「六――七」
シノンの声が、丘の空気を細く裂いた。
その最後の一拍に合わせて、世界が同時に動いた。
元康の槍が左の核を貫き、錬の剣が右の核を斬り裂く。樹の光矢が中央奥の白い脈動へ吸い込まれ、俺の精密破壊弾が手前の小型核へ一点で届いた。
四つの光が、ほとんど同じ瞬間に弾ける。魔法陣の銀線が足元で砕け、白い火花が草の上へ散った。
丘全体を覆っていた祈りの声が、一瞬だけ途切れた。
その隙間に、風の音が戻ってくる。乾いた草が擦れ、遠くの石柱が軋み、誰かの息が荒く鳴った。俺は銃口を下げそうになって、尚文さんの背中を見た。
盾は、まだ下がっていなかった。
「終わってない」
尚文さんが低く言った。
その声と同時に、砕けた核の破片が地面へ落ちず、空中で止まった。白い光の欠片が逆流するみたいに丘の中央へ集まり、上位教会関係者が掲げる杖へ吸い込まれていく。
勝利の余韻は、喉まで来る前に奪われた。
俺は銃を構え直す。指に残っていた反動が、今度は冷たい重さに変わった。
「神意に背く器どもよ。ならば、真なる聖武器の裁きを模したものを受けよ」
上位教会関係者の杖が、形を変えた。
剣、槍、弓、盾。四つの意匠が歪に重なり、ひとつの光る兵装として展開する。金属ではない。魔力でもない。祈りを刃物の形へ固めたような、冷たく白い複製品だった。
ベルベットが目を細める。
「神様の武器を真似してるわけ? 趣味が悪いにも程がある」
「複製……いや、ただの模倣じゃない」
錬が剣を構えたまま呟く。
その声には、珍しく余裕がなかった。
複製聖武器が、まず剣の形へ偏った。
錬が先に動く。黒い軌跡を引くように斬り込んだ剣が、白い複製剣とぶつかった。金属音ではなく、儀式の鈴を割ったような音が鳴る。錬の一撃は受け止められ、白い光の壁に吸い込まれた。
「読まれてる……?」
錬が後退する。
次に元康が槍を突き出した。
「なら、力で押し切る!」
複製武器は槍へ変わり、元康の突進を横へ流した。槍先が空を切り、元康の靴が土を削る。
樹の光矢が続く。だが、複製弓が白い矢を放ち、空中で撃ち落とした。光と光がぶつかり、破片が雪みたいに降る。
「僕の矢を……!」
樹の声が途切れる。
尚文さんの前へ、複製盾が現れた。盾同士がぶつかる。空気が圧縮され、俺の頬を強い風が叩いた。尚文さんの足が半歩、土へ沈む。けれど、倒れない。盾の裏で、ラフタリアが剣を構え、フィーロが荷包みを背後へ押しやった。
「尚文様!」
「騒ぐな。受けてる」
「受けてる音じゃありません!」
「なら、受け直す」
尚文さんは盾の角度を変えた。
白い圧力が横へ流れ、石柱の残骸が砕ける。破片が飛び、フィーロがそれを蹴り落とした。
「ご主人さま、あれ嫌い!」
「俺も好きじゃない」
「じゃあ壊していい?」
「壊せるならな」
「がんばる!」
フィーロが飛び出しかける。
ラフタリアがその横へ入り、信徒の杖を剣で弾いた。
「フィーロ、尚文様の前に出すぎないで!」
「分かってるよー!」
分かっている返事にしては軽い。けれど、彼女の足はちゃんと戻った。尚文さんの盾を中心に、ラフタリアとフィーロが隙間を塞ぐ。俺たちはそのさらに後ろで、白い複製武器を見上げていた。
祈りの声がまた戻ってきた。
止まったはずの魔法陣が、今度は複製聖武器の影を地面へ落としている。丘の古い石柱には、剣と槍と弓と盾の影が何本も映り、空そのものが刃で埋まったみたいだった。
「剣、槍、弓、盾には即応している」
ヒッポリュテが呟く。
彼女は敵の光ではなく、光が変わる瞬間の隙を見ていた。
「四聖勇者の武器を想定した防御式か」
シノンが膝をつき、地面へ指を置いた。
銀線の光が指の近くで脈打つ。彼女は耳ではなく、骨で音を拾うみたいに目を細めていた。
「誠司、一発撃って」
「どこへ?」
「防御式の表面。壊さなくていい。反応を見たい」
「実験台が俺の弾なの、わりと怖いんだけど」
「外さなければいい」
「すごく簡単に言う」
ベルベットが信徒の前衛を蹴り飛ばしながら言った。
「外したら、あとで文句言ってあげる」
「撃つ前に圧をかけないでくれ!」
俺は息を整え、複製聖武器の防御式へ狙いを置いた。
精密破壊弾ではない。まずは牽制に近い一発。銃声が丘の白い空気を叩き、弾が複製盾の脇をかすめる。
その瞬間、防御式の白い膜が閉じた。
だが、遅い。
弾は完全に弾かれる前に表面へ触れ、細い黒い傷を一本残した。まるで白い陶器へ針で線を引いたような、小さなひびだった。
シノンの目が動く。
「剣、槍、弓、盾には反応してる。でも銃だけ、一拍遅い」
「一拍……」
俺は自分の銃を見た。
ずっと異端と呼ばれてきた。勇者として数えられず、銃声だけを罪にされ、噂の的にされた。
なのに今、その数えられなかったことが、防御式の穴になっている。神の予定表に載っていないから、弾が遅れて届く。
笑えそうで、笑えなかった。
口の中に、煤の味が戻ってくる。
「俺の銃だけが、あの偽物の予定表に載ってない」
呟いた声は、自分でも驚くほど低かった。
ヒッポリュテが短く頷く。
「異物であることが、今だけは武器になる」
尚文さんが複製盾の圧力を受けながら、わずかに顔をこちらへ向けた。
「お前の銃だけが通る。外すな」
「褒めてます?」
「外したら蹴る」
「それ、フィーロさんの仕事では?」
「ご主人さまが言うなら蹴るよ!」
「やめてください。急に責任が増えた」
フィーロの声に、ほんの一瞬だけ空気が緩む。
その隙に、白い信徒の列が動いた。俺の射線へ入り込もうとしている。三勇教側も気づいたのだ。銃だけが遅れて通る。その一拍を潰せばいい、と。
ベルベットが前へ出た。
「神様の武器を真似しても、想定外には弱いのね」
彼女の腕が黒く軋む。けれど、魔物化した力を振り抜く先は信徒の身体ではなく、杖と詠唱陣だった。杖が折れ、地面の小さな補助陣が砕ける。白い光が一瞬だけ乱れた。
「ベルベット、無理に突っ込むな!」
「分かってる。あれ本体を殴るより、周りを黙らせた方が早いんでしょ」
「分かってるならいいけど」
「分かってるって言われると腹立つわね」
「理不尽!」
ラフタリアが尚文さんの横から叫ぶ。
「尚文様、射線を空けます!」
「やれ」
短い返事で、ラフタリアは動いた。
剣が信徒の短杖を弾き、フィーロが複製武器の照準をずらすように走る。元康は複製槍へ再び突っ込み、今度は押し切ろうとせず、相手の穂先を外へ逸らす。
「なんで俺が盾のために時間を稼がなきゃならないんだ!」
「文句は後だ。今は型を崩す」
錬が複製剣と斬り結びながら言う。
その剣筋はさっきより少しだけ静かだった。敵を倒す斬撃ではなく、敵の目を引くための斬撃。
樹は複製弓の白い矢を横へ逸らしながら、俺の射線へ入る信徒を撃ち落としていく。
「正義の名を使うなら、僕はその偽物を撃ち落とします」
「今さら格好つけても遅いわよ!」
ベルベットが叫ぶ。
「今さらでも、やらないよりはいいでしょう!」
樹が言い返し、シノンが淡々と呟いた。
「会話しながら撃てるなら、まだ余裕ある」
「シノン、そういう冷静な評価、たまに刺さる」
「刺すなら矢にする」
「物騒!」
ヒッポリュテが石突きを地面へ鳴らした。
「射線、三拍後に開く。誠司、右前へ一歩。二歩では出すぎだ」
「一歩ですね」
「そうだ。貴様は今、針穴を撃つ」
針穴。
巨大な白い壁に、俺の弾が開けられるのはその程度だ。けれど、針穴でも光は漏れる。空気も通る。そこから壁が崩れることだってある。
尚文さんが複製盾を受ける。
ラフタリアが右の信徒を弾く。
フィーロが白い矢を蹴り逸らす。
ベルベットが詠唱役の杖を砕く。
ヒッポリュテが退路と進路を押さえる。
三勇者が、不満を顔に貼りつけたまま、それでも複製聖武器の目を引いている。
俺の前に、細い隙間が開いた。
「今」
シノンの声が落ちる。
「精密破壊弾」
銃身の奥で光が細く絞られる。
俺は息を止めなかった。止めれば、身体が固くなる。息を細く吐きながら、白い防御式の継ぎ目へ照準を合わせる。
撃った。
弾は剣でも槍でも弓でも盾でもない線を描いて、複製聖武器の白い膜へ触れた。防御式が閉じる。遅れて閉じる。その一拍の隙間へ、弾が滑り込む。
白い光に、ひびが入った。
今度はさっきより深い。細い黒い線が防御式を裂き、そこから砂のように魔力がこぼれる。複製聖武器の形が一瞬だけ乱れ、剣と槍と弓と盾が重なったまま歪んだ。
祈りの声が揺れた。
上位教会関係者の指が、杖の上で止まる。
「存在しない勇者の武器など、神の式には記されていない……!」
その声には、初めて余白があった。
余裕で満たされていた白い仮面に、細い傷が入ったみたいだった。
尚文さんは振り返らない。
ただ、盾を前へ押し込みながら言った。
「次もやれ」
「もう少し褒めてもよくないですか」
「生き残ったら考える」
「それ、絶対考えないやつですよね」
「分かってるなら撃て」
ベルベットが笑った。
「よかったじゃない。予約は取れたわよ」
「褒められる予約って何だよ」
「踏み倒される予約ね」
「ひどい」
軽口の裏で、三勇教の動きが変わった。
信徒たちの目が、尚文さんではなく俺へ向く。白い法衣の列がずれ、詠唱の角度が変わる。複製聖武器の歪んだ先端が、ゆっくり俺の方へ傾いた。
シノンが矢を番える。
「来る。次は誠司狙い」
ヒッポリュテが低く言った。
「突破口を見つけた者は、次に狙われる。陣形を変えるぞ」
ラフタリアが尚文さんの横から半歩下がり、俺への射線を塞ぐ位置へ入る。フィーロが荷包みを置き、両手を広げた。
「銃のお兄ちゃん、フィーロの後ろね!」
「頼もしいけど、ちょっと不安!」
「なんでー!」
尚文さんが盾を構え直した。
今度は、俺を背に置く角度だった。
褒め言葉はない。信用という言葉もない。けれど、盾の影が俺の足元へ落ちる。そこに立て、という無言の指示があった。
俺は銃を握り直した。
異端と呼ばれた銃。予定表に載らなかった弾。
その細い黒い線が、白い偽物の壁に傷を入れた。
丘の雲は晴れない。
けれど、魔法陣の一角だけが暗く沈み、白い光がそこを避けるように揺れている。
巨大な壁に開いた針穴は、まだ小さい。
でも、そこから次の一発を通すために、今度は全員が俺の前へ立とうとしていた。