※この作品はR-18です。

銃の勇者の探索記   作:ボルメテウスさん

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偽りの聖者、墜つ

 鐘の音は、地面の下から鳴っていた。

 

 耳で聞くというより、骨の内側を叩かれているような低い振動だった。複製聖武器が砕けた礼拝跡で、白い光の砂が風に流れていく。その奥から、途切れたはずの祈りが、また一本ずつ重なり始めた。

 

 膝をついていた教皇が、杖を地面へ突き立てる。

 

「神意は……人の手で砕けるものではない」

 

 割れた石床の隙間から、白い光が噴き出した。

 それは朝日とは違う。温度のない炎だった。礼拝堂の地下を走る魔法陣が一斉に目を覚まし、教皇の足元へ光を送り込んでいる。

 

 白い法衣が膨らんだ。

 風ではない。内側から光に押し広げられ、布が人の形を忘れていく。教皇の背後には、剣、槍、弓、盾の輪郭がもう一度浮かび上がった。

 

 さっき壊した複製品よりも大きい。

 けれど、形は不安定だった。人の祈りを無理やり武器へ押し込めたせいか、剣の刃は波打ち、槍の穂先は途中で枝分かれし、弓の弦は何本も重なっている。盾だけが異様に厚く、教皇の胸元を包んでいた。

 

「まだ立つのかよ」

 

 俺の声は、乾いた喉に引っかかった。

 

 尚文さんは返事をせず、盾を構え直した。

 その視線は教皇ではなく、地面へ向いている。

 

「本体を見るな」

 

「え?」

 

「あいつを立たせているものを見ろ」

 

 地面の銀線が、四方向から教皇へ集まっている。

 太い光の管。左は槍の意匠、右は剣、奥は弓、手前には盾を象った巨大な接続点がある。

 

 シノンも同じものを見つけたらしい。地面へ片膝をつき、光の脈動を追う。

 

「四本。全部、地下から魔力を送ってる」

 

 ヒッポリュテが槍の石突きを地面へ落とした。

 

「一本でも残せば、あの偽王は再び立つ」

 

 教皇の背後で、白い武器が一斉に動いた。

 剣が振り下ろされ、槍が空気を貫き、光矢が雨のように降る。

 

「来るぞ!」

 

 尚文さんが前へ出る。

 盾に白い斬撃がぶつかり、空気が破裂した。足元の石が砕け、俺たちの身体が後ろへ押される。

 

 ラフタリアが尚文さんの横へ入り、斬撃の残りを剣で受け流す。フィーロは降り注ぐ光矢の間を跳ね、地面へ刺さる直前の一本を蹴り逸らした。

 

「ご主人さま、四つ壊せばいいんだね!」

 

「ああ。余計なところまで壊すなよ」

 

「分かった!」

 

 フィーロが笑って駆け出す。

 元康が槍を肩へ担ぎ、左の供給線を見る。

 

「俺たちを器扱いした礼だ。その偽物ごと貫いてやる!」

 

「本体に行くな。管を狙え」

 

 尚文さんの声が飛ぶ。

 

「分かってる!」

 

「お前は分かってない時も同じ返事をするだろ」

 

「今は分かってる!」

 

 元康が地面を蹴った。

 白い槍の影が迎え撃つ。穂先同士がぶつかり、火花の代わりに光の破片が散る。それでも元康は押し込まず、穂先を横へ滑らせた。狙いは教皇ではない。左を走る光の管だった。

 

「行けぇっ!」

 

 槍が供給線を貫いた。

 

 光の管が弾ける。

 教皇の背後に浮かんでいた槍の輪郭が、根元から歪んだ。

 

「一本!」

 

 シノンが数える。

 

 錬は右へ走っていた。

 複製剣が白い軌跡を引き、彼の進路を塞ぐ。錬は真正面から受けず、刃を滑らせるように斬撃を逸らした。

 

「本物を名乗るなら、模倣に隠れるな」

 

 踏み込みは一度だけ。

 剣先が右側の銀線へ沈み、光の管を斜めに断つ。

 

「二本!」

 

 教皇の背後で、剣の輪郭が砕けた。

 

 樹は礼拝跡の外周へ回っていた。

 弓型の供給線は、他の三本より遠い。信徒たちの詠唱陣が、その周囲を守っている。

 

「通しません!」

 

 樹が光矢を放つ。

 一射目は信徒の杖を弾き、二射目は地面の補助陣を砕く。三射目が奥の接続点へ吸い込まれた。

 

「あなたの正義は、人の声を消すための言葉です」

 

 弓型供給線が白く膨らみ、内側から破裂した。

 

「三本!」

 

 残る一本は、教皇の正面にある盾型の供給線だった。

 最も太く、最も多くの魔力を送っている。フィーロがそこへ走る。

 

「フィーロ、右から回れ!」

 

 尚文さんの指示で、彼女は白い盾の影をかわした。

 地面へ手をつき、身体を回転させる。脚が盾型接続点の側面へ叩き込まれた。

 

「えいっ!」

 

 軽い掛け声に似合わない衝撃が、丘を揺らした。

 接続点へ亀裂が走る。けれど、完全には壊れない。

 

「硬い!」

 

「もう一発だ!」

 

「はーい!」

 

 フィーロが跳び直す。

 その間に、白い光矢が彼女の背中へ迫った。

 

 ラフタリアが走る。

 剣が光矢を斬り払い、彼女は着地したフィーロの前へ立った。

 

「今です!」

 

「ありがと、ラフタリア!」

 

 二人目の蹴りが入る。

 盾型供給線が、今度こそ砕けた。

 

「四本!」

 

 シノンの声と同時に、教皇の身体が大きく揺れた。

 背後の四つの武器が明滅し、輪郭を保てなくなる。

 

 だが、教皇は倒れなかった。

 

「まだだ……」

 

 彼は杖を両手で握り、残った光を胸元へ集め始めた。

 四本の管を失いながら、それでも地下へ残っていた魔力を根こそぎ吸い上げている。

 

「神に逆らう者は、すべて光の中へ還るのだ!」

 

 胸元に白い核が浮かんだ。

 その周囲を偏向障壁が何重にも取り巻く。光は急速に膨張し、丘の石柱がひとつずつ浮かび上がった。

 

 尚文さんの声が落ちる。

 

「全員、後ろへ来い」

 

 誰も逆らわなかった。

 

 尚文さんを中心に、俺たちは一つの影へ集まる。

 ラフタリアが右、フィーロが左。ベルベットは俺の前へ出かけ、ヒッポリュテに肩を押されて位置を戻した。三勇者も、少し離れながら盾の後ろへ入る。

 

 白い光が世界を覆った。

 

 音が消える。

 空と地面の境目も、仲間の顔も、何も見えなくなる。ただ、尚文さんの背中と盾の輪郭だけが黒く残っていた。

 

 光の奔流が盾へぶつかる。

 地面が扇状に裂け、尚文さんの足が土へ沈む。盾を支える腕が震えた。

 

「尚文様!」

 

 ラフタリアの声が聞こえる。

 

「まだ持つ!」

 

 尚文さんは叫んだ。

 その背中が、ほんの少しずつ前へ押されていく。

 

 俺は銃を構えた。

 偏向障壁が胸部核を包み、射線を曲げている。今撃っても届かない。分かっている。それでも、引き金へ指がかかった。

 

 飛び出したい。

 もっと近づけば当たるかもしれない。尚文さんへ圧力が集まっている間に、一発でも撃てば――。

 

「動かないで」

 

 シノンの声が耳元で止めた。

 

「でも」

 

「まだ障壁が生きてる。今撃ったら曲げられる」

 

 尚文さんの盾が軋む。

 俺の指も震える。

 

 守られている。

 その事実が、胸の内側を焼く。何もしていないように見えるこの一拍で、尚文さんは削られている。

 

 ベルベットが俺の腕を掴んだ。

 

「待ちなさい」

 

「でも、尚文さんが」

 

「分かってる」

 

 彼女の爪が俺の袖へ食い込む。

 それでも離さない。

 

「だから外すな」

 

 その声に、俺は銃口を下げなかった。

 

 ラフタリアとベルベットが同時に動いた。

 尚文さんの盾が受け止めている光の側面を走り、教皇へ迫る。

 

 複製剣がラフタリアへ振り下ろされる。

 彼女は剣で受け、刃を滑らせた。

 

 複製槍がベルベットの胸を狙う。

 黒い腕が穂先を掴み、白い光へ爪を食い込ませる。

 

「人を踏み台にして立つ神様なら」

 

 ベルベットの腕が軋む。

 

「地面まで引きずり下ろしてやる!」

 

 黒い爪が複製槍を砕いた。

 同時にラフタリアの剣が、教皇の胸元を覆う外殻へ入る。

 

「これ以上、尚文様を傷つけさせません!」

 

 二つの攻撃が外殻を左右から裂いた。

 

 偏向障壁が揺れる。

 一枚、二枚。光の膜が剥がれ落ちる。だが最後の一枚が残っていた。

 

 シノンが目を細めた。

 風に乗る光の流れを読むように、弓をわずかに動かす。

 

「次の切り替え。障壁が落ちる」

 

「何拍?」

 

「一拍だけ」

 

 教皇が腕を広げる。

 残った光がさらに膨らみ、尚文さんの盾を押し潰そうとする。

 

「神に選ばれぬ銃ごときが、聖なる光を穿てるものか!」

 

 俺は銃口を教皇の胸へ向けた。

 

 あそこにいるのは、一人の人間だ。

 法衣が光を失えば、杖を落とし、地面へ倒れる人間だ。

 

 撃つことの重さは、標的が悪人なら消えるわけじゃない。

 それでも、この核を残せば、また誰かの声が祈りの燃料にされる。商人の言葉も、護衛の仕事も、薬草店の窓も、尚文さんの名前も、全部また白い嘘へ塗り潰される。

 

「俺が撃つのは、教皇じゃない」

 

 銃身の奥に光が集まる。

 

「人を縛っている、嘘の心臓だ」

 

 シノンが息を吸った。

 

「今」

 

 尚文さんの声が重なる。

 

「誠司、外すな!」

 

「これで終わらせる――精密破壊弾!」

 

 引き金を引いた。

 

 弾は黒い線となって、白い世界を走った。

 偏向障壁が閉じようとする。けれど、ラフタリアとベルベットが割った外殻の切れ目から、ほんの一拍だけ防御が遅れる。

 

 弾はその隙間を抜けた。

 

 教皇の胸部核へ届く。

 

 光は爆発しなかった。

 内側から、静かに消えた。

 

 教皇の周囲を包んでいた白い炎が、中心から色を失っていく。剣が消え、槍がほどけ、弓の弦が切れ、盾の輪郭が砂へ変わる。

 

 地面の下を流れていた魔力が逆流した。

 銀線が一斉に暗くなり、礼拝跡に刻まれていた大規模魔法陣が砕ける。

 

 教皇の杖が、手から落ちた。

 

 硬い石へ当たる、小さな音だった。

 

 それだけで、戦いが終わったと分かった。

 

 法衣はもう光っていない。

 ただの白い布になり、土と煤で汚れている。

 

 教皇は胸元を押さえながら、一歩、二歩と後ろへ下がった。

 唇が動く。けれど祈りの言葉は続かなかった。

 

「なぜ……神の式が……」

 

 その膝が折れた。

 

 地面へ倒れる音は、複製聖武器の崩壊よりずっと軽かった。

 

 祈りを続けていた信徒たちが、動きを止める。

 誰かの杖が落ちる。続いて、別の誰かが膝をついた。白い法衣の列から、戦うための形が抜けていく。

 

 鐘の音が途切れた。

 

 残ったのは風だけだった。

 

 丘を覆っていた雲の切れ間から、朝の光が差し込む。

 白い魔力に塗り潰されていた草へ、緑色が戻ってくる。折れた石柱の影が地面へ伸び、俺たちの影も、それぞれの足元へ戻った。

 

 俺はすぐには銃を下ろせなかった。

 

 教皇は動かない。

 胸部核は消え、呼吸も見えなかった。

 

 指が引き金へ残っている。

 力を抜こうとしても、関節が固まっていた。

 

「誠司」

 

 シノンの声が近くで聞こえた。

 彼女は俺の銃へ触れず、手首の少し上へ指を置いた。

 

「もういい」

 

 その一言で、指がようやく動いた。

 銃口を下ろす。

 

 尚文さんも盾を下げた。

 腕がわずかに震えている。ラフタリアが支えようと手を伸ばすと、彼は一度だけ首を振った。それでもラフタリアは離れず、半歩横に立った。

 

「終わった」

 

 尚文さんが言う。

 

 誰もすぐには返事をしなかった。

 

 元康は槍を地面へ突き、荒い息を吐いている。錬は剣を見下ろし、刃に残った白い光が消えるのを待っていた。樹は弓を下げ、倒れた信徒たちへ視線を移している。

 

 フィーロが、少しだけ首を傾げた。

 

「勝ったの?」

 

「ああ」

 

 尚文さんが答える。

 

「もう、鐘は鳴らない?」

 

「鳴らない」

 

「そっか」

 

 フィーロは笑わなかった。

 代わりに荷包みを拾い、胸の前で抱え直した。

 

 ベルベットが教皇の近くへ立つ。

 黒い腕を見下ろし、それからゆっくり爪を引っ込めた。

 

「人を縛ってた奴が、最後は自分の祈りに潰されたのね」

 

 ヒッポリュテが答える。

 

「他者の声を燃料とする王座は、燃料が途絶えればただの椅子だ」

 

「椅子にしては随分と迷惑だったけど」

 

「それには同意しよう」

 

 ラフタリアが尚文さんを見る。

 

「尚文様、お怪我は」

 

「大したことはない」

 

「その言葉は信用できません」

 

「お前まで信用の話をするな」

 

「尚文様が言うからです」

 

 尚文さんは何か返そうとして、やめた。

 代わりに小さく息を吐く。

 

 そのやり取りを見て、俺の肩から少しだけ力が抜けた。

 

 三勇者は尚文さんの近くへ来なかった。

 尚文さんも呼ばなかった。

 

 同じ作戦で戦った。

 同じ敵を倒した。

 けれど、それだけですべてが元通りになるわけじゃない。

 

 錬が剣を鞘へ戻す。

 

「作戦は正しかった」

 

 誰に向けた言葉か分からなかった。

 尚文さんは返事をしない。

 

 元康は不満そうに槍を担いだ。

 

「次は、盾に指図されなくても勝つ」

 

「次がある前提で話すな」

 

 尚文さんが即座に返す。

 

「お前も前に言ってただろうが!」

 

「俺はお前ほど無計画じゃない」

 

「何だと!」

 

「元気そうで何よりです」

 

 樹が疲れた声で割って入った。

 その言葉に、元康は口を閉じる。錬がわずかに目を逸らした。

 

 完全な和解ではない。

 でも、少なくとも今すぐ武器を向け合う空気ではなかった。

 

 俺は銃を腰へ戻した。

 金属が収まる小さな音が、風の中へ溶ける。

 

 尚文さんがこちらへ視線を向けた。

 

「外さなかったな」

 

 一瞬、言葉が出なかった。

 

「……それ、褒めてます?」

 

「事実を言っただけだ」

 

「もう少し素直でもいいと思います」

 

「調子に乗るな」

 

 ベルベットが横で肩を揺らす。

 

「予約、ちゃんと受け取れたじゃない」

 

「何の話だ」

 

「こっちの話」

 

 尚文さんは怪訝そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。

 

 シノンは俺の隣へ立ち、教皇が倒れた場所を見た。

 彼女の弓は下がっている。けれど、手はまだ弦の近くにある。

 

「手、震えてる」

 

「見ないでくれる?」

 

「無理。隣にいるから」

 

 淡々とした声だった。

 俺は自分の手を見る。確かに、少しだけ震えていた。

 

 ベルベットが反対側から覗き込む。

 

「情けない顔」

 

「さっきまで囮だったんだから、少しは労ってくれても」

 

「立ってるなら十分でしょ」

 

 彼女はそう言いながら、俺の肩についた白い光の砂を払った。

 指先の動きは乱暴だったけれど、同じ場所を二度払った。

 

 ヒッポリュテが、丘の下を見渡す。

 逃げる信徒はいない。戦う者もいない。ただ、膝をついた者と、杖を置いた者が風の中に残されている。

 

「勝者の声を上げる必要はあるまい」

 

 彼女は静かに言った。

 

「既に、戦場が答えている」

 

 丘の上には歓声がなかった。

 誰も武器を掲げなかった。

 

 それでよかった。

 

 倒れた者がいて、傷ついた者がいて、二度と鳴らない鐘がある。

 そんな場所で大声を上げれば、勝利まで嘘っぽくなりそうだった。

 

 朝の光が、少しずつ礼拝跡を満たしていく。

 白い法衣も、黒い銃も、尚文さんの盾も、同じ光の中に置かれていた。

 

 俺たちの影は重なっていない。

 それぞれ別の形で、別の方向へ伸びている。

 

 それでも、戦いが終わった今だけは、誰の影も誰かを飲み込んではいなかった。

 

 風が草を揺らす。

 もう祈りの声は乗っていない。鐘の音もない。

 

 ただ、俺たちがまだ立っているという、静かな音だけが残っていた。

 

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