※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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三勇教の影

王都メルロマルクという場所は、ただ人が多いだけではなく、人の信じるものまで密集しているのだと、朝霧誠司はこの日ほど強く思い知らされたことはなかった。

市場の喧騒、兵の怒号、波へ備える緊張、そして四聖勇者に関する噂の数々。

それらは王都の空気そのものへ溶け込み、歩いているだけで自然と耳へ入ってくる。

けれど、表向きは同じ“勇者の話”であっても、その中に混じる温度差はあまりにも露骨だった。

 

「剣の勇者様は次も前へ出るらしいぞ」

「槍の勇者は王城の連中にも気に入られてるって話だ」

「弓の勇者は派手だが、まあ勇者様って感じだな」

 

そうした声は、酒場の前でも、露店の影でも、荷運びの列の端でも聞こえてくる。

三人の勇者について語る声には、軽薄さも混じるが、それでもどこか信仰に近い響きがある。

強い。

頼れる。

華やかだ。

人によって言い方は違っても、少なくとも“この国に必要なもの”として認識されていることだけは明白だった。

 

だが、その並びへ盾の勇者の名が混じると、途端に空気が歪む。

声が小さくなる。

顔が曇る。

あるいは逆に、露骨な嫌悪が滲む。

その変化があまりにも不自然で、誠司は四聖勇者に関する話を聞き集めるうち、次第に勇者そのものよりも、その歪みの正体へ意識を引かれていった。

 

「……何か、変じゃないか」

王都の大通りから少し外れた露店街で、誠司は小さくそう呟いた。

すぐ横では、シノンが人の流れを避けるように壁際へ立ち、ベルベットは露骨に不機嫌そうな顔で教会の尖塔を見上げている。

ヒッポリュテだけは静かに周囲を観察していたが、その視線もまた誠司と同じ違和感を追っているように見えた。

 

「何がだ」

ベルベットがぶっきらぼうに訊く。

誠司は言葉を探りながら、視線を通りの向こうへ向けた。

そこには王都でもひときわ大きな石造りの教会があり、その正面にはひどく目立つ紋章が掲げられている。

 

剣。

弓。

槍。

 

三つの武器が重なり合うように意匠化された紋章だった。

だが、そこに盾はない。

誠司は立ち止まり、しばらくそれを見上げていた。

四聖勇者を祀るのなら、本来そこには四つあるべきではないのか。

けれど現実には、まるで最初から存在しないもののように、盾だけが綺麗に消されている。

 

「……あの教会」

誠司が呟くと、近くで果物を並べていた露店の店主が、面倒そうに顔を上げた。

「何だ、旅人さん。三勇教の教会が珍しいのか?」

その単語に、誠司たちはほぼ同時に反応した。

ベルベットが眉を寄せ、シノンがわずかに目を細め、ヒッポリュテは何も言わずに店主を見た。

誠司が一歩だけ前へ出る。

 

「三勇教っていうのは?」

店主は、そんなことも知らないのかという顔をした。

だが、すぐにこちらの服装や武装を見て、地方から来た流れ者だと納得したらしい。

「剣、槍、弓の三勇者様を信仰する教えさ。王都じゃ昔から強い」

「……四聖じゃなくて、三勇?」

誠司が訊き返すと、店主は肩を竦める。

「そういうもんだ。三勇教は三勇者様を崇める。あそこに盾がないのも当たり前だろ」

 

その“当たり前”が、誠司にはまるで当たり前に思えなかった。

四聖勇者の一人であるはずの盾だけが、教会の紋章からすら消されている。

それは単なる省略ではなく、意図的な排除にしか見えない。

 

シノンが小さく言う。

「盾だけ、最初からいなかったみたい」

その言葉は、誠司の抱いた違和感をそのまま形にしたようだった。

ベルベットは嫌悪を隠そうともせず、低く吐き捨てる。

「気に食わない連中だな」

すると店主は、少しだけ周囲を気にするように視線を巡らせた。

それから声を潜める。

 

「気をつけた方がいいぞ。そういう話を教会の近くですると、面倒なのに絡まれる」

「面倒?」

誠司が問い返すと、店主はさらに嫌そうな顔をした。

「三勇教は、ただ盾を嫌ってるだけじゃない」

 

そこで会話が切れた。

店主は口を噤み、もう十分だと言いたげに果物の並びを直し始める。

だが、ここで引き下がれるほど誠司たちの違和感は軽くなかった。

むしろ逆に、いまの一言で確信へ近づいてしまった。

嫌うだけではない。

もっと深い何かが、この国の信仰には混じっている。

 

場所を変えることにした。

教会の鐘が見える通りから外れ、路地を二つほど曲がり、ようやく人目の薄い裏通りへ入る。

そこには酒臭い空気と古い石壁の湿気が溜まっており、表通りの喧騒が嘘のように遠かった。

その路地の角で煙草を吸っていた男へ、ベルベットが単刀直入に切り出す。

 

「三勇教について知ってることを話せ」

いかにもベルベットらしい物言いだった。

男は怪訝そうな顔をしたが、こちらの面子を見て、それなりに厄介な相手だと察したらしい。

特にヒッポリュテの視線が、無言のままで妙な威圧感を放っている。

 

「別に大したことじゃねえよ」

男はそう言いながら、煙を吐く。

「剣と槍と弓の勇者を神みたいに扱う連中だ」

「それだけなら、ただの偏った宗教で済む」

ヒッポリュテが静かに言う。

男はその声に肩を揺らし、少しだけ顔をしかめた。

 

「……盾の勇者は、あいつらにとっちゃ勇者じゃねえ」

「じゃあ何だ」

ベルベットが問う。

男は一瞬だけ口を閉じたが、やがて吐き捨てるように答えた。

「盾の悪魔だよ」

 

空気が一段だけ冷えた気がした。

誠司は思わず目を見開く。

悪魔。

嫌われているとか、信用されていないとか、そういう水準ではない。

勇者の一人が、教義の中で“悪魔”へ置き換えられている。

それはもはや、信仰というより敵認定だった。

 

「悪魔、って……」

シノンの声が掠れる。

男は肩を竦めた。

「そういうことになってる。波を呼ぶ元凶だとか、災厄の種だとか、まあ色々だ」

「ふざけてるな」

ベルベットが低く唸る。

だが男は苦く笑うだけだった。

「ふざけてねえよ。教会の連中は本気だ」

 

誠司は喉の奥がひどく乾くのを感じた。

ここまで歪んだ話だとは思っていなかった。

たしかに王都では盾の勇者の評判が妙に悪い気配があった。

だが、それが“嫌われている”程度ではなく、宗教的に悪魔認定されているとなると、話が違ってくる。

人が嫌うのと、教義として憎めと教え込まれるのでは、重さがまるで違う。

 

「それだけじゃない」

男は吸い殻を踏み消しながら続けた。

「教会じゃ、盾の悪魔を殺せば世界は救われるって、本気で言ってる奴もいる」

「は?」

誠司の口から、思わず間の抜けた声が出た。

だが、それは彼だけではなかった。

シノンは完全に言葉を失い、ベルベットの目はあからさまに殺気を帯びる。

ヒッポリュテだけが表情を崩さなかったが、その沈黙が逆に怒りの深さを思わせた。

 

「波の黒幕は盾だ。あれを滅せば災厄は終わる。そういう理屈さ」

男は淡々と口にする。

「冗談みたいだろ。だが、信じてる連中は本気だ」

「狂ってる」

ベルベットが吐き捨てる。

短い一言だった。

けれど、それ以上に正確な表現はなかった。

盾の勇者が嫌われるだけならまだ分かる。

誰かが気に入らない、誰かが責任を押しつけたい。

そういう人間の醜さなら、この世界でも珍しくない。

だが、波の黒幕だの、殺せば世界が救われるだのという話は、もはや嫌悪を通り越して狂信だった。

 

ヒッポリュテが低く言う。

「宗教ではないな。呪いに近い」

その声音は、王として状況を見切った者の冷たさを帯びていた。

「三勇を神格化し、一勇だけを悪魔に落とす。都合よく憎悪を一箇所へ集める構図だ」

男は苦笑した。

「王都の連中はそういうのに慣れてる。だが、外から来た奴ほど妙だと思うんだろうな」

「当たり前だ」

ベルベットは即答する。

「波の黒幕? 殺せば世界が救われる? そんな都合のいい話を信じる方がどうかしてる」

男はそれへは答えず、ただ肩を竦めるだけだった。

信じる者へ理屈は通じない。

そういう諦めが、その仕草には混じっていた。

 

話はそれで終わった。

男はこれ以上深入りする気はなく、こちらもまた路地を離れるしかない。

表通りへ戻る道すがら、四人の間にはしばらく沈黙だけがあった。

誰も軽々しく言葉を挟めなかったからだ。

いま知ったのは、ただ嫌われているという事実ではない。

この国の中核にある信仰のひとつが、盾の勇者という存在を“殺すべき悪魔”として制度化しているという現実だった。

それはあまりにも異常で、あまりにも危険だった。

 

宿へ戻る途中、ようやく誠司が口を開く。

「おかしいだろ……」

その声は低く、自分でも抑えきれない苛立ちを含んでいた。

「勇者の一人が、教義で殺すべき悪魔になってるなんて」

ベルベットが即座に返す。

「国ごと歪んでる証拠だ」

シノンは少し考えるように俯いていたが、やがて小さく言った。

「でも……みんなが本気で信じてるなら、それだけで危ない」

それは実感のこもった言葉だった。

シノンは追われる側だった。

誰かが“正しい敵”として指を差した瞬間、人はどれほど簡単に獣へ変わるのかを知っている。

だからこそ、教義として植えつけられた憎悪がどれだけ恐ろしいか、よく分かるのだろう。

 

誠司は歩きながら、頭の中で言葉を整理しようとした。

盾の勇者が本当に何かをしたのか。

実際に悪評の原因があるのか。

そこはまだ分からない。

だが、それにしても話が整いすぎている。

三勇は神。

盾は悪魔。

波の黒幕。

殺せば世界が救われる。

あまりにも都合がよすぎる。

誰かにとって、そう信じ込ませる必要があったようにしか見えない。

 

「何かがおかしい」

誠司が言うと、ヒッポリュテが静かに頷いた。

「同感だ」

その一言に、誠司は少しだけ驚いた。

ベルベットがそう言うならまだ分かる。

だが、ヒッポリュテは感情だけで動く女ではない。

王として構造を見る。

だからこそ、その同意は重かった。

 

「三勇を神とし、一勇だけを悪魔とする」

ヒッポリュテは歩みを緩めずに続ける。

「それは信仰というより、都合のいい敵を一つ作るやり方だ。群れをまとめるために外敵を欲する者は、いつの時代にもいる」

王の言葉だった。

戦場と民衆の両方を知る者だけが出せる結論だった。

誠司はその言葉を聞きながら、胸の中の違和感が、少しずつ形を持つのを感じる。

これは単なる勇者の不人気ではない。

国と宗教が絡んだ、もっと大きな歪みだ。

 

ベルベットが吐き捨てる。

「面倒だな。盾の勇者本人がどうであれ、ここまで来ると周りが狂ってる」

「でも、本人が何も知らないままじゃ済まない話でもある」

誠司が言うと、ベルベットは横目で睨む。

「だから何だ」

誠司はそこで立ち止まった。

夕闇の色が、王都の石壁へゆっくりと沈んでいく。

人通りはまだ多い。

けれど、この瞬間だけは不思議と、周囲の雑音が少し遠く感じられた。

 

「盾の勇者に会う」

言葉にした途端、自分の中で何かが決まる感覚があった。

ベルベットが眉をひそめる。

「簡単に言うな」

「簡単じゃないのは分かってる」

誠司は正直に頷く。

「でも、噂と教義だけで判断するのは違う」

シノンがそっと訊く。

「自分の目で見るってこと?」

「うん」

誠司は彼女を見る。

「四聖勇者のことを知りたいなら、いちばん歪められてる相手を放っておけない」

それはたぶん、彼自身の立場とも無関係ではなかった。

勇者でありながら、枠の外へ置かれるかもしれない存在。

そういう意味で、誠司は盾の勇者へ他人事ではいられない何かを感じていた。

 

ヒッポリュテが短く言う。

「よい」

誠司が少し驚いて振り向く。

「いいのか?」

「敵か、あるいは同じく波へ立つ者か」

ヒッポリュテの声は低く、静かだった。

「どちらにせよ、見定める価値はある」

その言葉には、王としての判断があった。

感情ではなく、必要としての接触。

けれど今の誠司には、それがかえって頼もしかった。

 

ベルベットは深く息を吐いた。

「面倒事の匂いしかしない」

だが、その口調は完全な否定ではない。

本気で嫌なら最初から切り捨てる女だ。

なのにこうして文句を言いながら付き合っている時点で、彼女もまた放っておく気はないのだろう。

シノンも、小さく、しかしはっきりと頷いた。

「でも、行くんでしょ?」

誠司は迷わなかった。

「ああ。次は、盾の勇者を探す」

 

王都の夜が、ゆっくりと降り始める。

灯りがともり、人々のざわめきは昼とは違うざらつきを帯びていく。

その中で誠司は、自分がいま新しい一歩を踏み出したのだと感じていた。

四聖勇者を知るための調査は、いつの間にか、いびつな宗教と政治の影へ触れることになっていた。

そして、その先にいる盾の勇者という存在は、もはやただの勇者の一人ではない。

この国の歪みそのものを背負わされた男かもしれないのだ。

 

だからこそ会わなければならない。

噂ではなく、自分の目で。

教義ではなく、自分の言葉で。

そう決めた時、誠司の中にあった曖昧な違和感は、ひとつの明確な目的へ変わっていた。

 

次に探すべき相手は、盾の勇者。

そしてその出会いは、きっと自分たちの立ち位置まで変えてしまう。

そんな予感が、夜の王都のざわめきの中で、ひどく静かに、しかし確かに胸の奥へ沈んでいった。

 

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