サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「主任、朝だよ」
声を掛けられて、寝台の上でうずくまるように眠っていたオクタヴィアは、はっとして眼を開いた。
もう朝なのか。
オクタヴィアは小さく息を吐くと、ゆっくりと身体を起こした。
じゃらりと鎖が鳴った。
首環に繋がれた鎖が寝台の頭側にある金具から伸びている。昨夜、眠る前に女兵が取り付けていったものだ。
それ以外に、手足を拘束するものはなかった。
寝返りを打つことも、身体を丸めて眠ることもできる。おかげで、昨夜は久しぶりに自分の好きな姿勢で眠ることができた。
たったそれだけのことが、こんなにもありがたいとは思わなかった。
あの日から、もう三日が過ぎていた。
最初の夜は、両手両脚を寝台に繋がれていた。身体を動かそうとしても、鎖が鳴るばかりだった。あのときは、朝が来ることだけをひたすら願っていた。
しかも、張形に掻痒剤を塗られて放置され、あまりもの苛酷さに、監視具に向かって泣いて訴えていたら、今度はクリトリスの根元に糸を結ばれて天井から吊り上げられた格好にされてしまった。
それだけでなく、股間とアナルに挿入されていた魔道張形も作動したままだ。
苛酷な仕打ちに、幾度も失神と覚醒を繰り返した挙げ句に、朝を迎えたのだ。
翌日も、彼女にとっては長い一日だった。
媚薬と張形を使っての連続絶頂責めを受けた。
ただ、その夜は、後ろ手に手錠を掛けられ、足首にも枷を嵌められただけだった。
最初の夜に比べれば、ずいぶんとましだった。それでも、背中に回された両手が気になり、何度も目を覚ました。二本の張形を挿入されて革帯で股間を封印されたのは変わりなかった。
夜のあいだも、微振動だが魔道張形は淫らな運動を繰り返すままにされた。
そして昨日だ。
やはり、徹底的な快楽責めを受けた。
夜になって寝台に戻されたときには、指一本動かせないほどの疲労困憊だった。
おそらく、たった一日だけで、オクタヴィアがこれまでの人生で経験した回数の十倍は絶頂を強要されたと思う。
ただし、女兵たちは彼女の手足に枷を掛けなかった。
首環に鎖を繋いだだけで、あとは好きにしていいと言われたのだ。
女兵たちが部屋から出ていったあとも、しばらくは寝台の上で身を固くしていた。
しかし、なにも起こらなかった。
前後に張形を挿入されたまま貞操帯を嵌められていることに変わりないが、全く動かない。
信じられなかった。
やがて、疲れに抗えなくなり、いつの間にか眠ってしまった。
そして、また朝が来た。
「いつまで寝てるんですか。今日も矯正の時間ですよ」
視線を向けると、また女兵たちが入れ替わっていた。今朝は三人だ。ただ、初日からずっといた女兵隊長のアルジェの姿がない。
「……アルジェは?」
オクタヴィアは、寝台に腰をおろしたまま、彼女たちに背中を向けて両手を背中で水平に組んだ。起きたあとは必ず後手に拘束を受ける。
二日目の朝以来、その約束事を叩き込まれていた。
この二日間で、オクタヴィアにもわかったことがある。
逆らっても、喚いても、状況は好転しない。それどころか、自分から相手に付け入る隙を与えるだけだということだ。
ならば、大人しくしていればいい。
アルジェたちのやり口もわかっている。わざと反抗心を煽り、抗わせ、そのたびに抗うことが無意味だと思い知らせる。それを繰り返し、やがて抗うことそのものを諦めさせる。そうして従順な囚人を作りあげるのだ。
オクタヴィア自身が主任矯正官だった。このサロンのやり口は熟知している。
ならば、言われたことには従い、余計なことは口にしない。それこそが唯一可能な抵抗だ。
それは屈服ではない。少なくとも、オクタヴィア自身はそう思っている。
「隊長はいませんよ。今日はあたしたちに任されてるんです……。拘束しますね、主任」
女兵のひとりがそう言うと、まるで朝の挨拶の続きをするような手つきで、オクタヴィアの腕を取った。
左右へ水平に伸ばされた両腕に革帯が巻かれる。
きつすぎない。だが、こんな簡単な拘束具にも、サロンのものには魔道がかかっている。腕を引き抜くことも、帯を切断することも不可能なのだ。
オクタヴィアは黙ったまま、女兵たちが手際よく金具を留めていくままにしていた。
「寝台からおりなさい」
別の女兵の指示が飛ぶ。
さらに拘束されるはずの脚には、なにも取り付けられなかった。昨日も一昨日も、棒枷で両脚を開いた状態に固定され、食事と排泄の時間から矯正を始められていたのだ。
代わりに、ひとりが床へ皿を並べていく。
パンと、温かなスープ。それに果物が少し。パンは手を使わないで食べられるように最初から小さく千切られている。その横には、水をたっぷりと入れた丸皿も置かれる。
さらに、その隣へ木桶が置かれた。
「食事と、排泄。どっちを先にします、主任?」
「……は?」
「朝ご飯と排泄です。どちらを先にします?」
訊き返されて、オクタヴィアは女兵の顔を見た。
からかっている様子はなかった。
本当に、どちらから済ませるのかを訊いているだけだった。
「……排泄を……」
与えられる排泄の機会は、一日に三度。ただし、それすらも、矯正内容により変更がある。昨夜は疲労のあまり、そのまま寝てしまったので放尿していなかった。
だから、かなり尿意が切迫していた。
「どうぞ。小さいものでなく、大きいのも済ませてください。これは命令です」
女兵はそれだけを言った。
「だったら、貞操帯を外しなさいよ」
「そうでしたね」
ひとりが腰に提げている小さな鞄から魔道操作具を取り出した。オクタヴィアは、桶を跨ぐように脚を開いて立ったまま待っている。
かちりと金属音が腰の後ろで響いて、股間を締めつけていた革帯が緩む。革帯が腰から外されて、前後から張形に手がかかる。
「あうっ」
さすがに、オクタヴィアは声をあげるとともに、腰を落としかけた。
抜かれるのは、昨日の朝以来だ。ほぼ丸一日、前後に挿入されたままだったものが、ようやく取り外されたのである。
「うわあ……すごいですね、主任。べっとりじゃないですか」
「どうする? さすがに、排泄の前に拭く?」
「うーん、とりあえず、このままでいいか。どうせ、すぐに張形を戻すしね。潤滑油を塗る手間が省けるわよ」
「そうね」
張形を抜くためにしゃがんでいる女兵ふたりがオクタヴィアの股越しに会話をする。
その淡々とした口調に、むしろオクタヴィアの羞恥が煽られた。オクタヴィアは奥歯を噛みしめて屈辱に耐える。抜かれた張形が視線に入ったが、糸を引くほどにねっとりと濡れている。湯気まで出ていた。
「さあ、準備できましたよ。始めてください」
女兵が声を掛けた。
オクタヴィアはしばらく動かなかった。
三人の女兵が見ている前で用を足せと言われても、すぐにできるものではない。
「……見ているつもり?」
「当たり前でしょう。まだ、主任をひとりにはできませんから」
当然のことのように返された。
オクタヴィアは諦めて、木桶の上に中腰になった。
ほどなく、ずっと我慢していた尿が勢いよく桶の中へ落ち始める。
ようやく放尿が終わった。長かった。ほっと息を吐く。
「大きい方もですよ」
「……わかってるわよ」
オクタヴィアは奥歯を噛みしめた。
それも済ませる。
女兵たちは急かすことも、笑うこともなかった。ただ終わるのを待っている。
「終わったわ」
「はい。じゃあ、お尻を綺麗にしますね」
オクタヴィアを中腰にさせたまま、女兵のひとりが鞄から〈清拭具〉を取り出した。
排泄後の身体を清潔にするための魔道具である。続いて取り出された〈洗腸具〉とともに、サロンでは一般囚を含めたすべての女囚に使用されていた。
だが、本来は気軽に使えるような代物ではない。
いずれもかなり高価な魔道具だった。この旧王国では一部の貴族や富裕な商人くらいしか所有しておらず、魔道技術がはるかに進んでいる共和国でさえ、一般家庭にまで普及しているものではない。
そんな高級品を、女囚の毎日の衛生管理のために惜しげもなく使うのは、このサロン・セルパンタンだ。
「あっ……」
〈洗腸具〉がアナルの入口に嵌められて、肛門内の洗浄を開始する。すると、ぞわぞわとした疼きが全身に響いた。本来、〈洗腸具〉は快感を伴うものではない。
しかし、この三日間の媚薬漬けの快楽責めが、オクタヴィアの後ろの穴をすっかりと快感の場所として開発しきってしまっていた。
「……ふふ、主任のここ……。随分と感じる穴になりましたね」
〈洗腸具〉を操作している女兵が後ろでくすくすと笑う。
「う、うるさい──」
かっとなって、つい一喝してしまう。
しかし、慌てて口を噤む。
「あら、なにか言いました、主任?」
だが、その女兵は揶揄うような口調で返した。それだけでなく、〈洗腸具〉の角度を変えて、くすぐるように刺激を加えてきた。
「おんっ──、い、悪戯はやめなさいよ──」
甘い疼きがアナルから全身に流れてしまう。思わず声が漏れ出る。
「あら、なにか文句があるんですか? この三日でかなり従順になったと思ったけど、勘違いでした?」
前側でオクタヴィアの両股を支えるようにしている女兵が笑いながら言った。
口惜しさに歯噛みしながら、首を小さく横に振る。
「……ご、ごめんなさい。なんでもないわ……」
オクタヴィアは〈洗腸具〉の刺激に耐えながら小さく言った。
やがて、アナルの洗浄も終わった。
すぐに、二本の張形が挿入され直して、上から貞操帯を嵌められ直された。
「それじゃ、朝ご飯にしましょうか」
女兵が床に並べてある皿を指差した。
「いつもと同じで、強い媚薬入りですよ」
別の女兵が言葉を付け足す。
「……わかってるわ……」
オクタヴィアは皿の前まで歩いていくと、そのまま両膝を床についた。
両腕は背中で水平に拘束されている。
だから、犬のように口だけで食べるしかない。逆らうことは無意味だ。
床に置かれた皿へ顔を近づけ、小さく千切られたパンを直接口にする。
咀嚼して飲み込むと、今度は隣の皿へ顔を移してスープを啜った。
果物を口にする。またパンを食べる。
喉が渇けば、水の入った丸皿へ口をつける。舌と口だけで食べるので、どうしても大きな音が立つ。そのたびに、オクタヴィアは恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じた。
女兵たちは、その様子を特になにかを言うでもなく見ていた。
オクタヴィアも、黙々と食べ続けた。
初日に身体へ浸透させられた〈三号媚薬〉の掻痒効果は、実際にはまだ続いている。〈五号媚薬〉を併用したことで、本来は発情を長引かせるその持続効果が、三号の強い掻痒効果にまで及んでいるのだ。
それを一時的に抑える中和剤が、毎回の食事に混ぜられている。
だから、食べないという選択肢はない。
発情を促す媚薬まで一緒に混ぜられていると教えられても、それは同じだった。
食事を拒めば、中和剤も口にできなくなる。
そうなれば、初日の夜に味わった、全身を掻きむしりたくなるほどの痒みに再び襲われることになる。
犬喰いであろうと、拒絶して取りあげられてしまったら、オクタヴィアが大変なことになるのはわかっている。
オクタヴィアはパンを咥え、顔を持ち上げて咀嚼した。
飲み込む。
また顔を伏せる。
必死に食べ物を口にし続ける。与えられるもののどれに中和剤があるのかは知らない。だから、全部口にするしかない。
なるほど、といまになって思う。
サロンでは、収容された女囚に対する最初の洗礼として、まず媚薬による痒みを徹底的に味わわせる。一度その苦痛と恐怖を身体に覚え込ませてしまえば、その後の矯正がやりやすくなる。
主任矯正官だったころには、当然の手順として扱っていた。
いまは自分が、床に置かれた皿へ顔を伏せている。
なるほど、理にはかなっている。
オクタヴィアはなにも言わず、音を立てて、残っていたスープを啜った。
食事が終わると、女兵のひとりが床に並べていた皿を片付け始めた。
オクタヴィアは、伏せていた顔をあげて正座の格好になった。汚れたらしい口の周りを拭きながら、残りの女兵がオクタヴィアの両側に立つ。
「ところで主任……。ちょっと相談があるんですけど」
「……なに?」
視線をあげる。
「主任を完全に堕とすには、これからどういう矯正をしたらいいと思います?」
「はあ?」
オクタヴィアは女兵を見た。
ずいぶんと白々しい質問だ。
主任矯正官だった自分に、自分自身をどう矯正すればいいのか訊ねるのか……?
皮肉であり、揶揄っているのだ。
「是非、ご教授してくださいよ、主任」
食事などを運んできた台車に、皿を片付けた女兵も戻ってきた。同じようにオクタヴィアを囲む位置に立つ。
「そうねえ……」
オクタヴィアは少し考えるふりをした。
「なにもしないのが一番じゃないかしら」
「なにもしない?」
「そう。三日間、ほとんど休みなしで矯正を続けたでしょう。身体も精神も疲れ切っているわ。こういうときに同じことを繰り返しても、刺激に慣れて効果が薄くなるだけよ」
三人が黙って聞いている。
オクタヴィアはもっともらしく続けた。
「……だから、四日目の今日は、一日なにもしない。拘束もしない。好きなように休ませる。食べさせて、眠らせて、身体を十分に回復させるの。そうすれば、次の矯正はもっと効果的になるわ」
「なるほど。さすが主任ですね」
正面に立っていた女兵が頷いた。
「参考になりました」
「じゃあ、そうしましょうか」
ほかの女兵たちも頷いている。
「……え?」
オクタヴィアは思わず聞き返した。
「今日は主任の言うとおりにします。矯正はお休みです」
「本当?」
さすがにびっくりした。
「自分でそう言ったじゃないですか」
「それは……そうだけど……」
だが、さすがにおかしい。
いやな予感がして、むしろ不安に襲われた。
しかし、女兵のひとりがオクタヴィアの背後へ回り、両腕を背中で水平に固定していた革帯を取り外してしまった。
オクタヴィアは呆気にとられて、自分の腕を見た。
自由に動く。
手首を回してみる。なにも起こらない。
弛緩もされてない。
「……いいのね?」
「拘束もしないほうがいいって、主任が言ったんでしょう?」
「そりゃあ、言ったけど……」
「じゃあ、今日はゆっくり休んでください」
「さすが主任ですね。いい矯正計画をありがとうございました」
「……」
オクタヴィアは返す言葉を失った。
だが、三人が台車を押しながら、部屋の扉に向かっていく。
「……待って──。なにを企んでいるのよ──」
本当に立ち去ろうとする三人の背中に向かって声をあげた。
すると、三人が扉の前で立ち止まって振り返る。
「企んでいませんよ。今日は、もうなにもしません。廊下に出る扉は施錠しますけど、この収容室内であれば、好きなところに行ってもらって構いません」
「そういえば、入浴設備もありますから、身体を休めるといいですよ。主任、まだこの収容室内も、矯正室とここしか知りませんものね」
「まあ、丁度よかったです。調整も終わったみたいですし。もう、なにもしなくても問題ありませんから」
女兵たちの言葉に、やはり不吉なものを覚えたが、そのまま三人はいなくなってしまった。本当に部屋の施錠はしなかったようだ。扉を開放したままいなくなったのだ。
そのまま廊下に出る扉だけ鍵を掛けるつもりなのだろう。遠くで彼女たちが、廊下に出て行く気配がした。
収容室内が静まりかえる。
オクタヴィアは立ちあがり首を傾げた。
これで終わるわけがないのだ。
次の瞬間だった。
「はうっ」
オクタヴィアは両手を貞操帯に当てて腰を落としかけた。
凄まじい勢いで、前後の張形が貞操帯の中で振動と蠕動を開始したのである。
食事に混ぜられている媚薬の影響もある。
たちまちに、全身に鋭い衝撃が走り、オクタヴィアは頂上に追い詰められた。
「あ、ああっ」
もう抑えは効かない。
目が眩み、背筋にどっと汗が流れて、ついに悦楽の絶頂を極めそうになった。
「あんっ……ああっ」
しかし、まさにオクタヴィアが絶頂しようとした瞬間だった。
突如として、ぴたりと前後の張形が振動を停止したのだ。
ふつふつとした焦燥感だけが身体に残る。
オクタヴィアは嫌な予感がした。
寸止め?
もしかして、これが次の責め……?
“もう、なにもしない”……。
女兵たちが妙に繰り返していた言葉が気に掛かった。
すると、また張形が振動を開始した。
「ああっ、だめえっ」
オクタヴィアは股間に手を当てたまま、その場に崩れ落ちてしまった。
しかし、またしても、絶頂寸前で張形が振動をやめる。
やはり、ぎりぎりで刺激を止められてしまった。もう間違いない。
なにもしないと言いながら、あいつらは張形だけは作動していったのだ。寸止め責めを繰り返すように……。
「……や、やってくれるじゃないの……」
オクタヴィアは、すでに肩で息をしながら、いなくなった女兵たちを思い起こして舌打ちをした。