薄靄の差し込む明け方の公園には、人の気配はほとんどなく、遠くで鳥たちの囀りがかすかに響いていた。
周回コースをランニングする若者や、老人の姿がチラホラと見える。だが、ブランコに腰掛ける二人には目もくれない。
爽やかな顔で軽くブランコを揺らすエルザとは対照的に、カオリはうつむいたまま、足元の地面をじっと見つめていた。
「ふ~ん、それは悔しかっただろうねぇ~」
カオリは昨夜から起きたことをすべて語っていた。
たった今会ったばかりの相手に胸の内をさらけ出している自分に、ふと驚く。
同じ年頃に見えるのに、エルザのそばにいると不思議と心が静まるのだ。
人生経験の差なのか──あるいはそれ以上の何か。
落ち着き払ったその雰囲気には、全てを受け止めてくれそうな懐の深さがあった。
「復讐するなら手を貸すよ……でもさぁ~」
エルザは言い終えると、ふっと表情を引き締め、静かにカオリの顔を覗き込んだ。
「アンタの場合、その内気な性格を直さなきゃ、また同じことが起こる」
一瞬で心の奥を射抜かれたような感覚に、カオリは息を呑んだ。
胸の奥で何かがきしむ。
「世の中にはさ、アンタみたいな性格の女を食い物にしようとする男なんて、いくらでもいるんだよ」
その声音は決して責めるものではなく、ただ真実を告げるだけの、冷静で揺るぎないものだった。
カオリの胸の奥で、小さな恐怖と、同じくらい大きな安心がせめぎあっていた。
「自分を変えなきゃ、アンタはまた同じようなことに巻き込まれる。ずっと傷ついて、苦しみ続けることになるだろう。……変わる気はあるかい?」
エルザは真っ直ぐにカオリを見据えた。
その瞳に逃げ道はなく、けれど責める色もない。ただ“選べ”と告げる強さだけがあった。
カオリは唇を噛み、数秒だけ迷った。しかしすぐに、はっきりと首を縦に振った。
その反応を見て、エルザは満足げに微笑む。
「よし。じゃあまずは──身体を直さなきゃね。ヒール!」
澄んだ声が明け方の空気に響いた。その瞬間、カオリの全身を柔らかな光が包んだ。
暖かく、母に抱かれたような優しい温もり。
じんじんと疼いていた穴の痛みが、すうっと溶けて消えていく。
打たれ続けていたお尻の痛みも、まるで最初から無かったかのように消えていた。
「身体の痛みは、いつか自然に治る。でも──心に残った傷だけは、自分で向き合わなきゃ治らない。……頑張りな」
エルザは優しく言いながら、そっと手を差し出した。
カオリはその細く白い指先を見つめ、短く息を呑む。
躊躇いはあった。けれど、昨日の苦しみを思い返し──そして、もう二度と同じ思いをしたくないと願い──彼女はその手を強く握り返した。
指先が触れた瞬間、温かさが胸にじんわりと広がる。
「……行こうか」
エルザの言葉にカオリは頷き、二人はゆっくりと立ち上がった。
薄靄のかかる明け方の公園を、二人は静かに並んで歩き出した。
早朝の光が二人の影を長く伸ばし、まるで新しい道がその先へ続いているかのようだった。
──そしてその日の午後。
キャンパスでは、ユウヤが苛立った様子でカオリを探していた。
既に夕暮れが迫り、オレンジ色の光が校舎の壁を染めている。だが、どこを探してもカオリの姿はない。
「くそ……どこ行ったんだ、あの女……」
強面の顔をさらに歪めて、舌打ちする。
ユウヤはカオリが冷静になる前に、事を急ぐ必要があった。
落ち着いてきて、昨日のことを振り返り、誰かに相談されたら元も子もない。
まだ、混乱している状態で、昨日のように侮辱の限りを尽くし、その身体に自分の心地良さを植え付けるのだ。
一人で思い悩んでるうちに、自分とセックスすることを、当たり前のように思わせる。
大きなペニスで何度もイクことを覚えてしまえば、もはや他のものでは満足できなくなるだろう。
ユウヤはこの方法で何人もの女を、自分の身体に依存させてきた。
ほとんどの授業が終わり、学生たちは思い思いに帰路につき始めていた。
そのとき──正門へ向かって歩くユウヤの視界に、見慣れた後ろ姿が映った。
肩をすぼめ、存在感のない影のように歩くその姿。
間違いないくカオリだ。
ユウヤの眉が吊り上がる。一気に血が頭にのぼり、荒々しい声が喉から飛び出した。
「──おい、カオリッ!」
彼女の性格を知っているユウヤは、逃げ道を塞ぐように、背後から鋭く怒鳴りつける。
振り返ったカオリの肩が小さく震え、周囲の学生たちは気まずそうに視線を逸らした。
だがユウヤには、周囲の視線も、ざわつく空気も──隣に立つエルザの存在すら気づいていない。
カオリだけを狙う獣のように、怒りと苛立ちを剥き出しにして突進してくる。
その瞬間、ユウヤの進路に ふっと影が差した。
まるで最初からそこに立っていたかのように、エルザが前へ出て、道を塞ぐ。
「ねえ、こいつがアンタの言ってた“オーガ”で間違いないんだね?」
その声音は穏やか。
だが、底の見えない冷たさがあった。
ユウヤは、目の前の少女を見た瞬間、思考が止まった。
その美貌は、まさに現実離れしていた。
雪のように白い肌、光を孕むブロンドの髪、切れ長の瑠璃の瞳──
今まで見たどんな女とも違う。
その存在だけで、世界の色が変わるような錯覚さえ覚える。
だが、魅入られたのはほんの一秒。
すぐに、ユウヤの中で別の感情が膨れ上がった。
「お前、誰だよ!? ……どけよ」
ユウヤの怒号が響く。
だが、エルザはまばたきひとつしなかった。
風が通り過ぎるような軽さで、ユウヤを一瞥する。
ユウヤの顔に、苛立ちと困惑が入り混じる。
体格差は圧倒的。片手で捻り潰せそうなほど華奢な少女が、自分の前に立ちはだかっている。
脅しのつもりで凄みを利かせ、指を鳴らす。
そして威圧するように、エルザの顔を下から覗き込んだ。
──その瞬間。
「バチン!」
乾いた音が響いたかと思うと、頬に焼けつくような痛みが走る。
次の瞬間、ユウヤの視界は天地を失い、身体は独楽のように回転しながら宙を舞っていた。
その場にいた誰もが、何が起きたのか理解できなかった。
あまりにも一瞬。常人離れした速度で、エルザはただ“軽く”ユウヤの頬を叩いただけだったのだ。
ドサッ、と鈍い音を立てて地面に叩きつけられたユウヤは、白目を剥き、完全に意識を失っていた。
エルザはそんな彼を見下ろすと、まるで荷物でも扱うかのように、片手でひょいと持ち上げる。
「行くよ、カオリ……。これからのことは……アンタが自分で向き合うんだ」
その場にいた誰もが言葉を失っていた。
目の前で起きた出来事を、現実として受け止めきれずにいた。
大男を抱えたままエルザが静かに歩き出す。
その背中をカオリだけが、小走りで追っていった。
~to be continued~