サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
浴室に入ると、オクタヴィアはひとりにされた。
昨夜とは違い、女兵たちはついてこなかった。
身体を洗うのも、髪を洗うのも、すべて自分ですることができた。
それだけのことなのに、ひどくほっとした。
浴室で身体を洗って、しばらく浴槽で温まると、オクタヴィアは湯からあがった。
洗面台や身体を手入れする魔具のある前室に戻ると、小さなテーブルには朝食が準備されていた。ここで食べろということだろう。
備え付けられている魔道器具で髪を乾かし、鏡の前に立って手櫛で整えていく。
せめて、身なりくらいはきちんとしておきたかった。
髪を整え、顔についた水滴を拭う。
それから、改めて鏡の中の自分を見た。
「……酷い顔……」
思わず、呟いていた。
目の下には、はっきりと隈ができている。
瞼は重く、目元も赤い。泣いたせいだろう。
だが、それだけではなかった。
なにかを待ち焦がれているような──なにかを求めているような目をしている。
それがなにを意味しているのか、オクタヴィアにはわかっている。
「……いや……」
鏡から目を逸らした。
身体の火照りは、湯からあがっても消えていなかった。
むしろ身体を洗ってさっぱりしたことで、自分の異常な状態が余計にはっきりとわかる。
手脚には疲労が溜まり、身体は重い。それなのに肌が異常に敏感になっていて、じっとしていることさえ落ち着かなかった。
昨夜からほとんど眠っていないというのに、眠気よりも身体の内側に残る渇きの方が強い。
疲れ切っているのに、鎮まってくれない。
鏡に映っていたのは、そんな身体に引きずられている自分の顔だった。
そのとき、生温かいものを内腿に感じて、視線を落とす。無毛にされた陰部は赤く腫れたようになっていて、すでに大量の愛液を噴きこぼして、洗ったばかりの内腿をべっとりと汚していた。
そろそろ、中和剤も切れるのだろう。
すでに無視することが難しい掻痒感が、股間とお尻の穴に蘇り始めていた。
しくしくとした感覚が、次第にむずむずとした感覚となって股間とお尻に拡がってきていた。
肌は、部屋の外気に触れるだけでも、愛撫されたかのような官能を引き起こしてくる。魔核により敏感にされている性感の影響だ。
オクタヴィアは、あまりにもはしたない自分の身体の状況に、呆れて苦笑してしまった。
そのまま、前室でひとりで食事を済ませた。
立ちあがる。戻らなければならないだろう。
身体を拭くための布を、前室から持ち出すことは禁止されていた。
オクタヴィアは仕方なく、なにも身につけないまま浴室の前室を出た。
廊下には、ふたりの女兵が待っていた。
壁に背を預けていたふたりが、オクタヴィアの姿を見るなり身体を起こす。
「よう、前主任。すっきりしたかい」
「カリン様が矯正室でお待ちかねですよ」
軽い調子で声を掛けられたが、オクタヴィアは返事をしなかった。
その代わり、廊下の中央に置かれているものに気づいて、ぎょっとする。
「……これ……」
貞操帯だった。
内側には、大小二本の張形が取り付けられている。
前側の大きな張形には、さらに小枝のように突き出した部分まであった。
見間違えるはずがない。
昨日から散々にオクタヴィアを苦しめてきた、あの寸止め責め用の張形と貞操帯だった。
「主任……じゃねえや。監督官様が使いやすいように、貞操帯と一体にしておきましたよ。自分が身につけるものだ。自分で持っていってください」
右側の女兵が、くすくすと笑った。
オクタヴィアの身体が、一瞬だけ固まった。
だが、すぐに思い直す。
こんなことでいちいち動揺していては、相手を喜ばせるだけだ。
奥歯を噛みしめると、床に置かれた貞操帯へ手を伸ばした。
「おっと」
ぱちん、と手を払われた。
オクタヴィアは反射的に手を引くと、手を払った左側の女兵を睨みつける。
「なによ?」
「手を使うのは禁止だ。口で咥えていけ。雌犬らしくな」
「なんですって──。わたしは犬じゃないわ──。人間よ──」
「そうですか。でも、ここでは関係ありませんよ。ほら、命令です。手を使わずに咥えてください」
もうひとりの女兵も、今度は笑わずに告げた。
腹の底が煮えくり返る。
以前の自分なら、こんな命令を受け入れるはずがなかった。
ましてや、昨日まで自分の部下だった女兵たちの前で──。
だが、オクタヴィアは怒りを呑み込んだ。
ゆっくりと身体を屈める。
手を使うことができないため、床に置かれた貞操帯を口だけで持ち上げるのは思った以上に難しい。
「そっちじゃないって。大きい方をフェラするみたいに咥えればいいんだよ。その方が運びやすいぜ」
頭上から、女兵の愉しげな声が降ってきた。
オクタヴィアは無視した。
何度か位置を変えた末、大きな張形の側面を噛むようにして、ようやく貞操帯を持ち上げる。
「まあいいか。じゃあ行くよ」
女兵たちが歩き始めた。
オクタヴィアはなにも答えられない。
貞操帯を口に咥えたまま、ふたりのあとを追って、矯正室へと向かった。
矯正室に入ると、奥にはガウン姿に着替えたカリンが待っていた。
淡い薄桃色のガウンだった。
柔らかな色合いの生地には、セルパンタンを象徴する細身の蛇の紋様が銀糸で織り込まれている。一見すれば蔓草のようにも見える上品な意匠だった。
カリンは椅子に腰掛け、脚を組んでこちらを向いている。
また、部屋の中央には、天井の滑車から二本の鎖が垂れ下がり、その先に繋がれた革枷が宙に浮かんでいた。
「少しは落ち着きましたか、お姉さま? それと、口に咥えたものをお離しにならないようにしてくださいね。手で触れてもいけません。もし床に落としたら、お姉さまに使いますわ。たっぷりと掻痒剤を塗ってから、明日の朝まで外せないようにしてさしあげます」
カリンは、穏やかな笑みを浮かべながら告げた。
オクタヴィアはぞっとして、咥えている貞操帯を強く噛みしめた。
「さあ、鎖の真下に来てください」
促されて、オクタヴィアは部屋の中央まで進んだ。
女兵たちに左右から両手首を取られ、それぞれ天井から垂れ下がっている二本の鎖の先端の革枷に固定された。
続いて持ち出されたのは、肩幅の倍ほどもある一本の棒枷だ。
それを左右の膝の間に渡され、両端の枷をそれぞれ膝に固定される。
さらに棒枷の中央に設けられた金具へ短い鎖が繋がれ、上体を折り曲げられてから、その反対側が首環の前側の金具に取り付けられた。
「んんっ」
じゃらり、と鎖が鳴る。
女兵たちが離れたときには、オクタヴィアは両腕を頭上へ伸ばし、両脚を大きく開いたまま、上体を前へ屈める格好になっていた。
身体を起こそうとすれば、首環から伸びた短い鎖が張る。
膝を閉じようとしても、横渡しにされた棒枷がそれを許さない。
オクタヴィアは口に咥えたものを落とさないよう、顎に力を込めた。
このサロンの強力な掻痒剤の恐怖は、骨の髄まで染みついている。
口を開くことは許されない。
つまり、屈服の言葉さえ口にすることができない。
もう逆らうつもりなどない。そう伝えることさえ許されないのだ。
そのことが、オクタヴィアにはひどく苦しかった。
しかも、オクタヴィアは、これまでになかった異様で熱い、突き刺すような感覚に見舞われていた。かすかに、オクタヴィアは喉の奥で呻いてしまった。
拘束されている身体をわずかに捩る。
いよいよ、中和剤の効果が切れて、以前に塗られた掻痒剤の効果が、再び現れ始めている。
そして──。
「んぐうっ」
オクタヴィアは身体を緊張させた。
一気に掻痒感が襲ってきたのだ。
初日に狂わされたあの痒み責めが戻ってきた。
やはり、中和剤は食事には含まれていなかったのだ。
全身の肌から汗がどっと噴き出したのがわかった。
歯を喰いしばりながら、オクタヴィアは自然に身体をくねらせていた。
「落としてはいけませんよ、お姉さま……。咥えているものを落とさないこと。それを今日のお姉さまの課題にしますね」
「んんんっ」
オクタヴィアは、貞操帯を咥えている顔を必死に左右に振った。
中途半端に開いている口から涎が垂れ落ちる。しかし、咥え直すのも危険だった。それで落としてしまったら取り返しがつかない。
中和剤の効果が失われるにつれて、痒みはどんどん広がっていく。
もう無理だ──。
オクタヴィアは、首を横に振る。
屈服してしまう──。
もうこれ以上は頑張れない。
「それと言っておきますわね。咥えているものを落とせば、わたしの子猫にはしてあげられませんわ。そんな不甲斐ないお姉さまは、痒み責めの洗礼からやり直しにします。今日は肉便器になることは許しません」
カリンが微笑んだまま言った。
オクタヴィアは眼を丸くした。
「お姉さま、肉便器になると言えば、いまの苦悶から逃げられると思っているのでしょう?」
カリンが言った。
オクタヴィアは、全身を硬直させてしまった。まさに、そういう気持ちになっていたからだ。
「……お姉さまが勘違いをなさっているあいだは、肉便器にも、子猫にもさせられません。お姉さまには最初から自由などないのですよ。お姉さまが肉奴隷になれるのは、わたしが許可したときだけですわ。だから、いま屈服すれば、罰として掻痒剤を塗って放置いたします。それと、屈服しなくても掻痒剤を塗り足します。お姉さまが浅ましくお尻をお振りになるのを眺めたいですから」
カリンが笑った。
唖然とした。
屈服しても、しなくても、痒み責め──?
ならば、逃げ場などないではないか。
「……お姉さまの身体を徹底的に愛撫しなさい。貞操帯を落としたら、すぐに、一号の掻痒剤を股間に塗ってさしあげて」
カリンが左右にいる女兵ふたりに指示をした。
女兵たちに指示をするときには、一転して凄みのある表情と口調に変わる。
「じゃあ、まあ、そういうことですから」
「怖い人だねえ、あんたの後任。屈服も許さないんだって」
女兵たちが前後に立ち、左右の乳房、脇腹、腰、お尻、そして、股間へとあらゆる場所を両手で這い回らせ始める。
「んんんっ」
オクタヴィアは全身を突っ張らせた。
しかし、ふたりはオクタヴィアに触れる指先の力を強めようとはしない。触れるか触れないかの、絶妙な感触で、オクタヴィアの肌を撫で回してくる。
「んんっ、んん──」
オクタヴィアは、あっという間に追い詰められた。
媚薬に冒され、昨日一日、寸止め責めを繰り返された挙げ句、発散させてもらえないまま今日を迎えている。
そこへ掻痒感まで蘇り、肉体はもはやオクタヴィアの意思とは無関係に、女兵たちの刺激を求めていた。
股間など、ほんの少し触れられただけで、ぴくぴくと肉襞を蠢動させて、断続的に愛液を噴きこぼしているのがわかる。
腰の動きが止まらない。
乳房の疼きも凄まじかった。
膨らみの裾野から乳首の先端へ向かって、痺れるような疼きが絶え間なく走っている。しかも、口惜しいことに、女兵たちは、乳房にしても股間にしても、強くは刺激せず、くすぐるように指先で焦らすばかりだった。
「んんっ、んぐううっ」
オクタヴィアは懸命に貞操帯を噛みしめながら、首を横に振る。
いや、たとえ両手が自由でも、それだけではどうにもならない。どれほど自分で身体を慰めたところで、快感だけが際限なく高まり、肝心の絶頂だけは封じられているのだ。昇りつめながらも解放できない苦しさは、昨日のひと晩で骨身に刻まれていた。
もうカリンや女兵たちにすがり、もっと強くしてもらうしかない。
「んんんっ」
もっと強くしてほしい──。
オクタヴィアは貞操帯を咥えたまま、声にならない声で必死にそれを訴えた。
「ふふ、いい気持ちですか、監督官?」
「絶頂させなければ、いくらでも気持ちよくさせていいことになっているからね。せいぜい、ぎりぎりまで昇りつめな」
ふたりが全身を愛撫しながら耳元でささやいてくる。
もうだめだ──。
いきたい──。
肉便器でもなんでもいい──。
この苦しみから逃れたい──。
オクタヴィアは、心の底から思った。
「んんっ、んっ、んんんっ」
そのつもりで、カリンに視線を向けて、必死に首を上下に振る。
「いいわ。あなたたち、そろそろ、あれを使いなさい。ただし、絶対に絶頂させないのよ。失敗したら、承知しないわ。一気にお姉さまを、本物の被虐奴にしてしまうんだから──」
カリンが表情を一変させて、冷徹な口調で女兵に指示する。
「任せてくださいな」
「あたしたちがそんな失敗するわけないでしょう」
女兵たちが笑い、ひとりが横に持ってきた台車から細長い楕円球の道具を取り出した。
なにをするのかと訝しんでいたら、その道具の先端を股間に当てられて、ぶーんと振動を加えられた。
「んんっ、んぐうう、んんんっ」
一気に快感が爆発した。
身体を限界まで硬直させる。
「こっちもだよ──」
後ろからもなにかを当てられ、強い振動をお尻の穴に加えられる。
「んごおっ、おおおおっ」
オクタヴィアは身体をのけ反らせた。
拘束している鎖を引き千切らんばかりに全身を波打たせる。
その瞬間、開いた口から貞操帯が離れた。はっとしたときには遅かった。音を立てて貞操帯が床に落ちてしまっていた。
「おっ、落としましたね」
「残念だったなあ」
ふたりがさっきの淫具を素早く離した。
絶頂寸前だったオクタヴィアの身体は、またしても直前で快楽の頂点から引き離されてしまった。
「……お姉さまに掻痒剤を塗りなさい」
カリンが命じた。
はっとなる。
もう無理だ──。
これ以上、焦らされたら本当に狂う。
激しい掻痒感と疼きは、すでにオクタヴィアを限界の向こうまで追い詰めていた。
「ああ、カリン、許してよ──。もう屈服するわ──。肉便器になるから──。いえ、肉便器にして──」
オクタヴィアは泣きながら絶叫した。