サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「くうっ、ああっ」
浴室に、水音とオクタヴィア自身の喘ぎ声が大きく響いた。
絵筆を持って、オクタヴィアを取り囲んでいる女兵たちが湯を掻く音──。浴槽の中心に両手を広げて開脚で立たされているオクタヴィアが身体を激しく揺するたびに浴槽の縁へ寄せる波の音──。そして、ときおり聞こえる女兵たちの愉しげな話し声と笑いさざめく声がそれに混じる。
十人ほどなら一度に入れそうな大きな浴槽には、オクタヴィアのほか、カリンと四人の女兵が入っていた。無論、全員が一糸まとわぬ裸である。
だが、同じ湯に入っているとはいっても、オクタヴィアだけは事情がまるで違う。
浴槽の中央に立たされ、両腕は手錠と二本の鎖で頭上へ伸ばされている。足元は湯に隠れているが、両足首には一本の棒枷が嵌められ、肩幅よりも広く開いた状態から動かすことができない。
湯の深さも、内腿の半ばほどまでしかなかった。
しゃがむことも、湯の中へ身体を沈めることもできない。
四人の女兵がオクタヴィアの周囲に散り、カリンだけは少し離れた浴槽の縁から、その様子を眺めていた。
「クリトリスが真っ赤に膨れて可愛らしいわね。もっと洗ってあげて。お姉さま、嬉しそうだもの」
オクタヴィアを正面から眺めるように、浴槽の縁に足だけを湯に浸けているカリンが笑みを浮かべながら指示をする。
「ふふ、でも主任、監督官さまのここは、擦っても擦ってもきりがありませんわ。いくらでもお露が溢れてきますもの」
正面の女兵がオクタヴィアの肉芽にたっぷりと泡を載せている絵筆をあてがって撫ぜる。
“監督官さま”と言うのは、オクタヴィアのことだ。書類上だけの話だが、カリンの暗躍で、オクタヴィアは、サロンの主任矯正官から監督官となっているらしい。もっとも、それは表向きだけで、実際にはサロンに囚われた特別女囚にほかならない。
ずっと無邪気な後輩だと思っていたカリンに、そんな一面があることなど、ついさっきまで想像すらしていなかった。
「あっ、うくうっ、うう──」
オクタヴィアの裸身が大きな引きつりを起こして弓なりに反りあがる。
だが、あと一歩の刺激が足りない。
丸一日、寸止め責めを受け続けてきた肉体は、絶頂を求め狂っている。反射的に腰を突き出すようにして、絵筆を股間で追い掛けてしまう。
でも、それを嘲笑うように、絵筆はすっと離れて届かないところに逃げてしまう。
「ははは、お姉さま、はしたないですわよ。まるで、本当はいきたくて仕方がないようじゃありませんか。いきたいなら、そうおっしゃってください。いくらでも絶頂させてあげますから」
カリンが愉しそうに笑う。
オクタヴィアは奥歯を噛みしめる。
いきたいに決まっている──。
丸一日、貞操帯で受けた寸止め責めは、オクタヴィアの性感を完全に狂わせてしまっている。
しかも、全身に塗られている泡は媚薬だ。
カリンがはっきりとそう教えた。
この状態のオクタヴィアに、カリンはさらに発情系の媚薬を塗って、苦悶をさせようとしているのである。その卑劣なやり口に屈辱が募る。
「もう……いいでしょう──。いきたいわよ──。いきたいに決まっているわ──」
オクタヴィアは、ぶるぶると身体を震わせて叫んだ。全身は絶頂を求めて喘いでいる。飢餓状態の焦燥感に勝手に身体は腰を左右に動かしている。
「だったら、お姉さま、肉便器になることをお約束ください……。そうですね。いまなら、三日じゃなくて、一日にして差しあげますわ。たった一日、一般囚と男兵のおしっこを飲む肉便器におなりになれば、わたしの子猫にしてさしあげましょう」
「くっ」
オクタヴィアは押し黙る。
そんなこと誓えるわけがない。
そんなオクタヴィアの様子に、カリンが満足そうに笑みを浮かべた。
「……お姉さまは、まだ筆責めが足りないそうよ。もっと追い詰めなさい。お姉さまが音をあげるように、筆のくすぐりと寸止めを繰り返すんです。どうやら、あなたたちも口ほどじゃないわね。ここまで追い詰められているお姉さまに手こずるなんて」
カリンがオクタヴィアに向ける口調とは一転して、女兵たちを叱るような口調で言った。
周りの女兵たちから余裕の笑みが消える。
口惜しそうな表情になったかと思うと、三人の筆が一斉に秘部とアナル、さらに乳房にも伸びてきた。
「ああ、んぐうっ、くっ、あああっ──」
オクタヴィアは、拘束されている裸身を悶え暴れさせた。
「そんなにお辛いなら、もう肉便器をお受けになったら、いかがですか、お姉さま?」
カリンが笑う。
オクタヴィアは、筆責めの刺激に耐えながら無言を貫いた。もう口を開くのも億劫だった。
カリンたちと入浴することになったのは、あの食事のあとすぐだ。
食事のあいだも、オクタヴィアに休息はなかった。
一気食いで食事を終わらせたオクタヴィアだったが、カリンの食事が終わるまでは、立つことを許されなかった。
貞操帯の中で断続的に繰り返される寸止め責めに悶え狂いながら、向かいで優雅に、そしてひどくゆっくりと食事を続けるカリンを待たされた。
もう頭がおかしくなりそうだった。
それでも、無駄に抗えばカリンを悦ばせるだけだということは、オクタヴィアにもわかっていた。
ようやく食事が終わると、カリンと四人の女兵に連れられて収容室へ戻った。
そこで休めるのかと思ったが、今度は入浴だった。
オクタヴィアに拒否する余地などない。
そのまま、カリンと四人の女兵とともに浴室へ連れてこられたのだ。
貞操帯を外され、前後に挿入されていた張形も抜かれた。
だが、それで解放されたわけではない。
浴槽の中央に拘束されると、今度は四人の女兵がかりで媚薬入りの泡を全身に塗りたくられた。そして、いまは大小の絵筆を使った責めを繰り返し受けている。
カリンは自分ではほとんど手を出さず、浴槽の縁に腰掛けたまま、苦悶するオクタヴィアの姿を嬉しそうに眺めている。
「では、お風呂はこれくらいにいたしましょうか」
そんな気軽な一言で、やっと入浴は終わったのは、それから半刻は経ってからだと思う。
オクタヴィアは一度も満足させてもらえないまま、浴槽から出された。
長い時間をかけて、執拗に筆責めを受けただけでなく、全身に塗られた泡のせいで、身体の感覚は浴室へ入る前よりもひどく昂っている。
浴槽から出されても、オクタヴィアの拘束は解かれなかった。
後手に手枷を嵌められ、椅子に座らされて、四人の女兵が手分けして濡れた身体を拭き、髪を乾かしていく。
オクタヴィアはされるがままになっていた。
だが、全身は熱で震え続けている。
抗ったところで、なにも変わらない。むしろ、自分が取り乱せば取り乱すほど、カリンが喜ぶだけだということは、もう嫌というほどわかっている。
それだけの意地で、オクタヴィアは耐え続けた。
身体と髪を乾かし終えると、今度は排泄だ。
オクタヴィアは許された排尿を排泄壷の中にする。もちろん、カリンたちに見られながらだ。
それが済むと、ようやく寝室へ移されることになった。
「……では、お姉さま。今日の矯正はこれで終わりですわ。明日の朝、またお迎えに参りますね」
カリンがそう告げると、女兵のひとりがオクタヴィアの首環に、寝台の頭側から伸びる鎖を繋いだ。
「……」
「明日も続きますわ。お姉さまが堕ちるまで、ずっと」
「う、うるさい……」
オクタヴィアはカリンを睨みつけた。
だが、それ以上の言葉が続かない。
身体の震えはいまだに収まっていない。脚にも力が入りきらず、オクタヴィアは寝台の中央に腰を落としたままでいる。
もう身体の疼きは限界だった。
いっそ……。
いっそ、無理やりに肉便器として、カリンが厠にでもどこでも連れて行けばいいのだ。そうであれば、オクタヴィアの意地とは関わりなく、そうさせられることになり、この寸止めの地獄からも解放される……。
そこまで考えたところで、オクタヴィアはぎゅっと眼を閉じた。
違う──。
なにを考えているのだ──。
小さく、二度、三度と首を左右に振る。
眼を開くと、寝台の横に立つカリンと目が合った。
カリンがじっと自分を見ている。
いつもの笑顔ではなかった。まるで、オクタヴィアの心の中を見透かすような視線に心臓が高鳴る。
オクタヴィアは、顔を背けた。
「……ふふ、お姉さま、無理やりに厠に繋げて欲しいですか? お姉さまの意思とは関係なく、口枷をしてそうされるんです。わたしにはできますよ。そうすれば、心置きなく絶頂させてあげられます」
「なにを……」
思わず絶句する。
たったいま自分が考えていたことを言い当てられ、オクタヴィアは激しく動揺した。
すると、カリンが満面の笑みを浮かべた。
「……では、また明日」
カリンはそれ以上、なにも言わなかった。
女兵へ目配せする。
背中で両手をまとめていた手枷が外された。
オクタヴィアは思わず両手を身体の前へ持ってきた。手首を片方の手で握りながら、カリンを見る。
だが、カリンはもう扉へ向かっていた。
「……え?」
思わず声が漏れた。
首環は鎖で寝台に繋がれている。
だが、それだけだ。
てっきり、昨夜までと同じように、張形を挿入されて貞操帯で封印されると思っていた。それなのになにもない……。
両手も両脚も自由に動く。
オクタヴィアは自分の身体を見下ろし、それから扉へ視線を戻した。
四人の女兵が次々と部屋を出ていく。
最後にカリンが振り返った。
「おやすみなさいませ、お姉さま……」
扉が閉まった。
オクタヴィアは寝台の縁に腰掛けたまま、しばらく閉じた扉を見つめていた。
本当に、誰も戻ってこない。
そろそろと寝台の上で身じろぎをした。
鎖が、じゃらりと鳴った。
罠か──?
そう言えば、この部屋は監視されているはずだ。カリンの部屋となった主任矯正官室には、この寝室の映像も投影されていた。
いや、罠でも構うものか──。
絶頂できるのであれば、なにを代償にしてもいい──。
オクタヴィアはすぐに、股間に手をやった。
激しく指を動かす。
すでに絶頂寸前だったのだ。
自慰で、あっという間に快感は昂ぶっていく。
「ああっ、ああああ──」
オクタヴィアは獣の雄叫びをあげて、喜悦で全身を爆発させた。
今度こそ、いける──。
オクタヴィアは、寝台の上で身体を伸ばして、一気に昇天に向かって快感を飛翔させた。
えっ……?
──しかし、なにかがおかしかった。
オクタヴィアの中から歓喜が消えた。
もう少しのはずだ……。
いや、もう少しどころではない。あと数瞬もあれば、ずっと求め続けてきたところへ辿り着ける──。求めているものは目の前にある。間違いないのだ。
それなのに、届かない。
「……え?」
思わず声が漏れた。
身体を起こし、もう一度試す。
すぐに感覚は高まった。
今度こそ──。
オクタヴィアは息を詰めた。
だが、やはり駄目だった。
あと一歩。半歩……。
そこまでいっている。
それなのに、その一歩だけがどうしても越えられない。
「なによ……。これ……」
オクタヴィアは呆然と呟いた。
やり方が悪いのか。
そう思って、お尻の穴にも指を挿入する。さらに必死になる。
だが、結果は同じだった。
身体には確かな感覚がある。むしろ、先ほどまでより強いほどだった。それなのに、最後のところだけが抜け落ちている。
オクタヴィアの呼吸が荒くなった。
扉を見る。
誰も来ない。
次に、部屋のどこかにあるはずの映録球へ視線を走らせた。
見られている。
その考えが浮かんだ途端、焦りが一気に膨らんだ。
急がなければならない。
カリンが気づけば、いつ戻ってくるかわからない。
戻ってくれば、今度こそ自由を奪われる。
その前に、達しなければ──。
オクタヴィアは再び懸命になった。
もう意地も体面もなかった。
あと少し。
あとほんの少しなのだ。
何度そう思ったかわからない。
そのたびに期待だけが膨らみ、そして、その寸前で行き場を失った。
「なんで……」
声が震えた。
もう一度。
それでも駄目だった。
「なんで……なんでよ──。もう少しなのに──」
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
オクタヴィア自身にも、なぜ泣いているのかわからなかった。
ただ、目の前にあるはずのものへ、どうしても手が届かなかった。
『お姉さま……』
そのとき、天井からカリンの声が響いた。
驚いて涙目をあげる。
どこに魔道具が隠されているのかわからなかったが、どうやら伝声具のようだ。
『どうして、絶頂できないのか不思議ですか?』
カリンの面白がるような声がさらに続いた。
「カリン……」
オクタヴィアは、狂ったように擦っていた指を止めて、呆然と声のする天井を見たまま硬直した。
『いくらでも自慰はしてもいいですわ。むしろ、してください。命令ですわ。でも、自慰では絶頂できないように、魔核を調整しております。お姉さまが絶頂できるのは、外から与えられた快感だけですわ』
カリンが笑いを含んだ声で、そう告げた。
なにも、考えられない。
なにも、理解できない。
なにも、わからない。
『……それでは、心ゆくまで自慰をお愉しみくださいね。こっちで見物させていただきますわ。では、絶頂したくなったら、明日の朝、そうお申し出くださいね』
「……」
『お姉さま、こんな言葉はご存知ですか? “時として、ほんの僅かな希望は、完璧な絶望よりもたちが悪い”と。明日はもっと追い詰めてさしあげますわ。お休みなさいませ』
声が途切れた。
希望という光を見たと思った。
しかし、やはりそここそ、絶望の最深部だった。
しばらく呆然としていたオクタヴィアは、指を秘部に押し当てたまま、いつの間にか、さめざめと泣いてしまっていた。