「え、エルザ様……」
意識を取り戻したキヨヒコは、その一言を残すと、再びベッドに沈み込んだ。
エルザとナツコのやり取りも、何が起きていたのかも、彼は何一つ知らない。
そんなキヨヒコを寝室に残し、エルザはナツコを連れてリビングへ向かった。
深く関わるつもりはなかった。
だが、命を拾わせた以上、事情くらいは聞いておく必要がある。
それに──
彼女は操られているに過ぎない。
エルザの本能がそう告げていた。
ならば、興味の向く先は一つしかない。
こんな真似を企てる人間が、どんな奴なのか。
しかし、問いただすまでもなかった。
意気消沈したナツコは、椅子に腰を下ろすなり、今までの出来事を洗いざらい語り始めた。
その話の中で浮かび上がった、シンスケという医者の存在──
すべては、そこからだ。
彼女の話を聞いたエルザは、一息つくと口を開き始めた。
「ふ~ん……アンタさぁ……自分が洗脳されてるって、気付いてる?」
その言葉を聞いたナツコは、思わず息を呑んだ。
途方に暮れた表情のまま唇を小刻みに震わせ、エルザと目を合わせることができず、視線を宙へと泳がす。
彼女は──
シンスケの策略に嵌められていることにすら、まだ気付いていない。
必死にエルザの言葉を否定しようと頭を巡らせる。
だが、上手い言葉が、どうしても見つからない。
自分自身でも、何故こんなことになったのか、わかっていないのだ。
震える唇は開いたまま、ついに言葉になることはなかった。
エルザは、彼女が何も言えないだろうと察していた。
そして、彼女自身が洗脳されてるということに、心当たりがあるということも。
だから、その心中をもっと読み取ろうと、さらに彼を貶す。
「それにしても……狡猾な男だね……」
しかし、そう言った瞬間、彼女はさっきまでの反応が嘘のように声を上げた。
「……か、彼はそんな人じゃ!」
言葉を遮るナツコに、エルザは呆れたように鼻で笑った。
──だが、見捨てたわけではない。
ここまで巧妙だとは、正直予想外だった。
自分の手を汚さず、相手の意思すら奪って操る。
今まで相手にしてきた連中とは、次元が違う。
間違いない。
これは、久々に厄介な──強敵だ。
エルザは不意に悪魔のような冷酷な笑みを浮かべた。
それを見て、ナツコは思わず身震いした。
「たぶん、アンタだけじゃないよ……」
その言葉の意味を、ナツコはまだ、考える余裕すら持てずにいた。
どんな言葉を並べられても、今の彼女の心には届かないだろう。
盲目になったその目には、奴しか映っていないのだから。
「私が……奴の本性を見せてやるよ」
エルザはそう言って立ち上がると、彼らの家を後にした。
そして──
シンスケが営む産婦人科へと向かう。
奴と接触するには、患者になるのが一番手っ取り早い。
たぶん、被害者はナツコ一人ではない。
自分を“餌食”だと認識させることができれば、どんな手を使っているのかも、奴がどんな人間なのかも、自然と見えてくる。
エルザは適当な理由をでっち上げ、何食わぬ顔で受付を済ませた。
そして、しばらくすると名前が呼ばれ、彼女は診察室へと通された。
そこに座る男と視線が交わった瞬間、エルザは迷いなく悟った──こいつがシンスケだ。
眼鏡の奥の吊り上がった目は、彼女を前にしてもピクリとも動かない。
大抵の男なら、姿を見た瞬間にエルザの美貌に目を奪われるか、動揺を隠せなくなるものだ。
だが、奴にはそれすらなかった。
口角を不自然に吊り上げたままの口元は、まるで嘴のようだ。
その無機質な佇まいに、エルザは石像──
教会の屋根に佇む、ガーゴイルを思い浮かべていた。
シンスケは、美貌や容姿で相手を値踏みする男ではない。
奴にとって重要なのは、利用できるかどうか。
それ以外は、最初から視界にも入っていない。
そのために、相手を常に冷静に観察し、分析する。
自分の感情など、決して表に出さない──
いや、最初から持っていないのかもしれなかった。
「じゃあ、聴診するので胸を出してください」
顔色一つ変えない無機質な声。
しかし、エルザは躊躇うことも無く、プリントシャツとブラジャーを豪快に捲り上げた。
すると、そこからプルンと揺れて現れる胸の膨らみ。
男性の欲望を擽るはずの、その美しい形を見ても、彼の表情は何も変わらない。
その時、エルザもまた、彼の一挙一動から目を離さずにいた。
きっと奴は、診察を装いながら、相手の表情だけでなく、息遣い、身体の僅かな震え──
そうした細部まで、丹念に読み取っている。
その反応を確かめるようにして、人間を選別し、この密室で確実に弱みを握る。
そして、気付いた時には、すでに奴の餌食だ。
そこから逃げ出す術など、最初から与えられていない。
案の定、彼は聴診器でエルザの敏感な部分を、執拗に刺激したり、「触診します」と言いながら、摘まんで捏ねたりを繰り返していった。
その反応で、恥ずかしがったり、感じてる素振りを見せれば獲物確定だ。
だが、目の前にいる女は、顔色一つ変えないどころか、余裕たっぷりに笑みまで浮かべている。
これまでここを訪れた女たちとは、明らかに違う反応だった。
シンスケは、その得体の知れなさに、胸の奥がざわつくのを覚える。
──関わるべきではない。
本能がはっきりと、そう訴えかけていた。
不穏な予感を覚えたシンスケは、迷いなく、この女から手を引くことにした。
いくら美人であろうが、利用価値がなければ意味がない。
「これに着替えて、検診台の上に乗って下さい。……検診します」
さっさと診察を終わらせようと、事務的にそう告げながら、患者衣を手渡す。
深く踏み込むつもりはない。
形式だけ整え、さっさと終わらせる──それでいい。
興味もなさそうに机に向かい、パソコンにこれまでの経過を打ち込むシンスケ。
エルザはそれを見ながら、ニヤリと笑みを浮かべていた。
興味を持たれなければ、この計画は破綻してしまう。
だが、彼女にとっては──どちらに転んでも、同じことだった。
なぜなら──
彼女は〈魅了〉のスキルを持っている。
それを発動させれば、すべてが終わる。
もっとも──
彼女にとって、それは最後の手段ですらなかった。
エルザはカーテンの敷いてある個室に向かい、着ている衣服をカゴに脱ぎ捨てていった。
そして全裸になり、その上から患者衣を軽く羽織る。
再び姿を現した彼女は、余裕たっぷりの表情を見せて、検診台の上に乗る。
「先生、準備できました。……これに足を掛ければいいんですね?」
そう言ってシンスケを見つめながら、検診台の股受けに足を掛ける。
そして、恥じらうこともなく、大きく股を開き、大切な部分を露わにする。
──その瞬間、〈魅了〉のスキルは発動されていた。
シンスケは、エルザの声を聞いた瞬間、反射的に顔を上げた。
だがその目に宿ったのは、理性ではなかった。
何かに絡め取られたように視線は固定され、荒い呼吸だけが胸を上下させる。
その表情は、もはや人間のものではない。
欲望と陶酔に塗り潰されたその顔から、これまでの冷酷な男の面影は、完全に消え去っていた。
その視線の先にあるのは、ただ一点のみ──
御開帳されてパックリと口を広げた、淡いピンク色の艶めかしい”あの部分”。
女性器など飽きるほど見てきたはずなのに、どうしても目が離せない。
しっとりと濡れてキラキラと輝く肉壺は、とても心地良さそうで、これまで見たどんなものよりも魅力的に思えた。
シンスケは、それに欲情したことなど一度もないのに、込み上げてくる衝動を押さえることができない。
引き寄せられるように、近付いてくるシンスケの姿を見て、エルザは、獲物を前にした獣のように、無意識のうちに舌なめずりを繰り返していた。
そこだけを見つめ、夢遊病者のように近付いてくる彼は、もう何も見えていない。
彼女がここに来た時から、術中に嵌っていたとは夢にも思ってないだろう。
エルザはその体勢のまま、迎えいれるように、大きく手を広げていった。
それを前にしたシンスケは、ズボンのベルトを慌てて外す。
そして、パンツまで一気に下ろし、男性のシンボルを躊躇いもなく、丸出しにさせる。
早くしなければ、絶好の機会を失ってしまいそうな気がして、居ても経ってもいられなかった。
弾け飛ぶように出てきたそれは、はち切れんばかりに膨れ上がり、激しく流れる血液が、血管を浮かび上がらせていた。
シンスケは天に向かって伸びるそれを、しっぽり濡れた穴の中に、遠慮なく、ぶち込んでいった。
「ヌッチュッ……」という卑猥な音と共に、柔らかな肌触りがペニス全体を、じんわりと包み込む。
まったりとしたその感覚は、これまでの経験とは比べものにならないほどの、充実感を呼び起こしていた。
「はぁ~~~」と深い溜め息を付きながら、満足げな表情で天を見上げる。
これまで、どんな女と一つになっても、こんな気分になったことはない。
心の中が満たされるばかりではなく、この中に自分の子種をまき散らしたいという欲望が、波のように押し寄せてくる。
彼は自分でも気付かぬうちに、一心不乱に腰を振っていた。
「クチュ、クチュ……」と音を立てながら、ペニスの出し入れをひたすら繰り返し、恍惚とした表情でうっとりしている。
心ここにあらずのその姿は、まるでセックスに憑りつかれた中毒患者のよう──。
そんな彼を、エルザは冷めた目で見つめていた。
彼の腰の動きと共に、検診台の上で身体をユサユサと揺らし続けている。
だが、少しの声も出さず、呼吸すら乱れていない。
着ている患者衣の紐を解き、見せつけるように前を広げ、見事なまでの美しい裸体を露わにする。
必死な彼とは対照的に、ただ、微笑を浮かべ、快楽に溺れる姿をニヤリと見つめる表情は、冷静そのもの。
検診台がギシギシと軋む音と、シンスケの激しい息遣いが、静まり返った診療室に響き渡る。
そして──
何度かペニスを抜き差しすると、彼は真っ赤に顔を染めて、急に雄たけびを上げた。
「い゛……っ……いぐぅ────────!」
断末魔のような叫び声を上げながら、彼は白目を剥いて失神した。
膣の中にハマったペニスから、ビュッビュビュッビュと精子が飛び出している。
だが、その場で呆然と立ち尽くす様子には、明らかに生気がない。
朦朧とした面持ちで、無意識で腰を振り続ける姿は、まるで壊れたカラクリ人形のよう。
エルザはそんな姿を見て、悪魔のような微笑みを浮かべながら、彼を引き寄せる。
完全に勝負は付いていた。
それでも彼女は、残った精子まで搾り取っていく。
そして、数日後──
かつて崇拝していた男の成れの果てを前に、ナツコは呆然としていた。
犬のような首輪を付けられ、エルザに鎖を引っ張られる姿は、まさにペット。
ご主人様のご機嫌を伺うような目で、エルザをうっとりと見つめ、そこには、かつて人を操っていた男の面影は、もはや一片も残っていなかった。
「貰ったお金は、お返しします……」
そう言って卑屈に笑い、媚びるように頭を下げる彼の姿に、ナツコの中で、彼という存在が完全に色を失った。
こんな男に心を奪われていた自分が、急に馬鹿らしくなった。
それを見たエルザは、ようやく肩の力を抜いたように、フッと顔を綻ばせた。
「わかったでしょ……こいつに人生を掛ける価値なんてない」
その言葉と共にナツコはプッと吹き出す。
そこには、今までの思い詰めた様子はどこにも無かった。
それに安心したようにエルザはさらに言葉を重ねる。
「旦那とのことはアンタたち夫婦の問題だ。二人で決めたらいい……でも、アンタは母親になるんだ。この子が悲しむようなことはするんじゃないよ!」
エルザはそう言いながら、ナツコの膨らんだお腹を優しく撫でた。
ナツコは、無意識にその手に自分の手を重ねていた。
快晴の空に二人の笑い声が、高らかに響き渡っていった。
~to be continued~