※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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人目のない場所で

街道での罠を退けたあと、尚文はしばらく何も言わずに歩き続けた。王都の南門は既に遠く、石壁の影も薄れているが、背後から伸びてくる三勇教の気配まで消えたわけではない。草地を渡る風は朝の冷たさを残しており、街道脇に立つ木々の葉が擦れる音だけが、二つの一行の間に横たわる沈黙を埋めていた。

 

誠司たちは、前と同じように距離を保って歩いていた。近づきすぎれば尚文の警戒を刺激し、離れすぎれば後方警戒の意味が薄れる。そんな曖昧な間合いを維持しながら歩くのは、戦うよりも神経を使う作業だった。ベルベットは不機嫌そうに周囲を見ており、シノンは後方の林と空の動きを細かく拾っている。ヒッポリュテはカリオンの歩調を抑え、いつでも前後どちらへも動ける位置を保っていた。

 

やがて、尚文は街道から少し外れた林の奥へ視線を向けた。そこには、古い見張り小屋のような建物が半ば朽ちた状態で残っている。屋根は一部が崩れ、壁も風雨で黒ずんでいたが、人目を避けて短い話をするには十分な場所だった。

 

尚文はその小屋の前で足を止め、振り返らないまま低く言った。

 

「話すならここで話せ。人目がある場所で長居する気はない」

 

その言葉を受けて、誠司はゆっくり足を止めた。尚文が自分たちを信用したわけではないことは、背中の緊張だけで分かる。ラフタリアは尚文の半歩横へ立ち、剣へ手を添えたまま誠司たちを見ていた。フィーロは尚文の後ろで首を傾げているが、いつでも飛び出せるように足元へ力を溜めている。

 

「分かった。こっちも、あなたに無理に信用してもらうつもりはない」

 

誠司がそう答えると、ベルベットは肩を竦めながら続けた。

 

「信用されない前提で話すなら、むしろ話が早い。下手に仲良しごっこをするよりはよほどましだ」

 

ラフタリアの目がわずかに鋭くなる。

 

「尚文様、この方たちはまだ危険ではないと断言できません」

 

「だからここで聞く。信じるとは言っていない」

 

尚文の返答は短かったが、その内容は誠司たちを完全に拒絶するものではなかった。誠司はそれだけで十分だと受け取り、前回の罠で拾った香炉の残骸を布に包んだまま地面へ置いた。

 

「三勇教は、あなたを次の移動で孤立させると言っていた。これは、さっきの罠で使われていた香炉の残骸だ」

 

誠司が布を開くと、壊れた金属片の表面に、剣、弓、槍を重ねた小さな刻印が見えた。尚文はそれを一瞥し、驚きよりも嫌悪に近い色を目に浮かべる。ラフタリアの表情は強張り、フィーロは不満げに頬を膨らませた。

 

「証拠としては弱いが、あいつらがやりそうなことではある」

 

尚文の声は冷静だったが、その奥には何度も似た悪意に触れてきた者の疲れがあった。シノンは香炉の残骸から視線を上げ、尚文へ向けて淡々と補足する。

 

「私たちも監視対象になってる。悪魔に与する者として」

 

「悪魔じゃないのに、変なのー」

 

フィーロの言葉に、ベルベットが低く吐き捨てる。

 

「変というより腐ってる。信仰の皮を被った憎悪なんて、どこまで行ってもろくなものじゃない」

 

尚文はその言葉へ特に反論しなかった。肯定もしないが、否定もしない沈黙が、かえって彼の実感を物語っているようだった。誠司はこの空気の中で、次に話すべき内容を選びながら尚文の目を見た。

 

「俺たちは、三勇教の敵意を警戒している。けど、それだけじゃなくて、四聖勇者のことも知りたい。あなたがどういう立場にいるのかも、自分たちの目で確かめたいと思ってる」

 

「それで、お前の銃は何なんだ。聖武器なのか」

 

尚文は誠司の腰にある銃へ視線を移した。そこで初めて、誠司はこの対話が尚文にとって一方的に情報を受け取る場ではないのだと理解した。尚文もまた、誠司という異物を測っている。

 

「俺にもまだ分からない。ただ、四聖勇者召喚の時に巻き込まれたのは確かだと思う。本来は別の世界の勇者として呼ばれるはずだったのかもしれないけど、この世界では王都に召喚されたわけじゃなく、気づいた時には治安の崩れた村の近くにいた」

 

尚文の目が細くなる。

 

「思う、かもしれない、ばかりだな」

 

その指摘は痛かったが、誠司は否定できなかった。

 

「否定できない。俺はあなたみたいに、正式に呼ばれたわけじゃないからな。そのあと誘拐されて、奴隷として囚われかけた。そこでベルベットと出会って、どうにか逃げた」

 

ラフタリアが一瞬だけ息を呑んだ。奴隷という言葉に、彼女自身の過去が反応したのかもしれない。尚文は表情を変えなかったが、完全な無関心ではなかった。彼は誠司を値踏みするように見ながらも、その話を途中で切らなかった。

 

ベルベットは腕を組み、少しだけ視線を逸らした。

 

「こいつはまだ自分が何者かも分かってない。だが、波へ立ってきたのは事実だし、銃がただの武器じゃないことも見ていれば分かる」

 

ヒッポリュテは一歩前へ出すぎない位置で、静かに言葉を重ねた。

 

「正式か否かより、何を背負って立つかだ。名は後からついてくる」

 

尚文はその言葉を聞き、わずかに口元を歪めた。

 

「ずいぶん都合のいい言葉だな」

 

「都合がよいかどうかではない。王も勇者も、呼ばれただけでは器にならぬ。背負うものへ応えた時に、その名が形を持つ」

 

ヒッポリュテの言葉には、民を失った女王としての重みがあった。尚文はそれをすぐに受け入れたわけではないが、嘲笑で切り捨てることもしなかった。彼の沈黙は、理解ではなく保留に近かった。

 

誠司は尚文の盾を見た。自分の銃が敵を撃つための武器なら、尚文の盾は誰かを守るための武器だ。けれど、守る武器を持つ彼が、この国では悪魔と呼ばれている。その矛盾が、改めて胸の奥へ重く沈む。

 

「俺は、あなたの立場を全部分かるとは言えない。でも、勇者に近い力を持ちながら、制度の外にいる感覚は少し分かる。だから、噂だけで判断したくなかった」

 

尚文は誠司を見たまま、しばらく黙った。ラフタリアは不安げに尚文を見上げ、フィーロは二人の間を交互に見ている。ベルベットは余計なことを言わず、シノンは周囲の気配へ意識を向け続けていた。

 

「信用はしない」

 

尚文ははっきりと言った。その言葉は冷たかったが、不思議と拒絶だけではなかった。

 

「だが、情報は聞く。三勇教が動くなら、俺にとっても無視する理由はない」

 

誠司はその言葉を受け、胸の奥にあった緊張がわずかに緩むのを感じた。

 

「それでいい。俺たちも、無理に近づくつもりはない」

 

ラフタリアが少し考えるように視線を伏せたあと、尚文へ向き直る。

 

「尚文様、合図だけでも決めておいた方が安全かもしれません。三勇教がこちらを監視しているなら、毎回正面から接触するのは危険です」

 

ベルベットは意外そうにラフタリアを見た。

 

「随分と慎重な提案だな。もっと俺たちを遠ざけると思っていた」

 

「尚文様を守るために必要だと思っただけです。あなたたちを信用したわけではありません」

 

ラフタリアの返答は丁寧だったが、芯は強い。ベルベットはその態度を嫌いではなさそうに鼻を鳴らした。

 

尚文は少し考えたあと、街道の先にある古い石碑を顎で示した。見張り小屋から少し離れた場所に、苔に覆われた古い道標が立っている。旅人が休む目印にはなるが、人通りは少ない。

 

「次に情報があるなら、あの石碑の裏に布を結べ。赤なら急ぎ、白なら話を聞く余裕がある時だ。だが、合図を悪用したら、その時点で敵と見る」

 

「分かった。そこまで含めて受け入れる」

 

誠司が答えると、尚文はさらに言った。

 

「それと、盾の勇者と銃の勇者かもしれない男が一緒に歩いていると目立ちすぎる。同行はしない。情報共有だけだ」

 

「それも分かってる。今はそれが一番いい」

 

誠司が頷くと、ヒッポリュテも満足げに目を細めた。

 

「妥当だ。近すぎぬ協力は、壊れぬための知恵でもある」

 

フィーロは少しだけつまらなそうに頬を膨らませた。

 

「一緒に行かないのー? 銃の人、音がどーんってして面白いのに」

 

「フィーロ、今は遊びではありません」

 

ラフタリアがたしなめると、フィーロは素直に頷いたが、それでも誠司の銃へ興味津々の視線を向けていた。誠司は苦笑し、銃へ手を置きながら軽く肩を竦める。

 

「面白いだけの武器じゃないから、できればあまり近くで聞かない方がいい」

 

「じゃあ、遠くで聞くー」

 

場の空気がわずかに和らいだ。尚文はそれを長く続ける気はないのか、盾を背に戻しながら小屋の外へ目を向ける。彼の表情にはまだ警戒があるが、最初に会った時のような完全な拒絶ではない。

 

「次は俺の方から聞きたいことがある。銃のこと、召喚のこと、それにお前たちがどこまで三勇教と敵対するつもりなのかだ」

 

誠司はその言葉に頷いた。

 

「分かった。俺も、自分の武器について分かっていることは話す」

 

「全部話せとは言わない。俺も全部話すつもりはない」

 

「それでいい。少しずつでいいと思う」

 

尚文はその返答へ小さく息を吐いた。呆れたのか、納得したのかは分からない。ただ、会話はそこで終わりだと示すように、彼はラフタリアとフィーロへ視線を向けた。

 

「行くぞ」

 

ラフタリアは最後に誠司たちへ軽く頭を下げ、フィーロは小さく手を振った。尚文は振り返らずに歩き出し、二人もそれに続いて街道へ戻っていく。誠司たちはその背を追わなかった。今回はもう、後方警戒の延長ではない。情報共有の約束を交わした以上、ここからは距離を置くことも必要だった。

 

ベルベットが見張り小屋の壁へ背を預け、深く息を吐いた。

 

「信用はしないが情報は聞く、か。あいつらしいと言えば、あいつらしいな」

 

シノンは尚文たちの去った方角を見ながら、静かに答える。

 

「でも、前よりは話せた。ラフタリアも、必要なことなら受け入れる人だと思う」

 

ヒッポリュテは古い石碑へ視線を向け、王のように静かに頷いた。

 

「細いが、道はできた。信頼ではないが、利害の橋ならば雨にも流されにくい」

 

誠司はその言葉を聞きながら、自分の銃を見下ろした。尚文は次に、この武器について聞くと言った。銃の勇者かもしれないという曖昧な存在である自分が、本編の盾の勇者から問われる。そこに少しの緊張を感じながらも、逃げたいとは思わなかった。

 

三勇教は、きっと次の手を打つ。そしてその時、尚文だけではなく、自分たちもまた狙われる。

 

それでも、もう知らないふりはできない。誠司は石碑の苔むした裏側を見つめ、そこへいつか結ばれるかもしれない赤か白の布を想像した。その小さな合図が、今は頼りない約束に過ぎなくても、いずれ大きな分岐点になる予感があった。

 

王都から伸びる街道の片隅で、盾の勇者と銃の勇者かもしれない男の間に、初めて明確な連絡路が生まれた。

それは友情でも信頼でもないが、敵意と狂信が支配するこの国で、互いを即座に切り捨てないための細い糸だった。

誠司はその糸を見失わないよう、胸の奥へ静かに刻み込んだ。

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