※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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背中を預ける一瞬

林の奥へ続く獣道は、朝の光を拒むように細く曲がりくねっていた。石碑に結ばれた白い布は、尚文たちとの間に生まれたばかりの連絡路だったはずなのに、三勇教の手で毒を塗られ、ラフタリアやフィーロの声を模した罠へ変えられていた。誠司はその汚された合図を背後へ残しながら、銃を握る手へ力を込める。

 

先頭を進むシノンは、足音を殺しながら地面を見ていた。湿った土の上には複数の足跡が重なり、尚文一行のものらしき跡と、神官服の工作員が使う重い靴跡が交差している。逃げ惑った跡ではない。むしろ、方向を選びながら進んだような整い方をしている。

 

「足跡が急に揃ってる。尚文たちは慌てて逃げたんじゃない。進む方向を選んでる」

 

シノンの声に、誠司は息を整えながら頷いた。

 

「罠だと気づいて、それでも行ったってことか」

 

ベルベットは前方の木々を睨みながら、口元だけを歪めた。

 

「盾の勇者も相当面倒な性格だな。罠なら踏み潰して奥を見るつもりか」

 

「罠へ怯えて退けば、敵の手は見えぬ。だが踏み込めば、噛まれる危険もある」

 

ヒッポリュテはカリオンの手綱を抑え、低い枝を避けながら周囲を見渡していた。彼女の視線は足跡だけではなく、木々の間隔、逃げ道の幅、伏兵が潜むならどこかという戦場全体へ向けられている。

 

獣道はやがて浅い谷間へ降りていった。左右は土壁と木の根に挟まれ、上からは枝葉が覆い被さっている。広さはあるが、逃げ道は限られていた。正面から押されれば後ろへ下がるしかなく、背後を塞がれれば、そこは袋小路に近い狩場になる。

 

シノンが足を止め、指先で前方を示した。谷間の開けた場所に、盾を構えた尚文の姿があった。ラフタリアはその傍らで剣を抜き、フィーロは羽毛を逆立てながら周囲の音へ苛立っている。尚文たちを囲むように、木々の陰には数人の三勇教工作員が散っており、地面には短い杭のような魔道具が打ち込まれていた。

 

尚文は誠司たちの接近に気づくと、敵から目を逸らさないまま言った。

 

「遅かったな。お前らなら、白い布の違和感くらい見抜くと思っていた」

 

その声音には焦りよりも皮肉が混じっている。誠司は一瞬だけ言葉に詰まり、それから谷間の入口で銃を構えた。

 

「気づいてたなら、どうして奥へ進んだんだ」

 

「放っておけば、連中は同じ手を何度でも使う。なら、どこまで仕掛けているか見た方が早い」

 

尚文の答えは冷静だった。罠へ嵌められた者の声ではなく、危険を承知で敵の手札を見に来た者の声だった。ラフタリアは尚文の横で剣先を下げず、誠司たちへ視線だけを向ける。

 

「尚文様は、退路を確認した上で進んでいます。ただ、敵の仕掛けが思ったより多いです」

 

フィーロは耳障りな音を追うように首を振り、不満げに足元の土を蹴った。

 

「変な音がいっぱいで、蹴る相手が分かりにくいのー」

 

谷間の奥から、金属を擦るような音が聞こえた。音響魔道具が複数置かれているのだろう。足音、呻き声、木々のざわめきが不自然に重なり、本物の気配と偽物の音が混ざり合っている。さらに、地面へ打ち込まれた結界杭が薄い光を帯び、谷間の出口を狭めていた。

 

木陰の工作員の一人が、手に持った札を掲げて叫ぶ。

 

「盾の悪魔に与する者どもめ。銃の異端もここで裁かれる」

 

ベルベットの気配が一瞬で変わった。怒りを孕んだ黒い風のように前へ出かける彼女を、誠司は声で止めるのではなく、射線を作るように半歩横へ動いて制した。ベルベットもそれを理解したのか、すぐには飛び込まず、獣のような目で工作員たちを睨む。

 

「裁く? お前たちみたいな連中が、その言葉を使うな」

 

尚文は前方へ意識を向けたまま、低く舌打ちした。前には誘導された魔物が二体、後ろには工作員と結界杭がある。敵の目的は、尚文たちをここで討つことではなく、動きを止めたうえで、盾の勇者と銃の異端が同じ罠に落ちたという形を作ることかもしれない。

 

「後ろに回られた。ラフタリア、前を崩すぞ」

 

尚文がそう告げた瞬間、誠司は谷間へ一歩踏み込んだ。

 

「尚文さん、背後は俺たちが見る。前だけ見てくれ」

 

尚文の目が、ほんの一瞬だけ誠司を射抜いた。

 

「信用したわけじゃない」

 

「今だけでいい」

 

谷間の空気が重く沈む。尚文は何かを量るように短く黙り、それから盾を構え直した。

 

「……なら、今だけだ」

 

その言葉が合図になった。尚文は前方の魔物を盾で受け止め、ラフタリアが横から斬り込み、フィーロが地面を蹴って飛び込む。誠司は後方を向き、結界杭の位置と工作員の足元を見た。殺す必要はない。今必要なのは、敵の足を止め、味方の背中を守り、突破のための道を作ることだった。

 

前回の精密破壊弾とは違う。今度は核だけを撃ち抜くのではなく、敵へ踏み込ませないための弾だ。銃の奥に意識を沈め、牽制という言葉の形を探る。敵を殺すためではなく、踏み込む意思を折る一撃。地面を砕き、視界を奪い、体勢を崩す弾。

 

「シノン、右の結界杭は見えるか」

 

「右の結界杭、あと二本。足元を崩せば動きが止まる」

 

シノンの声が誠司の射線を整える。彼女は弓で工作員の手元を牽制しながら、どこを撃てば敵が崩れるかを観測していた。誠司は頷き、銃口を右手の杭の根元へ向ける。

 

「牽制弾で行く。殺さず、止める」

 

「よい選択だ。道を作れ、誠司」

 

ヒッポリュテの声が背を押した。誠司は引き金を引く。銃声とともに放たれた弾は、工作員の身体ではなく、その手前の地面を撃ち抜いた。土と小石が跳ね、相手の視界を一瞬だけ遮る。続けて二発目が結界杭の根元を抉り、杭が傾いたことで光の線が揺らいだ。

 

「目潰しだと!」

 

工作員が怯んだところへ、ベルベットが踏み込んだ。彼女は敵を斬り裂くのではなく、肩と腹へ打撃を叩き込み、地面へ叩き伏せる。殺さずに抑える戦い方は彼女の本質ではないが、誠司が作った隙を無駄にしない判断は早かった。

 

左側から別の工作員が札を投げようとする。シノンの矢がその袖を縫い止め、ヒッポリュテの槍が札だけを弾き飛ばした。音響魔道具の不快な響きが強まり、谷間全体が揺れているような錯覚を生むが、誠司は銃口をぶらさない。尚文の背中がこちらを向いている。その事実が、今だけは何よりも重かった。

 

「フィーロ、右が開く!」

 

誠司が叫ぶと、崩れた結界の隙間へフィーロが飛び込んだ。

 

「道できた! フィーロ、行くよー!」

 

フィーロの蹴りが前方の魔物を大きく吹き飛ばし、ラフタリアの剣がその隙を縫って奥の工作員へ迫る。尚文は前へ出すぎる二人を盾で受け止めるように位置取り、背後を振り返らなかった。誠司たちが後ろを抑えているから、前へ集中している。その事実が、胸の奥へ熱を残した。

 

三勇教の工作員たちは、数で圧倒するほどではなかった。彼らの強みは罠と攪乱であり、正面から崩されると脆い。誠司の牽制弾が足元を砕き、シノンの矢が手元を止め、ベルベットとヒッポリュテが逃げ道を塞ぐと、包囲は形を保てなくなっていく。

 

最後の結界杭へ向けて、誠司はもう一度銃を構えた。殺す弾ではない。だが甘い弾でもない。踏み込めば撃たれると敵に理解させ、仲間へ伸びる手を止めるための弾だ。引き金を引くと、杭の足元が砕け、光の線が途切れた。

 

谷間を塞いでいた圧力が抜ける。尚文はその機を逃さず、盾を前へ押し出した。

 

「抜けるぞ。ラフタリア、フィーロ!」

 

「はい、尚文様!」

 

「うん!」

 

三人が前方を押し切ると、三勇教の工作員たちは散り散りに後退した。ベルベットが一人を捕まえ、地面へ押さえ込む。残りは林の奥へ逃げていくが、追撃する必要はなかった。罠は崩れ、尚文たちは抜けた。今の目的はそれで果たされている。

 

静けさが戻ると、谷間には砕けた杭、破れた札、倒れた工作員だけが残った。誠司は銃を下ろし、息を吐く。牽制弾は完全に安定したわけではないが、確かに使えた。誰かを殺すためではなく、背中を守るために撃てた。

 

尚文が近づいてきた。ラフタリアはまだ警戒を解いていないが、誠司たちを見る目には先ほどまでと違う重さがある。フィーロは音響魔道具が止まったことに安心したのか、耳を押さえる仕草をやめていた。

 

尚文は誠司の前で足を止める。

 

「今だけは、背中を見なくて済んだ」

 

礼ではなかった。信用の言葉でもない。だが、その一言は、先ほどの戦闘で何が起きたのかを尚文自身が認めた証だった。

 

「それだけで十分だ」

 

誠司がそう答えると、ベルベットが横から呆れたように言う。

 

「礼を言う気がないところまで、徹底してるな」

 

「礼が欲しいなら相手を間違えたな」

 

尚文の返答に、ベルベットは短く鼻を鳴らしたが、それ以上は噛みつかなかった。彼女も分かっているのだろう。尚文にとって、背中を見なくて済んだという言葉は、安い礼よりもずっと重い。

 

ヒッポリュテは捕らえられた工作員の荷を調べ、細い符を一枚取り出した。そこには簡略化された三勇教の紋と、急ぎ書きのような文字が残っている。

 

「銃の異端、盾の悪魔と接触継続。監視を強め、両者の合流を阻め。そう読める」

 

誠司はその符を見て、胸の奥が冷えるのを感じた。尚文との接触は、既に敵へ報告されている。これからは偶然ではなく、明確に狙われる。

 

尚文は符を一瞥し、表情を変えずに言った。

 

「やっぱりな。連中は一度見つけた獲物を簡単には手放さない」

 

「次はどうする」

 

誠司が問うと、尚文は少しだけ考えた。信用しないと言い続けてきた男が、今この場で誠司たちをどう扱うべきかを測っている。その沈黙のあと、彼は短く告げた。

 

「次は、こっちから呼ぶ。そっちが勝手に合図を出すより、俺が場所を選んだ方がまだましだ」

 

それは命令に近い言い方だったが、拒絶ではない。必要な時に呼ぶ相手として、誠司たちを認めた言葉だった。誠司は銃を腰へ戻しながら頷いた。

 

「分かった。合図を待つ」

 

「待ち伏せだった場合は、自分で何とかしろ」

 

「そこまで含めて考える」

 

尚文はそれ以上言わず、ラフタリアとフィーロを連れて谷間の出口へ向かう。背中を預けた時間は短く、戦闘が終われば距離は戻る。それでも、前よりは確かに違っていた。尚文は最後まで誠司たちを信用したとは言わなかったが、一度だけ背後を見ずに前へ進んだ。

 

誠司は砕けた結界杭を見下ろした。牽制弾で作った道の跡が、まだ土の上に残っている。殺すためではなく、守るために撃つ銃。その答えは、言葉だけではなく、尚文の背中を一瞬だけ支える形で示された。

 

谷間に残った朝風が、破れた三勇教の札を揺らしている。次は尚文の方から呼ぶ。その約束が、本当に新しい橋になるのか、それともさらに深い罠の入口になるのかは分からない。だが、誠司はもうその曖昧さから目を逸らす気はなかった。

 

盾の勇者と銃の異端。三勇教がそう呼ぶ二つの影は、ほんの一瞬だけ同じ背中を守り合った。

そしてその一瞬は、狂信が敷いた罠の中で生まれた、確かな前進だった。

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