サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「ああ、またあっ──」
何十回──いや、もう百回以上は同じことを繰り返しているかもしれない。
オクタヴィアは、貞操帯の中でまたもや淫らに動き始めた張形に翻弄され、両手を股間に当てて、その場にうずくまる。しかし、それ以上はどうすることもできない。
前後の張形は革帯の貞操帯の内側に封印されており、オクタヴィアには触れることもできないのだ。
どういう仕組みで張形が動いているのかもわからない。
どこかで監視している女兵たちが、オクタヴィアの反応を見ながら、寸止めになるように遠隔で操作しているのか。それとも、張形に埋め込まれているらしい魔核に、なにか仕掛けが施されているのか……。
ただ、遠隔操作にしては妙だった。
張形は確実にオクタヴィアを絶頂寸前まで導き、八合目──いや、九合目……もっとぎりぎりまで追いあげておきながら、あとひと息というところで、必ずぴたりと動きを止める。
それも、一度や二度ではない。
朝から何度繰り返しても、決して最後の一線を越えさせないのだ。
人の手で、ここまで正確にできるものなのだろうか──。
そう考えている間にも、張形の動きが急速に激しくなっていく。オクタヴィアの中で張形は形を微妙に変え、刺激する場所を定めて、制御された快感を送り込んでくる。
こんなのを耐えられるわけがない──。
「あっ……ああっ──」
オクタヴィアはうずくまって両手を股間に押し当てたまま、身体を痙攣させる。
あと少し──。
そう思った瞬間だった。
ぴたりと動きが止まった。
「……はあ……はあ……」
まただ……。
オクタヴィアは股間を押さえたまま、肩を大きく上下させて荒い息を吐いた。
やはり、おかしい。
偶然にしては、あまりにも正確すぎる。
おそらく、もう夕方だ。
この収容室内には、正確な時刻を認識するものはなにもないが、体感的には間違いないと思う。
女兵たちに置き去りにされたまま、オクタヴィアは丸一日、この終わりの見えない寸止め責めに翻弄され続けていた。
この特別囚用の収容室については、もちろん知っていた。
主任矯正官だったのだから当然だ。
だが、実際に中へ入ったのは、ここへ収容された今回が初めてだった。
室内は驚くほど広い。王都の高級宿泊所でも、最高級の客室でなければ、これほどの広さと設備は備えていないだろう。寝台をはじめとする調度品も上等なものばかりで、清掃のための高価な魔道具まで、室内のあちこちに備えられていた。
入浴設備まである。いつでも身体を洗えるよう温かな湯が張られ、さらに〈洗浄具〉を備えた排泄場所も設けられていた。
しかし、いまのオクタヴィアには、せっかくの設備もほとんど意味がなかった。
入浴してみても、淫具が寸止め責めを繰り返して、身体を休めるどころではない。排泄は貞操帯で封じられている。なにをしていても、不規則に繰り返される寸止め責めに翻弄されるしかない。
結局、オクタヴィアは寝台のある部屋へ戻り、そこからほとんど動かなかった。
いつ始まるのかはわからない。
いつ止まるのかもわからない。
ただ、そのたびに耐え、終われば次が来るまで待つ。それだけを朝から延々と繰り返していた。
初日にも寸止め責めは受けた。
だが、今日のそれは明らかに別格だった。
いや──。
初日の寸止めも、その後の二日間に受けた連続絶頂責めも、もしかすると今日のために行われていたのではないだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
今日の張形の動きは、あまりにもオクタヴィアの身体を知り尽くしている。
どうすれば効率よく絶頂寸前まで一気に追いあげられるのか。どこまで刺激すれば、あとひと息というところまで達するのか。それを最初から知っているかのように、的確に身体を追い込んでくる。
それだけではない。
絶頂を求めて、自慰でもするように貞操帯ごと身体を動かしても、その行動さえ見透かしたかのように、最後に欲しいものだけは決して与えない。
そもそも、貞操帯そのものが、外からの刺激をほとんど遮断する性質になっている気配だった。
張形の動きは、偶然とは思えなかった。
仕掛けがあるのは間違いない。
だが、それがなんなのかまでは、オクタヴィアにもわからなかった。
外せない貞操帯に苦悶し、絶頂寸前に止まってしまう張形のもどかしさに苦闘し、思考すらままならない。
しかも、一昨日と昨日は、オクタヴィアはひたすらに連続絶頂をさせられていた。それが今日の寸止めだ。
辛い……。
辛すぎる……。
寸止めが女にとっての性の地獄だというのは、サロンの矯正の常識でもある。
わかっているが、実際にそれを受ける立場になってみると、これほど冷酷で淫靡なやり方はないと思う。
「くうう……」
またしても、不意に淫具が動き始める。
そして、しばらく股間の中で暴れてから、ぴたりと絶頂寸前で動きをやめてしまう。
オクタヴィアは床に突っ伏したまま、もう起きあがる気力も湧かなかった。
忘れたころに起きることもあれば、すぐに開始することもある。だから、いつまで待っても身構えることさえできない。
確かなのは、必ず寸止めで終わるという残酷な事実だけだ。
「夕方になったから様子を見に来たよ。思ったよりも元気そうじゃないかい」
離れたところから声がした。
はっとなって、剥き出しの乳房を両手で抱くような格好で上半身を起こして振り返る。
そこにいたのは、アルジェだった。
扉を開いて、開いた扉にもたれかかるようにして、こっちを見ている。
連れの女兵はいないようだ。ひとりでそこにいる。
「……」
恨めしくアルジェを見る。
なにを言っても無駄だし、抗議が無意味であることはわかっている。
オクタヴィアには、肩で息をしながら、アルジェを見るしかなかった。
「辛そうだねえ。思い切り、いきたいかい? その張形を挿入している限り、絶対に達することはできないよ。魔核にあんたの絶頂の癖を覚え込ませてある。だから出し抜くのは不可能だ。そういう調整にしてあるんだ」
アルジェがにやりと微笑んだ。
やっぱり、そういう仕掛けなのか……。
「ああっ、あああ──」
その瞬間、またしても張形が激しく振動を開始した。
オクタヴィアは、崩れるように上半身を床に倒してしまった。
「ははは、無様だねえ。それでも数日前までは、主任矯正官だったんだろう。しっかりとしないかい」
アルジェがオクタヴィアの身悶える姿を眺めながら、嘲笑の声をあげた。
今度は、短い時間で振動が終わった。それだけ、オクタヴィアの身体が追い詰められているということだ。絶頂寸前のもどかしさに襲われて、息をするのも辛い。
「……はあ、はあ……。だ、だったら……あんたが受けてみなさいよ……」
オクタヴィアは、アルジェを睨みつけた。
すると、アルジェが満足そうな笑みを浮かべた。
「ああ、いい顔だよ、主任。昨日なんて、かなり大人しくなっていたからね。まあ、まだ堕ちてないのはわかっていたけど」
「……愉しみだわ……。次はあんたかしら……。矯正官を女囚に堕とすのが……このサロンのやり方なんでしょう……。そのときには一緒に遊びましょうね……」
股間の疼きに耐えながら、オクタヴィアはアルジェに言った。
この二日間、張形の刺激が一度始まれば、絶頂まで導かれるのが当然だった。それを突然に寸止めに変えられたのだ。それがオクタヴィアを堕とすための手段なのはわかっている。
しかし、問題はオクタヴィアの身体が張形で絶頂することを覚え込んでしまったことだった。
頭ではわかっていても、肉体はすでに、この巧妙なやり方に堕ちかけている。
「……あたしかい……? 別に構いやしないよ。お館様があたしを女囚に堕とすならね……」
ほんの小さな声だった。
しかし、一瞬真顔になったアルジェが苦笑するような表情になって呟いた。
オクタヴィアは、自分の耳を疑った。
「いま、なんて?」
「……おっと……。それよりも話だ。貞操帯を外してやってもいいぜ。ただし、条件があるけどね」
すると、アルジェが言った。
「……わかったわ……。言って……」
オクタヴィアは、アルジェを見る。
もう、大抵の条件は受けるつもりだ。どうせ、このサロンの女囚が逆らう手段などない。どんなに心で抗っても、必ず実行させられる。
それがサロン・セルパンタンだ。
オクタヴィアも、それはわかっていた。
「おお、素直だねえ。どうやら、本当に屈服してきたかい? 無理しなくてもいいんだぜ。できれば、心だけはずっと抗ってほしいね。無抵抗になった女をいたぶっても愉しくないし」
「あっそう……。いいことを教えてくれてありがとう。だったら、これから、あんたたちに逆らわないで、従順にふるまうことにするわ」
オクタヴィアはうそぶいた。
そのときだった。
またしても、貞操帯の中で二本の張形が蠕動を始めたのだ。
「ふわあっ、ああああっ」
股間に両手を当てて、襲ってきた快楽に打ち震える。
「なによ、主任。ちょっとばかり我慢すればいいだけでしょう」
アルジェが声をあげて笑う。
そして、ゆっくりと近づいてくる。
その気配を感じながら、オクタヴィアはひたすらせり上がる快感に耐えた。
いや、耐えてない──。むしろ、耐えずに快美感に翻弄されるままに、身を委ねようとしていた。強烈な刺激にオクタヴィアの身体が反り返る。
「ああっ──もういやあっ」
思わず泣き声をあげる。
またしても、寸止めをされたのだ──。
わかっていながら、失望感と焦燥感で狂いそうになる。
すると髪を掴まれて、うつ伏せにしていた頭を強引に引きあげさせられた。
「いたいっ」
思わず悲鳴をあげる。
その場にしゃがんで、オクタヴィアの顔を覗き込むようにしてきたアルジェと視線が合う。
「両手を背中に回しな……。被虐癖のあんたなら、拘束されて責められたいだろう……。だから、そうしてやるよ」
髪を掴んだまま、アルジェは腰にさげていた手錠を反対の手でかざした。
「誰が──。そんなわけないでしょう──」
オクタヴィアは反射的に言い返した。
だが、その言葉とは裏腹に、ほんの一瞬だけ、アルジェの言葉を受け入れている自分がいる気がした。
手錠を掛けられて自由を奪われる……。
そして、徹底的に尊厳を奪われてなぶられる……。嫌悪と汚辱感に包まれながら、それを被虐の快美感として官能を燃えたたせるのだ……。
思わず唾を呑み込む。
なにを考えているのだ──。
「ほら、さっさと両手を後ろに回しな──」
アルジェの強い声が飛んだ。
「……っ」
オクタヴィアは一瞬ためらった。
それでも結局、言われるままに両手を背中へ回してしまう。
かちゃりと手首に冷たい金属が触れた。
両手が背中で繋がれた。
その瞬間、ぞくり、と身体の奥をなにかが駆け抜けた。
「……っ」
オクタヴィアは思わず息を呑んだ。
自由を奪われた。
ただそれだけのことなのに、身体がそれを強く意識してしまう。
ぞわぞわと身体が疼く。
違う──。
こんなものを悦んでいるわけではない。
そう自分に言い聞かせながら、オクタヴィアは背中で繋がれた両手をわずかに動かした。
手錠は、当然のように外れなかった。
「……じゃあ、張形を抜いてやる条件を教えてやる……。肉便器だ。肉便器になることを承諾しな」
「肉便器?」
眉をひそめる。
意味がわからなかった。
「文字通りの意味だ。三日間、一般囚の厠に繋いで便器になってもらう。一般囚の約七十人……。いや、男兵も面白がって参加するだろうから、百人にはなるだろう。全員の小便を毎日、口で飲んでもらう、ついでに、その身体に刺青を刻んでやるか。“元主任矯正官”ってね」
「そ、そんなことできるわけないでしょう──」
オクタヴィアは金切り声で怒鳴りあげた。