サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
カリンが机の上にあるなにかに触れた。
その途端、突然に張形の振動が停止した。これまでのような絶頂寸前のぎりぎりでなく、途中で止まったのだ。
「くっ……」
オクタヴィアは肩で息をしながら、主任矯正官用の机を見る。そこには見慣れない薄い箱形の魔道操作具らしきものがあった。カリンはそれに触れたようだ。
「一時的に寸止めは止めて差しあげましたわよ、お姉さま。これではお話もできませんもの」
カリンがにこにことオクタヴィアを見ている。
「……話ってなによ……」
オクタヴィアは、恨めしくカリンを睨む。
「ふふ、お姉さまこそ、わたしに聞きたいことがあるんじゃありませんの?」
カリンが視線をオクタヴィアから横のアルジェに移す。
「……アルジェ、お姉さまに椅子を準備してあげて。鎖は外していいわ。あっ、でも背中の手錠はそのままにしておきましょう。お姉さまは、そうやって拘束されるのがお好きですものね」
カリンがくすくすと笑う。
オクタヴィアは、思わずかっとなる。
「好きじゃないわよ──」
思わず声をあげた。
「アルジェ、早く椅子を」
しかし、カリンはそれを無視して、アルジェに顔を向けたままだ。
「わざわざ座らせることはねえよ。前主任でも、いまは六号特別囚だ。立たせておけばいいのさ」
横のアルジェが半分戯けたように応じた。
すると、正面のカリンの顔からすっと笑みが消える。
オクタヴィアは、思わずびくりと身体を反応させてしまった。
「……黙って従いなさい……」
カリンが静かに言った。
オクタヴィアもぞっとするような冷酷な表情と口調だ。
カリンがオクタヴィアの部下になったのは、まだ共和国の国都にいた頃であり、もう四年になる。しかし、彼女にあんな一面があるとは知らなかった。
すると、アルジェが小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「……おい」
そのアルジェが女兵に声を掛けて、入口側の壁にさがっていく。
入れ替わるように、いまは壁際で待機していた女兵たちがすぐに動きだした。木の椅子が運ばれて、さらに背中の手錠に繋がっていた鎖が外された。
オクタヴィアはとりあえず、その椅子に腰をおろす。
「ふふ、さて、じゃあお姉さま、しばらく淫具は動きませんわ。安心なさってください……。もっとも、話が終われば、元に戻しますけどね。お姉さまがお悶えになる姿、本当に可愛らしくて、素敵でしたわ。今日一日堪能させていただきましたもの」
カリンの顔には、もうさっきまでの冷酷さはなかった。いつものように、愉しそうに笑っている。
そのあまりの変わりように、オクタヴィアも少したじろいでしまう。
だが、いまはそれよりも確かめたいことがあった。いつの間にか溜まっていた唾液を呑み込み、オクタヴィアは口を開いた。
「……もしかして……あなたが、わたしの後任の主任矯正官なの?」
「ええ、そうですの。でも、驚きましたわ。こんなにあっという間に、お姉さまが女囚になってしまったんですもの。本当は、もっと後の予定でしたのですよ」
カリンが苦笑するような表情を浮かべた。
しかし、オクタヴィアには引っ掛かるものがあった。
そういえば、さっきも同じようなことを言っていた。
まるで、自分がここで主任矯正官を降ろされ、女囚になることが最初から決まっていたかのようだ。しかも、カリンが後任になることまで既定のことだったような物言いである。
「……どういうこと? あなた、なにを知っているの?」
「結構知っていますわ。お姉さまも質問してみてくださいな。わたしは、そこのアルジェのように意地悪じゃありませんから、なんでも教えてさしあげますわ。その代わり、わたしの命令には従ってもらいますけど」
「命令?」
「お姉さまには、わたしの子猫になってもらいます。でも、その前に三日間は肉便器になってもらいますわね。それだけは譲れませんわ……。あとは、おじさまのお相手もしていただきます。そして、時々わたしの命じる相手にも付き合っていただくことになりますかしら。相手は男とは限りませんわよ」
カリンがくすくすと笑う。
「はああっ、お前、なにを言っているのよ──」
オクタヴィアは思わず椅子から立ちあがり、怒鳴りつけた。
すると、カリンがすっと机上の操作具へ手を伸ばした。
途端に、股間の張形が凄まじい勢いで暴れだした。
「あん、あっ──」
突然の刺激に、オクタヴィアは崩れるように椅子へ腰を落としてしまう。
「ふふ……お姉さま、口の利き方は直さなくてもいいですけど、いま、お姉さまのお股を支配しているのはわたしですの。それを忘れては駄目ですわ」
カリンが愉しそうに笑う。
淫具は激しく責めたてる。
しかも、前だけの動きに、さらにアナルの張形の動きも加わる。カリンが机上の操作具にまた触れたのだ。
「おおおっ」
オクタヴィアは椅子に座ったまま身体を弓なりにしてがくがくと身体を震わせた。
今度こそいく──。そう思った。
しかし、唐突に振動が遮断されてしまった。
オクタヴィアは椅子の背にもたれ、荒い息を吐いた。
「大丈夫ですわ、お姉さま。間違って終わってしまうようなことはありませんわ。その淫具はどうあっても、寸止めしかしないように、お姉さま用に調整が終わってますの。魔核とも連動してますから、間違って達することもありえません」
何事もなかったかのように、カリンが微笑んだ。
オクタヴィアは、再び顔をあげた。
すると、カリンがまたもや机上の操作具に手を伸ばしているのが見えた。
「ああ、もういやよ──」
思わず叫ぶ。
しかし、なにも起きない。
部屋にカリンの笑い声が響く。
「そんなにびくびくしないでください、お姉さま。不規則に動作をする設定を解除しただけですわ。お話のあいだは動かないようにしてさしあげます。ご質問の続きをどうぞ」
カリンが明るい口調で言った。
オクタヴィアは、目の前で明るく笑っているカリンを見つめた。
四年も一緒にいたというのに、いま初めて見る顔ばかりだった。自分はこの娘のことを、いったいどこまで知っていたのだろう。
さっきアルジェに見せた冷酷な表情を思い出すと、背筋に薄ら寒いものさえ感じる。
だが、それ以上に知りたいことがあった。
自分を陥れたのは誰なのか。
真っ先に頭に浮かんだのは、カイネウスだ。
ここへ来てからというもの、自分はあの男に露骨な反発を繰り返してきた。
主任矯正官の座を奪われ、こうして女囚にまで落とされたことを考えれば、カイネウスが仕組んだと考えるのが一番わかりやすい。
しかし、それでは辻褄が合わない。
アルジェにしても、目の前のカリンにしても、自分がこうなることは、オクタヴィアがこのサロンへやって来るよりも前から決まっていたような口振りなのだ。
それ以前、オクタヴィアはカイネウスとは面識すらなかったのだ。
では、誰が、いつから自分をこんな目に遭わせることを決めていたのか。
少なくとも、目の前の娘はその答えを知っているらしい。
オクタヴィアはカリンに感じ始めた得体の知れない不気味さを押し殺し、口を開いた。
「……わたしを陥れたのは、誰なの?」
「まあ、そこからですの、お姉さま。もしかして、お気づきになってないのですか。驚きですわ」
カリンが手を口に当てながら笑う。その仕草に苛立つものを感じた。
「もったいぶってないで、教えなさい。わたしは最初から女囚に落とす予定で、このサロンに送り込まれたのでしょう。それを仕組んだのは誰なのよ──」
「聡明なお姉さま。簡単なことですわ。わたしですわ。なにもかもわたしが仕組みました」
「えっ、あなたが?」
オクタヴィアは、カリンから返ってきた意外な言葉に驚いた。
「だって、お姉さまはなかなか靡かないし。そうしたら、カイン様がこのサロンをお開きになりましたでしょう。絶好の機会だと考えましたの」
「絶好の機会って……。それに、カイン様って……」
カリンはカイネウスを愛称で呼ぶほどに親しいようだ。知らなかった。
それはともかく、カリンが仕組んだとはどういう意味だろう。まだ、理解が追いつかない。
「カイン様のことは、以前から親しくさせてもらってますの。おじさまと仲がよいので、そのご縁ですわ……。あっ、でもカイン様は依頼されただけですわ。動いてくれたのはおじさまですわ。恨むなら、わたしとおじさまですね」
カリンがまたもや、ころころと笑う。
なんなんだ──。さっきから……。
自分の人生を狂わせた話をしているというのに、なぜこんなに愉しそうに笑っていられるのだ。
苛立ちとともに、カリンに対する薄気味悪さがますます大きくなる。
「そのおじさまとは誰よ──?」
「お姉さまには隠してましたけど、実はわたし、バルザックおじさまの母方の姪になりますの。共和国の身分制度がまだ生きていれば、わたしも伯爵令嬢ですわね」
カリンが言った。
バルザック元帥の姪──。そして、元帥自身がこのことに絡んでいた?
「ちょっと待って。全くわからないわ。一体全体、どうなっているのよ。どうして、カリンが望んで、元帥閣下が動くということになるのよ。カイネウスは関係がないの?」
オクタヴィアは唖然となった。
「カイン様が関係ないことはありませんでしょう。そこのアルジェはカイン様の部下ですもの。でも、全ての陰謀を練ったのはわたしですわね。お姉さまを手に入れるために動きました」
「動いた?」
「ええ、ええ。わたしこれでも、結構情報通ですのよ。お偉い様方の弱みとかたくさん知ってますのよ。それで、お姉さまがこのサロンの主任矯正官に出向となるように人事を動かしてもらいましたの」
「はああ?」
オクタヴィアは、眼を見開いてしまった。
「ああ、それなのに、おじさまって、予定を早めて、お姉さまを女囚に落とすんですもの。もっと先の予定でしたのよ。おかげで、わたしの異動を早めるのが大変でしたわ。まったく、本当に……」
カリンがわざとらしく頬を膨らませる。その仕草はまるで、童女のようだったが、いまの話を聞いてからは、怖さしか感じない。
「……本当に、カリンが仕組んだということ……? 本当に? わたしがカイネウスに逆らったからとではなく……」
「お姉さまは、カイン様に逆らったんですの? それは知りませんでしたわ。どうしてですか。女ひとりに囚われた、ちょっと変態的なのも入ってますけど、それを除けば人畜無害どころか、随分便利じゃないですか」
カリンが心底びっくりした顔になる。
オクタヴィアはしばらく言葉を失った。
すると、カリンが思い出したように、机から二枚の書類を取り出して、オクタヴィアに示した。
「そうそう、忘れてました。こっちはお姉さまの人事異動通知ですわ。表向きはお姉さまは、このサロンの出向のまま、主任矯正官から監督官になります。後任はわたしですわ」
さらに、もう一枚の人事異動通知を見せる。そちらは、カリン=アルノーをサロンの主任矯正官とする暫定政府の通知だった。
「あなたが主任矯正官で、わたしが監督官?」
だめだ。理解が追いつかない。
「さすがに、まだ共和国出身者を女囚にするには時間が足りませんでした。でも、ご心配ありません。半年ほど過ぎたらお姉さまは、事故で死んだことになります。そうしたら、正式にサロンの奴隷ですわね。お姉さまは王国出身の子爵令嬢くらいにしときますわ」
カリンがあっけらかんと言った。
「わたしが王国の子爵令嬢って、どういうことよ」
思わず大きな声をあげる。
「だって、一応はこのサロンは、王国の貴族層の思想矯正施設ですもの。共和国出身のお姉さまを収監するのは、まだ時期尚早ですわ。だから、身分を作りますの。本当なら、お姉さまに書類上死んでいただいてから、女囚にするつもりでしたのに、おじさまが早めるから、こんな面倒が必要になったのですわ。まあ、終わりましたけど」
「冗談じゃないわ。だったら、まだわたしは女囚じゃないのね──。こんなこと許されるわけないでしょう。すぐにわたしを解放しなさい。あなたがたがやっているのは犯罪よ。すぐに暴露するに決まってるでしょう──」
「そんなわけないでしょう。このサロンはカイン様のお城ですのよ。一切秘密は外に出ませんの……。ねえ、アルジェ?」
「……ああ、秘密は漏れない。ここはお館様の信奉者で集まってる。表向き反対派閥の者を含めてね」
アルジェが後ろ側から答えた。
「そういうことですわ。それに根回しは終わってると言いましたでしょう。お姉さまが本当は女囚になることは、みんな納得させました。安心してくださいな」
「安心できるわけないでしょう。すぐに解放しなさい」
オクタヴィアは金切り声で叫んだ。
その途端だ。
股間に電撃の衝撃が貫いた。
「あぎゃあああ──」
オクタヴィアは絶叫して、椅子から転げ落ちる。
「ははは、お姉さま、大丈夫ですか? その淫具は寸止めだけではありませんのよ。そんなこともできますの。今度はお尻側に電撃はいかがですか?」
カリンは、オクタヴィアをにこやかに見下ろしている。
電撃はすぐにとまったが、あまりのことにオクタヴィアは、しばらく立つこともできなかった。
今度こそ、本物の恐怖でカリンを見る。
「……さあ、お姉さま、食事でもしましょう。隣の部屋に準備してありますわ。行きましょうか……。アルジェ、お姉さまの手錠を外して」
カリンが立ちあがった。その手にはオクタヴィアの張形を操作している箱状の魔道具が握られていた。
女兵のひとりがオクタヴィアに寄ってきて、後手の手錠を外す。
オクタヴィアは、両手で剥き出しの乳房を隠しながら立つ。
「……カリン、なんでこんなことを……?」
オクタヴィアは、恐ろしいものを見るような気持ちとともに、カリンに訊ねた。
「さっき言いましたでしょう。お姉さまをわたしの子猫にするためですわ。だって、お姉さまのことが大好きですから。さあ、参りましょう」
カリンが寄ってきて、まるで男性がエスコートするように、左肘を出す。
オクタヴィアは、おずおずとその腕に右手を掛けた。