サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「──そこでいい」
レイシアの身体がソファの正面まで天井のレールで移動してくると、ヴェルデンの声が落ちた。
両手首と両足首を上下に金属棒の端に拘束されているレイシアの身体が、宙吊りのまま不自然な位置で制止する。がらがらと軋む音が途切れ、わずかな静止のあと、ゆっくりと降下が始まる。
やっと足裏が床に触れた。
だが、体重は預けられない。四肢は引き離されたまま固定され、関節は中途半端な角度で止められている。立たされているのではない。吊られた状態のまま、床に触れさせられているだけだった。
「颯爽と王宮を闊歩していた姿は、いまでも眼に焼き付いておるよ、レイシア──。軍服の下に、そのような立派な胸を隠していたとは、やはり私の見る目はあったな」
ヴェルデンがソファに深く身を沈め、ゆっくりと足を組む。彼の腰掛ける椅子の横には台座があり、そこには飲みかけの茶色の蒸留酒の入ったグラスがあった。
ヤンはそこの横で遠慮のない視線をレイシアの身体に向け続ける。
ふたりの視線が、レイシアの下着一枚の裸身を上から下へと這う。
レイシアは歯を噛みしめる。
「あまり、見ないでくれないか。これでも女なんでね」
レイシアは短く言った。
呼吸を整え、視線を正面に据える。
裸身が晒されていることも、鈴が皮膚に触れていることも、そして、それがどんな風にふたりに見られているかもわかっている。だが、それを顔に出すことはしない。
おそらく、羞恥に取り乱すレイシアの姿を見たいのだろう。
反応しないことは、レイシアのせめてもの抵抗だ。
「お前が女であることは教えてもらわなくてもわかる」
ヴェルデンが笑う。
「いや、もしかしたら、ご立派な珍棒を隠しているかもしれませんよ。なにせ、剣技は男勝りだ。俺も惚れ惚れするくらいの腕前でしたぜ、お貴族様」
ヤンが追従のような口調で言う。
「やめよ。市民ヴェルデンだ──。もうこの国に貴族はおらんのだ。おう、そう言えば、お前……ヤンは、市民の地位はもらったのか?」
ヴェルデンはヤンを見る、
「まだ第二級民です。できれば、閣下のご推薦でフィロス王国の市民権をもらえましたら、このヤンは犬馬の労も厭いません」
「阿呆め。頼む相手が違うわ。今度、元帥閣下がここを訪れる。好色で高貴な女を苛め抜くのがなによりもお好きな方だ。顔合わせの機会は作ってやる。うまくすれば、お前もフィロス人だ」
「あ、ありがとうございます、閣下──」
ヤンが嬉しそうな顔をした。
レイシアは、そんなふたりの会話を白けな気持ちで接していた。
すると、ヤンがレイシアに改めて視線を向けてきた。
「それにしても、よく見りゃはっきり乳首がおっ勃ってるじゃねえか。それに、隠してるつもりでも、その白い下着に丸く染みまでできてるぞ」
ヤンが拘束されて立たされているレイシアに近づいてきた。
思わず身体を反応させ、鎖が鳴るとともに、乳首に吊られている鈴がちりんと音を立てる。
その音で冷静になる。
反応したら負けだ──。
レイシアは気丈を装う。
「勝手に反応する身体にされたんだ。満足か」
ヤンとヴェルデンに挑むように睨む。
一方で、尿意はいよいよレイシアを追い詰めてきた。必死に力を入れているが、小刻みな内腿の震えが止められなくなってきていた。
とにかく、股間に力を込める。
「ほう、もしかして、例の魔核か?」
ヴェルデンが視線をレイシアの左右に分かれている女兵のうち、アルジェに向けた。
「感覚は三倍に。四肢の出力は落としてあります。これが魔核の制御具です」
アルジェがさっきの操作具を取り出して、ヴェルデンに渡す。
「感度三倍か……。それで震えているのか?」
操作具を受け取ったヴェルデンがレイシアに視線を向けて微笑む。
レイシアは思わずびくりと身体を反応させてしまった。
慌てて自重する。
拘束具がわずかに軋む。
「喉が乾いたというので、水を飲ませたんですけどね。勝手に飲み過ぎたみたいです。止めたんですけどね」
アルジェが肩を竦めた。
「なっ」
レイシアはその物言いに絶句した。
「へえ、お前、小便がしたいのかい?」
ヤンがいきなりすっとレイシアの内腿に手を這わせてきた。
「んくっ……」
触れた瞬間、身体がびくりと跳ねた。
歯を食いしばったまま、わずかに声が漏れる。
力を入れるより先に反応が走る。
膝がわずかに揺れ、鈴の音とともに拘束具が鳴った。
「や、やめないか、この下衆め──」
レイシアは身体を硬くして、ヤンを睨む。
「おお、こわっ……。閣下、見てくださいよ。こんな男勝りの騎士さまですから、小便もさぞや逞しくしてくれるんじゃないですかねえ? どうです、余興代わりにこのまま立小便でもさせてみましょうか?」
横のヤンがヴェルデンの顔色を伺うように笑う。
「な、なにを馬鹿げたことを言う──」
レイシアは眼を見開いた。
「ふふふ、余興ではないわ。矯正だ……。我々はテレオロス貴族の性根を直してやるのだ。教育の一貫よ」
ヴェルデンが笑う。
「だったら、教育してやりましょう」
ヤンがにやりと笑う。
「教育か?」
ソファに腰をおろしているヴェルデンはわずかに首を傾げた。
「そうです──。こいつに下着を脱がせてくれと閣下に頼ませます。それから小便だ。男勝りの女騎士が、自分から立小便を見てほしいと言うように仕込んでみせますよ」
「それはそうだが、まだ一日目だ。この女が自分から言うとは思えんな」
ヴェルデンがグラスを傾ける。
「だからこそですよ。言えないことを言わせるから面白いんですよ」
ヤンが肩をすくめる。
「ほう。では、お手並み拝見といこう。うまくできれば元帥に市民権を推挙してやる」
ヴェルデンがわずかに口元を緩めた。
「ありがとうございます、閣下」
ヤンが頭を下げる。
そのまま、レイシアへ振り返る。
「聞いたとおりだ。ほら、言ってみろ。下着を脱がせてくれと頼め。それから小便だ。自分から見てほしいと口にするんだ」
レイシアは睨み返す。
「……お前のような下衆を、一時でも仲間だと思った自分の目が腐っていたようだな」
「ああ、そう言うなよ。仲間だったからこそ、酒を飲んでいろんな話をしたじゃねえか。確か、妹がいるんだったよな。縁を切ったことにして隠しているつもりらしいが──」
ヤンがにやりと笑った。
その言葉に含まれている意味を、レイシアは理解する。
胸の奥が強く締め付けられた。
思考が止まる。
「妹だと──。なぜ、ここであいつのことが出てくる──」
呼吸が乱れかける。
視界の奥で、ヤンの顔がわずかに歪んで見えた。
いや、否定しようとしたのだ。しかし、咄嗟に出たのは抗議の言葉だった。これでは、妹のリネアの存在を認めたと同じだ──。
レイシアは内心で舌打ちする。
「いや、違う。妹などいない──。いたが、死んだ──。そう話したはずだ」
慌てて言った。
確かに、ヤンとは王都の隠れ処で酒を交わしたときに、妹の存在を口にしたような気がする。しかし、素性に繋がるような情報を口にはしてないはずだ。
セリア妃付きの護衛長になったときから、唯一の肉親であるリネアがレイシアに対する脅迫の材料になることの懸念はしていた。だから、リネアの存在は隠していた。
連絡はとっていたが、会うのも十分に注意していた。
「残念ながら、お前さんのような腕っ節はねえけど、ずる賢い策を巡らしたり、情報取りは得意分野でな、ちゃんと調べてある。名前はリネア──。まだ十五歳の別嬪だ。薬師見習いで、騎士学校に通っている恋人の小僧がいるらしいな」
ヤンがくすくすと笑う。
「ふ、ふざけるな──。リネアに手を出すな──。関係ないだろ──。そんなことをしたら、貴様を絶対に殺してやる──」
レイシアは我を忘れて金切り声を上げて怒鳴った。
リネア──。
絶対に手を出させるわけにはいかないのだ。
「ほう、レイシアには妹がいるのか、知らなかったな」
ヴェルデンが言った。
「へえ、いるんです。誘拐してここに連れてくるのは大した手間じゃありませんよ。それに、レイシアの妹だけあって、大変な美少女ですし」
「やめてくれ──。頼む──。リネアには手を出さないでくれ」
レイシアは必死に叫んだ。
「だったら、下着を脱がせてと頼むのと、立小便を披露するくらいなんでもないだろ? ほら、言え。すぐにな」
ヤンが得意気にレイシアの顔を覗き込んできた。