サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「残念だったね。時間切れだ。罰決定だよ」
カイネウスはそう告げると、最後まで落ち切った砂時計に指を添えた。
セリアとレイシアは、まだ互いに寄り添ったままだった。
二人とも肩で大きく息をしている。顔は火照り、髪は汗で頬や首筋に張りついていた。そして、ふたりの股間からはおびただしい愛液が流れ、押しつけ合った相手の膝が蜜でべっとりと汚れている。
これだけの欲情をむさぼりながら、どうして絶頂できなかったのか、ふたりには、わけがわからないに違いない。
なにしろ、このサロンで媚薬漬けにされ、魔核によって性感まで高められ、刺激を受ければ、呆気なく絶頂するのが当然のようになっているふたりだ。
身体の動きを制限されていたとはいえ、まさか、絶頂に至ることができなかったというのは、信じられないことなのかもしれない。
「ああ……どうして……」
セリアが呆然と呟いた。
よほど納得がいかないらしい。
それはそうだろう、とカイネウスも思う。
二人とも、あとほんのわずかだと思っていたはずだ。
だが、そのほんのわずかを越えることだけは、最初からできない仕掛けになっていたのだ。
カイネウスは、テーブルの陰に置いていた魔道操作具へ何気なく手を伸ばした。
バルザックには種明かしをしたが、セリアたちには教えるつもりはない。
二人の魔核に施していた一時的な絶頂封印を解除する。
これで元通りだ。
「ああ、カイン……」
セリアがなにかを縋るようにこちらを見る。
お互いの身体で激しく肉欲をむさぼりながら、絶頂できずに終わったのだ。その焦燥感と強い肉体の疼きで、愛欲が狂ったようになっているのかもしれない。
どんなに貞節な王族のセリアであっても、サロンで変えられた肉欲からは逃れられない。もう、セリアはカイネウスを求めている。
しかし、それを口には出せず、セリアはカイネウスに潤む視線を向けるだけだ。
その表情がおかしくて、カイネウスは思わず笑みを深くした。
「そんな顔をしても駄目だよ。約束は約束だからね」
「ですが……本当に、あと少しだったのです……」
「そうみたいだね。でも、その少しが達成できなかった。手も口も使わずに、いい気持ちになるのは難しかったかい?」
わざと訊ねる。
本当は、魔核で絶頂を封じていただけなのだが、敢えて、そう言うことで、自分たちが不甲斐ないから失敗したのだと思わせるのだ。
それで、セリアは罰を受け入れなければならないのだという暗示に襲われるだろう。
「いや、わたしのせいだ。セリア様への罰は許してやってほしい。すべて、わたしが受けるから」
セリアとともに床に腰を落としたままのレイシアが顔をあげて、カイネウスに訴えてきた。
レイシアは息を整えながら、悔しそうにしている。
それでも、自分の失敗よりセリアに罰が与えられることの方が気になるのだろう。ちらちらとセリアを見ていた。
本当に、この二人はわかりやすい。
だからこそ、からかい甲斐がある。
「もちろん、その申し出は却下だよ。さっき告げたとおりに、レイシアへの罰は、イレーヌ殿が準備しているはずだ。もっとも、かなり大がかりで、おそらく準備ができるのは明日だと思う」
カイネウスは椅子を引いて立ちあがった。
イレーヌが考えているのは、レイシアと因縁のある二十人の共和国の軍人を集めて、レイシアを輪姦させることらしい。このサロンの男兵を使えばもっと簡単なのだが、イレーヌは、レイシアと因縁のある二十人をわざわざ選び出しているため、準備に時間が掛かっているのだ。
「いや、もちろん、それも受ける。しかし、さっき、痒み責めで気絶するまで放置と口にしていたではないか──。それも、わたしが受ける」
レイシアが悲壮な表情で言う。
しかし、カイネウスは二人に歩み寄りながら首を横に振る。
「……無理だね。君にセリーの代わりはできない……。そうだね。セリー?」
カイネウスはわざと、セリアを愛称で呼んだ。
セリアがはっとしたように顔をあげる。
「は、はい……。わたしに罰を……」
セリアが熱に浮かされたような眼でカイネウスを見上げてきた。
これから罰を受けるというのに、その表情にはどこかうっとりとした陶酔が浮かんでいるようであり、カイネウスは満足して微笑んだ。
「アルジェ、セリアの鎖を首環から、後手の縄に繋ぎ直してくれるかい。このまま吊って、僕の個室まで運搬したいんだ。セリアへの懲罰は、そこで行う」
カイネウスがアルジェに指示した。
アルジェが頷き、部下に指示して鎖をセリアの首環から外し、後手縛りの縄に繋ぎ直す。
準備が終わったところで、カイネウスが鎖と滑車の操作具をアルジェから受け取って触れる。鎖が短く巻き上がり、セリアの身体が引き起こされた。
「あっ……」
後ろ手にまとめられた両腕が上へ引かれ、セリアが戸惑ったようにカイネウスを見た。
鎖はさらに引きあがり、やがて、セリアの足先が床から離れて、セリアが完全に宙吊り状態になる。
「アルジェ、二号掻痒剤をくれるかい。原液のままでいい。ここで塗ってから運ぶよ」
カイネウスが指示した。
すぐにアルジェたちが動き出す。
「カイネウス、待て。やはり、セリア様の罰は──」
レイシアはまだ床に腰を落としたままであり、セリアを心配そうに見あげるかたちだ。
カイネウスは首を横に振る。
「駄目だよ、レイシア。君にセリーの代わりはできないと言っただろう」
カイネウスはレイシアの訴えを遮った。
アルジェたちが台車を押して戻ってくる。
カイネウスは、台車の上にある大きな壷に無造作に両手を突っ込んだ。どろりとした薄茶色の油剤の媚薬をたっぷりと両手に付着する。
宙吊り状態のセリアの後ろに回ると、汗を浮かべて形よく上を向いているセリアの乳房に塗り始める。
「うう……」
セリアがぶるりと全身を震わせた。
「……セリー知っているかい? このサロンで君が何度も味わっている掻痒剤だけど、何種類かあるんだ。開発中のものもある。この二号は普通は原液では使わないんだけど、今日は原液で行くよ。なにしろ、セリーには気絶するまで我慢してもらわないといけないからね」
カイネウスは、セリアの乳房を撫で回し、軽く押しあげるようにして、何度も油剤を塗り重ねていく。特に乳首には、念入りに重ね塗りをした。
実際のところ、痒みだけで人間を気絶させるのは、かなり難しい。
痛みならば、あまりに強烈な刺激によって身体の働きが乱れ、そのまま意識を失うこともある。だが、痒みは違う。どれほど耐え難くとも、刺激が強くなれば、そのまま気を失えるという性質のものではない。
それでいて、ときとして痛み以上の苦悶をもたらす。
痛みならば、死ぬまで耐え抜く者もいるだろう。だが、痒みを死ぬまで耐え抜ける者などいるのだろうか。おそらく、身体が死ぬより先に心が耐えられなくなる。
もっとも、このサロンでは、魔核がそれすら許してくれない。
ならばセリアを気絶させるには、意識が耐えきれなくなるほどの痒みを与え続けるしかない。
なかなか難しい罰だ。
だからこそ、セリアのためにも、少しでも早く意識を失えるように、責めの強度を上げる必要があるのだ。
カイネウスはそんなことを考えながら、両手をもう一度油剤に浸した。
「今日のは、これまでで一番辛いと思うよ。君がのたうち回るのが楽しみだ」
カイネウスは微笑む。
クリトリス、膣の入口から奥へ──。亀裂からお尻に向かう肉の部分。そして、アナルにまで指を滑り込ませていく。乳首と同じように何度も重ね塗りした。
指が動くたびに、セリアは激しく宙吊りの身体を揺らして悶え狂った。
「さあ、これでいい。運搬が終わった頃には、耐えがたい苦しみが始まるはずだ」
カイネウスは女兵のひとりから布を受け取ると、手を拭く。
すでに、セリアは歯を喰いしばり、なにかを耐えるように小刻みな痙攣を始めていた。
「な、ならば、せめて、セリア様と同じように、わたしを責めてくれ。お願いだ。頼む」
レイシアが必死の口調で訴えてきた。
カイネウスは、アルジェに顔を向けた。
「レイシアは居室へ戻しておいてくれるかい。イレーヌ殿の準備が整うのは明日以降だろう。レイシアの罰は、それまで保留だ。僕については、セリアとふたりきりになる。今日は女兵たちも、もういいよ」
この矯正室は、セリアの収容室に連接する場所だった。
本来のレイシアの居室と矯正室はこの隣にある。
「了解です。じゃあ、今日は、あたしたちでこいつと遊んでもいいですか?」
アルジェが床に座ったままのレイシアを見下ろして、にやりと笑う。
「好きにしていいよ。ただし、明日に差し支えない程度にね」
「ちょ、ちょっと待て──。なにを勝手に……」
「決まりだね。ほら、立ちな、レイシア」
抗議するレイシアを無視して、アルジェが部下たちに合図した。レイシアを女兵たちが囲む。
カイネウスはそのやり取りから視線を外し、鎖に吊られたセリアへ目を戻した。操作具で天井の滑車を動かす。かたんと音が鳴り、セリアを吊っている滑車の固定が解除され、廊下に続くレール側に移動した。
セリアを吊った鎖が、かすかな金属音を立てた。
「おいおい。もしかして、わしも締め出しか。その王太子妃が狂う様子を見物したいのじゃがな」
背後から、バルザックが不満そうに声を掛けてきた。
カイネウスは振り返って、苦笑する。
「申し訳ありませんが、このあとは、ふたりきりにさせてください。それよりも、閣下のご命令で特別囚に落としたオクタヴィアを、いまカリンが矯正中ですよ。今日か明日にでも、次の段階へ移行する予定だと聞いています。そちらをご覧になってはいかがです?」
カイネウスは、そう言ってバルザックの興味を別の方へ向けた。
主任矯正官としてサロンへ赴任してきたオクタヴィアだが、実のところ、当初からどこかの段階で特別囚へ落とす計画になっていた。
昔からの知り合いであるバルザックの姪のカリンがそれを望んでいたという事情もある。それに加えて、主任矯正官だった女が、今度は自分が矯正される側へ転落するところを見てみたいというバルザックの要望もあった。
そして、そのオクタヴィアを特別囚へ落としてから、今日で三日目になる。
現在はカリンが中心となって矯正を進めているが、なかなか面白いことを考えているようだった。
「ああ、あの可哀想なオクタヴィアか。そういえば、わしが女囚に落としたのであったな。なるほど。それを見届けるのも、わしの義務というものか……」
バルザックが大仰に肩を竦めた。
カイネウスは頷く。
「フローラ、ミレーヌ。閣下をご案内してくれるかい。オクタヴィアは、あてがっている部屋にいる。ここから三部屋隣だ。正面からではなく、通用口からご案内するんだ」
バルザックに付き従ってきたふたりへ指示する。
「はい」
「ひゃいっ」
フローラとミレーヌは、はっとしたように姿勢を正した。
ふたりとも、つい先ほどまでバルザックの酔狂に付き合わされていたのだ。ミレーヌが絶頂した際に噴き出す母乳をブランディへ垂らすという遊びを命じられ、ようやく成功したばかりである。
そのため、いまだ疲れ切った様子で肩を上下させていた。
「なるほど。では、案内してもらうかのう」
バルザックが椅子から立ちあがった。
だが、そのまま歩き出そうとはせず、テーブルの上に置かれていた二つの魔道操作具を両手にひとつずつ取った。
それぞれに指を沿わせる。
「ひいいっ」
「んぐうっ」
フローラとミレーヌが同時に声をあげた。
ふたりとも身体を強張らせ、その場に膝を崩しかける。
カイネウスは苦笑した。
実のところ、バルザックにあてがっている五人の侍女を弄ぶために、カイネウスはいくつもの責め具を渡していた。
ふたりの反応を見るかぎり、今日は侍女服を着せてもらっているものの、その下にはなにかの淫具を仕掛けられているのだろう。
しかし、バルザックがそのうちのどれを使っているのかまでは、カイネウスも知らない。
ただ、いまの操作で、それを作動させたのだと思う。
「それそれ。さっさと案内せんか」
バルザックが愉快そうに急かした。
「は、はい……閣下……」
フローラとミレーヌは真っ赤になった顔を見合わせると、腰を引くような不自然な格好で歩き出した。淫具は作動されっぱなしなのだろう。
二人とも互いに縋るように、支え合って部屋を出ていった。
その後ろを、バルザックが満足そうについていく。
三人の姿が矯正室から消えた。
その間に、レイシアもアルジェたち女兵に囲まれ、隣の居室へと連行されていった。
先ほどまで騒がしかった室内が、急に静かになった。
残されたのは、カイネウスとセリアだけだった。
「じゃあ、僕たちも移動しようね、セリー」
カイネウスは操作具に指を触れた。
「あっ……」
小さな声を漏らしたセリアの頭上で、滑車が動き始める。
かたん、かたん、と規則正しい音を響かせながら、滑車が天井のレールを伝って廊下へ向かう。
それに吊られたセリアの身体も、ゆっくりと運ばれ始めた。
カイネウスは、そのあとを追って歩き出した。
「あっ、ああ……」
しかし、滑車に吊られて運ばれていくセリアの白い尻が強く揺れ始めるとともに、彼女が苦悶の声を出し始める。
いよいよ、セリアの苦悶が始まったようだ。