そんな二人は夜には裏の顔を持っていてーーー。
「ゆかりさん、ここのところ分からないんだけれど解き方教えてもらってもいい?」
「ゆかりー、明後日バスケ部の練習試合あるんだけど先輩が怪我しちゃってさぁ。予定空いてたらでいいから助っ人で来てくれない?お願い!ゆかりいれば勝てそうなの!」
「ゆ、ゆかり先輩!忙しいところ申し訳ありません!この前に任されていた資料整理で聞きたいことがありまして…」
「おーい、結月。ちょっと生徒会で扱ってほしい案件があるんだが」
結月ゆかりは多忙である。生徒会副会長を務め、学年屈指の成績を誇り、生徒と教師双方からの信頼も厚い。部活動には所属してはいないが、運動部を中心として助っ人に駆り出されることも少なくない。それだけの多忙であれば、自ずと自分の時間も相対的に少なくなる。普通であればキャパシティオーバーを起こすか、何かと理由をつけて断るのが普通であろう。しかし、
「大丈夫ですよ。何処が分からないんですか?」
「明後日なら空いてますよ?頑張りましょうね」
「勿論。ただ、今は別の頼まれごとがあるので、至急の案件でないなら放課後にお願いしたいのですが大丈夫ですか?」
「了解です。資料があるなら目を通しておくので、生徒会室か教室の机にお願いします」
手際よく、丁寧に、余程でない限りは断ることもなく、柔和な態度で受け止めながらも迅速にそれらを片付けていくその様は生徒の模範としてこの上ないものだった。
「おーい、結月さん」
「はい。どうしました、水奈瀬先生」
「少し話したいことがあるんだ。まだ他の生徒に広める案件でもないから、とりあえず生徒会室でいいかな?あ、資料半分持つよ」
「あ、ありがとうございます」
一人で運ぶには少々多い資料を抱えて歩くゆかりに話しかけるのは、国語科目を担当しバスケットボール部および生徒会の顧問を務める水奈瀬コウであった。まだ年若いが授業は丁寧で分かりやすく勤務態度も真面目である。一方で、校則や倫理的な問題に抵触しなければ生徒の行いについても比較的寛容であり、年齢が近いこともあって生徒と談笑したり他の教師に相談しづらい話を引き受けることも多い。彼もまたゆかりと同様に、教師と生徒の双方から信頼を置かれている教師であった。その若さで生徒会顧問に任命されたことからも信頼度合いはうかがい知れよう。
「どうだい、調子の方は。最近も変わらず忙しいそうだけど」
「それなりです。忙しいのはそうですが、やりがいはあります。水奈瀬先生こそどうです?」
「はは、結月さんと同じだよ。忙しいけどその分充実してるさ」
そう、如何にも模範的な教師と生徒の会話を繰り広げながら書類を二つに分ける。自然と近づく二人の距離。
「…今日、放課後。よろしく」
「あ…はい」
そう、潜めて言う二人の声は周囲の雑踏にかき消されて聞こえない。普段の人当たりの良さ溢れる声とは違う、少し低めの威圧感のある水奈瀬の声。その声色と少し険しい表情に、ゆかりはどくんと一つ高鳴った鼓動を顔に出さないように気を払いながら返事をする。
それっきり二人に調子は元に戻る。いつもの明るさに満ちた声でありきたりな教師と生徒の会話を演じる水奈瀬と、それに生徒会役員として失礼にならない程度に談笑するゆかり。その会話を続けながら、しかしゆかりはその間も身体の内側にじわりと灯った熱を察せられないようにするのに必死だった。
***
ッドにペタンと座ったゆかりの表情はどこか不満げにも見える表情を浮かべていた。しかし、
「今度はこっち使うから」
そう言って、ベッドに置いたのはアイマスクに背中で腕を固定する用の少し大きめな革ベルト。それを見て、驚きと一層の期待に満ちた視線をコウに向ける。その表情にやや気まずさを覚えたのか視線を逸らしながら、
「まだやり足りないんだよ…、俺が満足するまでヤるからな」
あくまで自分が主導権を握っていると言いたげにそう言って、コウは新しい革ベルトを片手にゆかりへ迫る。その間もゆかりの表情は恍惚として責められる側としての自覚の足りない態度を取り続けるものだから、忌々し気に舌打ちすると腕をぐっと掴み上げてそのまま後ろ手に固定してみせた。
***
「…今回は、大分溜ってたみたいですね」
「まぁね」
あれから騎乗位を一回に、後背位を二回。そのまぐわいの中ですっかり赤く染まった手首や腕にクリームを塗りながら、ゆかりは少々心配そうに水奈瀬に尋ねる。行為中の威圧感は消え失せたが、学校内で見せる様な朗らかさは碌に見えず煙草を片手にソファにだらりと座るその様子は、どこか退廃的な印象を与えるものだった。
「そこまで大変なら、やっぱり教頭にでも直談判してしまえばいいんじゃないですか?そのうち身体か心か壊れますよ?」
「はは、生徒会副会長様を連れ込んでSMめいたプレイを強要してる時点で教師としては心が死んでるも同然だろう?」
「まぁ、否定はしませんが。…でも、一応私も望んでいることなので」
「んじゃあ、別にいいんじゃないかな。俺は君を責め倒すことで精神の安定を保てて、君は俺に責められることで日頃のストレスを発散できる。ウィンウィンの関係だってのは互いに合意しただろう?」
そこまで言われてしまえば、ゆかりは反論できない。二人の間にはある契約が結ばれている。それが『一方のストレスが限界まで達したなら、互いが満足するまで性行為を行う』というPTAや二人を妄信している学校関係者が卒倒しそうなもの。しかし、一応ながら性行為をストレスの捌け口にしたのには理由がある。水奈瀬は柔和そうに見えてその本性は人を屈服させ従順に従わせることで快感を得られる生粋の嗜虐趣味者であり、一方のゆかりは反対に束縛や被支配を受けることで快感を得られる被虐趣味者という性的嗜好を見ればすこぶる相性が良かった。それを互いに知ったのは偶然ではあったが、その偶然以降、立場や性格上ストレスを溜め込みやすい二人はこの関係に耽ることで、実はギリギリのラインで踏ん張っている学校生活を歩み続けている。
「ところで、水無瀬先生。一本貰ってもいいですか?」
「ん?あぁ、はいはい」
そう言ってベッドへと煙草の箱とライターを放る。それを難なくキャッチして、ゆかりは慣れた手つきで煙草に火を灯した。
「はぁ、副会長様がタバコ吸っていいのかな…。悪いこと教えちゃったなぁ」
「はい。半分くらいは先生の責任でもあるんですから、オフレコでお願いしますよ」
「そもそも、こんな関係な時点でオフレコにしないとまずいでしょ」
苦笑する水奈瀬を尻目にゆかりは冷蔵庫へと向かう。勝手に開くんじゃあないよ、なんて家主の言葉を聞き流して冷蔵庫の中を漁る。
「何か作りますか?もう日付変わりますからお腹空いたでしょう?」
代わりに、この高そうなチューハイ一本ください。なんて学校での模範的優等生の仮面はどこに行ったのかと呆れ混じりの笑みを零して、じゃあお願いしようかとの男性もののYシャツにショーツ一枚という少々刺激の強い服装で手際よく料理に取り掛かる後姿を眺めていた。