※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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距離のある共闘

王都の南門を抜けた先に広がる街道は、朝の光を受けているにもかかわらず、妙に冷えた色をしていた。

石壁に囲まれた王都の内側では、人の声と荷車の軋みが絶えず重なっていたが、一歩外へ出ると、その喧騒は背後へ押し込められ、代わりに草の擦れる音と、遠くで鳴く鳥の声だけが耳に残る。

その静けさは本来なら旅立ちの開放感を与えるものなのだろうが、今の誠司には、むしろ張り詰めた膜のように感じられた。

 

前方には盾の勇者、岩谷尚文の一行がいる。

尚文はラフタリアとフィーロを連れ、こちらへ背を向けたまま街道を進んでいるが、時折わずかに振り返る仕草には、明らかな警戒が残っていた。

その少し後ろを、朝霧誠司たち四人が歩いている。

護衛というには遠く、尾行というには隠れていない、そんな奇妙な距離だった。

 

「これ、護衛というより完全に尾行の延長だな」

 

ベルベットは呆れを隠さずに言ったが、足取りは乱さず、視線だけは周囲の林へ向けている。

彼女が文句を言いながらも警戒を怠らないことを知っている誠司は、苦笑を返しながらも、尚文たちとの距離を詰めすぎないよう歩幅を調整した。

 

「向こうがそれを望むなら、今はこの距離でいいと思う。近づきすぎても、余計に疑われるだけだ」

 

「信頼のない相手へ近づきすぎれば、それは善意ではなく圧になる。盾の勇者は我らを拒んでいるのではなく、測っている段階だ」

 

ヒッポリュテの言葉は静かだったが、そこには王として人の距離を見定める確かな重みがあった。

誠司はその言葉に頷きながら、前を歩く尚文の背を見る。

盾を背負うその姿は、王都で見た時よりもさらに孤独に見えたが、孤独だから弱いという印象はない。

むしろ、誰にも簡単に背を預けないことで、折れずに立っているように見えた。

 

「後ろにいる」

 

シノンが小さく言った。

彼女は街道脇の低い木立へ視線を流しながら、声の大きさだけでなく、表情までも抑えている。

 

「昨日の監視者と同じ歩き方。距離は取ってるけど、私たちと尚文たちの両方を見てる」

 

ベルベットの目が細くなる。

 

「やっぱり来たか。潰すか」

 

「今は駄目だ。向こうが何をするつもりか見ないと、尚文さんへ伝えた警告の意味も薄くなる」

 

誠司がそう言うと、ベルベットは不満げに舌打ちしたが、踏み込むことはなかった。

その一方で、ヒッポリュテは周囲の地形を見渡していた。

街道の右手には緩い林が広がり、左手には浅い崖と低い草地が続いている。

荷車が一台通るには十分な道幅だが、何かで塞がれれば迂回しにくい。

前方には小さな曲がり角があり、その先は林が濃くなっていた。

 

「これは、狩りに向いた道だ」

 

ヒッポリュテが低く言う。

 

「狩り?」

 

「獲物を追い、逃げ道を細らせ、望む場所へ押し込む。真正面から殺しに来るのではなく、逃げる先を選ばせている」

 

その言葉を聞いた瞬間、誠司の胸の奥が冷たくなった。

三勇教の目的は、尚文を孤立させることだった。

そのために必要なのは、大軍で襲うことではない。

周囲の道を塞ぎ、偶然を装って流れを限定し、尚文たちを人目のない場所へ誘導することだ。

 

前方で、荷車が一台、道の端で傾いていた。

車輪が外れたように見え、二人の男が困った様子で荷を押さえている。

一見すればただの事故だが、荷車の位置があまりにも悪い。

尚文たちはその横を通るために速度を落とさざるを得ず、その動きに合わせるように、林の奥で鳥が不自然に飛び立った。

 

「偶然にしては、随分と都合が良すぎるな」

 

ベルベットの声には怒りが混じっていた。

シノンは木立の奥を見たまま、わずかに眉を寄せる。

 

「あの荷車、さっきから道を塞ぐ位置ばかり選んでる。荷を直してるふりだけで、直す気がない」

 

前方の尚文も異変に気づいたのだろう。

足を止めることはしないが、ラフタリアへ短く何かを告げ、フィーロの位置を変えさせた。

こちらを振り返らないのは、誠司たちへ合図を送ったと見られないためか、それともまだ頼る気がないからか。

どちらにしても、尚文の判断は早かった。

 

「狙いは尚文さんを孤立させることか」

 

誠司が呟くと、ヒッポリュテは頷いた。

 

「それだけではない。我らが後方にいることも織り込まれている。盾の勇者と我らを同時に扱うなら、まず間を裂く」

 

その言葉が終わるより早く、街道脇の林から薄い煙が流れ出した。

火事の煙ではない。

匂いが甘く、鼻の奥にまとわりつくような異臭がある。

フィーロが先に反応し、羽毛を逆立てる。

同時に、林の奥から獣の唸り声が複数重なった。

 

「魔物を誘導してる」

 

シノンが弓を構えた。

誠司も銃を抜き、煙の流れの先を探る。

林の根元、苔むした石の影に、小さな金属製の香炉のようなものが置かれていた。

そこから甘い煙が細く立ち昇り、街道の前後へ広がっている。

香に引かれた魔物が尚文たちの前方へ出れば、尚文は正面を受けるしかない。

そして後方に別の魔物や信徒が現れれば、誠司たちは引き離される。

罠はもう発動していた。

 

「ラフタリア、前方だ!」

 

前方で尚文の声が飛んだ。

その直後、林の曲がり角から狼型の魔物が三体飛び出す。

ラフタリアが剣を抜き、フィーロが地を蹴って前へ出た。

尚文は盾を構え、正面から受け止める姿勢を取る。

その動きには迷いがないが、背後を振り返る余裕はない。

 

「後ろも来る!」

 

シノンの声と同時に、誠司たちの背後の草地から、甲殻を持つ小型魔物が這い出した。

さらに、林の陰には神官服を着た男が二人、こちらの様子をうかがっている。

直接戦う気は薄い。

だが、魔物をけしかけて道を塞ぐつもりなのは明らかだった。

 

「ベルベット、後ろを止めてくれ。シノンは右の木陰、あの香炉を見て」

 

「見えてる。でも一発で壊すなら、誠司の銃の方が確実」

 

「なら撃て。迷ってる時間はない」

 

ベルベットはそう言うなり、背後の魔物へ向かって踏み込んだ。

異形の腕が包帯の下で脈打ち、最初の一体を地面ごと叩き潰す。

ヒッポリュテはカリオンを軽く走らせ、誠司の射線を塞がない位置で槍を構えた。

 

「誠司、香炉を落とせ。煙が続けば、次が来る」

 

「分かってる」

 

誠司は呼吸を整え、銃口を右の木陰へ向ける。

敵の本体を撃つより、罠の起点を壊す。

それが今の役割だった。

一発目の銃声が街道に響き、香炉の横の石を砕いた。

外したのではない。

香炉の位置を揺らし、煙の向きを変えるためだった。

二発目で金属の胴を撃ち抜くと、香炉は乾いた音を立てて弾け、甘い煙が途切れた。

 

前方で、尚文が一瞬だけこちらを見た。

その目はまだ警戒しているが、今の銃撃が自分たちへ向けられたものではないことは理解したはずだった。

ラフタリアもその変化に気づいたらしく、こちらへわずかに視線を流す。

フィーロは魔物を蹴り飛ばしながら、明るい声で叫んだ。

 

「あの人たち、後ろ壊してるー!」

 

「分かってる。今は前を抜けるぞ」

 

尚文の声は短く、現実的だった。

礼も称賛もない。

だが、誠司たちの行動を敵対とは見ていない声だった。

それだけで、誠司には十分だった。

 

背後では、ベルベットが甲殻魔物を押さえ、シノンが木陰に潜む信徒の足元へ矢を射込んで牽制していた。

殺すのではなく、動きを止める射方だ。

相手が人間である以上、誠司もシノンも必要以上の殺傷を選べない。

その迷いを見透かしたのか、神官服の男の一人が笑い、懐から二つ目の香炉を取り出そうとした。

 

「させるか」

 

ヒッポリュテが低く言い、槍を投げた。

槍は男の手元を正確に掠め、香炉だけを弾き飛ばして地面へ突き刺さる。

男は恐怖で腰を抜かし、そのまま林の奥へ転がるように逃げた。

ヒッポリュテはカリオンを進めながら槍を引き抜き、逃げる背を追いすぎることなく街道の中央へ戻る。

 

「逃がしていいのか」

 

ベルベットが魔物を蹴り飛ばしながら問うと、ヒッポリュテは短く答えた。

 

「報告させろ。こちらが罠を見抜いたことも、盾の勇者が孤立しなかったことも、敵に知らせる価値がある」

 

「本当に面倒な王様思考だな」

 

「褒め言葉として受け取ろう」

 

「褒めてない」

 

そんなやり取りをしている間にも、戦況は動いていた。

尚文たちの前方では、最後の狼型が尚文の盾へ爪を立て、ラフタリアがその脇腹へ剣を走らせ、フィーロの蹴りが胴体を街道脇へ吹き飛ばした。

尚文は崩れた荷車の方へ目を向け、そこにいた男たちが演技をやめて逃げ出すのを見て、低く舌打ちしたようだった。

 

「やっぱりな」

 

その呟きは遠くて小さかったが、誠司には届いた気がした。

尚文はこういう悪意に慣れている。

だからこそ、最初から荷車の事故も完全には信じていなかったのだろう。

 

やがて、街道に残った魔物はすべて沈黙した。

甘い煙も消え、林に潜んでいた気配も遠ざかっていく。

しかし、勝ったという空気にはならなかった。

倒したのは魔物であり、壊したのは罠の一部に過ぎない。

本当に敵意を向けている者たちは、まだ街の内側や教会の陰で息を潜めている。

 

尚文がこちらへ歩いてきた。

ラフタリアは隣に立ち、フィーロはやや後ろで周囲を見ている。

誠司たちも、武器を完全にしまわないまま待った。

この距離が今の関係なのだろう。

近づきすぎず、逃げもせず、互いに何を言うかを測っている。

 

「……今のは、お前らが仕掛けた罠じゃなかったらしいな」

 

尚文の第一声に、誠司は少しだけ肩の力が抜けた。

 

「罠だったら、もっと上手くやるよ」

 

「その返しは信用できないな」

 

尚文は即座に返したが、声の棘は前より少しだけ浅かった。

ベルベットが横から鼻を鳴らす。

 

「馬鹿正直に警告してから罠に嵌めるほど、こっちは暇じゃない」

 

「それもそうだ」

 

尚文は短く答え、壊れた香炉の残骸へ目を向けた。

金属片には、剣、弓、槍を重ねた小さな刻印が彫られている。

三勇教の紋章だった。

それを見たラフタリアの表情が曇り、フィーロは不快そうに足元の石を蹴った。

 

「三勇教か」

 

尚文の声には驚きがなかった。

ただ、予想が形になったことへの嫌悪だけがある。

 

ヒッポリュテは壊れた香炉を槍の穂先で軽く転がした。

 

「敵は貴様を孤立させたい。ならば、我らが距離を置いていることも利用してくる。今日の罠は、その試しだろう」

 

尚文はしばらく黙っていた。

誠司たちを完全に信用するつもりはない。

それは目を見れば分かる。

けれど、今の情報と行動を切り捨てるほど愚かでもない。

その沈黙は、彼なりに利害を測っている時間だった。

 

「分かった。信用はしないが、情報としては覚えておく」

 

その言葉に、誠司は小さく頷いた。

 

「それでいい。今は、それだけで十分だ」

 

ラフタリアが尚文の横で静かに誠司たちを見た。

彼女の警戒はまだ残っているが、先ほどより少しだけ柔らかい。

フィーロは尚文の顔を覗き込みながら、何か言いたげにしていたが、結局は首を傾げるだけに留めた。

尚文はそんな二人を一度見てから、誠司へ視線を戻す。

 

「次に話すなら、人の少ない場所を選べ。門前や街道でやる話じゃない」

 

それは、拒絶ではなかった。

招待とも言えない。

だが、次に言葉を交わす余地を、尚文の側から示した初めての言葉だった。

誠司は胸の奥で静かな熱が灯るのを感じながら、深く頷いた。

 

「分かった。次は場所を選ぶ」

 

「保証はしない」

 

「それでもいい」

 

尚文はもう一度だけ誠司たちを見渡し、それ以上は何も言わずに前へ歩き出した。

ラフタリアとフィーロも続き、三人の背は街道の先へ向かっていく。

誠司たちは少し距離を置いて、その後ろを進んだ。

そのさらに後方では、林の奥へ逃げた監視者の影がひとつ、王都の方角へ消えていった。

 

ベルベットがその背を見送りながら低く言う。

 

「報告に戻るな」

 

「戻らせた方がいい。次は、銃の男も危険だと伝わる」

 

ヒッポリュテの言葉に、誠司は思わず顔を向けた。

 

「それ、俺が狙われるってことじゃないか」

 

「既に狙われている。ならば、こちらも相手の認識を利用すればよい」

 

「そう簡単に言うなよ」

 

誠司が苦笑すると、シノンが静かに弓を下ろした。

 

「でも、もう戻れないと思う。三勇教は尚文だけじゃなく、私たちも敵として見始めてる」

 

その言葉は重かったが、誰も否定しなかった。

誠司は前方の尚文たちの背と、背後の王都を交互に見た。

三つの紋章を掲げる教会の影は、まだあの石壁の内側にある。

その影が、街道の外まで伸びてきた。

ならば、ここから先は本当に無関係ではいられない。

 

信頼はまだない。

友情にも遠い。

けれど、罠を越え、警告を伝え、互いの動きを一度だけ噛み合わせた。

それだけで、昨日よりは確かに前へ進んでいる。

 

朝の街道を、二つの一行は距離を保って進んでいく。

その距離は遠く、冷たく、まだ簡単には縮まらない。

それでも誠司には、その距離こそが今の信頼の形なのだと分かっていた。

近づきすぎれば壊れる関係もある。

ならば今は、この距離でいい。

 

盾の勇者の背を見失わず、三勇教の影を背後に感じながら、誠司は銃を握る手へ静かに力を込めた。

 

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