっていた。
きょとんとした顔で立ちすくむ彼女は、通勤ラッシュの中でぽつんと取り残され、まるで世界から切り離された人形のようだ。
誰が見ても、まともではない──そう思わせる挙動だった。
「なんなんだよ、ここは……誰か教えろよ……」
少女は戸惑いを隠せず、ブツブツとつぶやいている。
その言葉遣いは雑で、見た目の美しさには到底そぐわない。
……関わってはいけない。
本能がそう告げている。だが、そう思うのに、足が勝手に動く。運命を感じたかのように、どうしても目を逸らせない。
気づけば、ヒロシは彼女の目の前に立っていた。
額に、じんわりと汗が滲んだ。
ヒロシ自身、なぜ声をかけようとしているのか、明確な理由はわからなかった。
「き、君……その、変わった格好は……何かね?」
できるだけ落ち着いた口調を意識した。
仕事帰りの酔っぱらいを諭す時のように、年長者としての節度を保とうとする。
「誰だよ! お前は!」
しかし、少女の返答は、外見からは想像できないほど雑な口調だった。しかも、ギャルのような調子の、ため口だ。
ヒロシは58歳、会社役員でもある。髪は薄いが年相応の威厳はあり、肥えた腹もそれなりの貫禄に見える。
そんな自分に、十代の少女がこんな口の利き方をする理由など、どこにもないはずだった。
「君……年長者に対して、その口の利き方は何だね?」
「ウゼェよ! それにキメェんだよ!」
少女は、なぜかキレていた。
理不尽な言葉使いに、ヒロシはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「それより、おっさん! ここはどこよ……」
“おっさん”。
その呼び方に、ヒロシは思わず息をのんだ。
今まで部下からも、取引先からも、そんな呼ばれ方をされたことはない。
ひどく失礼な娘だが、勢いに押されて言い返す余裕もなかった。
「お、オフィス街の駅前です……」
「……おふぃすがい?」
気付けば、自分の方が敬語。
少女は、ヒロシの言葉をぎこちない発音で繰り返した。
その様子に、ヒロシは思わず疑念を抱く。
単語が理解できないのか、それとも外国人なのか。
どちらにせよ、まともなコミュニケーションが取れる相手ではなさそうだった。
ヒロシは溜息をひとつつくと、少女を置き去りにしてオフィスへ向かうことにした。
これ以上関わる必要はない。仕事に遅れるのは御免だ。
歩き出しながら、ヒロシは心の中で念を押すように思った。
──ただの、変な子供だ。
そう決めつけておかないと、余計なことまで考えてしまいそうだった。
「待てよ! おっさん! 置いてくんじゃないよ! 事情を説明しやがれぇ!」
突然、背後から怒鳴り声が飛んできた。
振り返らずとも、誰の声かはわかる。
少女は、ヒロシが逃げようとしたことに気づいたのだろう。
怒りと困惑をないまぜにした表情で、足早に追いすがってくる。
ヒロシは思わず眉をひそめる。
事情を聞きたいのは、むしろ自分の方だった。
常識のない少女を問いただすはずが、なぜか自分が追及されている。
無視するのが一番だ。
聞こえないふりをして足を速める。
だが、少女は諦める気配を見せず、ぴったりとついてくる。
このままでは──
頭の弱い女の子とオフィスに仲良く御出勤だ。妙な噂が会社中に広がってしまう。
「おっさん! 事情をちゃんと説明しろ!」
しかし、少女の剣幕は止まらない。
まるでヒロシが悪事の犯人であるかのように責め立ててくる。
ヒロシは、口を開きかけて固まった。
何を、どう説明すればいいというのか。答えようがない。
「あ、あのね……事情を聞きたいのは、むしろ私の方なんだけど……」
思わず控えめな言い方になってしまう。
その瞬間、少女は肩を揺らし、大きな声で笑い出した。
「何の事情だよ! おっさん、ウケるぅ~!」
ケタケタと笑う声は、周囲の通行人まで振り返らせるほど大きい。
ヒロシには、もはや日本語が通じない相手に見えた。
「私はね、勇者パーティーの一員だよ。この姿見たら、わかるでしょ? ハハハハハ!」
少女は胸を張り、誇らしげに自称した。
しかし、ヒロシには理解不能だ。
迂闊に声をかけた自分を、今さらながら恨みたくなる。
警察に連れていったほうが早いのかもしれない──
だが、この調子だ。余計に面倒なことになりそうで、ヒロシは身震いした。
「……あの~、私、トイレに行きたいのですが?」
言葉を選びつつ、とにかく距離を作ろうとした瞬間──
「ダメだよ。逃げるつもりだろ……」
少女の声が、今度はやけに低く響いた。
笑顔は浮かべたままなのに、その目だけは鋭い光を宿している。
「どうしても行きたいなら、私も付いてくぞ! ハハハハハ!」
高らかに響く笑い声は、もはや狂気めいていた。
──駄目だ。
こうなったら、トイレの個室の窓から逃げるしかない……。
ヒロシは必死に逃走計画を練り始めた。
少女の動きを横目で伺いながら、滲む汗をハンカチで拭う。そして、人通りの少ない公共トイレへと足早に向かった。
ここなら、職場の人間に見られる心配はない。
奥の木陰から抜ければ、入り口で待っている少女にも気づかれずに逃げられる──そのはずだった。
しかし、少女は何のためらいもなく、ヒロシの背後からそのままトイレの中へついてきた。
「ちょ、ちょっと! ここ男子トイレ!」
ヒロシは声をひそめながらも慌てて制止する。しかし少女は首をかしげただけで、まるで意味がわからないといった顔だ。
そのとき、偶然トイレを利用しに来た男性たちが、一斉に目を見開いた。
視線はまず少女へ、次にヒロシへと移り、冷たい警戒の色を帯びていく。
まるで、変態プレイをしにきたように見つめるが、ヒロシにそのつもりはない。
針のむしろに座らされたような気分のヒロシとは対照的に、少女は機嫌よくニコニコと笑っていた。
周囲の視線などまるで気にする様子もなく、物珍しそうにトイレの中をキョロキョロと観察している。
「うわ~! すごいな! こんなトイレがあるんだな!」
まるで観光地にでも来たかのようなテンションだ。
少女は男子トイレを見るのが初めてらしく、感動と驚きに満ちあふれていた。
その時、誰も触れていないのに、小便器の水が突然流れた。
「あっ! 勝手に水が流れたぞ! 魔法か!?」
少女は目を輝かせ、トイレの機能すら異世界の神器のように扱う。
そして、いまだに自分を“勇者パーティーの一員”だと思い込んでいるらしい。
しかし、周りからすればただの危ない娘だ。
ヒロシは何とかして距離を置きたかったが、少女にしっかりと腕を掴まれており、振りほどくことすらできなかった。
──頼む、もう放してくれ……!
心の中で必死に助けを求めるヒロシに、男性利用者たちの冷たい視線が突き刺さる。
「おっさん、早く済ませろよ……」
腕を掴んだままの少女が、低い声で小さく囁き、鋭い目つきでヒロシを睨み上げていた。
その容赦のない目が「逃がさない」と言っているようで、ヒロシの背筋は一気に冷たくなる。
個室に入って、窓から逃げるしかない。
思考はパニックでぐるぐる回り、足は震えながらも個室へ向かってしまっていた。
だが──
「なっ!」
少女も当然のようにヒロシの後ろに続き、そのまま個室に入ろうとする。
ここは職場から離れているとはいえ、れっきとした公衆トイレだ。
もし一緒に入ってしまえば、通報は免れないだろう。
間違いなく“変態”と呼ばれ、社会的に死ぬ。いや、人生どころか存在まで消されかねない。
「ま、待ってください! 貴女まで入るんですか!?」
「そりゃそうだろ? おっさん、逃げる気まんまんじゃん?」
少女は当然のように言い放ち、ヒロシの腕をさらに強く掴んだ。
ヒロシは思う。
──いくら何でも、年頃の娘がおっさんと一緒に個室に入るなんて、普通は危機感を覚えるだろう!?
「男女がトイレの個室に一緒に入るなんて……おかしいですよ!」
「私は構わないよ。 ちゃんと見ててやんよ? ケラケラ……」
笑顔は無邪気──しかし、その無邪気さが狂気にも見える。
少女は人の常識も、羞恥も、境界線すら持っていない。
ヒロシは知った。
──この子は、本当に怖い。
恐怖が背筋を凍らせる。
逃げられる可能性は、刻一刻と薄れていった。
ヒロシは全身に汗を噴き出しながらも、覚悟を決めて個室へ足を踏み入れた。
背後から浴びせられる視線は冷たく──もはや呼吸すら苦しい。
震える指でドアを閉め、ゆっくりと鍵を掛ける。
カチリ。
その音は、まるで現実に自ら鎖をはめたかのようだった。
狭い個室に、少女の気配が同居する。
神官姿の純白の法衣が目に入った瞬間、ヒロシは思わず視線をそらした。
──眩しい。
だがそれは神々しさというより、この状況では不釣り合いな、異質な光だった。
少女は平然とした表情で、まっすぐヒロシを見ていた。
その瞳に羞恥も常識もなく、ただ“狂気”だけが宿っている。
「さあ、早くしろ。脱げ」
少女は静かに、しかし命令のように言った。
ヒロシは瞳に涙を溜めながら、ベルトを外してズボンを下げる。そして、少女の鋭い視線に屈するようにパンツを下ろした。
──ヒロシにとって、こんな屈辱は初めてだった。
生まれてきてから彼女すら出来たことはなく、独身で身近な女性など母親しかいない。
しかし、社会的な地位を持ち、収入も増えてからは月一回、夜のお店にも行っている。
そこですら、こんな屈辱的なプレイなどしたことがない。
ヒロシは頭が混乱し、自分が何をしているのかもわからなかった。
ただ──少女の視線を感じていると、その部分が熱くなり、ムクムクと勝手に大きくなる。
「なんだよ! 立ってんじゃん!」
それを見て彼女はニヤリと笑った。その視線は、獲物に狙いを定める野獣のようにギラついている。
「早く済ませろ!」
呟く彼女の声は低く、唸るようにドスが効いていた。ヒロシは泣きながら洋式便器に座るが、何も出るはずはない。
ただ──あそこだけが元気に天を向いている。
屈辱に苛まれながらも、ヒロシは観念したように口を開いた。
「す、すみません……何も出ません……」
気張ってるヒロシの前で、しゃがみ込む少女は、その一言でフッと表情を緩めた。
「なんだよー。やっぱ、嘘かよ~」
そして、そう言って一息つくように天井を見上げる。
ヒロシは少女の意外な反応に正直、ほっとしていた。激怒されると思っていたのに、怒る気配もない。
だが、少し間をあけてから、少女はゆっくりと正面を向く。その顔を見た瞬間、ヒロシは思わず凍り付いた。
「ところで……これ、どうすんの?」
それは、まるで悪魔の微笑みだった。彼女は天を見上げるあそこに指を差し、ヒロシの反応をマジマジと伺っている。
「ど、どうするって?」
ヒロシはそう言いながら、固くなってる部分を思わず手で隠す。
「抜いてやろうか?……溜まってんだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、ヒロシの時は止まった。さまざまな状況が頭の中を駆け巡り、目の前の微笑に思わず息を呑む。
目にうつる、艶々の唇が異様に艶めかしくさえ感じた。
声も出せずに呆然としていると、少女はヒロシを立たせ、強引に手を退かした。
ヒロシは頭が混乱して、抵抗する事すら考え付かない。
ゆっくりと迫ってくる温かな呼吸。濡れて輝く唇がヒロシの弱いところに、ゆっくりと吸い付いていった。
~to be continued~