※この作品はR-18です。

エロスの極み   作:村上しんご

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第8話 狩られる男

 薄靄の差し込む明け方の公園には、人の気配はほとんどなく、遠くで鳥たちの囀りがかすかに響いていた。

 周回コースをランニングする若者や、老人の姿がチラホラと見える。だが、ブランコに腰掛ける二人には目もくれない。

 

 爽やかな顔で軽くブランコを揺らすエルザとは対照的に、カオリはうつむいたまま、足元の地面をじっと見つめていた。

 

「ふ~ん、それは悔しかっただろうねぇ~」

 

 カオリは昨夜から起きたことをすべて語っていた。

 たった今会ったばかりの相手に胸の内をさらけ出している自分に、ふと驚く。

 同じ年頃に見えるのに、エルザのそばにいると不思議と心が静まるのだ。

 

 人生経験の差なのか──あるいはそれ以上の何か。

 落ち着き払ったその雰囲気には、全てを受け止めてくれそうな懐の深さがあった。

 

「復讐するなら手を貸すよ……でもさぁ~」

 

 エルザは言い終えると、ふっと表情を引き締め、静かにカオリの顔を覗き込んだ。

 

「アンタの場合、その内気な性格を直さなきゃ、また同じことが起こる」

 

 一瞬で心の奥を射抜かれたような感覚に、カオリは息を呑んだ。

 胸の奥で何かがきしむ。

 

「世の中にはさ、アンタみたいな性格の女を食い物にしようとする男なんて、いくらでもいるんだよ」

 

 その声音は決して責めるものではなく、ただ真実を告げるだけの、冷静で揺るぎないものだった。

 カオリの胸の奥で、小さな恐怖と、同じくらい大きな安心がせめぎあっていた。

 

「自分を変えなきゃ、アンタはまた同じようなことに巻き込まれる。ずっと傷ついて、苦しみ続けることになるだろう。……変わる気はあるかい?」

 

 エルザは真っ直ぐにカオリを見据えた。

 その瞳に逃げ道はなく、けれど責める色もない。ただ“選べ”と告げる強さだけがあった。

 

 カオリは唇を噛み、数秒だけ迷った。しかしすぐに、はっきりと首を縦に振った。

 

 その反応を見て、エルザは満足げに微笑む。

 

「よし。じゃあまずは──身体を直さなきゃね。ヒール!」

 

 澄んだ声が明け方の空気に響いた。その瞬間、カオリの全身を柔らかな光が包んだ。

 暖かく、母に抱かれたような優しい温もり。

 じんじんと疼いていた穴の痛みが、すうっと溶けて消えていく。

 

 打たれ続けていたお尻の痛みも、まるで最初から無かったかのように消えていた。

 

「身体の痛みは、いつか自然に治る。でも──心に残った傷だけは、自分で向き合わなきゃ治らない。……頑張りな」

 

 エルザは優しく言いながら、そっと手を差し出した。

 

 カオリはその細く白い指先を見つめ、短く息を呑む。

 躊躇いはあった。けれど、昨日の苦しみを思い返し──そして、もう二度と同じ思いをしたくないと願い──彼女はその手を強く握り返した。

 

 指先が触れた瞬間、温かさが胸にじんわりと広がる。

 

「……行こうか」

 

 エルザの言葉にカオリは頷き、二人はゆっくりと立ち上がった。

 

 薄靄のかかる明け方の公園を、二人は静かに並んで歩き出した。

 早朝の光が二人の影を長く伸ばし、まるで新しい道がその先へ続いているかのようだった。

 

 ──そしてその日の午後。

 

 キャンパスでは、ユウヤが苛立った様子でカオリを探していた。

 既に夕暮れが迫り、オレンジ色の光が校舎の壁を染めている。だが、どこを探してもカオリの姿はない。

 

「くそ……どこ行ったんだ、あの女……」

 

 強面の顔をさらに歪めて、舌打ちする。

 

 ユウヤはカオリが冷静になる前に、事を急ぐ必要があった。

 落ち着いてきて、昨日のことを振り返り、誰かに相談されたら元も子もない。

 まだ、混乱している状態で、昨日のように侮辱の限りを尽くし、その身体に自分の心地良さを植え付けるのだ。

 

 一人で思い悩んでるうちに、自分とセックスすることを、当たり前のように思わせる。

 大きなペニスで何度もイクことを覚えてしまえば、もはや他のものでは満足できなくなるだろう。

 ユウヤはこの方法で何人もの女を、自分の身体に依存させてきた。

 

 ほとんどの授業が終わり、学生たちは思い思いに帰路につき始めていた。

 

 そのとき──正門へ向かって歩くユウヤの視界に、見慣れた後ろ姿が映った。

 

 肩をすぼめ、存在感のない影のように歩くその姿。

 間違いないくカオリだ。

 

 ユウヤの眉が吊り上がる。一気に血が頭にのぼり、荒々しい声が喉から飛び出した。

 

「──おい、カオリッ!」

 

 彼女の性格を知っているユウヤは、逃げ道を塞ぐように、背後から鋭く怒鳴りつける。

 

 振り返ったカオリの肩が小さく震え、周囲の学生たちは気まずそうに視線を逸らした。

 だがユウヤには、周囲の視線も、ざわつく空気も──隣に立つエルザの存在すら気づいていない。

 

 カオリだけを狙う獣のように、怒りと苛立ちを剥き出しにして突進してくる。

 

 その瞬間、ユウヤの進路に ふっと影が差した。

 

 まるで最初からそこに立っていたかのように、エルザが前へ出て、道を塞ぐ。

 

「ねえ、こいつがアンタの言ってた“オーガ”で間違いないんだね?」

 

 その声音は穏やか。

 だが、底の見えない冷たさがあった。

 

 ユウヤは、目の前の少女を見た瞬間、思考が止まった。

 

 その美貌は、まさに現実離れしていた。

 雪のように白い肌、光を孕むブロンドの髪、切れ長の瑠璃の瞳──

 今まで見たどんな女とも違う。

 その存在だけで、世界の色が変わるような錯覚さえ覚える。

 

 だが、魅入られたのはほんの一秒。

 

 すぐに、ユウヤの中で別の感情が膨れ上がった。

 

「お前、誰だよ!? ……どけよ」

 

 ユウヤの怒号が響く。

 だが、エルザはまばたきひとつしなかった。

 風が通り過ぎるような軽さで、ユウヤを一瞥する。

 

 ユウヤの顔に、苛立ちと困惑が入り混じる。

 体格差は圧倒的。片手で捻り潰せそうなほど華奢な少女が、自分の前に立ちはだかっている。

 

 脅しのつもりで凄みを利かせ、指を鳴らす。

 そして威圧するように、エルザの顔を下から覗き込んだ。

 

 ──その瞬間。

 

「バチン!」

 

 乾いた音が響いたかと思うと、頬に焼けつくような痛みが走る。

 次の瞬間、ユウヤの視界は天地を失い、身体は独楽のように回転しながら宙を舞っていた。

 

 その場にいた誰もが、何が起きたのか理解できなかった。

 あまりにも一瞬。常人離れした速度で、エルザはただ“軽く”ユウヤの頬を叩いただけだったのだ。

 

 ドサッ、と鈍い音を立てて地面に叩きつけられたユウヤは、白目を剥き、完全に意識を失っていた。

 

 エルザはそんな彼を見下ろすと、まるで荷物でも扱うかのように、片手でひょいと持ち上げる。

 

「行くよ、カオリ……。これからのことは……アンタが自分で向き合うんだ」

 

 その場にいた誰もが言葉を失っていた。

 目の前で起きた出来事を、現実として受け止めきれずにいた。

 

 大男を抱えたままエルザが静かに歩き出す。

 その背中をカオリだけが、小走りで追っていった。

 

 

 

 

 

 

            ~to be continued~

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