※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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意図して追う影

尚文たちと別れたあと、誠司たちはすぐ宿へ戻った。

王都の夜は相変わらず騒がしく、通りにはまだ兵士や冒険者たちの足音が入り乱れていたが、彼らの胸の中には、その喧騒とは別の重さが沈んでいた。

盾の勇者と会った。

ほんの短い時間で、ほとんど何も分かっていない。

それでも、三勇教が垂れ流す悪意だけでは決して見えないものを、確かに見たという実感だけは残っていた。

 

宿屋の一室へ入ると、ベルベットは乱暴に椅子へ腰を下ろした。

シノンは窓辺に立ち、外の通りを警戒するように見下ろしている。

ヒッポリュテは壁際へ背を預け、腕を組んだまま黙っていた。

誠司は部屋の中央で立ち止まり、さきほどの尚文の目を思い返していた。

あれは、疑いの目だった。

当然だと思う。

けれど、その疑いの奥にある疲労と諦観を思い出すたび、胸の奥が妙にざらついた。

 

「……あれが盾の勇者か」

誠司が呟くと、ベルベットが鼻を鳴らした。

「少なくとも、教会が言ってる悪魔には見えなかったな」

彼女にしては、かなり率直な評価だった。

信用したわけではない。

好意を抱いたわけでもない。

だが、歪んだ噂よりは現実の尚文を見た。

その事実を、ベルベットは彼女なりに認めているのだろう。

 

「守ってた」

シノンが静かに言う。

「自分が前に出て、あの二人を守るように動いてた」

その声には、弓手としての観察と、彼女自身の感情が混じっていた。

ラフタリアとフィーロが尚文を信じ、尚文が彼女たちを背負うように立っていたこと。

それは、言葉よりもずっと強く、彼がただの危険人物ではないことを示していた。

 

ヒッポリュテも低く続ける。

「民衆から切り離され、なお仲間を背に立つ者は、悪魔ではない」

その言い方は静かだったが、断言に近かった。

「ただし、傷は深い。あの男は人を信じぬことで、どうにか立っている」

誠司は小さく頷いた。

尚文の警戒心は、臆病さではない。

傷ついた人間が、それ以上壊されないために身につけた鎧のようなものだった。

だからこそ、軽々しく踏み込むべきではないのだろう。

 

「でも、放っておくのも違う」

誠司は自分へ言い聞かせるように言った。

ベルベットが視線を向ける。

「また面倒事へ首を突っ込む気か」

「たぶん」

「即答するな」

彼女は呆れたように言ったが、その声に本気の制止はなかった。

むしろ、こうなると分かっていたような響きすらある。

 

「偶然助けただけなら、ここで終わりでもいい」

誠司は続ける。

「でも、三勇教の教義を知ったうえで、実際の尚文さんを見た。ここで知らないふりをするのは、何か違うと思う」

シノンが静かに頷く。

「次は、偶然じゃなくて、こっちから関わるってことだね」

その言葉が、部屋の空気を少しだけ重くした。

偶然の共闘と、意図して関わることは違う。

後者には責任が伴う。

尚文へ接触を続けるということは、三勇教の敵意や王都の歪みへ、自分たちも踏み込むということだ。

 

ヒッポリュテが腕を組んだまま、静かに言った。

「ならば、ただ会いに行くな。理由を持て」

「理由?」

「盾の勇者は警戒している。好意だけを持って近づけば、かえって疑われる」

彼女は王として、そして戦士として言葉を選んでいた。

「情報、危険、利害。そうしたものを持って行け。善意だけでは、傷ついた者の門は開かぬ」

誠司はその言葉に、少しだけ胸を突かれた。

善意だけでは届かない。

それは、ベルベットやシノン、ヒッポリュテ自身との旅でも何度も思い知ったことだった。

尚文へ関わるなら、ただ「信じてほしい」と言うのでは足りない。

彼にとって意味のあるものを持っていかなければならない。

 

「じゃあ、情報を集めよう」

誠司が言うと、ベルベットが立ち上がった。

「三勇教の動きか」

「うん。尚文さんにとって危険になるものがないか確認したい」

「本当に面倒なことを選ぶな」

「否定はしない」

誠司がそう答えると、ベルベットは短く息を吐いた。

それから、いつものように文句を言いながらも扉へ向かった。

 

宿を出た頃には、王都の夜はさらに深くなっていた。

昼間の市場とは違い、夜の通りには露骨な影が増える。

酒場の明かり、教会の塔から落ちる黒い影、路地の奥で交わされる小声の取引。

波の余波が残るこの夜に、王都は眠っていない。

むしろ、表で語れない思惑ほど、夜の中で動き始めているようだった。

 

四人はあえて大通りを避け、教会周辺の裏路地へ回った。

三勇教の大きな教会は、夜でも灯りを消していなかった。

剣、弓、槍を象った紋章が、白い石壁の上で灯火を受けて不気味に浮かび上がっている。

盾の欠落は、昼よりもむしろ目立った。

あるべきものが無いという事実は、暗闇の中でこそ強く見えるものなのだと、誠司は思った。

 

「……声がする」

シノンが小さく言った。

彼女の耳は、通りのざわめきの中から人の声を拾い分けている。

四人は足音を殺し、教会裏の細い路地へ身を寄せた。

石壁の向こう、あるいは裏口に近い場所で、複数の男たちが話している。

聖職者らしき硬い口調と、兵士に近い荒い声が混じっていた。

 

「盾の悪魔は、まだ城下にいるのか」

その一言で、誠司の神経が一気に張り詰めた。

ベルベットの目が細くなる。

シノンは息を潜め、ヒッポリュテはわずかに顎を引いた。

 

「波の後始末に紛れて動いております。例の亜人の娘と鳥も同行していると」

「忌々しい。波の混乱で仕留め損なったか」

仕留め損なった。

その言葉の生々しさに、誠司の腹の奥が冷えた。

単なる悪口ではない。

敵意でもない。

実際に、害する意図がある。

三勇教の教義がただの信仰ではなく、行動へ移り始めているのだと、その一言で理解できた。

 

別の声が続く。

「今は王都の目も多い。露骨に動けば騒ぎになります」

「ならば、次の移動で孤立させればいい。あの悪魔は民に嫌われている。多少の混乱があっても、誰も庇わぬ」

「ですが、今日、見慣れぬ一団が接触したとの報告が」

誠司の背筋が強張る。

見慣れぬ一団。

それは間違いなく自分たちのことだ。

もう見られている。

あるいは、少なくとも存在を認識されている。

 

「剣でも槍でも弓でもない武器を持つ男がいたと」

「異端か」

「分かりません。ただ、盾の悪魔を助けたようです」

「ならば、監視対象へ加えろ。悪魔に与する者ならば、同じく裁く理由になる」

その瞬間、ベルベットの左腕が包帯の下で小さく脈打った。

彼女の怒りが、言葉になる前に身体へ出たのだろう。

誠司は彼女へ視線だけで制止を送った。

ここで飛び出せば、尚文へ伝えるべき情報が途切れる。

ベルベットもそれを理解しているのか、歯を噛み締めながら踏みとどまった。

 

男たちの会話はなお続いたが、核心は十分だった。

三勇教は尚文を監視している。

波の混乱に乗じて危害を加えようとしていた。

そして、誠司たちの存在も警戒対象になった。

これはもう、ただの情報収集では済まない。

誠司たちは、尚文へ接触する理由を得てしまったのだ。

 

やがて足音が遠ざかり、裏口の扉が閉まる音がした。

しばらく待ってから、四人はようやく路地の奥から動いた。

夜風が吹く。

教会の石壁に掲げられた三つの武器の紋章が、灯火の揺れで歪んで見えた。

 

「聞いたな」

ベルベットの声は低く、怒りを押し殺していた。

「盾の勇者を孤立させる気だ」

シノンも顔を強張らせる。

「それに、私たちも見られてる」

ヒッポリュテは静かに頷いた。

「善意だけではなく、警告を持って行けるようになった」

その言い方は冷静だったが、誠司にはその奥に怒りがあると分かった。

王として、民を扇動して敵を作るやり方を、彼女は明確に嫌悪しているのだろう。

 

誠司は拳を握った。

尚文は慣れたと言っていた。

敵視されるのには慣れた、と。

だが、慣れていいはずがない。

教義で悪魔と呼ばれ、波の黒幕とされ、殺せば救われるとまで言われ、その上で実際に狙われている。

そんなものを、ただ日常として受け入れていいはずがない。

 

「尚文さんに伝えよう」

誠司は言った。

「このまま放っておけない」

ベルベットが横目で見る。

「向こうが信じるとは限らないぞ」

「分かってる」

「罠だと思われる可能性もある」

「それも分かってる」

誠司は、それでも声を弱めなかった。

「でも、伝えなきゃ駄目だ。俺たちが知ってて黙ってたら、それこそ次に顔を合わせる資格がなくなる」

シノンが小さく頷く。

「私も行く。あの子たちも巻き込まれるかもしれないなら、尚文だけの話じゃない」

彼女が言う“あの子たち”とは、ラフタリアとフィーロのことだろう。

守る者として戦う彼女たちを見たからこそ、シノンには他人事ではなくなっていた。

 

ヒッポリュテも短く言う。

「盾の勇者を見定めるには、次の言葉が必要だ」

ベルベットは深く息を吐いた。

「本当に面倒だな」

だが、彼女は踵を返して宿とは反対の方角を向いた。

その行動が答えだった。

 

「どこへ行く?」

誠司が問うと、ベルベットは当然のように言った。

「盾の勇者が移動しそうな場所だ。市場、宿場、素材屋、あとは城下の外へ出る門」

シノンが少し驚いたように瞬きする。

ベルベットはそれを見て、不機嫌そうに言った。

「何だ。私が何も考えてないとでも思ったのか」

「いや、ちょっとだけ」

「撃つぞ」

「撃たないで」

こんな状況でも、短いやり取りが少しだけ空気を緩める。

だが、その奥にある緊張は消えなかった。

 

誠司は教会の方を一度だけ振り返った。

剣、弓、槍。

三つの武器を掲げるその建物は、夜の中で白く光っている。

美しい石造りの外観とは裏腹に、その内側で語られていた言葉は、ひどく醜かった。

盾の悪魔を孤立させろ。

悪魔に与する者も裁け。

その言葉が、耳の奥へこびりついて離れない。

 

「偶然じゃなくなったな」

誠司が呟く。

ベルベットが歩きながら答える。

「最初から、そうなる流れだったんだろ」

シノンが静かに続ける。

「次は、こっちから会いに行く」

ヒッポリュテが締めるように言った。

「そして、盾の勇者へ選ばせる。疑うか、聞くかを」

その言葉に、誠司は頷いた。

 

次に会う時、尚文が信じてくれる保証はない。

むしろ疑われるだろう。

だが、それでもいい。

前回は偶然の撤退支援だった。

今回は違う。

知ったうえで、選んで向かう。

それは誠司たちが、本編の渦へさらに一歩踏み込むということだった。

 

王都の夜道を、四人は進んだ。

目指すのは盾の勇者の足跡。

届けるべきは、善意ではなく警告。

そして確かめるべきは、噂でも教義でもなく、岩谷尚文という男がその警告をどう受け取るかだった。

 

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