カクヨムにあげている短編“心優しいだるまちゃんが、芋虫みたいに頑張って汲んできてくれた、生ぬるくて少し酸っぱいお水の話”
の番外編四話目です。既読向け&えっちなのはおまけです。

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お父さんへの嫌悪感にまみれている主人公君に、パパと同じことしてるね!やっぱりカエルの子はカエルだね!って言いたいがために挑戦しました(╹◡╹)

R指定ってむずかしいわね(╹◡╹)


心ゆるんだウォーターサーバーちゃんが、無意識下で染み込ませた、生ぬるくて少ししょっぱいお水の話

 ウォーターサーバーって二種類の状態でお水を出すよね(╹◡╹)

 

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 半分だけ血のつながっている妹を引き取って、そのお世話をするようになってからしばらく経った。事故で両親と手足、ついでに声を失っていた彼女、陽葵(ひまり)さんは、僕の父の不義の証で、引き取るまでその存在を知らなかった腹違いの妹だ。

 

 引き取った当初、自力で動くことも、意思の疎通を図ることも満足にできなかった彼女は、一言では言い表せない紆余曲折の末に、這って移動することと、ささやき声で会話することを身に着けた。僕らの間にあったすれ違いと認識違いは解消されて、僕は心の底から大切な家族と思える相手を手に入れた。

 

 ……大切な家族、のはずだった。少なくとも、僕にとって陽葵さんがそうであることは、間違いのないことだ。僕は彼女の兄として、保護者として、年長者に恥じぬ行いを心掛けていて、そのことについては、間違えていないと確信している。多少口にしがたい、後ろ向きな喜びを得ていないと言ったら嘘になるが、それを口にしたことはないし今後もするつもりはない。

 

 だから、僕の方は問題ないのだ。たとえ、陽葵さんの言葉に乗せられて、毎日甘酸っぱいお水を飲まされていたとしても、問題はない。道徳的に考えて、倫理的に考えて、後ろ指をさされる行為であったとしても、家族のわがままを聞くためのものだから仕方がない。

 

 けれど、陽葵さんの方は、そうではないようだ。今の、少し普通とは言えない兄妹の関係に対して、不満があるらしい。何やら思うところがあって、変えたいことがあるらしい。それをどうにか思い留めさせることができないか、いつもの朝の音を聞きながら考える。

 

 水道から水が流れる音と、それを飲む音。そしてしばらくしてから聞こえる、貯めた水を落とす音。それは三回繰り返されて、最後に錠菓を砕く音。

 

 違和感を持てなくなるくらいには日常になったそれの後に、体を引きずる音がする。床の上を布の塊が這う、陽葵さんの移動の音。そして耳元に迫ったそれが繰り返す、少しかすれた囁き声の二文字。慣れ親しんだ、慣らされてしまった毎朝の日課。

 

 抑揚をつけて繰り返される二文字は、反応できない、してはいけない僕のことをもてあそぼうとしているかのように、こしょこしょ、ぽしょぽしょと続く。息遣いを交え、楽しそうに、それが当然の物だと教え込むように、執拗に続く。

 

 止めることはできなかった。だって、僕はまだ眠っていることになっているから。反応することはできなかった。目覚ましの許可である音が聞こえてくるまで、僕は起きてはいけないから。

 

 数分のような、数時間のような、長くて短い時間を経て、ようやく右耳にカチッ、カチッと音が聞こえる。歯を打ち鳴らすそれが、本来陽葵さんにお願いしている目覚ましの合図。陽葵さんに任せた役割で、暗黙の了解。

 

 起床の許可を与えられた僕は目を開けて、すぐ横にある頭に向けて起きたことを伝える。直前まで続けていた囁きなんてなかったかのような顔をしている陽葵さんに対して、同じくそれを知らないかのように、歯の音まで寝ていたかのように取り繕ってお礼を言う。

 

 ”おはよう、きょうははつこいれもんあじ”かすかに口角を上げながら、擦過音を伴って動く口を読んで、軽い少女の体を抱き上げる。赤ん坊に高い高いをするように、陽葵さんの顔が下向きになるように、僕の顔の上になるように持ち上げれば、彼女は口を閉じて、頬を少し膨らませる。

 

 それは子ども扱いされていることに対する無言の抗議、などではなく、いつもの日課の続きで、その準備だ。慣れどもなくしきれない抵抗感を読み取られないように隠して、キュッと絞められた口に口を開ければ、人の体温程度に温められた生温い液体が流し込まれる。本人の申告の通りレモンの風味の、甘酸っぱい液体。

 

 空っぽだったはずの口の中に生み出された液体は、朝から時間をかけて準備された、少女の胃液交じりの水だった。日常的に繰り返された結果、”おうとますたー”を名乗るようになった陽葵さんの、胃の中身が動く音と一緒に流し込まれる水は、端的に言ってしまえば少女のゲロで、けれども十分に洗浄が済んだ胃から出たそれにはその呼び方から想起されるような不快なにおいと味はない。甘酸っぱくて、少し酸味が強いくらいの、”飲める味”な液体。

 

 給餌される雛のような恰好のまま流し込まれたそれを飲み込んで、口を離して陽葵さんを見る。朝の水分補給は僕の意思で終わらせることができず、陽葵さんが満足するまで続けなくてはいけない。そして今朝は、”おかわりがある”との口の動きで、継続が伝えられた。

 

 言われるままに再度口をつけて、ゆっくり流し込まれる液体を飲み込む。ただ吐いた分を流すのではなく、一度口にためて、そこから舌を使って一口分ずつ分けられることで、水分補給の時間は伸びていた。最初の方よりも格段に飲みやすく、溢しにくく、そして時間が長くなる。

 

 ゆっくりと一分以上かけて行われた水分補給の締めに、陽葵さんが僕の口をぺろりと舐めれば、朝の日課は完了だ。楽しそうに、けれども名残惜しそうに下ろされた陽葵さんにごちそうさまを伝えて、朝の支度にとりかかる。手足のない妹の胃液交じりの水を”ご馳走”と称するのはかなり抵抗があったが、こう言うことで陽葵さんが目に見えて嬉しそうにするため、僕は言わなくてはいけなかった。

 

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 朝の日課は平日だけではなく、休みの日も行われる。逆に言うと、僕はこの倒錯的な行いを、仕事に行く前にもしているわけだが、この日はそうではなかった。三連休の初めの日、世の人々が遊びや休憩や家族サービスに励む日に、僕がサービスする相手は唯一の家族である陽葵さんだ。

 

 普段、仕事のある平日の昼間、ずっと一人ぼっちにしてしまっている彼女が寂しくないように、ストレスをため過ぎないように、休日の僕は陽葵さんのわがままを聞くようにしている。と言っても、物欲の少ないらしい僕の妹がわがままらしいわがままを言ってくれる頻度はそう高くなく、謎解きゲームを一緒に進めたり、一緒に映画を見たりするくらいがせいぜいだ。

 

 そしてこの日、陽葵さんが求めたのは映画の鑑賞だった。本人曰く一人で見るのが怖いらしいホラー映画を見るために、小さい体を抱えて、膝の上に座らせながら映画を見始める。映画を見ながらポップコーンを食べたいけど、そのタイミングで声を出したくないという彼女の要望のために、僕の左人差し指は陽葵さんの口の中でポップコーン&ジューススイッチになっていた。

 

 本人の希望でリップクリームを塗っている、柔らかい唇に指を食まれたまま、甘噛みされればポップコーンを運んで、舐められればジュースを運ぶ。当然、僕自身の映画に対する没入感はそがれてしまうが、腕の内で怯え、身を揺らす陽葵さんの反応が楽しそうだから、あまり気にはならない。

 

 甘噛み、舐め、舐め、甘噛み、甘噛み。陽葵さんの求めるタイミングで、求められたものを口に届ける。飲み物はストローを口の中に差し込んで、ポップコーンは指ごと口の中に入れる。受け取った後の、指に残った粉部分をなめとられるのは少しだけこそばゆいが、その感覚は決して嫌なものではない。

 

 そんな、集中しきれない作業をしながら映画を一本見終わって、腕の中の陽葵さんを解放する。僕よりも少しだけ低い少女の体温が離れていって、よくなった風通しで溜まった湿気が抜けていく。少しすればぬくもりの残滓は消えて、心なし冷たい跡が残る。

 

 映画の感想を話したくてワクワクしている様子の陽葵さんを置いて一度お手洗いを済ませ、戻ってきた直後に今度は陽葵さんをトイレに連れていく。どうしても我慢できないときはいつも履かせているおむつに用を足す陽葵さんだが、乙女心的にはトイレの方で済ませたいらしく、僕が近くにいるときはトイレで見守られながら用を足していた。

 

 見られながらの排泄は、おむつ交換や体を洗うのとは別種の恥ずかしさがあるらしく、直視しないように気を付けながら用を済ませさせ、黄色がかった液体を拭きとれば、陽葵さんのおトイレは終わりだ。洗う手のない陽葵さんの代わりに手を洗って、映画を見ていた部屋に戻る。僕の手は陽葵さんの口に入るものだから、できる限り清潔に保っておきたい。

 

 布団の上に陽葵さんをすわらせて、向き合った状態で僕も座る。今観た映画のどこが面白かったか、怖かったか、それがどんなふうに怖かったか。二人で話して、総合的に今回の映画は面白かったかを話す。お互いに考えて点数をつけて、相手のそれを当て合う。当てても外しても特に何かがあるわけではないが、そうやって相手の考えを想像して、精度よく当てられた時の達成感はそれなりのものだ。だってそれは、どのくらい相手を理解できているかということだから。大切な人のことを理解できているという事実は、僕にとって安堵と喜びをもたらすものだった。

 

 そこまでやって、ホラー映画の鑑賞は一段落。あとは謎解きゲームとか、操作の際に早急な判断を求められないゲームをやったり、別々で好きな本を読んだりする。自動スクロール機能があれば、陽葵さんは一人でも文章を読むことができた。本人曰く、ゆっくりしたスクロールで、続きを焦らされながら読むことも、それはそれで楽しいものらしい。

 

 鼻先でスマホの操作をしたり、視線入力の機能を使ったりして、自由に検索ができるようになった陽葵さんは、最近スマホに夢中だ。僕がいない間もそれらの方法で、これまで以上に時間を潰すことができているらしく、たまに高校の勉強の解説動画を見たりもしている。自身が続けられなくなった学習に対して、未練があるらしい。

 

 その気持ちがわかる、なんてことは言えないが、想像することはできるので、僕もなるべく尊重するようにしていた。かつて惰性半分で勉強をしていた僕と比べて、陽葵さんはずっと勤勉だったから。もし僕が同じ状態になっていたら、きっと勉強をしようとはしなかっただろうから。

 

 そうやって、何をしているのかがわかるから、僕は安心して仕事に向かうことができる。勉強だったり、別のことだったり、好きなことをして時間を潰しているから、家を留守にすることができる。僕がいない時間というのは、陽葵さんにとってプライバシーの保証された時間だから。

 

 

 

 いつものように“日課”を済ませて家を出て、電車を待っている途中で今日が祝日だということを思い出した。僕らの朝は仕事の日でも休みの日でも変化がなく、それはつまり朝起きる時間も変わらないということである。曜日感覚は持っているから、土曜日曜に関しては休みだと認識できるが、あまり頭が働いていない月曜日には、ギリギリまで祝日を思い出せないことが稀にあった。こうして、駅に着くまで気がつけないことは初めてだったが、これまでの傾向を考えればいつか起きて当然の現象ではあったのだろう。

 

 休日に仕事と思って行動したことで損した気持ちになりつつ、同時にあると思っていた仕事がなくなったことをラッキーに思う。こんな些細な、マッチポンプみたいなことで喜びを得られる自分のお手軽さを実感しながら、せっかくなので家を出たついでに軽く買い物をしてから帰る。いつも寄っているスーパーは開店前だったから、少し離れたところにある開店時間の早い店に。

 

 遠回りしたことと買い物に時間をかけたことで、家に帰ったのは出発から一時間経ってからだった。家で待っている陽葵さんは今日が祝日だということを思い出して呆れているか、僕と同じようにすっかり忘れて平日の行動をしているか、どちらだろうかと考えながら家に帰る。

 

 もし前者であれば、きっと陽葵さんは勉強中だろう。あまり邪魔して気を散らすこともしたくないので、大きな音を立てないようにしながら鍵を開けて、家に入る。鼻先か視線かの入力によるメッセージは届いていないから、僕にとって陽葵さんが祝日に気がついているかは半々だった。

 

 そうして、部屋の扉を開けた瞬間、目に入ったのは肌色の面積が大きい画面と、スピーカーから出てくる水音を多分に含む音。一組の男女が、互いを求め合っている動画が、部屋の中で流れていて、僕の妹は食い入るようにじっとそれを見ていた。

 

 見てはいけないものを見たのだと、すぐに頭が認識する。その動画がおそらく非合法なポルノサイトによるもの、という意味ではなく、俗に言うオナバレに近い意味で。一定以上の年頃の少女がそういうことに対して興味を持つこと自体はおかしなことではないし、彼女の体を使(・)う(・)ように言われたことがある僕は、陽葵さんのことを潔癖な少女だとは思っていない。

 

 けれど、こういうものは楽しんでいる途中を、身近な人に見られるべきではないのだ。そして見てしまう可能性があるのなら、なるべく避けるのが普通である。一昔前ならともかく、みんながスマホを持っているこの時代、予定より早く家に帰ることくらい簡単に連絡できるのだから。

 

 つまり、今日のこと出来事に関しては、“陽葵さんが祝日を思い出したかどうかサプライズ確認しよう!”なんて愚かなことを考えた僕に全面的な責任がある。本当に愚かなことで、答え合わせは陽葵さんの尊厳と引替えに最悪な形で済まされた。陽葵さんがそういう動画を見ていることを知りたくはなかったし、知るにしてもこんな不意打ちのような形であってほしくなかった。

 

 動揺で、右手の中から買い物袋が落ちる。重たい荷物が床にぶつかる音と、その一番上に乗っていた卵が落下の衝撃で潰れる音。静かにあけられた扉に気が付かなかった陽葵さんでも、卵が割れるほどの衝撃と、その音に気が付かないはずがない。

 

 受け入れ難い現実を拒絶するように、ゆっくり首が回って、視線が合う。そして同じ速度で元の位置、動画が流れているテレビの画面に戻って、これまで見てきた中でいちばん機敏な動きでリモコンに飛びかかる。

 

 肌色の画面は光を失って真っ暗なそれに戻り、玄関を開ける音が聞こえなくなる程度には大きかった水音と嬌声は失われた。残ったものは耳まで真っ赤にしながらリモコンに顔を埋め、プルプル震えている陽葵さんと、今見たものをなかったことにできないか考えている僕、そして無惨に割れた卵たち。

 

 落として割った卵の数だけ人は強くなれるのかもしれない、なんて意味のわからないことを考えながら現実逃避を図っていた僕は一旦部屋から出て、手遅れながら陽葵さんに今から帰るとメッセージを送る。見なかったことに、なかったことにできないかという哀れな現実逃避は、“もどってきて”と変換すらされていない六文字で無に帰した。

 

“あのね”と動く口。発生を伴わず空気擦れる音が聞こえるそれは、陽葵さんの声だ。取り戻して以降、積極的に使うようにしている言葉。

 

“ししゅんきのとしごろで、えっちなことにきょうみをもつのは、ふつうのことなの”

 

 耳まで真っ赤にしたまま、真剣な顔でそんな言葉をささやく陽葵さん。無論僕だって、かつては思春期だった身なので、陽葵さんの言いたいことはわかる。言いたい事はわかるけど、呼び戻した理由はわからなかった。

 

 陽葵さんならきっと、僕の送ったメッセージを読んで、僕が何も見なかったことにしようとしているのだと気がつけたはずだ。もしかしたら気が動転して気がついていないなんてこともあるかもしれないけれど、それならそれですぐに呼び戻した理由がわからない。

 

“わかった?”と、念を押すように少し強く言われた言葉に対して、一旦肯定を返す。陽葵さんは年頃で、性的なものに対して興味がある。客観的に見ればすぐに分かることを、あえて念押しする理由はなんなのか。そのことについて考えようとしたタイミングで、“だから、わたしはこまっていることがある”と陽葵さんは続ける。

 

 陽葵さんが年頃で、そういうコンテンツに興味があって、それを見られた際に隠すのではなく困り事を伝える。そこでようやく僕の危機感知センサーは反応して、どうにかして話を変えるか、見なかったことにするかできないかを考え始める。

 

“わたしのからだ、てがない。とても、とてもふべん。かゆいせなかもかけない”

 

 だって、手足がなくて、まともに声を出せなくて、まともに家から出ることのない生活をしている少女が、このシチュエーションで求めるものなんて、ひとつくらいしか思い当たることがない。しかも、この妹は一度僕に対して自分の体を性処理の道具にするように交渉したことがあるのだ。今でこそ水汲み係に落ち着いたが、水が嫌になったらいつでもそちらの役割を果たすと、彼女はかつて言っていた。

 

“だから、おてつだいしてほしい。ひとりだとむらむらたまるだけだから、てをかしてほしい”

 

 文字どおりの意味で手を貸してほしいと言われるのは、初めてのことだった。道具として人の手を必要とする機会なんて、多くの人にはほとんどないのだから。普通の意味であることを願ったが、“じゃましたぶん、せきにんとって”と赤い顔で言い放つ陽葵さんを見るに、それは望み薄だろう。僕が必要とされているのは文字通り手(・)で、それがどこにあてがわれるのかは、想像にかたくない。

 

 断ることができれば、良かったのだ。そういうことは一人でやることだから、僕が留守にしている間こっそり楽しめばいいと、伝えることができればそれで良かった。けれど陽葵さんには一人で遊ぶために必要な物が足りていなくて、それを提供できるのは僕しかいない。

 

 そう考えると、いつかどこかのタイミングで、こうなることは必然だったのだろう。気が進まないまま陽葵さんの言葉に肯定を返して、その前に買い物袋の処理をさせてもらう。割れた卵から溢れた透明と黄色の液体が、買ってきたものの全てを汚していた。

 

 

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 気が乗る乗らないはさておき、求められたからには、求められてしまったからには、僕は陽葵さんのことを満足させる必要がある。手足を持たず、僕以外に頼る相手のいない彼女の頼みを断るということは、ただ拒否するだけではなくそれを禁止する事と等しいからだ。頼まれていることが法律的に許されないことでなければ、なるべくは叶えてあげたいし、特に今回、性的なことに対する興味に関しては、かつて思春期だったものとして禁止される辛さも推測できる。

 

 そうなると、僕がそれを拒みたくなる理由は、陽葵さんが血の繋がった妹であること、つまりはモラルや社会通念の問題となる。年頃の少女に対して性的な事柄の一切を許さないか、手足のない異性の体をいじって満(・)足(・)させるか、どちらの方が不健全なのかを考えて、僕は後者の方に軍配をあげた。つまり、陽葵さんのお願いを拒絶しようとした。

 

“あなたは、てだけかしてくれたらいい。わたしのことをつかってとはいわない”

 

 拒絶しようとしたのに、できなかったのは、後ろめたさによるものだった。僕は一度、陽葵さんからの誘い、彼女の体を“使って”処理することを持ちかけられて、拒絶した。毎日胃液混じりの水を飲まされるよりも抵抗があると言って、拒んだ。

 

 きっと、傷ついたことだろう。断った時にも納得していなさそうな、悲しそうな顔をしていたし、陽葵さんからしたら恥をかかされたわけだ。あるいは、あの時はまだ僕らの関係を兄妹と知らなかった彼女からすれば、あれは少しだけ迂遠なアプローチだったのかもしれない。だとしたら、断ることばかりに頭を回らせていた僕はとんだ間抜けだ。

 

 その可能性に思い至って、陽葵さんの表情を窺う。顔を真っ赤にしながらこちらを見て、嬉しそうな、恥ずかしそうな表情を見せる少女の姿。とても、ただ性欲処理を頼むだけのそれには見えなくて、血の繋がった妹だという前提を抜きにすれば、少々魅力的にすら思えるものだった。

 

 かつての自身の大きな失敗を察して、陽葵さんに対する罪悪感が肥大化する。その申し訳なさを持った上で頼(・)み(・)事(・)を拒絶できるような強さは、僕には備わっていなかった。

 

 じっとこちらを見つめる陽葵さんを持ち上げて、膝の上に乗せる。さらさらした黒い髪を手で軽く梳きながらなでて、僕にどのようなやり方を求めているのか尋ねる。

 

 陽葵さんが最初に要求したのは、頭を撫でることだった。いい子だと口にしながら、褒めながら、抱きしめながら頭を撫でてほしいと、彼女は望んだ。覚悟していたよりもずっと普通で、こんな状態でなくても受け入れる内容に拍子抜けしながら、既に始めていた撫でを続ける。

 

 

 一つ、普段と違ったことは、褒める内容だ。僕がいつも陽葵さんを褒めるとき、その対象は彼女自身の努力に対してだ。成果を対象にしてしまうと人よりも寝起きが良いこと以外に、陽葵さんが他の人と比べて優れている技能はない。それはこの子がダメな子と言うわけではなく、手足がない分すべての行動に大幅なマイナス補正がかかるからだ。

 

 そして、そんな風に褒めることができない成果とは違って、努力と言う観点では、陽葵さんには褒めるところしかなかった。何をするにも他の人より不利な状態で、それでも挑戦しようとすることは、それだけですでに素晴らしいことだったから。

 

 だから、僕が陽葵さんを褒めるのはほとんど努力に関することだった。けれど、今回求められた内容は、彼女の頑張りに対するものではなく、陽葵さんの容姿に対するもの。客観的に見て整った顔立ちをしている彼女が、僕の目から見てどう映っているのか、それを言葉にしてほしいというものだった。

 

 少し考えて、まずは髪の毛を褒める。僕自身が手入れをしている、黒くてさらさらした髪の毛。綺麗なストレートで、こうやって触れていても心地いい髪の毛は、陽葵さんの容姿の中で、一番褒めやすく、かつ無難な要素だろう。

 

 "ほかには?"

 

 撫でているだけでほんのりトリートメントの香りがする髪を梳きながら褒めると、まだまだ満足には遠かったようで追加を要求される。なんとなく予想していたから用意していた、目を出した。うっすらこげ茶がかった黒色の、まん丸の目。二重で、眼鏡をかけたらぶつかりそうなくらいまつげが長くて、いつもじっと、僕のことを見ている目。

 

 "ほかには?"

 

 かすれた囁き声をこぼす、ピンク色のくちびる。映画の時に触れて、指をくわえられる、ふにふにでやわらかいくちびる。毎朝の給水の際に、触れあっている柔らかい感触。

 

 "かみのけ、すき?"

 

 さらさらした感触が好きだ。触ったことはないが、上等なシルクとはこんな感じなんだろうと思いながら、毎日梳いて、乾かしている。

 

 "め、すき?"

 

 ふとした拍子に合って、少し細められる目が好きだ。僕のことを、僕だけを見てくれる目が、離さないでくれる目が好きだ。

 

 "おくち、すき?"

 

 食べ物を食べる時と、僕とコミュニケーションをとるときしか使われない口が好きだ。やわらかくて、あたたかくて、レモンやイチゴの味がするくちびるが好きだ。そこから聞こえる、少しだけかさかさした声が好きだ。

 

 "あなたのいちばんすきなばしょ、さわりたいばしょ、さわって"

 

 どれも、同じくらい好きだった。陽葵さんの、大切な家族の体で嫌いな場所なんてなかった。けれどその中から一か所だけ選んで、くちびるに手を伸ばす。挙げた三つの内で、髪の毛はさっきから撫でていたし、目には触れることができない。そうなると自然、消去法で選べる場所は一つだった。

 

 膝の上で抱えていた陽葵さんの体の位置、向きを調整して、口に触れやすいように向き合った状態で顔が見えるようにする。上半身の前側に合ったぬくもりが離れていく寂寥感があって、うれしそうに口角が上がった顔と目が合う。

 

 

 頭、髪の毛から手を放して、親指でくちびるに触れる。左右になぞるように触れれば、よわよわしい反発とともに、指の形に合わせて沈む。無抵抗な少女のくちびるはされるがままに撫でられて、触ることを選ばなかった目は僕のことをはなさない。じっと僕を見据えて、逸らすことを許さない。

 

 陽葵さんの口が開く。入り口を撫でていた親指が、その奥に誘われる。少し前に歯磨きをしたばかりの白い歯が覗いて、噛み合わせのザラザラが指の腹に触れる。そのまま歯は閉じられて、いつもされていた甘噛みが、知らない指に教えられる。

 

 抑えられた親指の先に、あたたかいものが触れた。柔らかくて、濡れていて、意思を持った生き物みたいに動くもの。陽葵さんの舌で撫でられて、そのままくちびるが閉じられる。開けられるまでどうなっているのかわからない空間の中では、爪の隙間まで唾液を塗り込むような、丁寧な愛撫が施されていた。

 

 "ごちそうさまでした"

 

 指先がふやけてしまうほどの時間を経て、陽葵さんは口を開ける。冬に布団を奪われたような喪失感が、捕らえられていた一部の開放を告げて、失われたぬくもりと指先との間には透明な糸がつながっていた。

 

 "おかわり。ひとさしゆび、ちょうだい"

 

 求められるままに、新しい指を差し出す。きっとこの指も、親指のようにしわしわになるまでふやかされるのだろう。そう思いながら口に入れると、先ほどまでとは異なった圧で吸われて、第三関節の真上、中指との境目手前まで、僕の指は陽葵さんの口の中にいた。いつも触れることのない、舌の柔毛の、ざらざらした感触が指先を刺激して、すぐに解放される。

 

 "つぎのおかわりは、したのおくち"

 

 名残惜しそうに人差し指を解放した陽葵さんの口から聞こえたのは、そんな言葉だった。手伝ってほしいと言われた時から、想定はしていた内容。内心抵抗こそあれ、この期に及んで拒否できるほどの胆力がなかった僕は、陽葵さんの体を支えながら、履かせていたおむつを脱がせる。

 

 そこに広がっていたのは、見慣れた光景だ。いつも陽葵さんのおむつを交換するときやトイレの後処理、お風呂で体を洗っているときに見ているもの。ただ見たことがあるだけではなく。清潔に保つため、いつも手洗いで触れている場所。

 

 陽葵さんの体の表面で、ぼくが触ったことのない場所はなかった。だから、今さらけ出されている大切な場所についても、当然僕は触ったことが、洗ったことがあった。

 

 だから、今更驚く要素はない。緊張する要素も、あわてる原因もない。そのはずなのに、本人にふれるよう言われてしまうと、とても悪いことをしているような罪悪感に見舞われた。血のつながった未成年の妹を裸にして触れている現状はどう考えても倫理的な問題があって、どれだけ自分に言い訳をして正当化しても足りない、間(・)違(・)い(・)だった。

 

 "はやく、して"

 

 怖じ気付いていたのを見抜かれたように、催促の言葉が掛けられる。いつもやわらかい言い方が多い陽葵さんには珍しく、強い、命令形の言葉。その言葉に従わないといけない気がして、指をつける。

 

 "さわって、なでて"

 

 人肌の温かさが指先に伝わった。ほんのり湿り気を帯びた感触。触れるか触れないかくらいの、擦れないくらいの力で言われるままに撫でると、陽葵さんは顔を真っ赤にしながら、にまにまと口元を緩める。

 

 "あたたかさ、たりない。うしろからぎゅってして"

 

 陽葵さんを抱き上げて、膝の上に座らせる。子供用のチャイルドシートになった気持ちで抱きしめて、固定して、撫でる。身じろぎしても倒れないように、動いても離れないように、少女の体を固定する。

 

 "なでて、なでて、こすって"

 

 聞こえにくくなった囁き声が、胸の辺りから聞こえる。五体満足だったころは割合的に足が長かったであろう陽葵さんの体は小さくて、僕の上に座っているとちょうど頭頂部が口元に来る。自然、抱きしめている間、陽葵さんの髪の匂いはずっと鼻腔をくすぐった。シャンプーの匂いと、トリートメントの匂い。ほんのりとキンモクセイが香る中にあまいココナッツのような香りが混ざっているのは、陽葵さん自身の体臭か。

 

 少し頭がぼんやりする中で、言われるままに指を動かす。根本から残っていない左足の、ぷにぷにした肉の盛り上がりを親指に感じながら、人差し指と中指で閉じた下をなぞる。子供のそれのような、未成熟な少女の体。指の動きに合わせて、陽葵さんの体が動くのを感じる。

 

 抵抗しようとしている動きではなく、反射で勝手に動いてしまったというようなもの。突然わき腹をくすぐられたり、不意に首筋をなぞられたりしたときのような、体の反射による動き。

 

 拒絶の言葉がなかったことから、問題ないものと判断して続ける。遠目に見たらわからない程度のうっすらとした細い産毛が指の腹をくすぐって、摩擦の音を立てる。

 

“なか、ゆびいれて”

 

 撫でる場所が、外側から内側に変わる。撫でる、と表現することもできない、指の差し込みと引き抜き。全方向から感じる熱と、引き抜いた部分が空気に触れた冷たさ。

 

 陽葵さんの体が、僕の腕の中で小さく跳ねた。やめるようには言われなくて、単調な抜き先を繰り返す。少しするとその速さについて触れられて、言われるがままに陽葵さんの好みの”速度”を教え込まれる。

 

 指以上に太いものが入ると信じられない、狭い隙間を擦り、広げる。増やすように言われた二本目の指を、胸元から聞こえる声に合わせて動かす。

 

 ラジコンかなにかになった気分だった。自分の意志ではなく、陽葵さんの意思に合わせて手を動かす。そうであるようにと、自分に言い聞かせる。だってこれは、ただ手を貸しているだけだから。自分の意思で発散できない陽葵さんの代わりに、存在しない手の代わりを務めているだけだから。

 

 胸の内で小さく吐息を漏らして、自分の指でかわいらしい反応を見せてくれる少女の体に触れるのは、僕の意思ではないから。何も感じてはいけない。血のつながった妹に対して、興奮してはいけない。

 

 ”むきあって、きす、して?”

 

 無心になって指を動かしていたのに、何も考えないようにしていたのに、それを許さないというかのように陽葵さんは次を求める。

 

 一度指を抜いて、陽葵さんの体を持ち直す。片手を背中に回して、小さな体を支える。少し低い位置にある陽葵さんの顔が、目が、上目遣いになりながらこちらを見上げる。少し上がった口角で、”はやく”と僕を急かす。

 

 いつもの日課の影響で、陽葵さんと唇を合わせることに対する抵抗は、ほぼ全くなかった。いつも抵抗感があったのは、その奥にため込まれた水を飲まなくていけないからで、その義務がなければ、ふにふにの柔らかいそれは気持ちがよくて、触れていて心地いい。

 

 押し付けられて、離されての子供みたいな口づけを、少しの間繰り返す。朝、保湿のためにと塗ったリップクリームの油分が、少しぺったりとした感触が陽葵さんのくちびるから移る。普段の水分補給の際には感じることのない感触は、この行いがいつもの物とは違うのだと主張するようで、少しだけ胸がざわつくのを感じる。

 

 小鳥が餌をついばむように、ちむちむとくちびるを食まれる感触があって、すぐ目の前にあった陽葵さんの顔と目が合う。黒い眼がぱちぱちと瞬きをして、少し細められながら、僕の目を見つめ返す。

 

 くっつけられて、微かに擦られてを繰り返すだけだった口元に、新しい感触が与えられたのはその直後だった。温かくて、やわらかくて、けれども芯のようなものを感じる、ざらざらしたものが隙間から入り込む。

 

 くちびるの裏側を、前歯の表面舐ったそれの正体は、陽葵さんの舌だった。これまでも、水を飲まされる時の整流弁代わりに使われていたそれが、ぺろりと僕の口の中をなめて、なにかを伝えるように、求めるように、僕の舌を突く。

 

 トントントン、トントンツー、ツートンツー、トントン。

 

 一定の間隔で繰り返されるそれの意味が、僕にはすぐにわかった。言葉にすれば二文字の、陽葵さんが毎朝囁く言葉。これまで、僕が”起きている”環境では伝えられることのなかった、効きなじみのあるフレーズ。

 

 それを、陽葵さんは繰り返し伝えてくる。いつもみたいに、僕が返事をすることのできない状況で。返事を許さない状態で、一方的に送り込まれる言葉に、これまで僕は反応を許されなかった。受け入れることも、拒むことも、できないままでいた。

 

 拒むべき、拒まなくてはいけない感情だ。陽葵さんは僕の、血のつながった妹なのだから、本人にもそれを伝えているのだから、陽葵さんから向けられる感情に対して僕は否を突きつけていいし、そうするべきなのだ。

 

 そのはずなのに、そうわかっているのに、陽葵さんから返事を求められたときに、トンツートントントン、と送られた時に、僕はすぐに拒むことができなかった。倫理的に、人として選ぶべき選択を、僕はすぐに選べなかった。

 

 もう少し近付けば眼球が触れそうな位置にある陽葵さんの目が、再度細められる。僕が拒絶できないことを、即座に拒絶できないことを理解した陽葵さんは、我が意を得たとばかりに、再度舌でメッセージを伝えてくる。同じ内容を繰り返し、間に舌を這わせながら。

 

 返事をすることは、可能だった。陽葵さんは一方的に送ってくるのではなく、僕に返答の機会を与えてくれたから。言葉を伝える手段は、陽葵さんよりもずっと持っていたから。

 

 にもかかわらず、何も伝えずにいたのは、拒絶することをためらったから。今陽葵さんのお願いを聞いて、発(・)散(・)させている最中で拒絶しては、行為に異物が混ざりこむ。陽葵さんの発散に支障が出るかもしれない。だから返すわけにはいかなかったのだと考えて、本当にそれだけの理由なのかと疑問を持つ。

 

 拒絶できなかったのは、嘘になるからではないだろうか。理性的ではない部分で、目の前の少女に不健全な好意を抱いてしまっているからではないだろうか。そうでなければ、口の中で動き回るこの舌が、きもちいいからではないだろうか。

 

 ”いつものたいせいにして”

 

 口内から引き揚げた陽葵さんの舌が、ほぼ密着状態の位置でそうねだる。他人の熱を失った口のそれが安堵なのか寂しさなのか判断できなくて、自分の理性を信じられなくなりながら、毎朝水を飲まされている時の体勢になる。ほぼ横になった状態で、陽葵さんのことをお腹の上に乗せる格好。

 

 ”もういっかい、さわって”

 

 そう伝えられて、同時に口にぬくもりが戻ってくる。陽葵さんの髪の毛が暖簾のようにかかって、表情が見えにくくなる。キンモクセイとココナッツを混ぜたような甘い香りが鼻腔を満たして、舌とともに送り込まれてきたいつもと違う液体に、甘味が混ざっているような錯覚を受ける。

 

 再開されたモールス信号を受けながら、回っていない頭で陽葵さんの要求にこたえる。下腹部の、みだりに触れるべきではない場所に指を這わせ、挿入する。入れた瞬間、小さく震えた陽葵さんのそこは、先ほどまでと比較して明らかに水分量をましていた。

 

 素面の思考では受け入れられない状況に、頭がぼんやりする。甘い匂いが思考を麻痺させて、命じられるままに指を動かしながら、舌で伝えられる信号と、それとともに流し込まれる液体を嚥下するだけの装置に成り下がる。

 

 完全に主導権を握られて、捕食されているように現状を受け入れることは、気が楽だった。何も考えず、与えられるものをそのまま受け取るだけで、五感のいたるところから”気持ちいい”が流し込まれてくる。家の外でも、中でも常に持ち続けた理性の鎧が、温められた綿菓子のように溶かされていく。

 

 性的な快楽に、流されてはいけないものに流されて、本能がそれを受容する。まだ足りないと、もっと欲しいと迎合する。意識的に、理性的に陽葵さんのことをそ(・)う(・)い(・)う(・)目(・)で見てはいけないのだと定義していた、できていいただけの僕にとって、理性を無視して流し込まれるその快感は、認識を歪めるには十分すぎるものだった。

 

 

 人並み程度には、性欲を持っていた。不能でもなければ仏でもない僕には、異性に対する欲求があって、家庭環境に対するある種のトラウマで抑圧されていたそれは大切に思える家(・)族(・)を得たことで芽を出していた。異性に対する劣情を、抱けるようになっていた。

 

 陽葵さんは家族で、守るべき相手で、そういう目で見てはいけない相手だった。そんな陽葵さんの介護のために、見れる相手を見つけることもできないままでいた。けれど、理性が邪魔をしていただけで、抑えてくれていただけで、心の中では確かに思っていたのだ。

 

 余計な前提、家族というバイアスを抜きに見れば、陽葵さんはかわいらしい少女だった。本来なら幼少期からの積み重ねでそういう対象から外れるべき相手は、欲という観点で見た場合、僕の目にはとても魅力的に映った。

 

 ちいさくて、かわいらしい体と、手足を失っても自身のできることを増やそうという向上心。耳元でささやかれる少しかさついた声。丸く、じっと見つめる黒い瞳と、指通りがよくていい香りがする黒い髪。そして、やわらかくてきもちのいいくちびる。

 

 血がつながっているとは思えないほどに、僕と共通点のない容姿は、きっと彼女のお母さんから引き継いだものなのだろう。写真でしか見たことのない、陽葵さんによく似たお母さん譲りの容姿は、なるほど不満の多い家族を捨てるだけのことはある。感情の抜きにすれば、倫理観を抜きにすれば、おぼれて、気移りしてしまうことも納得できるほど、陽葵さんの容姿は魅力的だ。理性ではなく、本能に絞って考えるのであれば、その選択は当然と言ってもいいのだろう。

 

 要するに、秘所にふれて、くちびるを合わせて、僕の体は当たり前のように反応した。そのような行為を、人の胃液交じりの水を飲むより嫌だと言っていたくせに、その発言をあざ笑うかのように簡単に反応して、肥大化したそれは陽葵さんの体に触れてしまう。

 

 ”おおきく、なってる。わたしでこうふん、したんだ”

 

 わざわざ口付けをやめた陽葵さんが、嬉しそうに、あおるように言葉にする。一度提案して拒絶された陽葵さんからしてみれば、言いたくなることの一つや二つもあるだろう。

 

 

 陽葵さんが身を捩って、反応してしまったそこに圧力をかける。反応している、かたくなっている間はわかるように、やわらかい皮膚と体で型を取ろうとしているかのように、強く押し付けられる。あれだけ拒絶したはずなのに、かってに快感を伝えてくる自分の体が、情けなくって仕方がない。

 

 ”おおきくなった、あなたにおねがい。……それ、いれて、きもちよくならせて”

 

 覆いかぶさられているせいで表情が窺えない陽葵さんが、そんなことを言う。かつて、陽葵さんの体を”使う”ことを拒んだ僕に対して。反応してしまったのなら、それをしかるべき使い方で利用しろと言ってくる。

 

 きっとこれは、かつての提案のやり直しで、僕に対する譲歩なのだろう。”使う”ことを受け入れなかった僕に対して、おとなしく”使わせろ”と言う提案。頼まれたからという言い訳を与えるから、早く満足させろという要求。

 

 言い訳を封じられた僕には、断ることができなかった。そして断ることができるほどの思考力も、残されていなかった。頭のなかは甘い香りとやわらかいくちびるの感触、そして指先から伝わってくる人の体温の温かさでいっぱいだったから。

 

 言われるままにズボンを脱いで、これまで陽葵さんに見せたことのなかったものを、見せるべきではない状態でさらけ出す。その準備のために、一時的に僕の上から降ろされた陽葵さんは、直前まで体を押し付けていたそれを前にして、恥ずかしそうに、けれど興味津々と言った様子で顔を赤くする。

 

 ”これ、ほんとうに、はいる?”

 

 人の局部を前に、首の向きを変えながら角度を変えて観察の姿勢を見せる陽葵さん。顔の向きを変えて形を見て、目をとじながら鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、”味見”でも試みたのか、舌を伸ばす姿。言葉にされた不安そうなものとは違って、急かす様な、期待するような反応を前に、不完全な僕の理性はプッツリ切れた。

 

 小さくて軽い陽葵さんの体を抱き上げて、布団の上に寝かせる。直前までの、水を飲まされるときの体勢ではなく、やわらかい布団の上で、頭を枕に乗せる。

 

 手を出すつもりなんてなかった。この子は僕にとって家族で、守るべき相手だった。性的な欲求を向けていい相手ではなかった。そのはずだったのに、そう信じていたのに、陽葵さんから”言い訳”を与えられた瞬間、そんなものは幻想だったかのように淡く消えてしまう。自分は性欲を抱いていなかったのではなく、我慢しながら見ないふりをしていただけなのだと暴かれてしまう。

 

 ”はじめてだから、やさしく、してね?”

 

 性行為の経験はなかった。仲が悪い両親の姿を見ていたせいで、家庭を築きたいと思ったことがなかったから。自然、その前段階についても薄っすら忌避感を持っていた。けれど、行為は初めてでも、入れる場所くらいは理解できる。他の人の物でなく、陽葵さんの物であれば、トイレの時にも、お風呂の時にも触れているから、見慣れたものだった。

 

 慣れない腰の動かし方で、陽葵さんのなかに入れる。指二本だけでもきつかったそこに、本当に入るのかという疑問はあったが、断面積的にはまだ入る余地があったようで、拒むような締め付けを受けながら先端が入る。

 

 ”ぐぐっと、いっきに”

 

 酒か青汁でも勧めるような言い方の陽葵さんには、意外と余裕があるのかと考えながら、言われたとおり一息にものを入れる。温かく、狭い穴を無理やりこじ開けて、一番奥にたどり着いた感覚は、快感以上に達成感を伴うもので、それのせいで顔をしかめている陽葵さんに、気がつくのが遅れる。

 

 ”へいき……じゃ、ない。いたいからうごかないで”

 

 結合部を見ると、血が出ていた。痛い、と言った言葉に嘘偽りはなくて、動くべきではないのだろう。自身の中で掻き立てられる欲望を抑えながら、小さく動く先のない腕に手を添える。細くて、小さくて、短いそれは、先があれば何かをつかんでいたのだろうか。ただ空を掻いていた。

 

 ”てじゃなくて、あたまさわって。さっきみたいに、だきしめて”

 

 陽葵さんの腰の下、そして首の下に手を入れ込んで、結合部が動かないようにしながら持ち上げる。無理な角度になると折れると聞いたことがあるから少し怖かったが、やってみたらなんとかなった。

 

 いつもよりも触れている面積が広いことを認識しながら、陽葵さんのことを抱きしめる。痛みのせいか、少し荒くなっていた呼吸は、そのまま少し時間が経つにつれて落ち着いた。

 

 ”まだうごかないで。しただして、きす、して”

 

 陽葵さんのことを抱きしめたまま、言われた通りに舌を出す。くちびるで挟まれて、甘噛みされる。陽葵さんの口の中で、ざらついた舌に撫でられて、再び特定のリズムで突かれる。

 

 トントントン、トントンツー、ツートンツー、トントン。

 

 吸われながら、食まれながら、二文字の言葉を伝えられる。動くことを禁止されて、捕食されるように、感情を流し込まれる。抵抗しようとすれば、拒もうとすれば簡単にできるのに、しないことで自分が受け入れているのだと自覚させられる。

 

 陽葵さんのおねがいを聞いているのが、こういう行為に及んでいるのが、だれに強制されたものでもないのだと、理解させられる。

 

 この行為が自分の意思なのだと考えた瞬間、ものが先ほどまでより硬くなるのを感じた。それ越しに伝わる感触が、快感が、よりダイレクトに伝わってくる。陽葵さんが呼吸するのに合わせて、わずかに圧力が、感覚が変わっていることがわかる。

 

 そのわずかな変化が、歯痒かった。もう少し動きがあれば、もっと気持ちがいいとわかってしまうから。そんな僕の変化を察したのか、陽葵さんの舌のリズムが変わる。特定の二文字分を繰り返していたそれが、意味を込めたメッセージになる。う・ご・い・て・も、と、じらすようにゆっくり伝えられたその言葉は、そこでいったん止められて、ゆっくりとした一呼吸の後でくちびるが離された。

 

 ”いいよ”

 

 小さな囁き声。声帯を震えさせられない陽葵さんの喉から発せられる、少しかさかさした声。いつも聞いているはずのその声は、ほんの一言のその言葉は、これまで聞いたどんな音よりも蠱惑的に耳を抜ける。

 

 解放を許された本能が、目の前の体で欲求を発散しろと訴えた。自力では移動もままならない少女の体を押さえつけて、ただひたすらに突き上げて、快楽を得るための道具にしろと。我慢の限界までじらして、そのうえで"許可"を与えたこのメスに、何をされても抗えない"身の程"を教え込めと。

 

 暴力的な衝動だ。理性的ではない欲求だ。動物的な、獣性だ。それに駆り立てられて、発散しそうになったところで、こちらを見つめる陽葵さんと目が合う。まだ痛みが残っているのか、眉をひそめて目を潤ませながら、口元だけ笑おうとしている表情。それを見て、昂っていた情欲が冷水をかけられたように静まる。

 

 もう一度抱きしめて、頭を撫でる。僕にとって陽葵さんは、自身の性欲を発散するための道具ではない。その用途のために"使う"なんてことは、あってはいけない。今更ここまできてやめることはできないが、その前提は、前提だけは、間違えてはいけない。

 

 陽葵さんの額に口をつける。陽葵さんに言われたからとか、頼まれたからとか、そういう言い訳なしで、自分の意思で。ここまで流された以上今更ではあるが、少なくともここから先は、僕自身の意思で陽葵さんを抱く。

 

 動くことを陽葵さんに伝えて、ゆっくり動かす。きつく締め付けるぬめった穴から引き抜いて、また戻す。普段抱き上げる時よりもダイレクトに陽葵さんの体温を実感できて、快感ととも安心感を覚える。侵入を拒むように締め付ける狭い道をかき分けて最奥にたどり着けば、そこにあるのが正しいようなフィット感を覚える。

 

 細くて白い陽葵さんの下腹部を撫でて、少し押し込めば普段はそこにない芯のようなものを感じることができた。陽葵さんは小さくビクッとして、なにか抗議するようにこちらを見る。

 

 動いた時、抜き差しの時の陽葵さん表情から、痛みを感じていることはわかった。血が出ている以上裂けているのだから、傷口を擦れば痛いのは当然だ。それをすれば僕は一方的に気持ちのいい思いをできることもわかってはいるが、いまは自身の快楽よりも、陽葵さんの体の方を大切にしたい。

 

 そう思って、動くのをやめて指圧を続ける。それが気持ちいいのか、くすぐったいのか、苦しいのかはわからないが、押すたびに陽葵さんの体は反応を見せた。自分の指先だけでそんなにも動いてくれるのは、少しだけ嗜虐心がくすぐられるもので、きもちよくはなくてもちょっと楽しい。

 

 "ぐりぐり、やだ。ちゃんとうごいて"

 

 三十秒か一分か、あるいはそれ以上遊んでいると、おもちゃのような扱いを受けていた陽葵さんから苦情が入る。指圧されるのはくすぐったくて、あまり喜ばしくないらしい。あまりじらさず、素直に動いてほしいと、さっきまでの僕のようなことを言う陽葵さんの要望に合わせて、指圧をやめる。

 

 陽葵さんを上に乗せた状態で文字通りの抜き差しをしようとすれば、道具のように陽葵さんを持ち上げて、上下に動かさないといけない。いくら小さくて軽い少女の体とはいえ、赤子ではない人間の体だ。10キロを下回るようなことはなく、バランスを取りながらテンポよく続けるとなると、もはやそれは筋トレである。

 

 陽葵さんを抱き上げて移動するくらいの力は身についていいても、そこまでの腕力と体力は、僕には備わっていなかった。だから自然、要望通りに動こうとすれば、陽葵さんを横にした状態でするか、上下運等を伴わない形にする必要がある。

 

 少し考えて、今の体勢のままできる方を選んだ。陽葵さんのことを抱きしめたまま、ぐりぐりを外側から内側に変える。狭い穴の中を広げるように円を描いて動かせば、接続部からじんわりとた快感が昇ってくる。

 

 "これ、すき。すきだから、もっとして"

 

 この動きを気に入ったらしい陽葵さんが、直前までの不満げな様子を忘れたように、口元を緩ませながら言う。性的と言うよりもかわいらしい表情で、満足げな様子。その言葉に安堵するのと同時に、心臓が高鳴る。

 

 今まで、陽葵さんの口から”すき”という二文字の言葉を聞く機会は、いくらでもあった。毎日のように伝えられてきて、流し込まれてきた感情は、一ミリほどの違和感もなく、当たり前の物として受け入れられる。知っている言葉で、当然の言葉。聞かない日があればその方が異常になってしまうほどの日常。

 

 けれど、これまで一度だって、向き合った状態で言われたことはなかった。目を合わせた状態で言われたことはなかった。表情が見える状態で、言われたことがなかった。

 

 少しだけ赤みがかった頬。ふにゃふにゃに緩められた口元。垂れ下がった眦。これまで見たことのなかった、陽葵さんの表情。”すき”の二文字を伝えるときの、陽葵さんの表情。湧き上がってきた感情を逃がすように、繰り返される二文字の言葉と、それを隠そうともしない態度。

 

 それをみて湧き上がった思いが、感情が、きっと”好き”というものなのだと、おぼろげながらに理解する。そう思ってはいけない相手に抱いた、はじめての感情が、恋と呼ばれるものなのだろうと理解する。

 

「僕も、好きだよ」

 

 はじめての感情を、陽葵さんに伝えた。性行為中に生まれた、自覚した、不純物まみれの恋心を、好きという形に固めて送り返す。いままで返せなかった言葉を、求められていたであろう言葉を始めて返す。

 

 ふにゃふにゃだった陽葵さんの表情が、豆鉄砲を撃たれたようなものに変わる。

 

“ほんきに、しちゃうよ?”

 

 ほんの少しの硬直の後、陽葵さんは確かめるように、そう口にした。きっと、これに対する答え次第で、僕がこれまで通り暮らせるかが決まるのだろう。取り消しが許されるのは、この瞬間までなのだろう。

 

 取り消すべきだと、理性は理解していた。そうしなければ、これまでわざと保っていた距離感は失われて、僕らは兄妹として正常な形ではいられなくなるだろうから。

 

「好き、だよ」

 

 たった二文字の言葉。それを口にするだけで、頭の奥が痺れるような、甘い多幸感があった。理性を溶かす不徳の誘惑に、抗うことができなかった。

 

 陽葵さんの表情が綻ぶ。僕の言葉を聞いて、それが意味することを理解して、これまで見た中でも五本の指に入るくらい、うれしそうな笑顔を見せる。

 

“わたしも、すき。ずっと、ずっと、すき”

 

 口をにまにまさせた陽葵さんが、僕の目をじっと見つめながら、拒絶されないか確かめるように声を出す。そのまま10秒ほど目を逸らさずにいれば、“もう、とりけせないから”と言って満足そうにまたたく。

 

 

“これまでで、いちばんしあわせ。きっといまが、じんせいのさいこうちょう”

 

 そう言って、陽葵さんは不揃いに残った手をパタパタ動かして、抱きしめるようにうったえる。繋がったままだったことを思い出しながら、小さくて軽いその身体を抱きしめる。以前までよりずっと柔らかくなった、温かい体。

 

 腕の中で小さく動いた体から、生き物の蠢きを感じた。包み込んで、全方向から擦り上げるような、予測のできない感触。僕にそれを与えながら、陽葵さんはうれしそうに、楽しそうに目を細める。これまで見た事となかった表情には、嗜虐心のようなものが宿って見えた。

 

“すき、すき。だいすき。もっと、ぎゅってして。わたしのことも、すきっていって”

 

 求められた、二文字の言葉を返す。細い身体が折れるんじゃないかと心配になるくらい力を入れて、抱きしめる。陽葵さんの声は、いつの間にか耳元から聞こえていた。いつも寝たふりをしながら二文字を流し込まれていた、右の耳から。

 

“もっと、わたしにふれて。もっと、わたしをかんじて。もっと、もっと、つよくだきしめて。わたしのことを、すきっていって”

 

 もっと、もっとと求められるまま、陽葵さんに対して好きの二文字を繰り返す。頭の奥の多幸感と、それ以外のものの区別が曖昧になる。

 

“だして。おにいちゃん”

 

 自分が限界ギリギリだということに、直前まで気がつくことができなかった。絡みつく快感と、少し低めの体温と、耳をくすぐる声に夢中になっていて、気が付いたら手遅れだった。

 

 抱き抱えていた陽葵さん放り出すことができず、そうすることを選べず、直前まで繰り返していた二文字を続けたまま、空気に触れないところで、溜め込んでいたものを吐き出す。背徳感を伴う快楽の後に、残ったものはかつてないほどの自己嫌悪。

 

“きもち、よかった?”

 

 出してはいけないものを出し尽くして、冷静になった頭に、陽葵さんの声が流し込まれる。そうだったか否かで問われれば、返せる答えは肯定だった。これまで一人で済ませた全てと比較して、一番のものだった。

 

“よかった。わたしは、ちょっといたかった”

 

 耳元で囁く陽葵さんが、“やさしくしてって、いったのに”と続ける。完全に流されてしまったこと、流されながらも、あったはずの目的すら忘れていたこと、吐瀉物以上に拒絶したはずの行為を、楽しんでしまったこと。それらに追加して、道徳的な問題と、せめてつけるべきものを着けていなかった事実に内心頭を抱える僕を見て、陽葵さんは小さく笑う。

 

“そんなかおしても、やることはしてしまったのだから、すなおにきもちよかったっていえばいいのに”

 

 やってしまったことが問題なのだ。気持ちよかったことが、問題なのだ。これまで我慢していた朝の吸水と、この行為を比較して、後者の方が魅力的なのが問題なのだ。

 

“わたしは、できてうれしかったよ。……またしようね、おにいちゃん”

 

 今まで使ってなかった呼称を聞いて、罪悪感がさらに掻き立てられる。そしてそれと同時に、その言葉と同時に味わった快感が想起されて、背筋に何かが走る。

 

“げんきに、なった?……ひょっとして、おにいちゃんってよばれるの、すき?”

 

 不本意なことに、感じいるものがあった。そうなるべきではないとわかっていても、心より先に体が反応してしまって、陽葵さんの中で力か

 を失っていたそれが再びたちあがる。

 

“おにいちゃん。おにいちゃん、おにいちゃん?……すきなんだ。やっぱり、すきなんだ。ねえ、おにいちゃんってよばれるの、すき?”

 

 耳元で繰り返されて、硬さを完全に取り戻す。そのことに満足したらしい陽葵さんはじっと僕の目を見つめながら、そう尋ねる。回答を拒むことは、自身の尊厳をまもることはゆるされなかった。

 

 言い訳することができなくて、肯定を表す一番の証拠を掴まれていて、その上で否定することなど、できるはずがない。自然、僕は好きだと返すしかなく、羞恥で見られたくない顔を見ながら、陽葵さんはうれしそうに、楽しそうに笑う。

 

“わたしも、だいすき”

 

 今までにない種類の笑顔を、陽葵さんは見せる。その言葉が示す対象が、僕自身なのか、呼び方なのか、あるいは恥ずかしがっている様なのか、僕にははかることができない。ただひとつわかるのは、陽葵さんは、僕が思っていた以上にい(・)い(・)性(・)格(・)をしているのかもしれない、ということだけだった。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 翌日。前の日とは異なり、仕事のある平日の朝、いつも通りの水音が耳を打つ。一線を越えてしまったせいで、一緒の布団で寝たいと言ってきかなかった陽葵さんが一足先に布団から出たことで、風通しがよくなってしまった寝床の中で、陽葵さんの支度が終わるのを待つ。

 

 関係を持つことを受け入れれば、もうやめてもいいはずの朝の給水。毎朝の、小さな憂鬱。当たり前のように進められる準備をとめる機会を逃したせいで、僕は今日も、陽葵さんの胃洗浄を待っていた。

 

 水が流れる音と嚥下する音、吐き出される音が何度か繰り返されて、床を擦る音が近づいてくる。僕の耳元で止まったその音は、いつもと同じように二文字の言葉を繰り返し、僕はそれに対して無反応を貫くことしかできない。そのはずだったのに、不意に耳を、温かく濡れたなにかが這った。

 

 ”びくって、したね。ほんとうはずっとおきてたの、しってたよ、おにいちゃん”

 

 耳たぶが柔らかいものに挟まれる感触。これまでの狸寝入りがばれていたという、薄っすら理解していた事実に対して気恥ずかしくなるのと、陽葵さんの想いを拒絶し続けていたこと対する気まずさで、素直に返事をしにくい。

 

 ”まだ、ねたふりするなら、だいすきってしるし、つけちゃうね。おきてないなら、わからないよね”

 

 温かく濡れた感触が耳元から離れて、首筋に移動する。焦らすようにちむちむと食まれて、起きないならこのまま吸い付くぞと宣言される。

 

 陽葵さんに内出血の痕をつけられることは、かわいらしい独占欲を感じられる気がして嫌ではなかったが、場所が場所であることと、つけた相手の説明を周囲にできないことから、受け入れることはできなかった。

 

 起きたから痕をつけるのはやめるように言って、少しだけ不満そうな陽葵さんに対して、おはようを伝えると、拗ねた様子でいつもの体勢を求められる。体の関係を持てばもうやめていいのではないかという僕の言葉への答えは、ねじ込まれた舌の動きだった。

 

 トントン、ツートンツーツー、トンツー。

 

 伝えるべきことは伝えたとばかりに、口の中を好き放題這い回る舌。それに対して抗議しようとしたタイミングで、陽葵さんの喉から気泡交じりの水が流れる音がする。生ぬるくて、甘酸っぱくて、少しだけ苦味が混ざった水が流し込まれ、その流れの中にいつもの二文字が、混ぜられる。

 

 ”きょうは、ほろにがおとなのれもんあじ。おとななじかんは、まだのこってる”

 

 一度受け入れてしまったその味を拒むことは、僕にはもうできなかった。

 




Q.相手はだるまなのになんでずっと受け身なの?

A.その方がなさけないなぁっておもって……(╹◡╹)

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