尚文たちと別れたあと、誠司たちは街道から少し外れた林の中で足を止めた。王都へ戻るには早く、かといって尚文一行の後を追い続ければ、せっかく保たれた距離をこちらから壊すことになる。街道脇には古い野営跡があり、朽ちた丸太と灰の残る石組みが、かつて旅人たちがここで火を囲んでいたことを示していた。
ベルベットは丸太へ腰を下ろすと、不機嫌そうに誠司の腰の銃を見た。視線だけで何か言いたそうにしていたが、しばらく黙ったあと、結局は遠慮のない言葉を投げてくる。
「盾の勇者に銃のことを聞かれて、今さら自分でも分からないって顔をするな」
誠司は苦笑しながら銃を手に取った。黒い金属の表面は、これまでの戦いを潜り抜けてきたはずなのに、不思議と傷らしい傷を残していない。普通の武器ではないことは分かっている。だが、では何なのかと問われると、答えはいつも曖昧になる。
「実際、分からないことの方が多いんだ。銃の勇者かもしれないって言ってるけど、それだって仮の名前みたいなものだし、俺自身が全部を理解しているわけじゃない」
その言葉を聞いたヒッポリュテは、カリオンの手綱を近くの枝へゆるく結びながら、静かにこちらへ視線を向けた。彼女の目は責めるものではなかったが、逃げ道を許さない強さがある。
「己の武器を知らぬまま群れを率いれば、いずれ群れごと傷つく。貴様が未熟であることは罪ではないが、未熟を言い訳に武器を知らぬまま進むなら、それは罪へ変わる」
重い言葉だった。誠司は銃を握る手に力を入れた。これまで戦ってこなかったわけではない。魔物を撃ち、仲間を助け、罠の香炉を撃ち抜き、尚文たちの撤退も支援した。しかし、その多くは目の前の危機へ必死に対応した結果であって、銃の勇者としての在り方を自分で選んだとは言い切れなかった。
シノンは少し離れた切り株へ座り、弓の弦を確かめながら口を開いた。
「なら、一つずつ確かめればいい。遠距離武器は、何ができるかを知らないまま使うと危ないから。届く距離も、止められる相手も、味方との距離も、全部が判断に関わる」
弓使いである彼女の言葉には、実戦で生きてきた重みがあった。銃も弓も、離れた場所から相手へ届く武器だ。けれど、届くからこそ間違えれば取り返しがつかない。刃より遠くへ届く力は、迷いも過ちも遠くまで運んでしまう。
誠司は銃を膝の上に置き、これまでの感覚を思い出すように目を伏せた。以前、銃の種類を増やせるのか、弾丸の種類を変えられるのかを考えた時、何かが頭の奥で反応したことがある。明確な文字や音ではなかったが、武器そのものがこちらの意識へ耳を傾けたような感覚だった。
「弾の種類を意識すると、何かが開く感覚がある。前にも銃種を増やせるかもしれないと思った時、少しだけ反応があった。拳銃だけじゃなくて、別の形もあるんじゃないかって」
シノンは弓を膝の上へ置き、静かに頷いた。
「弓でも、矢の種類が変われば役割が変わる。貫く矢、止める矢、知らせる矢、それぞれ使う場面が違う。銃も同じなら、ただ強い弾を撃てばいいわけじゃないと思う」
「つまり、撃てればいいって話じゃないわけだ」
ベルベットは面倒そうに言いながらも、誠司の銃から目を逸らさなかった。彼女は力そのものを否定しているわけではない。ただ、力に振り回されることを嫌っている。復讐に呑まれそうになった自分を、誠司が傷だらけになって止めたことを、彼女は忘れていないのだろう。
ヒッポリュテが槍を地面へ立て、火の消えた石組みを見下ろすようにして言った。
「武器は意思に従う。だが、意思が曖昧なら武器も曖昧にしか応えぬ。貴様が何を望むかを決めぬ限り、銃もまた貴様へ何を与えるべきか決められまい」
誠司はその言葉を胸の奥で反芻した。何を望むのか。銃という武器を持った以上、撃つことから逃げることはできない。だが、撃つことと殺すことは同じではない。これまで人を撃つ覚悟が持てずに震えたことも、魔物には抵抗が少なかったことも、すべてが自分の中に残っている。
「拳銃だけじゃなくて、遠くを狙う銃、広く止める銃、魔道具を壊す弾……考えれば候補はある。けど、どれも使えれば便利だから欲しいってだけじゃ、たぶん駄目なんだろうな」
ベルベットはすぐに頷くことも否定することもせず、数拍置いてから言った。
「候補が多すぎる。何でもできると思う奴は、いざという時に迷う。迷ってる間に、守れるはずだったものが死ぬ」
その言葉は冷たいが、誠司を突き放すものではなかった。彼女は失った者の痛みを知っているからこそ、迷いの代償を軽く扱わない。誠司は銃を持ち上げ、黒い銃身へ映る自分の顔を見た。
ヒッポリュテが正面から問う。
「貴様は何をする武器でありたいのだ。殺すのか、止めるのか、守るのか」
問いは単純で、だからこそ逃げられなかった。銃は殺すための道具として語られることが多い。実際、引き金を引けば命を奪える。けれど誠司がこの世界で銃を握ってきたのは、誰かを殺したいからではなかった。ベルベットを暴走から止めたかった。シノンを死へ向かわせたくなかった。ヒッポリュテに一人で背負わせたくなかった。尚文たちが孤立するのを見過ごせなかった。
「俺は、守るために撃ちたい。尚文さんの盾とは違う形で、仲間の道を開く銃にしたい」
言葉にした瞬間、銃の奥で何かがかすかに震えた。金属が鳴ったわけではない。音として聞こえたわけでもない。それでも、誠司の手の中で銃がこちらの意志へ応えようとする感覚があった。視界の端に、薄く浮かび上がる候補のようなものがある。
殺傷弾。
牽制弾。
拘束弾。
精密破壊弾。
完全な表示ではなく、意味だけが流れ込んでくるような曖昧な感覚だった。けれど、その中で誠司が特に強く感じたのは、敵の脚を止めるための弾と、魔道具の核だけを撃ち抜くための弾だった。先ほど三勇教の香炉を壊した経験が、武器の中で新たな形を取ろうとしているのかもしれない。
シノンが誠司の手元を見て、表情を引き締める。
「今、銃の感じが変わった?」
「候補が浮かんだ。相手を殺すんじゃなくて、脚を止める弾とか、魔道具だけを撃ち抜く弾みたいなものだと思う。まだ完全には分からないけど、今までよりは形が見える」
ベルベットは腕を組み、少しだけ目を細めた。
「ずいぶん都合がいい弾だな」
「都合ではない。貴様が戦場で何を選ぶかを、武器が形にし始めたのだ」
ヒッポリュテの言葉に、誠司は深く息を吐いた。自分が銃へ与えたい意味を決めたことで、銃もまたその意味に沿った可能性を返してきた。ならば今後、どんな武器を解放するかは、単なる性能の選択ではない。どんな勇者になるのかを選ぶことでもある。
その時、シノンがふいに顔を上げた。彼女の視線は林の外、街道沿いの石碑へ向いている。尚文と決めた合図の場所だ。誠司も立ち上がり、木々の隙間から苔むした石碑を見る。
「待って。石碑の方に布が見える」
その一言で、場の空気が変わった。ベルベットはすぐに立ち上がり、ヒッポリュテも槍を手に取る。誠司は銃を握ったまま、石碑の裏へ目を凝らした。風に揺れる布が見える。色は白だった。
「白か、赤か」
「白。でも、誰が結んだのかまでは分からない」
シノンの声は冷静だったが、警戒が含まれていた。白なら、尚文側に話を聞く余裕がある時の合図だ。けれど、三勇教が合図を見ていた可能性もある。白い布が本物なら、尚文が誠司の銃について聞きたいことがあるのかもしれない。偽物なら、連絡路そのものが既に敵に利用され始めているということになる。
ベルベットは短く息を吐く。
「早速か。細い糸ほど、切ろうとする奴には見つかりやすいらしい」
ヒッポリュテは石碑を見据えたまま、低く告げた。
「ならば、糸が本物か偽物かを見極めるだけだ。進むにせよ退くにせよ、見ずに決めることはできぬ」
誠司は銃を握る手へ力を込めた。さっき浮かんだばかりの精密破壊弾や拘束弾は、まだ使えるとは言い切れない。けれど、もし罠なら、これまでとは違う選択が必要になる。殺すためではなく、守るために撃つ銃。そう決めた直後に訪れた白い布は、試すようなタイミングで風に揺れていた。
「行こう。尚文さんの合図なら応えるべきだし、罠なら今度はこっちが見抜く」
誠司の言葉に、ベルベットは呆れたように笑い、シノンは弓を取り、ヒッポリュテはカリオンの手綱を解いた。四人は石碑へ向かって歩き出す。王都から伸びる街道の片隅で結ばれた白い布が、本物の連絡か、三勇教の新しい罠かはまだ分からない。
それでも、誠司の胸には先ほどまでとは違う静かな芯があった。
銃は殺すためだけの武器ではない。
自分がそう決めた以上、その答えを次の戦場で示さなければならない。
白い布は、朝の風に揺れ続けていた。
そしてその向こうには、盾の勇者との次の対話か、あるいは三勇教が仕掛けた次の罠が待っているのだった。