※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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盾への警告

夜明け前の王都は、昼の喧騒が嘘のように冷えていた。

けれど、その静けさは安らぎではない。

石畳の隙間へ沈んだ昨日の騒ぎと、三勇教の教会裏で聞いた言葉の残響が、まだ薄暗い空気の中へ滲んでいるようだった。

 

宿屋の一室で、朝霧誠司はほとんど眠れないまま夜を越えていた。

窓の外はまだ青黒く、遠くで動き出す荷車の音だけがかすかに聞こえている。

同じ部屋には、ベルベット、シノン、ヒッポリュテがいた。

誰も深く眠ってはいない。

それぞれの形で休んではいたが、意識のどこかはずっと張りつめたままだった。

 

理由は明白だった。

昨夜、彼らは三勇教の裏側を聞いた。

盾の勇者を次の移動で孤立させる。

波の混乱で仕留め損なった。

盾の悪魔に与する者も監視対象へ加える。

その言葉は、ただの悪口でも狂信でもなく、すでに行動へ移りかけた敵意だった。

 

「教会の連中は、尚文さんを次の移動で孤立させるつもりだった」

誠司は低く言った。

声に出した瞬間、改めて腹の底が冷える。

知ってしまった以上、それを無かったことにはできない。

 

窓辺に立っていたシノンが、外から視線を戻す。

「それに、私たちも監視対象になった」

彼女の声音は静かだったが、そこには確かな緊張がある。

追われる側の気配には敏感なのだろう。

昨日の会話を聞いた時から、彼女は何度も窓の外や廊下へ視線を向けていた。

 

ベルベットは椅子へ腰掛けたまま、片肘を膝へ乗せている。

「悪魔に与する者、だったか。随分な言い草だな」

その口調は冷たい。

だが、その冷たさの底では怒りが燻っている。

三勇教の言葉は、彼女にとってただの宗教的な狂気ではない。

波で奪われた者の痛みを利用し、都合のいい敵を作る行為そのものが、彼女の神経を逆撫でしているのだ。

 

ヒッポリュテは壁際へ背を預け、腕を組んでいた。

夜明け前の薄暗さの中でも、その姿勢には王の威厳がある。

「敵は信仰を盾にしている。だから、自分たちの悪意を正義と思い込める」

低い声だった。

「正義の名を得た悪意は、ただの憎悪より始末が悪い」

その言葉は重かった。

女王として民を率いた彼女だからこそ、群れが一つの思想に染まる危うさを知っているのだろう。

 

誠司は拳を握った。

「放っておけない」

それは、ほとんど反射のように出た言葉だった。

だが、言ってからすぐに、自分の中でその言葉が揺らがないことを確かめる。

知ってしまった。

尚文が狙われていることも、自分たちまで巻き込まれ始めていることも。

ならば、黙っている理由などなかった。

 

ベルベットが横目で見る。

「放っておく気なら、そもそも夜中に教会の裏なんて探ってない」

「それはそうだけど」

「問題は、あいつが信じるかどうかだろ」

その指摘に、誠司はすぐには答えられなかった。

尚文の警戒心を思い出す。

あの目。

敵意へ慣れすぎた、そして人を簡単に信じなくなった目。

こちらが何を伝えようと、罠だと疑われてもおかしくない。

 

シノンが静かに言う。

「尚文は、簡単には信じないと思う」

「うん」

誠司は頷く。

「それは分かってる」

「でも、伝えないよりはいい」

彼女の言葉は短い。

けれど、その奥にあるものははっきりしていた。

自分たちが黙っていたせいで、誰かが傷つく可能性がある。

それを彼女は選びたくないのだ。

 

ヒッポリュテが続ける。

「信じさせる必要はない。無視できぬ情報として渡せばよい」

誠司は顔を上げる。

「無視できない情報」

「そうだ」

ヒッポリュテは頷いた。

「判断するのは盾の勇者だ。こちらがすべきは、判断材料を渡すこと。善意を受け取れと迫ることではない」

その言葉は、昨日の助言の続きだった。

善意だけでは、傷ついた者の門は開かない。

だが、危険の情報ならば違う。

信用ではなく必要として受け取ることができる。

 

誠司は深く息を吸った。

「そうだな。まずは伝える。判断するのは尚文さんだ」

言葉にすると、少しだけ視界が定まった。

信じてほしい。

その気持ちはある。

けれど、それを目的にしてはいけない。

今すべきことは、知った危険を届けることだ。

 

四人は夜明けとともに宿を出た。

朝の王都は、夜とはまた違う冷たさを持っていた。

市場の準備をする商人、警備交代の兵士、急ぎ足の旅人たち。

すでに街は動き始めているが、その空気にはまだ眠気と不安が混じっている。

波の後処理が完全には終わっていないせいか、通りのあちこちに疲れた顔があった。

 

最初に向かったのは、昨日も情報を得た素材屋だった。

尚文が薬草や安い素材を買うという話を聞いていたからだ。

店は開いたばかりで、主人はまだ棚を整えている最中だった。

 

「盾の勇者を見なかったか」

ベルベットがいきなり訊く。

主人はぎょっとした顔で彼女を見たが、すぐに誠司たちの顔を覚えていたのか、少し警戒を緩めた。

 

「盾の勇者? ああ、朝早く来たぞ」

誠司の胸が跳ねる。

「何を買っていった?」

「薬草と安い素材をいくつか。あと、旅支度みたいだったな」

シノンが反応する。

「旅支度……」

ベルベットが舌打ちした。

「移動するつもりか」

三勇教の会話が、誠司の頭の中で繋がる。

次の移動で孤立させる。

つまり、その機会はもう目前に来ている。

 

ヒッポリュテの声が低くなる。

「三勇教が狙うなら、王都を出る瞬間だろう」

誠司は主人へ身を乗り出す。

「どっちへ向かったか分かるか?」

主人は少し考え、指で方角を示した。

「南門の方へ行ったはずだ。あの鳥が目立つからな」

大きな鳥。

フィーロのことだ。

間違いない。

 

店を離れた瞬間、四人の足は自然と速くなった。

だが、南門へ向かう途中で、シノンがふいに歩調を落とした。

彼女の目が、通りのガラス窓に映った背後を捉えている。

 

「……後ろ。同じ人が三回角を曲がってる」

誠司は反射的に振り返りそうになったが、シノンの指先が小さくそれを制した。

ベルベットは前を向いたまま、低く呟く。

「気づかれてるな」

誠司は喉の奥が強張るのを感じた。

「尚文さんだけじゃなく、俺たちもか」

ヒッポリュテが淡々と言う。

「昨夜の会話どおりだ。悪魔に与する者として見られている」

 

背後の気配は、露骨ではない。

しかし、こちらを見ていないふりをしながら距離を一定に保っている。

王都の人混みに紛れているため断定しづらいが、だからこそ訓練された監視の匂いがあった。

 

ベルベットが笑みとも怒りともつかない表情を浮かべる。

「潰すか?」

「今は駄目だ」

誠司はすぐに答えた。

「騒ぎを起こせば、尚文さんへ警告する前に足止めされる」

シノンが小さく頷く。

「なら、撒く?」

ヒッポリュテは首を振った。

「いや、気づいていることだけ悟らせず進め。連中の動きも情報だ」

ベルベットが嫌そうに鼻を鳴らす。

「面倒な王様思考だな」

「生き残るには必要だ」

ヒッポリュテの返答に迷いはなかった。

 

南門へ近づくにつれ、人の流れはさらに増えた。

旅人、荷運び、商人、兵士。

王都から出る者と入る者が交錯し、その間を縫うように門番の声が響いている。

波の後だというのに、いや、波の後だからこそ、人は移動を止められないのだろう。

危険から離れる者、商機を探す者、傷ついた場所へ向かう者。

そのすべてが門前へ集まっていた。

 

「いた」

シノンが短く言った。

誠司は彼女の視線を追う。

門の近く、少し人混みから外れた場所に、盾を背負った男がいた。

尚文だ。

傍らにはラフタリアが立ち、周囲を警戒している。

フィーロは落ち着きなく足を動かしながら、外へ出る道を見ていた。

やはり出立するつもりだったのだ。

 

「本当に出るつもりだったのか」

誠司が呟く。

ベルベットは目を細める。

「間に合っただけマシだな」

ヒッポリュテは周囲を見渡した。

「周囲を見ろ。見張りがいる」

言われて、誠司も視線を巡らせる。

旅人のふりをした男。

荷車の陰にいる神官風の男。

門番とは違う位置で尚文たちを見ている者が数人。

偶然ではない。

すでに始まっている。

 

「もう動いてる……」

誠司は息を呑む。

ベルベットが問う。

「どうする。ここで声を掛ければ、連中にも見られる」

「でも、ここで伝えなきゃ遅い」

誠司は尚文たちを見た。

迷う時間はない。

隠れて接触しようとすれば、かえって罠に見える。

なら、正面から行くしかない。

 

ヒッポリュテが静かに言った。

「ならば堂々と行け。隠れて接触すれば、かえって疑われる」

誠司は頷いた。

「分かった」

 

四人は門前の人混みを抜け、尚文たちへ近づいた。

最初に気づいたのはラフタリアだった。

彼女の手が剣へ伸びる。

フィーロもこちらを見て、首を傾げたあと、すぐに尚文の前へ出られる位置へ動いた。

尚文はゆっくりと振り返り、誠司たちを見た。

 

「……またお前らか」

声は低い。

警戒は解けていない。

むしろ、こんな場所で再び現れたことで、疑いは強くなったように見えた。

 

誠司は両手を見える位置へ出した。

「話がある。長くは取らせない」

ラフタリアが周囲を見る。

「尚文様、周囲に人が多すぎます」

その言葉には、ここで立ち話をする危険が含まれている。

フィーロが目をぱちぱちさせる。

「また戦うのー?」

ベルベットが即座に言う。

「こっちはそのつもりじゃない」

尚文の目が細くなる。

「なら何だ」

 

誠司は、もう回りくどい説明を捨てた。

「三勇教が、あなたを次の移動で孤立させるつもりだ」

その一言で、ラフタリアの顔色が変わった。

フィーロの羽毛がわずかに逆立つ。

尚文は、驚いたというより、嫌な予想が当たった時のように目を細めた。

 

「……誰から聞いた」

「教会裏で、直接聞いた」

尚文の口元がわずかに歪む。

「盗み聞きか」

ベルベットが冷たく返す。

「綺麗な手段を選べる相手じゃなかった」

シノンが続ける。

「あなたたちを、波の混乱で仕留め損なったと言ってた」

ラフタリアが息を呑む。

「……!」

フィーロが一歩前へ出る。

「ご主人さまを?」

声は幼い。

だが、その奥にある怒りは純粋だった。

 

ヒッポリュテが静かに補う。

「さらに、我らも監視対象になった。悪魔に与する者としてな」

尚文はしばらく黙っていた。

視線だけが、誠司、ベルベット、シノン、ヒッポリュテを順に測る。

そして最後に、門の周囲にいる見張りらしき者たちへ視線を流した。

彼も気づいていたのだろう。

あるいは、いまの情報で確信したのかもしれない。

 

「……なるほど。いかにもあいつらが考えそうなことだ」

その声には、怒りよりも諦めに近いものがあった。

慣れている。

その事実が、誠司にはやはり痛かった。

 

尚文は改めて誠司を見た。

「それを伝えて、お前らに何の得がある」

鋭い問いだった。

誠司は答えようとして、一瞬だけ言葉に詰まる。

得。

確かに、得で考えるなら危険しかない。

三勇教に目をつけられ、王都での立場も悪くなり、尚文本人に信じてもらえる保証もない。

 

「得じゃない」

そう答えた瞬間、尚文の目がさらに冷える。

「そういう答えが一番信用できない」

痛いほど当然の反応だった。

誠司は何も言えなくなる。

その時、横からベルベットがあっさりと言った。

 

「分かる。私もそう思う」

「ベルベット!?」

誠司は思わず振り向く。

だがベルベットは気にもしない。

「でも、こいつはそういう馬鹿だ」

ひどい言い方だった。

けれど、その言葉には妙な真実味があった。

シノンも小さく続ける。

「知ってて黙るのが嫌だっただけだと思う」

ヒッポリュテは最後に、尚文へ向き直った。

「そして、我らは三勇教を敵と見た。利害はある」

その言葉に、尚文の視線がヒッポリュテへ向く。

彼女は一歩も引かない。

王として、正面から利害を提示していた。

 

尚文は短く息を吐いた。

「……そっちの方がまだ信用できる」

誠司は少しだけ苦笑する。

「じゃあ、それでいい」

善意だけでは届かない。

そう言われていた意味を、いま痛いほど理解した。

尚文に必要なのは、耳障りのいい言葉ではなく、疑ってもなお使える情報と、納得できる利害なのだ。

 

誠司は一歩だけ距離を詰めすぎない位置で言った。

「王都を出るなら、少し距離を置いてでもいい。俺たちが後方を見張る」

尚文の眉が上がる。

「護衛のつもりか?」

「警戒してくれていい」

誠司は正直に言った。

「でも、連中が本当に動くなら、背後を見ている目は多い方がいい」

ラフタリアが尚文を見る。

「尚文様……」

フィーロが胸を張る。

「フィーロ、後ろの敵も蹴れるよ?」

その言葉に、ほんの一瞬だけ空気が緩みかける。

けれど尚文はすぐに表情を戻した。

 

「……勝手にしろ」

短い言葉だった。

「ただし、変な動きをしたら敵と見る」

ベルベットが口の端を上げる。

「上等だ」

シノンは静かに頷いた。

「それで十分」

ヒッポリュテも低く言う。

「妥当な距離だ」

 

それは協力と呼ぶにはあまりに冷たい。

信頼と呼ぶには遠すぎる。

けれど、敵ではない。

少なくとも、同じ方向を見ながら距離を取って歩くことは許された。

今の尚文との関係としては、それが最大の前進なのだろう。

 

尚文はそれ以上何も言わず、ラフタリアとフィーロを促して門の方へ歩き出した。

門番は一瞬嫌そうな顔をしたが、手続き自体は止められない。

尚文一行が王都の外へ出る。

少し遅れて、誠司たちも距離を置いて同じ門を抜けた。

 

門の外には、朝の光が広がっていた。

王都の石壁の影を抜けると、空気が少しだけ変わる。

だが、自由になったわけではない。

背後にはまだ、三勇教の監視者の気配がある。

そして前方には、尚文たちの背中がある。

その間に、誠司たちは立っていた。

 

「信じてもらえたわけじゃない」

誠司は内心で呟く。

けれど、聞いてはもらえた。

それだけで、今は十分だった。

 

ベルベットが隣で小さく言う。

「これ、護衛じゃなくて尾行の延長だな」

シノンが静かに返す。

「でも、今はそれでいい」

ヒッポリュテは王都の門を一度振り返り、そして尚文の背へ視線を戻した。

「距離とは信頼の形でもある。近すぎれば壊れる関係もある」

誠司はその言葉を胸の中で噛み締めた。

 

前方で、尚文が一度だけ振り返る。

その目にはまだ警戒がある。

だが、完全な拒絶ではない。

誠司は短く頷き返した。

尚文は何も言わず、また前を向く。

 

「……行こう」

誠司が言うと、三人がそれぞれの形で頷いた。

 

南門の外へ続く道を、二つの一行が距離を置いて進み始める。

前には盾の勇者。

後ろには銃の勇者かもしれない男と、その仲間たち。

さらにその背後には、三勇教の影。

 

信頼ではない。

友情でもない。

だが、警告は届いた。

そして今、彼らは同じ道の上にいる。

その事実だけが、王都の朝の光の下で、静かに次の火種を孕んでいた。

 

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