サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
痒い──。
セリアは、ぎゅっと眼を閉じた。
汗と涙が眼の中に次々に入ってきて、わずかに痛みが走る。だが、そんなことはほとんど気にならない。
股間と乳首を蝕んでいくような、怖ろしいほどの掻痒感だった。このサロンに監禁されてから、幾度も痒み責めは受けたが、慣れるということはない。
肩がびくりと跳ねた。続いて背筋が強張り、両脚が細かく震え始める。
じっとしていようと思っても、身体が勝手に動いてしまうのだ。
奥歯を噛み締めた。顎が震え、歯と歯が小さく鳴った。
息を吸おうとすると、喉の奥がひくつく。浅く、短い呼吸を繰り返すうちに、胸が苦しくなってくる。
額から汗が流れ落ち続ける。
首筋も、背中も、汗でじっとりと濡れている。それが肌を伝うたびに、また別の痒みが走った。
「ああっ……もう……いやああっ」
セリアは身体を捩った。
背中を反らせ、肩を左右に振る。膝を曲げ、床に触れていない足先を何度も伸ばした。
それでも、痒みは少しも弱まらない。
むしろ、身体を動かすほど神経が過敏になっていくようだった。
ふいに、全身の筋肉が一斉に強張った。
「ひいいっ」
息が詰まった。
数瞬して力が抜けると、今度は膝ががくがくと震え始めた。
カイネウスに犯してもらえれば──。
その考えが頭から離れなかった。
セリアは、もう一度、奥の扉を見た。
「カイン……早く……」
声が震えた。
返事はなかった。
その間にも、痒みは容赦なく続いていた。
すると、カイネウスが大きな壺を載せた台車とともに、得体の知れないものを引きずりながら戻ってきた。
運び込まれたのは、奇妙な形をした木製の器具だった。
細長い木の台が、四本の脚で支えられている。その下には小さな車輪が取り付けられているらしく、床を移動しながらごろごろと鈍い音を立てている。
セリアは、思わず眼を凝らした。
馬の背中ほどの高さがあるだろうか。だが、なにより奇妙なのは、その上部だった。
上部がかなりの鋭角になっている。
つまりは、二枚の厚い板を山形に組み合わせたような形であり、頂上には細長い角が一直線に伸びているという形状だ。両端には木製の支柱が突き出し、そこには金具まで取り付けられていた。
なにかの作業に使う道具なのだろうか。
セリアには、まるで見当がつかなかった。
「……カイン、それは……なに?」
セリアは、震える声で訊ねた。
「三角木馬というんだよ、セリー。君のために、少しばかり手を加えた特製品さ。どうだい、なかなか立派なものだろう?」
カイネウスは、台車に載せてきた壺の蓋を開いた。
「……それよりも、薬を追加しておこうか、セリー」
「……えっ?」
セリアは眼を見開いた。
「いや……カイン……もう十分よ……」
「十分かどうかは、僕が決めることだよ。セリーはただ受け入れさせられるだけだ」
カイネウスは、いつもの穏やかな口調で答えた。
そしてまたもや、壺に両手を突っ込み、たっぷりと油剤をつける。
「あああっ──いやああっ──」
セリアは悲鳴をあげた。
肩が大きく跳ね、背筋が強張った。両脚が細かく震え、奥歯を噛み締めても顎の震えが止まらない。
もう耐えられない。
何度もそう思っていた。それなのに、苦痛が終わるどころか、さらに続くのだと知らされてしまった。
「お願い……もう……やめてええっ──」
涙が溢れた。
息を整えようとしても、喉がひくつき、短い呼吸を繰り返すばかりだった。
しかし、カイネウスは容赦なく、股間に掻痒の油剤を塗り足していく。特に、クリトリス、股間の奥、アナルについては、幾度も重ね塗りをされて、そのたびに悶え狂ってしまった。
「これでいい。次は木馬だね」
あまりにも平然とした声だった。
セリアは涙に濡れた眼で、奇妙な木製器具を見つめた。
まだ終わらない。
それどころか、これから新しい責めが始まるのだ。
「カイン……お願い……」
もはや、なにをお願いしているのか、自分でもわからなかった。
カイネウスがテーブルから操作具を手に取ると、セリアの身体がさらに宙に持ちあげられた。そして、カイネウスが三角木馬と呼んだものが脚のあいだに差し入れられる。
すぐに、再び鎖がおろされていく。
「あっ」
セリアは思わず声をあげた。
脚のあいだに三角木馬の尖った頂点が迫ったことで、やっとカイネウスの意図を理解したのだ。
そのまま、太腿の付け根が尖った三角木馬の背におろされた。
「ちょっと、そんな、カイン──」
セリアは慌てて身体を持ちあげようともがく。
しかし、三角木馬の高さはかなりあり、セリアが脚を伸ばしても、床に足先が届かない。股間が鋭角の木馬の背に喰い込んでいく。
「あ、ああっ、おろして……。おろして、カイン……」
堪らず、セリアは声を放った。
「残念ながら、その望みも叶わないかな。今日は、とことん、僕と付き合ってもらおう。じっくりと愉しもうね」
カイネウスが木馬の下から取り出したものを見て、セリアは眼を見張った。
黒い鉄球だ。
セリアの頭ほどもある大きさで、鉄球には短い鎖が繋がれ、その先には金属製の足枷が取り付けられている。鉄球はふたつあり、木馬の左右に置かれた。
「……カイン、それは……?」
「見ればわかるだろう。重りだよ」
カイネウスは平然と答えた。
そして、セリアの片方の足首に足枷を嵌めた。
かちり、と金具の閉じる音が響いた。
「んぐううっ」
鉄球の重みで脚が引っ張られて、股間に鋭角の木馬の背が喰い込む。
「うん。これでいいね」
そう言うと、カイネウスが木馬の反対側へ回った。
カイネウスは、もう一方の足首にも金属の枷を取り付けた。
再び、かちりという音がした。
容赦なく股間が木馬に押し割られていく。
「くうっ」
セリアは全身をのけ反らすようにして呻き声を上げる。
しかし、その動きで激痛が股間に走る。
「あ、ああっ、こ、こんなの酷いわ、カイン……」
セリアは、木馬の背で必死に苦痛に耐えながら、カイネウスを恨めしく見る。
だが、カイネウスは素知らぬ顔だ。
「なにを言っているんだい。これはセリーへのご褒美だよ。痒みが紛れるように、わざわざ準備したんだ。もっとも、そのせいで、セリーが失神することは、さらに難しくなっただろうけどね」
カイネウスが短い鎖を持ってくると、首環の前側の金具と、木馬の前側の支柱の金具に繋いだ。次に、首環の後ろ側と木馬の後方の支柱も鎖で繋げられた。
前後に首環を鎖で引っ張られることで、セリアは大きく上半身を動かせなくなる。
これでセリアは、どんなにもがいても、木馬からおりることが不可能になった。
セリアは歯を喰いしばった。
カイネウスの言葉は間違いではない。
実際、別の苦痛が加わらなければ、耐え難い痒みによって頭がどうにかなってしまったかもしれない。
だが、それまでは、いずれ意識を失えば、この苦痛から逃れられるという望みがあった。
それなのに、今は失神することさえ許されなくなったような気がした。
しかも、身体に起きている変化は、それだけではなかった。
セリアは、自分の感覚が次第におかしくなっていくことに気づいていた。
なにが原因なのか、もはやわからない。
痒みの苦痛に耐えようとすれば、股間の痛みが意識を奪っていく。だが、その痛みは掻痒剤のもたらす怖ろしいほどの痒みによってかき消される。
どちらかに気を取られているうちに──いや、どちらにも気を取られることを許されずに、今度は全身が熱病にかかったように火照り始める。
これまでの痒み責めなど、生ぬるいものだった。
カイネウスが原液だと称した油剤は、それほどまでに強烈だったのだ。
そして、生まれて初めての三角木馬は、その掻痒の苦悶を、激痛とともに心を蝕む快感に変えようとしていた。
「うくっ、ああ、カイン──」
セリアは思わず身体を捩った。
しかし、首環に繋がれた前後の鎖が上半身の動きを制限している。両足首にも重い鉄球が取り付けられており、思うように姿勢を変えることさえできない。
どうすればいいのかわからなかった。
じっとしていることもできない。かといって、身体を動かしたところで、なにかが楽になるわけでもない。
それでも、セリアは必死にもがいた。
自分がなにを求めているのかさえ、わからなくなっていた。
苦痛なのに、その苦痛から逃れようとすることすらできない。
いや、逃れたくない。
掻痒剤の痒みにしろ、三角木馬の激痛にしろ、もはやなくなっては困るものだった。どちらでも失われれば、本当にセリアはおかしくなってしまう。
そう思った。
だが、このままでいては、もっと大変なことになる──。
それもわかる。
肉体だけではなく、心までなにか得体の知れないものに蝕まれていくようだった。
もうどうしていいかわからない。
「ああ、もうだめよ、カイン……。助けて……。ああ、助けて、カイン──」
セリアは思わず口走った。
「……助けてか……。セリーを苦しめているのは、僕だよ。その僕に助けを求めてるの?」
カイネウスがくすくすと笑いながら近づいてきた。
「ああ、わかっている……。わかっているの……。助けを求める資格なんて……ないことなんて……。でも、助けて──。いまは助けて──」
セリアは絶叫した。
もう耐えられない。
とりわけ、三角木馬の尖端が喰い込む股間はともかく、なにも刺激を受けていない乳房は、ただれるような疼きが襲っており、乳首はこのサロンでさえも経験がないほどに、硬く反り返っている。
「いや、セリーには僕に助けを求める資格はあるさ。それを叶えるかどうかは、わからないけどね」
カイネウスが小さく笑いながら、三角木馬の側面にあった窪みに足をかけて乗った。そして、手を伸ばして無造作にセリアの乳房を握り絞めてきた。
「はああっ」
セリアは、泣き叫ぶようなはしたない声を部屋中に響かせていた。
それほどに峻烈な快感だった。
「激しい乱れようだね……。そんなに気持ちがいいの? こんなのは愛撫じゃないよ。ただ揉んでいるだけだ」
三角木馬の側面に乗っているカイネウスがセリアの胸に両手を回して、揉みあげながら笑った。
確かにその通りだと思った。
カイネウスに抱かれたのは、もう数限りない。
嗜虐的に責め苦を与えるわりには、愛するときにはカイネウスはとても優しい愛撫をする。
しかし、いまは、木馬の窪みに片側の足だけをかけて側面にあがるという中途半端な体勢のためか、ただ力を込めるだけの玩弄にちかかった。
でも、いまはその力強さがよかった。
乱暴に揉みあげられる愉悦のうねりが、狂おしいほどに性感を燃え狂わせていく。
「あっ、ああっ、も、もっと、乱暴にして──。なにをしてもいいの──。セリアをもっと痛めつけて──」
自分でもなにを言っているのかわからない。
しかし、異様な掻痒感に加えて、さらに深い官能の炎が股間全体を襲ってきていた。
胸を激しく揉まれる気持ちよさが、いやでも股間を狂わせてくる。
「乱暴にされるのがよくなったのかい? だから、そんな風に自分で股間を動かして、痛みを増やしているの?」
カイネウスが胸を刺激しながら笑った。
なにを言っているのかわからなかったが、セリアは自分が木馬を二本の太腿で強く挟みながら、自分で腰を揺らしていたことに気がついた。
そんなことをすれば、激痛が加わるだけのはずだ。
確かに、気が遠くなるような苦痛が三角木馬から襲ってくる。しかし、同時に快感でもあった。
もうわけがわからない。
「さあ、苦しいのはこれからだよ。休憩は終わりだ」
カイネウスが三角木馬から下りると、そちら側の鉄球を足首から外してしまった。さらに反対側に回って、もう片側も外す。
さらに、木馬と首環の鎖も外される。
後手縛りの縄を吊っている鎖がわずかに引きあげられて、呆気なく股間の木馬が外されてしまった。
再び、セリアは部屋の真ん中で宙吊りになった。
「うああっ、ああ、お、お願い、カイン──」
セリアは全身を暴れさせた。
カイネウスに揉まれた乳房は言うまでもないが、三角木馬の激痛を受けていた股間は、それがなくなることによって、信じられないくらいの掻痒感を生み出してしまったのだ。
とてもじゃないが、正気を保てるような痒みのレベルではない。
「あああっ、痒いいいっ──」
視界が揺れる。
もう気が狂いそうだった。
「ああ、痒いだろうねえ」
しかし、カイネウスは横で優しげな表情で微笑むだけだ。
その顔には、セリアに対する心からの愛情さえ満ちているようにも見える。でも、セリアはこれほどに苦悶しているのに、カイネウスは横で見守るように立っているだけだ。
「ああ、触って、カイン──。さっきのように……乱暴に……。ああ、お願いよ──」
耐えきれない。
セリアは必死に哀願する。
「いや、今日はとことん、セリーを愛することに決めてるんだ。だからこそ、簡単には愛してはあげられない。もっと苦しんだあとでなければね。僕の愛は、セリーの苦痛の向こうにある」
カイネウスがまだ横にあった台車からなにかを取り出した。
一本の乗馬鞭だった──。
「ああ、カイン──」
セリアは朦朧としてきた意識のまま眼を見開いて、それを思わず凝視してしまう。
「鞭だ──。鞭打ちを受けたら、そのあとに愛撫をあげよう。さあ、どうする、セリー? ただし、回数は教えない。百発かもしれないし、一発だけかもしれない。欲しい愛撫をあげるのはその後だ」
カイネウスが乗馬鞭の先で、セリアの顎を持ちあげるようにしながら、そう言った。