「おおっ!?昼間っから人間が野グソをしておる!?」
驚いて振り向くと、ミルクティー色をした長い髪を揺らした女性が立っていた。
いや……女性じゃない。
「ヒイイッ!?悪魔!!ツノ……。」
辺りを見回しても人が居ない。
何のために税金払ってると思ってるんだ……。
公安も……デビルハンターも肝心な時に役に立たない。
……いつもそうだ。
「おうおうおう!聞いて驚け……ワシは偉大なる悪魔……パワーじゃ!!」
悪魔は歌舞伎役者のようなオーバーアクションをしてこちらを威嚇した。
今日が命日か……20年も生きれたし、まあ……。
「そうですか。僕は人間の……そうですね。アルタです。」
恐る恐る立ち上がると、悪魔は僕の身体に顔を寄せて臭いをクンクンと嗅ぎ始めた。
「ウヌは臭いのぅ、変な臭いじゃ……。クソはどこじゃ?」
悪魔に腕を掴まれて全身の産毛が逆だった。
……気味が悪い。
「えっと……別に野外排泄をしていたわけではありませんから。」
美しく若い女性に擬態した、醜い悪魔。
「野グソでないなら何をしておったんじゃ?」
会話……成立するのかな。
「熟した夏梅を採ってたんです……。」
手に握った夏梅の実を見せると、悪魔は一つ摘んで臭いを嗅いだ。
「なんじゃこれ……嗅いだことがあるような……食い物か?」
コクリと頷くと悪魔はパクッと口に含んで、直ぐに吐き出した。
「ペッペッ……口の中がヒリヒリして苦い……オェェェ……ウヌはウソつきじゃ!!」
悪魔に胸ぐらを掴まれ、睨まれた。
ギザギザした歯を剥き出しにして威嚇している。
「夏梅は天ぷらかマタタビ酒にするんですよ。追熟が必要な実をあなたが勝手に取って食べたんです。」
すると威嚇が嘘のようにパアッした笑顔に変わった。
「マタタビって……ニャーコが好きなやつか!?」
ニャーコ……?猫のことか。
「まあ……猫は夏梅……マタタビの葉っぱも実も好きですね。」
その言葉を言い終わる前に手のひらの夏梅を奪われた。
「これはワシのマタタビじゃ!!ワシのじゃ!!」
奪った数個の夏梅を握りしめて拳を高々と天に挙げた。
「……どうぞ。夏梅はまだあるんで。」
夏梅数個で気を反らせるなら安いものだ。
「なに!?まだマタタビを隠しておるのか!?全部寄こせ!!ワシのマタタビ!!」
悪魔にガバっと抱きつかれて全身をベタベタ触られてシャツの胸ポケットやカーゴパンツのポケットを弄られる。
「すみません、手持ちの夏梅はそれだけです。今から探すんです。」
急に立ち上がられて、ツノが刺さりそうで恐ろしくて仰け反った。
「ワシも探す!!マタタビは全部ワシのじゃ!!」
「葉っぱが白くなっているツルがあるでしょう……その先を手繰っていくと夏梅……マタタビの実があります。」
悪魔は話の途中で木に登り始め、夏梅を取っては僕に向かって投げた。
「ワシが取るからウヌが受け取れ!!マタタビはワシのじゃから盗むな!!」
仕方がなくポケットに折りたたんでいたコンビニ袋を広げてキャッチする。
「ガハハハ!!大量じゃー!!」
悪魔はピョンピョンと木から木に飛び移って高い枝に巻き付いたツルから夏梅を取っては僕に投げつける。
「痛……はぁ……あんまり高い所に登らないほうがいいですよ。」
助言などお構いなしといったように悪魔はどんどん上に登って、足場にしている枝が折れて落下した。
「うお!?ツルと枯れ枝が絡まってしまったじゃと!?ウヌは卑怯者じゃ!!ワシを罠にハメてマタタビを盗む気なんじゃな!?」
放って置いてデビルハンターを呼ぶか?
……いや、奴らは絶対に来ない。
「……大丈夫ですか?脚立を持ってきますから待っていてください。」
「心配無用じゃ!!」
悪魔は手元から赤い血液のようなものを出し、小型ナイフの形状にして自身に絡まったツルをパチィと切って地面に着地した。
「ウヌ!!マタタビを返せ!!」
葉っぱと小枝だらけになった悪魔にビニール袋を盗られた。
「枝……ついてます。じっとしていてください。」
長い髪に絡まった枝と葉を一つ一つ取っていく。
悪魔はその間、じっと動かなかった。
「……猫がいるなら葉もどうぞ。」
夏梅の葉だけをまとめてビニール袋に入れると手首を掴まれた。
「ウヌ!!名を名乗れ!!これがマタタビではなかった場合……責任を取ってもらうからな!!」
名前……さっき名乗ったばかりだけど。
「人間のアルタです。」
「人間のアルタ!!何処に住んでおるんじゃ?家を知らんとカチコミ出来んからな!!」
山道から街の方角を向いて、屋根が剥がれブルーシートで養生された一軒家を指さした。
「……あの家に住んでいます。」
「はぁ……。」
悪魔に家を知られてしまった。
僕と両親の大切な家。
「母さん、父さん、オムツの交換が遅れてごめんね。」
両親は虫癭の悪魔に寄生され、廃人になってしまった。
虫癭の悪魔は局所的に猛威を振るっては場所を転々としていて、事態を重く見た公安が重たい腰を上げて退治した頃には既に両親の脳も生活も完全にイカれてしまっていた。
「あ……床擦れしちゃってる……また訪問医を呼ばなきゃね。」
虫癭の悪魔に限らず、悪魔による不幸な事件や事故は珍しいことではない。
だからデビルハンターみたいな人間の感情など微塵も配慮しないような職業が台頭している。
「ごめん……またバイトクビになっちゃったから……草粥で我慢してね……。」
家を破壊されて両親が廃人になっても保険や保護費などスズメの涙ほどしか支給されない。
結局、両親の面倒をみながら内職をして光熱費を支払うのがやっとで、大学も中退を余儀なくされた。
内職以外のバイトも他の住民から「夢遊病になった両親が出歩いている」というクレームの電話がバイト先に入ってはクビになるのを繰り返している。
「……ごめん、あの日に僕がいたら。」
両親が襲われた日、僕だけは大学の友人と共に居酒屋で飲んだくれて珍しく朝帰りをしてしまった。
帰宅するまでもなく、友人の寮のテレビから『PP地区に悪魔の侵攻があり、被害者は』とアナウンサーの棒読みが聞こえてきて最悪の結果を想定してはいた。
ただ、現実は最悪を上回る惨状だった。
家は半壊、うちから出火したとされる火事が複数件あり両親はおかしくなっていた。
「ごめん、僕には何も出来なかったね。」
、、、
『えーアタシのタイプはあ』
『チェンソーの悪魔が人を』
『明日は雨になりますので』
『政府は補償制度に対して』
今日もテレビから聞こえるのは同じようなクリシェばかり。
雨になると両親の夢遊病が落ち着くから明日は楽に過ごせるかな。
この先、僕に碌な人生は残されていないだろう。
……一瞬でも『あの日、両親が亡くなってくれていたら』と思ってしまう自分がいる。
息が苦しい、身体が思い。
いっそのこと、死んでしまえたらいいのに。
台所に立って包丁を握ると、玄関を叩く音がした。
「あけろ……アルタ……あけろ……居るのはわかっとるんじゃ……。」
「血ぃ……飲ませろ……。」
玄関の扉を開くと、この間の悪魔がふらふらと立っていてバサッと倒れかかった。
「血……?」
そのまま引きずってリビングのソファに寝かせると、抱きつかれて身動きが取れなくなった。
「飲ませろ……アルタ……。」
返答する間もなく悪魔に首筋を噛まれた。
「痛……痛った……。」
ジュルジュルと血を啜られる音と血が抜かれたからか頭がクラクラして真っ白になり、悪魔に倒れ込んだ。
「……ふぅ……少しはマシになったかのう……。」
ふざけるなよ。
「……僕の血、美味しかったですか?」
残った力で上半身を起こす。
「ウヌの血は可もなく不可もなくといったところじゃな!!」
また悪魔に人生を壊されるのか。
「……なら、僕も吸血していいですよね。」
そう言って白い柔肌に歯を立てた。
「痛い!!何をする!!」
無視して首筋を舐めて耳を甘噛みすると悪魔は嬌声を上げた。
「あ……ん、なんじゃ……なんだか……」
左手で悪魔のシャツのボタンを外して指を滑らせるとパッドに当たり、その下に指を入れて弄った。
「あう……喉の奥が……渇く……なに……」
程なくして先端が指の腹に触れて、それを押したり摘んでフニフニと揉むと悪魔は脚を腰に絡ませてきた。
「人間の……吸血です。」
クニクニとこね回す度に悪魔の腰がガクガクと動いて先端は固くなっていく。
「ちが……ちがうじゃろ……これ……これはエッチなこと……」
耳の穴に舌を捩じ込むと肩に回された腕にぎゅうっとしめつけられる。
「そうです。あなたは人間にエッチなことをされています。」
頭に霧がかかったようになり意識を失いかけるのをなんとか堪え、右手を動かして悪魔のベルトをどうにか外してズボンのファスナーを降ろした。
「いやじゃ……エッチなことは……」
悪魔のくせに、人の命なんてなんとも思ってないくせに。
「なら、どうして僕にしがみついてるんですか?」
右手をどうにかパンツの上に置いて、指をトントンと動かすとビクビクと秘裂が反応した。
「やじゃあ……うぅ」
しばらく指で布を擦っているとジワーッと愛液が染み出てくるのがわかり、布の上から陰核を押した。
悪魔は背中に爪を立て、涙を流した。
「あっ……来る……何か来るっ……アルタ……」
布の下に手を這わせて秘裂の中に指を入れて掻き混ぜると悪魔は身体を弓なりに反らせた。
「イきました……?……はぁ……ぱ、パワー……さん。」
「うぅ……エッチなことをしてしまった……ウヌは最低じゃ……。」
吸血された影響で気絶してしまったが、まだ悪魔は自分の下にいた。
ただの前戯で涙を流されると……人間を相手にしているみたいで……苦しい。
「はぁ……あなたも僕の血を勝手に吸ったじゃないですか。」
ゆっくりと身体を起こすが、貧血でしばらく立ち上がれそうにない。
「アルタ……。」
悪魔も起き上がって身を寄せてくる。
……とうとう死ぬのか。
「……また、してもいいぞ。ワシはしとうないが、ウヌがしたいと言うならじゃが?」
何を言ってるんだ。
人間の女に擬態している悪魔のくせに。
「……悪魔も快楽に溺れるんだな。勉強になった。」
腕にすがりついてくる悪魔を振りほどくと、悪魔は泣きそうな顔になり、口をへの字に曲げた。
「悪魔悪魔って……ワシの名はパワーじゃ……。ウヌは好きでもない相手にエッチなことをする悪人なのか?」
そう言うと涙をポロポロと流し始めた。
「……僕は悪人だよ。パワー。」
ぐったりとした四肢をなんとか気力で動かしてパワーの涙を拭った。
「アルタ……あれは本当にマタタビじゃった。……アキに言われたんじゃ……『貴重な品を分けてもらったんなら礼くらい言ってこい』って……。」
アキ……人間か?
「アキって……人間?……まさか、公安だったりするのか?」
公安では魔人を飼っているとは聞いていたが、パワーは悪魔ではなく魔人か?
「おうおうおう!!よく聞いたてくれたのう!!アキは同じ公安退魔特異4課でのう!!ワシが面倒を見てやってる人間じゃ!!」
そうだったのか……公安の所有物に手を出してしまったか。
「そうか……僕も一時期大学生しながらデビルハンターを目指して……まあ……悪魔に人生めちゃくちゃにされて……狩るどころでは無くなったから……。」
馬鹿だな……魔人の言うことが真実とも限らないのに身の上話をして……。
「そうなのか?ならウヌもデビルハンターになれ!!ワシのバディはデンジじゃが、口添えしてやってもいいぞ!?」
はは……無理に決まってる。
例えパワーが口添えしても僕にはもう悪魔に立ち向かう勇気なんて持ち合わせてないんだから。
「……辞めておく。両親が居るから。」
そして、タイミングよく両親の唸り声が響いた。
「ウヌの親は悪魔なのか?」
「……そうかもな。」
「猫が怪我しておる!!アルタ!!なんとかせい!!」
パワーが野良猫を拾い上げてこちらに向ける。
「そう言われても……お金がないからな……あ。」
ガードレールの下に生えている赤い穂の植物を見つけて千切る。
「今は猫じゃらしはいらん!!」
穂をすり潰して猫の傷にペタペタと塗った。
「とりあえず気休めだけど、止血になるかな。」
猫はシャーッと威嚇してパワーの手から抜け出して路地裏に逃げていった。
「なんなんじゃ?この草は……食えるのか?」
パワーは髪を耳にかけながらガードレールの下の吾亦紅を見た。
「一応は食用……ワレモコウっていう生薬でいう地楡。……Sanguisorba officinalis……血を吸い取る花だよ。」
「デンジぃ……アルタが死んだんじゃあ……。アルタの住んでる地区が消えてしまったぁ……。」
散歩から帰ってきたパワーがべそべそと鳴いている。
「アルタぁ?誰だそれ、知ってるかアキ?」
デンジが呆れたような声をだした。
「……確かパワーにマタタビをくれた人だな。」
大量のマタタビを持たせてくれた……女性、だったかな。
「そっかあ、いい人だったかぁ……ってパワー!!クセえ!!また変な所通ったのか!!」
パワーは泥だらけで、また風呂に入れないといけない。
まるで介護だ。
「ワシは臭くない!!アキ……腹が減ったぁ……。」
「アルタって人の墓参りしよーぜ。」
デンジが他人に興味を示すとは珍しい。
「俺もアルタって人を死亡者名簿と消失地域住居登録者を探してるんだが……パワー、本当にアルタという名前だったか?」
パワーは欠伸をしながら答えた。
「アルタ?誰じゃったっかのう。」
アルタ……。
「確かデビルハンターを目指してたんだよな。」
そうなると……エゴ……か。
「そんな事を言っていた気もするが。」
彼の心が折れていなかったのは確かだな。