ナツコは、逢瀬を重ねるたびにシンスケから離れられなくなっていった。
決して好みではない。見た目も、目つきも、生理的に受け付けない。
感情のない吊り上がった目には、今でも悍ましさすら覚える。
それでも、彼から連絡があると勝手に身体が疼いてしまう。
ナツコはこれまでの人生で無縁だった”女の喜び”を、彼とのセックスで初めて知った。
それは、ただ一時的な快楽に溺れているのではない。
身体を重ねた時の、彼の一つひとつの仕草が、とても優しく愛さえも感じられた。
何を考えているのか、いまだにわからないところはある。
だが、性行為の時だけは、ナツコのことを女として丁寧に扱う。それに、たっぷりの愛情まで注いでくれた。
しかし、それが彼自身の利益のためだとは、ナツコはまだ気付いていない。
彼女はこれまで、旦那のような自分本位な男しか知らなかった。
愛される喜びを知って、ナツコは初めて自分の存在意義を知る。
彼に気持ちが傾くにつれ、旦那への愛情は音もなく枯れていった。
腹の中に子供がいるという現実があっても、父親である夫の存在は、思考の端にも引っ掛からなくなっていった。
シンスケに会うたび、ナツコは金を差し出す。
学生時代からの貯金は使い果たし、借金まで抱えた。
それでも、彼に会えるなら問題ないと、迷いなく思えた。
ナツコはすでに、彼の言葉を疑うことすらなく、世界の輪郭は、彼を中心に歪んでいった。
今日もラブホテルで密会し、情熱的に愛し合う。
彼のペニスを咥えることだって、もう躊躇いはない。
それどころか部屋に入った途端、シャワーすら浴びてないのにズボンを脱がし、積極的に彼のものをしゃぶり始める。
シンスケは股間に顔を埋めるナツコを見下ろしながら、前後する頭を愛でるように撫でていた。
「上手くなりましたね。……愛がこもってますよ」
眼鏡の奥の吊り上がった目は、相変わらず感情を映さない。
だが、その内側では、自分に溺れていく彼女の姿を、冷たく嘲笑っていた。
すべては計画通りだ。
彼女は、そのことにすら気付いていない。
ならば──そろそろ、次の段階に移っても問題はないだろう。
その口元が、わずかに歪む。
「……旦那さんは、どうしていますか?」
その言葉を聞いた瞬間、ナツコの動きがピタリと止まった。
旦那の顔が脳裏に浮かぶ。
抑圧された生活は、今も何一つ変わっていない。
それなのに──以前のような嫌悪も、悲しみも、もう湧いてこなかった。
むしろ、シンスケとの関係を続けるうえで、旦那の存在そのものが邪魔だと、そんな考えさえ浮かび始めていた。
お腹の子供が旦那の子であるという事実を抱え、不遇な生活にも耐え続けてきた。
だが、今はもう、そんなことすらどうでもよかった。
自分を愛してくれる彼のすべてが、愛おしくて堪らない。
ナツコは旦那の影を払拭するように、再び彼のペニスを一心不乱にしゃぶり始めていった。
「邪魔ではありませんか? ……彼が……」
だが、意味深なその言葉に、ナツコは思わず彼を見上げた。
胸の奥で、何かが静かに噛み合っていく。
気が付けば、今の旦那は──
二人の関係を濁らせる存在としてしか、思い浮かばなくなっていた。
呆然としたまま見つめていると、シンスケは静かに言葉を重ねた。
「私たちの愛に、貴女の旦那は障害でしかありません」
淡々とした口調で、シンスケは続ける。
「障害は……取り除くものです。そうでしょう?」
その言葉に背筋に冷たいものが走る。
やはり、彼の思考は人とは違う。目的の前では、人の命すら軽くなる男なのだろうか。
それなのに──ナツコは、その言葉を拒めなかった。
「……どうするの?」
その言葉を聞いてシンスケは珍しく笑った。
そして、満足げにナツコの頭を優しく撫で回す。
「私は医者ですよ。……身体に異変を起こさせる方法なんて、山ほど知っています」
シンスケはそう言って、キラリと目を光らせた。
最初は、ナツコの旦那の存在など、思考の端にもなかった。
だが、何気ない会話の端々から、彼女が受取人名義で、高額な保険金を掛けていることに気付く。
──彼女も、旦那を邪魔だと思っている。
そう解釈するには、十分だった。
手を貸したところで、損をすることはない。
その金は、いずれ自分の元へ流れ着くのだから。
冷たい目で笑うその顔は、人の皮を被った何かのようだった。
しかし、ナツコはそれに対し、動じる素振りも見せない。
ウットリとした目で彼を見つめ、まるで思考そのものを預けてしまったかのように、薄く微笑んだ。
「難しい話は後にしましょう。……時間がないわ。今は楽しみましょう」
それを最後に会話は途切れ、ペニスに舌を這わせる音が、「ピチャ、ピチャ……」と響き渡った。
穏やかではない話をしていたはずなのに、今の二人からは、その影すら消え失せていた。
二人は何事もなかったように、我を忘れて激しく求め合う。
やがて、ベッドの軋む音がギシギシと響き、ナツコの切なげな声が虚しく響き続けていった。
~to be continued~