サロン・セルパンタンの五百日の調教記録──亡国の花と蛇の館 作:ドン・ドナシアン
「鞭だ──。鞭打ちを受けたら、そのあとに愛撫をあげよう。さあ、どうする、セリー? ただし、回数は教えない。百発かもしれないし、一発だけかもしれない。欲しい愛撫をあげるのはその後だ」
カイネウスが乗馬鞭の先で、セリアの顎を持ちあげるようにしながら言った。
「そ、そんなっ」
セリアは反射的に答えていた。
これまで、このサロンではありとあらゆる責め苦を受けてきたと思う。暴力に近いこともあった。
魔道具で鼻輪をされて、サロンを引きずり回されたこともある。それどころかクリトリスに穴をあけられて引き回されたこともあった。
鼻の穴に、辛子汁を流し込まれさえした。
しかし、家畜のように鞭打たれた経験だけはなかった。
「そうか。なら、そのままでいるしかないね」
カイネウスが乗馬鞭を引っ込めた。
セリアは奥歯を噛みしめた。
もう掻痒感は限界だった。
このまま放置されれば、本当におかしくなってしまう。いや、首の後ろに埋められている魔核により、発狂することで苦悶から逃避することもできないのだ。
「鞭を──鞭を打って、カイン」
セリアは意を決して声をあげた。
「鞭が欲しいのかい、セリー? 君は鞭を打たれるのが好きなんだね?」
「い、いえ……そんなこと……。う、ううん……。好き──。好きです。だから……」
少なくとも、カイネウスの言う通りに、鞭で打たれているあいだは、掻痒感を忘れるはずだ。
「わかった。じゃあ、どこを打ってほしい? 君の望みを口にしてごらん」
カイネウスが再び乗馬鞭を前に出して、セリアに見せるようにする。
セリアはごくりと唾を呑み込んだ。
鞭で裸身を打たれる──。
耐えられるのかどうかわからなかった。
「セリーが望む場所を思い切り打ってあげよう……。心配ない、傷は残さない。サロンには十分な治療薬が揃っている。僕たちのように傷が固定してしまったら手遅れだけど、君の肌には傷ひとつ残さないよ。全部治療してあげる」
カイネウスが自分の顔に触れながら微笑んだ。
はっとなる。
セリアの眼が、カイネウスの顔に釘付けになった。
顔を斜めに走る、古い傷痕。
それがどのようにして刻まれたものなのか、セリアは知っていた。
まだ少女だった頃、カイネウスに恋をした。その恋を許さなかった父が刺客を差し向けたのだ。
刺客はカイネウスを処断したと報告したという。
そのことを後になって知ったセリアも、彼が死んだのだと信じた。
自分が恋をしたために、彼は殺された。
その罪を背負って、一生生きていこうと決めた。
だが、カイネウスは生きていた。
こうして、いま目の前にいる。
それでも、彼が生きていたからといって、あの日の罪が消えるわけではなかった。
「い、いえ……傷なら、残してもいいの。わ、わたしには、その罪がある……」
セリアは震える声で言った。
カイネウスがわずかに眉をあげた。
「……セリーの罪悪感を刺激するつもりで言ったんじゃないけどね……。このサロンには治療薬がある。だから、傷の心配はいらないと教えたかっただけなんだ」
カイネウスは苦笑するような表情を浮かべた。
「でも、カイン……わたしは……」
「君は罪人じゃないさ」
カイネウスが静かに遮った。
「……罪人だとすれば、僕の方だ。僕は君を理不尽に監禁して、自由を奪っている。君がどれほど苦しんでいるかも知っている。それでも、君を手放すつもりはない。残念だけど、それが僕の愛し方なんだ」
「ああ、カイン──」
セリアは胸がいっぱいになった。
あまりにも身勝手で、あまりにも残酷な告白だった。
それでも、カイネウスが自分を愛していると言った。その言葉だけで、胸の奥に長いあいだ閉じ込めていたものが、堰を切ったように溢れ出してくる。
「わたしも……愛しているわ、カイン。あのときから、ずっと……」
自分でも、なぜいまそんなことを口にしているのかわからなかった。
彼を恐れている。それなのに、少女だった頃の恋心が、少しも消えていなかったことに気づいてしまった。
その激情に、セリア自身が当惑していた。
「……いや、セリーは僕を愛さなくていい」
カイネウスが首を横に振った。
「……憎んでいいんだ。僕には憎まれるだけの理由がある。君に許してもらおうとも思っていない」
そこで、カイネウスは言葉を切った。
その眼が、まっすぐにセリアを見つめている。
「カイン……」
セリアは顔にしたたる脂汗を感じながら、カイネウスに視線を返す。
一方で、両手を天井に吊り上げられているセリアの裸身は、左右にくねり続けていた。凄まじい掻痒感がほんの一瞬も、セリアがじっとすることを許さない。
「でも、僕はセリーを離さない……。一生ね。言っておくよ。僕は君を逃さないためなら、国だって滅ぼしてみせる……。これまでも。これからも……」
カイネウスは淡々と言った。
「ああ、カイン……」
セリアは、思わず言った。
「……ああ、ちょっと余計なお喋りだったね……。さあ、さっきの続きだ。どこを打ってほしい? 君の望みを口にしてごらん?」
カイネウスが鞭の先で、汗のしずくが落ち続ける片側の乳首を軽く下から押しあげるように動かした。
「ああ、き、気持ちいい──」
ほんのちょっとの刺激だ。
しかし、驚くほどに硬く充血している乳首が擦れて、凄まじい程の喜悦が迸った。
「胸を──胸を打って、カイン──」
セリアは叫ぶように訴えていた。
「……いいだろう」
カイネウスが乗馬鞭をしならせて、まだそばにあった木馬の側面を打った。
大きな音がして、それだけで、セリアは全身を竦ませてしまう。
乳房を打ってくれなど、なんと馬鹿なことを口にしたのであろう……。
後悔が身体に走る。
しかし、それ以上、考えることができなかった。
空を切る音に続いて、乳房に鞭が炸裂したのだ。
カイネウスが横一線に鞭を切り、張り出している乳房がぶるぶると踊る。
「きゃうん──」
悲鳴が喉から迸った。
想像を絶する激痛だ。
しかし、同時に、乳首を中心に拡散されていく掻痒感の癒える快感は、身体が溶けていくようでもあった。
だから、悲鳴を放ちながらも、セリアは鞭に向かって胸を前に突き出すように動いてしまった。
そこに鞭が襲う──。
びしっ──びしりっ──。
連続で肉が叩かれ、乳房が揺れ続ける。
「気持ちがいいんだね、セリー?」
カイネウスが乗馬鞭を左右交互に振りながら言う。
「は、はいっ、き、気持ちいいわ、カイン──。も、もっと──もっと打って──」
セリアは汗に光る胸を喘がせながら叫んだ。
いつの間にか、悲鳴は甘い声に近いものに変わっていた。
「ああ、打ってあげよう──。これが僕の愛し方だ──」
カイネウスは満面の笑みを浮かべて、さらに力を込めた鞭を胸に炸裂させる。
「ああ、ひいいっ、あ、ああっ、もっと──もっと強く──。あああっ」
容赦のない鞭が乳房を抉るように叩いてくる。
セリアは、しばらくのあいだ、恍惚とさえする鞭の嵐に酔い続けた。
やっと、カイネウスが鞭をおろす。
甘い疼きと痺れの余韻が乳房全体に拡がる。
しかし、その余韻に浸ることが許されなかった。
「カ、カイン……お、お尻も打って──。どうかっ。い、いえ、前も──」
爛れるような痒みは乳房からは癒えた。
しかし、だからこそ、それ以上の痒みがお尻と股間を襲っている。
「ああ、いい気持ちだ……。僕はやっぱり君を手放せそうにないよ……」
カイネウスは満足そうに微笑んだ。
しかし、掻痒感が猛威を振るっている。
「……カイン、お願い……。痒いの……。痒いのよ」
セリアは訴えた。
このなにもされない時間こそ、鞭打ちの激痛を遙かに越える拷問だ。
「僕は、あのときの僕とは違う……。もう誰にも君を奪わせないし、君自身にも僕から離れることは許さない。そう決めたんだ」
しかし、カイネウスは乗馬鞭を持ったまま、セリアを眺めている。鞭を動かそうとしてくれない。
「……ね、ねえ、カイン……。わたしに鞭を……」
「……そして、セリー、君は僕を愛する必要はない。愛している素振りも不要だ。そんなことは関係ないんだ。僕がセリーを二度と逃がすことはないからね」
「ああ、逃げないわ……。もう逃げない……。愛してる。でも、鞭を……。痒くて死にそうなの……。ああっ」
もう痒みで正気を失いそうだ。
体力も限界だ。
足先のついていない状態で宙吊りにされて鞭打たれる。それがこれほどに体力を奪うとはわからなかった。
「……ふふ、いや、鞭打ちはもう終わろう。僕も我慢できなくなってきたし……」
カイネウスが乗馬鞭を投げ捨てた。
すると、頭上でからからと金具の回る音が響き、セリアの両手を吊り上げていた鎖がゆっくりと下がり始めた。
カイネウスが手にしている魔道操作具を動かしたらしい。
やがて、久しぶりに両足の裏が床についた。
しかし、セリアには自分の身体を支えるだけの力が残っていなかった。膝が折れ、上体が前へ傾いていく。
それでも鎖は下がり続けた。
「あっ……」
倒れてしまうと思ったところで、ようやく鎖の動きが止まった。
セリアは前のめりになったまま、後手縛りの縄に伸びる鎖に身体を支えられていた。
ばさり、ばさりと布の落ちる音がした。
セリアは顔をあげた。
カイネウスが、その場で服を脱ぎ捨てていた。
上着を床に落とし、続いてシャツを脱ぐ。さらに残った衣服も脱ぎ捨てると、カイネウスは全裸になった。
そそり勃っているカイネウスの男根は、その先端からすでにねっとりとした樹液があふれ出ている。
セリアは息を呑んだ。
さらに、カイネウスは自分の男根に、掻痒剤とは異なる別の油剤を塗り始めた。おそらく、セリアに塗った掻痒剤が自分の男根に影響を及ぼさないための薬剤だろう。カイネウスは、痒み責めをしたセリアを犯すときには、いつもそれを自分の股間に塗っている。
やがて、脱ぎ散らかした衣服には眼もくれず、カイネウスはセリアの背後へと回っていく。
「あうっ」
カイネウスの手がセリアの尻を左右から掴んだ。
その直後、お尻の下からカイネウスの怒張が滑り進んできて、セリアの股間の入口に押し当てられる。
それだけで、失禁したかのような大量の愛液がセリアの股間から溢れ出たのがわかった。
「あっ、カイン──ああ……」
セリアは声をあげた。
次の刹那、遠慮のない力強さで、カイネウスの男根が背後からセリアを貫いてきた。
「んああっ、あううっ」
天を仰ぐように、セリアの口から悲鳴とも嬌声ともつかない声が迸る。
掻痒の苦悶と、媚薬の熱の疼きに苛まれ、宙吊りと鞭打ちの苦悶に身悶えを繰り返していた肉体が、四肢の隅々まで歓喜に染め抜かれた。
カイネウスの男根はすでに、子宮を突きあげるようにセリアの奥にまで届いていた。
「ああっ、いくううっ」
セリアは身体を仰け反らせて、激しく身体を震わせた。
すべての苦悶が、この一撃で快感に変わり、横溢しきった欲情が爆発したかのように、セリアは快楽の頂天に達してしまったのだ。
まさに、脳天を突き破られるかのような絶頂感だった。
「……セリー、これだけは言っておくよ……。君が別の男と結婚をしたと知ったとき、僕は君を奪うことに決めた。相手を殺してね……。そして、そうした。だから、僕を恨んでいい。君にはその資格がある」
カイネウスがセリアを貫いたまま、後ろから耳元でささやいてきた。
セリアは、その言葉に応えようとして口を開く。
しかし、意味のある言葉を発することはできなかった。
カイネウスが荒々しく、後ろから律動を始めたのだ。
「あっ、ああっ、あっ、ああ──」
達したばかりのセリアの五体に、新たな愉悦が燃え拡がっていく。
掻痒感が癒えていくだけではない。
どんと痺れるほどの大きな衝撃が全身を打ち貫いてきた。
さらに、苛烈な絶頂感がセリアを再び襲う。
「ああああっ」
セリアは全身を突っ張らせながら、がくがくと身体を激しく痙攣させた。
あまりの快感に、セリアは大声を出して、身体を仰け反った。
それでも、終わらない──。
カイネウスの律動は続く。
貫かれるたびに、セリアは髪を振り乱して、大小の絶頂を連続で繰り返した。
そして、ついに、カイネウスがセリアの中に射精を放った。歓喜に達したセリアは、ひと際大きな声をあげて、総身をのた打たせた。
カイネウスが男根を抜く。
セリアは完全に脱力して、鎖に身体を委ねて膝を崩してしまった。
すると、再びからからと鎖が引きあがって、倒していた上体が天井に向かって引きあげられていく。
「……はあ、はあ、はあ……。カ、カイン?」
セリアは朦朧となっていた視線をあげた。
そして、愕然とした。
全裸のままのカイネウスが、横の台車を引き寄せて、掻痒剤の入っている壺に両手を入れて浸していたのだ。
「さっきは、たくさん達していたね。まだすごく濡れているよ」
油剤で濡れ光る両手をセリアの顔の前に翳すと、カイネウスは、新たな掻痒剤を再びセリアの股間に塗り始めた。
また原液のままだろう──。
セリアは驚愕した。
「ど、どうして、カイン──?」
「当然だろう。今日のセリーの課題は、痒み責めで失神することと告げたはずだよ。失神どころか、僕が犯しちゃったから、掻痒剤も薄れたしね。塗り足しておこう。また我慢できなくなったら、選べばいい。僕に犯されるのか、失神するまで痒みに苦しみ続けるのかを」
カイネウスがくすくすと笑った。
信じられなかった。
また、あの苦悶が繰り返されるのか……。
「そ、そんな、カイン……」
セリアはそれだけしか言えなかった。
たっぷりと掻痒剤を股間に塗り直したカイネウスの手が離れる。
すでに、強烈な掻痒感が再び襲いかかってきていた。
「あ、ああ……。そ、そんなのない……。そんなのないわ、カイン……。ああっ、また痒い──痒いわ、カイン……」
セリアは声を引きつらせて訴えた。
「いや、いくらなんでも早いよ。僕に犯されて、責めを引き延ばすのか、それを耐えて失神するまで待つかを選ぶにしても、ちょっと苦しんでからだよ……」
そして、カイネウスが裸身のまま、奥の扉に向かっていく。
セリアを放置したまま。
「ああ、カイン──。だめっ、行かないで──。また痒いの──。なんとかして──。置いていかないで」
セリアは必死に訴えた。
「一刻、休憩だ。それまでに気絶できなかったら、また責めてあげる。今度はもっとセリーを愉しませる趣向を僕も考えておくよ」
カイネウスは振り返ることなく、そう言い捨てて本当に部屋を出ていってしまった。
セリアは、ひとり残された。