※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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王都の空気

王都メルロマルクを初めて目にした時、朝霧誠司は、それがただ大きいというだけの話ではないのだとすぐに理解した。

高い城壁がある。

白い石造りの建物が幾重にも連なり、その奥には王城らしき威容が見える。

行き交う人の数も、荷車の列も、兵の巡回も、地方の村や町とは比べものにならない。

だが誠司の胸へ最初に落ちてきた感覚は、壮観さや憧れではなかった。

もっと切実で、もっと重たい、圧迫感に近いものだった。

 

この国は、いま本当に波へ備えている。

それが王都の空気そのものになっているのだ。

 

門へ近づくにつれ、その実感はさらに濃くなった。

鎧を着た兵士が普段より多く、往来を止めて荷を検め、旅人の顔を一人ずつ確認している。

荷車には食料や布、矢束や槍、薬品らしき箱が積まれており、その多くが急ぎで運ばれていることは誰の目にも明らかだった。

避難民らしき姿もある。

焦れた子供を抱えた母親、疲れ切った顔で荷を引く老人、まだ血の気の引いたままの冒険者。

王都は華やかだった。

だがその華やかさの下では、国全体がきしみながら次の災厄へ備えている。

 

「人が多い……」

シノンが小さく呟く。

彼女の声には、弓手としての警戒とは別の疲れが混じっていた。

もともと人混みへ馴染む性格ではないうえに、かつては追われる側として生きてきたのだ。

これほど多くの視線と足音に囲まれれば、神経も磨り減るだろう。

 

ベルベットはそんなシノンを一瞥し、それから城壁の上を睨むように見上げた。

「嫌な空気だな」

吐き捨てるような声音だった。

「歓迎されてる感じはしないな」

誠司が苦笑混じりに返すと、ベルベットは鼻を鳴らす。

「歓迎なんて最初から期待してない」

その言い方には刺があったが、言っていること自体はもっともだった。

王都は外から人を受け入れている。

だがそれは余裕があるからではない。

人手も物資も、使えるものはすべて使わねばならぬほど追い詰められているからだ。

 

一方、ヒッポリュテは少し離れたところでカリオンを静かに進めながら、周囲の動きを一つずつ目で追っていた。

門の兵の配置。

車列の流し方。

城壁上の見張りの密度。

彼女は口に出しこそしないが、王都そのものを値踏みしているのだと誠司には分かった。

国がどれだけ備えているか。

王がどこまで戦時の理を理解しているか。

そういう視点でこの都を見ているのだろう。

 

門前へ着くと、当然のように兵士が前へ出てくる。

槍の石突きが地を打つ乾いた音がした。

「止まれ。身元と来訪目的を申告しろ」

先頭の兵士は年若いが、声には張りがある。

波を前にして神経が尖っているのだろう。

誠司は一歩前へ出かけ、しかし何と名乗るべきかで一瞬だけ言葉に詰まった。

旅人。

それは間違っていない。

だが、それだけではない気もする。

勇者。

その単語を口にするには、まだ何かが足りない。

 

その逡巡を見かねたのか、ベルベットが先に口を開いた。

「通行人だ。王都へ入る。宿と情報が欲しいだけだ」

実にそっけない説明だった。

だが、こういう場ではかえって余計なことを言わない方がいいのかもしれない。

兵士はなお警戒した目を向ける。

そして、その視線は当然、誠司の持つ銃へ吸い寄せられた。

 

「……その武器は何だ」

問われた瞬間、誠司の喉が少しだけ強張る。

またか、と思う。

地方でもそうだった。

この世界にない形の武器を持つということは、それだけで説明しきれぬ異物であることを自白しているようなものだ。

 

「銃だ」

誠司が答えると、兵士は眉をひそめた。

「剣でも槍でも弓でもないのか」

「そうだ」

兵士は隣の同僚と顔を見合わせる。

警戒と戸惑いが入り混じった顔だった。

四聖勇者の武器なら、彼らにもある程度の知識はあるのだろう。

だが誠司の銃は、そのどれにも当てはまらない。

異様だが、何なのか分からない。

その分からなさが、不信を呼ぶ。

 

「四聖勇者の方々に関係するものか?」

兵士の問いは慎重だった。

誠司はそこで、またも返答に困る。

関係があるといえば、ある。

ないといえば、ない。

自分が何者か、まだ誰にも証明できていない以上、ここで軽々しく“勇者だ”と口にするのは危険に思えた。

 

「関係するかもしれない、くらいだ」

結局、そんな曖昧な答えしか出てこない。

兵士の眉間の皺が深くなる。

当然だ。

王都の門で最も嫌われるのは、訳の分からぬ曖昧さである。

だが、そこで不意にヒッポリュテが口を挟んだ。

 

「その男は少なくとも、波へ立つ者だ」

兵士の視線が彼女へ移る。

王の声だった。

名乗ってはいない。

身分を明かしてもいない。

それでも、その言葉は奇妙な説得力を持っていた。

「嘘で飾るより、未定のまま踏み込む方がまだ誠実であろう」

兵士はしばし黙る。

それから、最終的には渋い顔のまま通行を許した。

完全に信用したわけではない。

だが、今のメルロマルクには、いちいちすべてを排斥している余裕もないのだろう。

 

門をくぐった瞬間、王都の熱気が一気に押し寄せてきた。

外から見ていた時より、ずっと近く、ずっと騒がしい。

街路には露店が並ぶ一方で、その間を縫うようにして兵が行き交う。

酒場の前では武装した冒険者たちが口論をしており、教会らしき建物の前では人々が何かを祈っていた。

誰もが落ち着かない。

誰もが平静を装おうとしている。

その歪んだ空気が、王都の繁栄へ薄い影を落としていた。

 

「息が詰まりそうだ」

シノンが低く言う。

誠司も同感だった。

田舎町のざわめきとは質が違う。

ここには無数の思惑がある。

恐れ、期待、信仰、打算、怒り。

そうしたものが狭い通りへ押し込められ、目に見えぬ熱になって渦巻いている。

 

ヒッポリュテは通りを見渡し、小さく呟いた。

「数はある」

「兵のことか?」

誠司が訊くと、彼女は頷く。

「兵も、荷も、人も揃えている。国として備えようという意思は見える」

「でも」

ベルベットが引き取る。

「あれじゃ怖がってるのも丸見えだ」

彼女の言葉通りだった。

兵の足取りは速いが、どこか落ち着かない。

声を張っている者ほど、内側では焦っているのが分かる。

備えている。

だが、余裕があるわけではない。

それがこの王都の真実らしかった。

 

一行はまず宿を確保し、その後で街の空気を探ることにした。

宿屋の主人は、波が近いからか、空き部屋の少なさと料金の高さを早口にまくし立てた。

ベルベットはあからさまに面倒そうな顔をし、シノンは視線を伏せていたが、ヒッポリュテが一歩前へ出て必要な分だけ金を置くと、それだけで話はまとまった。

誠司はその様子を見ながら、この人がいるといろいろな意味で話が早いな、と妙なところで感心してしまう。

 

荷を置いたあと、四人は手分けせず、あえて一緒に街を歩いた。

王都の情報は多い。

だが同時に、余計な目も多い。

今はバラけるより群れでいた方が安全だと、全員が同じ判断をしていた。

 

広場の一角で、傭兵崩れらしい男たちが酒を片手に騒いでいる。

耳を澄ませば、自然と勇者たちの噂が入ってきた。

「次の波じゃ、また勇者様方が前に出るらしい」

「槍の勇者は今回も派手にやるんだろ」

「剣と弓はともかく、盾はなあ……」

「いや、あいつ最近は変わったって話も――」

断片的な噂ばかりだ。

だが、それで十分だった。

四聖勇者は、この国で“存在している”。

誰もがその名を知っていて、良くも悪くも話題にしている。

英雄として。

あるいは厄介者として。

だが少なくとも、無視はされていない。

 

その横を歩きながら、誠司は妙な疎外感を覚えていた。

自分は銃を持っている。

普通の武器ではなく、勇者の武器に近い何かだと分かっている。

なのに、ここで語られる勇者の輪の中へ、自分の居場所はない。

盾、剣、槍、弓。

どれにも入らない。

誰にも呼ばれない。

誰も自分の名を知らない。

その事実が、今さらのように胸へ冷たく沁みた。

 

「考え込んでるな」

ヒッポリュテが横目で言う。

誠司は少しだけ苦笑する。

「そんなに分かりやすいか」

「王都へ入ってから、顔がずっと晴れぬ」

鋭かった。

誠司はごまかす代わりに、少しだけ本音をこぼす。

「勇者っていうのは、こういう風に世界の中へいるんだなって思ってさ」

言いながら、自分でもうまく整理できていないと感じる。

けれど、ヒッポリュテは急かさず先を待った。

だから誠司も続ける。

 

「俺は、たぶん勇者に近い。けど、ここでは誰にもそう見えない」

ベルベットが鼻を鳴らす。

「だから何だ」

「いや、何だろうな……」

誠司は空を見上げる。

王都の空は地方より少し狭く見える。

建物が高いからか、人が多いからか。

「四聖勇者って呼ばれてる連中は、少なくとも“そういうもの”としてここにいる。でも俺は違う。だったら、自分は何なんだろうって」

 

それへ最初に返したのはベルベットだった。

「そんなの、国が決めることじゃない」

口調は相変わらず棘だらけだ。

「王都が認めたら勇者で、認めなきゃ違うっていうなら、そんな肩書最初から信用できない」

それはベルベットらしい答えだった。

制度より現実を見る女の言葉だ。

 

シノンも少し遅れて口を開く。

「……でも、気になるのは分かる」

誠司が振り向くと、彼女は人混みを避けるように視線をやや下へ向けたまま続ける。

「どこにも入れない感じって、落ち着かないから」

それはたぶん、彼女自身の人生とも重なる言葉だった。

制度の外で、名前も与えられず、生きるためだけに弓を引いてきた時間。

シノンだからこそ、その曖昧さの不安が分かるのだろう。

 

ヒッポリュテはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。

「貴様は順序を気にしすぎる」

誠司が眉をひそめる。

「順序?」

「そうだ。誰に何と呼ばれるかを先に気にしている」

彼女は真っ直ぐ誠司を見る。

その目には王の威圧ではなく、見定める者の静けさがあった。

「まず決めるべきは、貴様が誰を守るかだ。名は後からついてくる」

その言葉は短い。

だが、妙に深く刺さった。

 

誠司はすぐには返事ができなかった。

誰に勇者と呼ばれるか。

それを気にしていたのは事実だ。

だがヒッポリュテの言う通り、それは順序が逆なのかもしれない。

勇者だから守るのではない。

守ると決めたから、その果てに勇者という名前がついてくる。

もしそうだとしたら、自分はまだ名を与えられるのを待っている側なのだろう。

その未熟さが、なんとなく悔しかった。

 

その時、広場の反対側で怒号が上がった。

誰かが押し倒される音。

子供の泣き声。

一行の視線が一斉にそちらへ向く。

見ると、荷運びの順番を巡って冒険者崩れと避難民が揉めていた。

武装した男が興奮し、食料袋を抱えた女へ掴みかかろうとしている。

周囲の兵は別件で手一杯なのか、まだ気づいていない。

 

「面倒だな」

ベルベットが吐き捨てる。

だが、その足はもう前へ出ていた。

シノンも弓へ手をかけるが、ここで武器を抜けば騒ぎが余計に大きくなる。

誠司は一瞬だけ迷い、それからすぐに駆け出した。

 

「やめろ!」

声を張る。

男が振り返る。

酒気を帯びた目だった。

だが、誠司の腰にある銃と、後ろに続くベルベットたちを見た瞬間に、わずかに怯みが走る。

それでも完全には止まらない。

「余所者が口を出すな!」

怒鳴り返し、なお女の腕を掴もうとする。

 

誠司はその手首を掴んで引いた。

力比べでは勝てないかもしれない。

だが、いま必要なのは押し切ることではなく、流れを変えることだった。

「荷が必要なのはみんな同じだ!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。

「ここで奪い合ったら、波の前に自分たちで潰れる!」

理屈としてはあまりにも真っ当だった。

だからこそ、周囲の人間が一瞬だけ静まる。

そこへベルベットが前へ出て、掴みかかった男を睨みつけた。

 

「それ以上やるなら、今ここで叩き潰す」

声は低い。

だが、その威圧は本物だった。

さらにヒッポリュテが後ろから一歩進み出る。

「秩序を乱すなら、波の前に我が処分するぞ」

その言葉に至っては、もはや有無を言わせぬ王の響きだった。

男は顔を強張らせ、最終的には舌打ちひとつ残して引き下がる。

シノンは最後まで周囲を見ていたが、騒ぎが広がらないと分かると静かに弓から手を離した。

 

場は収まった。

たいした事件ではない。

けれど誠司にとっては妙に重かった。

いま自分は、肩書も名もないまま、それでも目の前の騒ぎへ割って入った。

誰かに勇者と呼ばれたからではない。

ただ、止めなければならないと思ったからだ。

その事実が、胸の奥で静かに形を成し始める。

 

「今のは悪くない」

ヒッポリュテが言う。

「お前の言葉で、あの場は止まった」

誠司は少し息を吐く。

「大したことじゃない」

「大したことだ」

ヒッポリュテは即座に否定した。

「名がなくとも、群れの流れを変えられるなら、それは力だ」

ベルベットは横で腕を組み、そっぽを向いたまま小さく言う。

「ようやく少しは分かったか?」

その一言が、妙に胸へ残った。

 

夕方が近づくにつれ、王都の空気はさらに張りつめていった。

物資の移動が増え、兵の数も増える。

港側へ向かう道では、船へ積み込む荷の確認が続き、誰もが次の波の近さを口にしていた。

一行はそこで、ようやくはっきりした情報を得る。

次の波は近い。

しかも沿岸、あるいは海上寄りの戦線が主になるらしい。

つまり、王都へ滞在して様子を見る時間はもうほとんど残っていない。

 

宿へ戻る途中、誠司は誰にともなく言った。

「見に来ただけじゃ駄目だな」

ベルベットが「当然だ」と返す。

シノンは少しだけ不安を滲ませた顔で、それでも頷いた。

ヒッポリュテはまっすぐ前を向いたまま、静かに言う。

「ならば、関わるために進め」

その言葉に、誠司はもう迷わなかった。

 

王都へ来た。

勇者たちの影を見た。

自分がその枠の外にいることも知った。

だが、だからといって立ち止まる理由にはならない。

むしろ逆だ。

枠の外にいるなら、自分のやり方で波へ立つしかない。

守る相手を決め、そのために進む。

名は、そのあとからついてくる。

ヒッポリュテの言葉が、ようやくその意味を持って胸へ落ちてきていた。

 

王都の夕焼けは赤かった。

石壁も、塔も、人の流れも、その色へ染まり、まるで国全体が炎の前触れを浴びているように見える。

その中を歩きながら、誠司は静かに思う。

次の波で、自分たちはもう傍観者ではいられない。

噂の向こうにある本編の戦いを、遠くから見るだけでは終われない。

自分たちもまた、この世界の災厄へ立つ。

そう決めた時、王都メルロマルクは初めて、ただ大きいだけの都ではなく、誠司たちの物語が本当に本編へ接続する場所として、その輪郭をはっきりと持ち始めていた。

 

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